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小ネタ放出

夜、ベッドに入ってから寝付くまでの間や一人ボケっとテレビを見ているときにふっとブログの小ネタを思いつくことがある。思いついた瞬間は「んじゃ、次の記事にしよう」と思うのだが、ある程度時間を経てブログを書く段になるとその小ネタの内容を綺麗さっぱりと忘れてしまっている。小ネタの内容は忘れているくせに、小ネタを思いついて今度ブログに書こうと考えていた記憶はあるのだ。夢の内容は忘れたけど夢を見たことは覚えている、みたいな。忘れてしまうくらいの小ネタなんて記事にする価値はないんだからいいじゃないかという考え方も出来るのだけど、最近あまりにも物忘れ(小ネタ忘れ)がひどい。だからここ1週間、小ネタを思いついたら直ぐに携帯を手に取り10文字程度のメモをしている。今回の記事はメモした10個以上ある小ネタのなかからいくつか取り上げて書こうと思う。以下、各小ネタの初めの方にあるタイトルのようなものはその小ネタを思いついたときに咄嗟に携帯に打った文字(走り書き)をそのまま掲載しています。

☆「インナーマッスルってそういう意味か」
これは今週もっとも衝撃を受けた事実だ。インナーマッスルの意味を間違えっていた。てっきり、服(インナー)を着ている上からでもマッスルにみえる人のことをインナーマッスルだと思っていた。例えばパッション屋良みたいに白のポロシャツを着ていてもマッスル感が伺える人のことだと思っていたのだが違うようだ。本当の意味は、「体の内側で骨や内臓などを支えている筋肉」をインナーマッスルと称するらしい。もしかしたら「服の上から~」というのも広義的副次的な意味合いで通じるのかもしれないが本来は違うみたい。こりゃ驚いた。

☆「へび 数字持ってないって!」
このタイトルだけでは全く意味が通じないだろうな。とあるテレビ番組を見ていたら蛇が出てきた。僕は蛇が世の中で一番嫌いだ。多分前世で蛇にまつわる恐ろしい何かがあったのだろう。うなぎや海蛇はまだ大丈夫なのだが蛇だけはだめだ。本当に苦手だ。よく東南アジア方面の観光番組で蛇を首に巻きつけたりするのあるけどさ、あれは無理だ。もし悪ふざけで誰かが僕の近くに蛇を持ってきたらマジ切れするだろう。グーでおもいっきり殴りつけますよ。…それくらい嫌いだ。だからテレビで蛇が映るだけでたまらなく嫌だ。チャンネルを変えるか目を細めて画面から蛇がフェードアウトするのを待つかしてやり過ごさなければいけない。僕が極度に蛇嫌いだからそう感じるのかもしれないが蛇って結構テレビに出てる。その度に思うのだが蛇は数字(視聴率)持ってないだろ。蛇が好きな変人はたまにいるけど殆どの人は嫌いなんだから蛇の数字はマイナスだと思うんだけどなぁ。

☆「数字持っている動物は?」
これは上の蛇についてのメモと同時に書いたものだ。では数字を持っている動物は何だろうか。やはり犬か猫だろう。ただ犬の場合は犬の餌のCM(代表例に「ほねっこ」)に犬が出ていたりする。犬に関する商品に犬が出るのは当たり前だ。そういう意味では猫が一番かもしれない。今やっているCMでぱっと思い出せるだけでも、ケンタッキー(TOKIOの松岡)、風邪薬のCM(猫に向かって子供が静かに!ってやつ)、ビールのCMなどなど。まだまだあるだろう。ネット上でも犬より猫のブログの方が人気があるし。故に数字を持っている動物は猫に決定です。

☆「水はゼロカロリーです」
そのままです。水はゼロカロリーらしいですよ。よく水太りなんていうがあれは嘘なんですって。だってゼロカロリーですから飲めば飲んだだけ排出される。体には何も残らない。血行は良くなるみたいですけどね。なぜこんなどうでもいいことをメモしたかというとこれで糸井重里っぽい文章が書けそうだなと思ったからです。いや、実際よくよく考えれば「水はゼロカロリー」というのを「生きるためのヒント」や「これからの社会の方向性」なんかに繋げた文章が書けるんでしょうけどね。僕が書くと薄っぺらい文章になるので辞めとく。

☆「和田アキ子 新曲かっこいい」
ラジオで最近よく流れている和田アキ子の新曲が良い。ジェームス・ブラウンのようなブラックなソウルファンクだった。和田アキ子は僕の中では、細きかずこ辺りと同じ棚に入っている。つまりは苦手なタイプなのだが今回の曲に関してはかっこいい。間違いない。

☆「ダリ展 CM」
北海道では7月下旬からダリ展が開催されるみたいだ。最近ダリ展のCMがよく流れている。このCMを担当しているのは大泉洋率いるナックスだ。以前北海道ではゴッホ展があったのだが凄く盛り上がった。入場者数が28万人で北海道での美術展の新記録だったようだから今回も大盛況になるろう。ダリってシュールレアリズムのパイオニアみたいだし見に行こうかな。シュール好きだし。

そろそろ疲れてきたのでこの辺で辞めようと思う。また定期的に小ネタ放出したいと思います。携帯のメモに残っている、今回は書けなかった「小ネタタイトル」の紹介を最後に今日の記事を終えたいと思います。

「ロケ 写メうざい」
「マッキー再ブーム」
「セルフPV 妄想」
「今の自分 いつの自分と気が合う」
「髪型 刈る」
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ニコニコ動画

岡村靖幸が復活を遂げた東京環境会議の動画がアップされたニコニコ動画。ニコニコ動画は登録することで視聴できる。登録すると自分の番号が付く。ファンクラブの会員ナンバーのようなものだ。この番号が小さいと24時間いつでも視聴できるのだが、番号が大きいと「2:00~19:00」の時間限定がかかる。もともとニコニコ動画は重いので再生してもなかなか動画がはじまらない。負荷を避けるための処置として時間制限があるわけだ。僕の番号は大きい数字なので時間制限がある。だからニコニコ動画はあまり見ていなかった。そもそもYOUTUBEの方が遥かに動画の数が多い。だから別にYOUTUBEでいいじゃんという気持ちが強かったし。しかし岡村靖幸の例の動画がアップされてから改めてニコニコ動画を見てみると数はYOUTUBEと比べると劣るものの意外と有益な動画が多いことの気づいた。以下ここ数日見た中で僕が感激した動画の感想を書く。

鳥山明の動画
鳥山明といえば表舞台に顔を出さない有名人として有名だ。これだけ有名なのにもかかわらず顔写真すらあまり(ネット上で)見かけない。「鳥山明 画像」で検索してもドラゴンボールの情報ばかりであまり実物は拝めない。ガスマスクを被ってる鳥山明ならいくらでも見つかるが。裏技としては「AKIRA TORIYAMA」でググるとたくさん出てくる。つまり海外のサイトには出回っているみたいだ。まぁ、若い頃の鳥山明ですけど。写真なら多少はあるが動いている映像は皆無に等しい。昔は徹子の部屋に出演したりジョジョの作者と一緒にNHKに出演していたというのは有名な話だ。たまにこの動画を求めてYOUTUBEで検索したりするのだがもちろんアップされていない。ニコニコ動画にも、もちろん無いと思っていたのだが何気に「鳥山明」で検索してみるとあっけなく出てきた。徹子の部屋では無いが。詳細はわからないが、ゲームイベントらしきものに鳥山明が出ていて司会の人にインタビューを受けている動画があった。1分弱の短い動画だ。鳥山明はフツーのおっさんだったけど「おおぉぉぉスゲー」と心底思った。ただの声の高いおっさんなのに。服もペラペラなのに。その動画はなんせ短いものなので信憑性は決して高いとは言えない。もしかしたら鳥山明ではないかもしれないけど、それでもこの動画を見たときの感動は今年一番の感動だった。

村上春樹の動画
鳥山明と同じく世界的に有名な日本人であり、同じく露出皆無な村上春樹。カフカ賞の授賞式の映像を見た。この模様は各局のニュース番組で流れたらしいが僕は見れていなかった。なのでニコニコ動画ではじめてみた。英語でのスピーチの映像だったけど発音がとても良かった。でも鳥山明ほど感動はしなかった。村上春樹が表にでない理由として彼は「がっかりさせたくないから」みたいなことをどこかに書いていた記憶があるのだがなんとなくその意味が解ったような気がする。本当に普通の人なんだなぁ~というのが正直な感想だ。

太田光の動画
最後はTBSで放送していた爆笑問題のバクテンの動画。「こいつだけは許せない芸能人は?」という質問に答えるコーナがあった。それに対して太田光が答えた人物が松本人志だった!もちろん「ピー音」がかかっていたのだけど松本の「ま」と人志の「ひ」が辛うじて聴き取れた。というかこれはわざとだろう。本当に隠したいならピー音をもっとしっかり付けるだろうし最悪カットするだろう。太田光の口から松本人志の名が出るなんて。やっぱり太田は松本を許せないのか。でもちょっと嬉しくもあった。爆笑問題はダウンタウンについてはまるで存在していないかのように全く触れない。でもお笑いをやる上でダウンタウンというのは大きな存在なわけで、これを無視するとなるとさまざまな局面で制約が生じるし窮屈だと思う。だからピー音があったとはいえ松本を許せない芸能人として挙げたことで爆笑問題と爆笑問題ファンは楽になる部分があるような気がする。

追記
それにしても自分がこれほどまでにミーハーな人間だったとは…。

世間的な信頼度

●昨日、ナイナイのオールナイトニッポンを聴いた。最近は同じ時間帯に放送されているアンタッチャブルのTBSラジオJUNK「シカゴマンゴー」の方を聴きがちなのだが今週はどうしても聴かなければならない。なんてたって矢部が15年もの間付き合っていた恋人「ひとみちゃん」と破局したのだから。僕はこのニュースをこのブログでもブックマークしている「投げヤリズム」にチラッと書かれているのを見て知った。なにやら大々的な記者会見をしたみたいだ。テレビ欄にも「ナイナイ矢部速報会見」と載ったようだ。正直それほどのことかとも思うが。会見にはめちゃイケのメンバーも勢揃いしたようだ。ということはこの会見は飛鳥のシナリオの一部なのか。まだよくわからないけど。
昨日のナイナイのラジオについては終始岡村が矢部に気を遣った先輩キャラを演じていて普通に面白かった。矢部も特に落ち込んでいる様子も無く(当たり前だけど)リスナーからの質問もボケ無しで答えていた。久しりにナイナイのラジオを聴いたけど相変わらず気さくなコンビだったな。「どちらも彼女なしですよ。ダサイコンビになってしまいましたね~」みたいなことを岡村が言っていたのが印象的だった。長い間付き合っている「ひとみちゃん」がいるからこそ成立していた矢部のイメージというのも多少はあるだろう。なのでこの先、多少はキャラが自ずと変わるのかもしれない。一人身の男と彼女(あるいは妻)のいる男では世間的な信頼度が大きく違うからなぁ。まあ、矢部は吉本のエビゾウだからすぐに新しい恋人ができるだろう。もしかしたら心中は相当ショックでしばらくは恋人が出来なかいかもしれない。でもそうなったら、なったで、ナイナイとしては新しいネタに出来るわけだし。

●「一人身の男と彼女(あるいは妻)のいる男の信頼度は大きく違う」と書いて思い出した出来事がある。5月某日久しぶりに親戚の叔母の家に遊びに行った。親戚の家は犬を飼っている。犬は馴れ馴れしいから苦手なのだが(猫は好きだけど)その叔母の娘のNちゃん(20代後半女性)と二人で散歩に連れて行くことになった。散歩の途中の公園のグラウンドで少年野球の練習がやっていたので散歩を中断して何気なく見ていた。子供が一生懸命野球をしている様がなんだかおもしろかったのだけど犬は遊びたいようでウズウズしている。グランドの隣では犬のリードを外して遊べる広場がある。だから僕はそのまま少年野球を観賞して、Nちゃんは隣の広場で犬を遊ばせるという算段になった。
ひとりになった僕はもっとよく見たかったからその少年野球のグラウンドに邪魔にならない程度に近づいて観賞していた。7,8分くらいだろうか、じ~っと見ていたら監督らしき中年の男が怪しい目でチラチラと僕を見ていることに気づいた。もしや誘拐犯や変質者だと思われているのかもしれない、と咄嗟に思った。でも、近所の少年野球チームを、子供たちのがんばっている姿を、犬の散歩のついでに見ることは全然悪いことではない。なんだその怪しい目は!むしろ僕は「ちょっとお兄さんも仲間に入れてくれよー」的な、一緒に汗流そうぜ、くらいのさわやかな気持ち、昔の自分の少年時代を懐かしむ気持ちで見ているのだ。だからそのまま見ていた。すると今度はチラチラではなく明らかに僕のほうを向いてしっかりと睨み付けているのだ。あ~これはもう駄目だ。その内「何か御用ですか」なんて言われるのも時間の問題だ、と思い隣の広場の方に行こうかと迷っていたらちょうど向こうからNちゃんと犬が戻ってきた。
えっと、ここからは多少僕の勝手な妄想が入ってしまうのだけど、明らかにNちゃんが来てから中年監督の態度が変わったのだ。不審な目で僕を見なくなり安心したように伺えた。そこで思ったのは女性の世間的な信頼度は男よりも遥かに高いということ。一人身の男の世間的な信頼度の低さを強く感じた。まぁ日々の犯罪の多くは男が起こしているし。しょうがないのか。
でも仮にシチュエーションを変えてNちゃんがひとりで先程の僕のように少年野球をじ~っと見ていたとする。であれば、もしかしたらあの監督はNちゃんを怪しんだかもしれない。で、監督に怪しまれているNちゃんの下にさっきとは逆に僕がそばに寄って会話をしたとする。多分だけどその模様を見て監督はNちゃんを不審者だと考えるのを辞めるような気がする。女性であっても「一人身」というのは怪しまれやすいものだと思う。男なら尚更だ。もちろん見た目や服装によっても多少は印象が違ってくるのだろうけど、怪しいと思うその目(フィルター)から見ればどんな善人顔でも怪しく見えるものだ。つまりは、世の中で最も世間的な信頼度が高いのはきっとさわやかなカップルなんだろうな。

「窓ガラス割るような気持ちとはちょっと違ってたんだ 初めから自由よ」

YUIの新曲「My Generation」を聴いて尾崎豊ファンなら誰もが気づいたであろう。この歌は尾崎豊の代表曲のひとつ「卒業」ととても似ている。はじめてYUIの「My Generation」を聴いたのはMステだった。この曲には「支配」という歌詞がある。「描いた夢を信じきれない弱さにただ支配されてた」という歌詞だ。「支配」なんて言葉を歌詞に組み込む歌はあまり聴いたことがないから尾崎オタの僕はすぐに尾崎豊の「この支配からの卒業」が連想された。
そもそも「My Generation」と卒業の「Graduation」。スペルが似ている。「My Generation」の歌詞を調べてみるとこれがもう驚いてしまった。完璧に尾崎豊の「卒業」のアンサーソーングだ。アンサーソングたる所以は以下の歌詞からわかる。

「窓ガラス割るような気持ちとはちょっと違ってたんだ 初めから自由よ」

「窓ガラス割るような気持ち」は卒業の名フレーズでもあり当時バッシングもされた「夜の校舎窓ガラス壊してまわった」の窓ガラスではないか。それと後半の「初めから自由よ」との歌詞。同じく卒業には「うんざりしながらそれでも過ごした早く自由になりたかった」という歌詞がある。窓ガラスを壊してまわった尾崎(実際に尾崎は窓ガラスを割っていなくフィクションだが)に対して、YUIはそういうのは「ちょっと違ってたんだ」とやんわり否定し、早く自由になりたかったと言う尾崎に「はじめから自由よ」と歌っているわけだ。ロックだ。痺れる。
ということで、すっかりYUIが気に入ってしまった。さっそく、YUIのアルバムをこないだ2枚レンタルしてきた。そういえば、YUIといえば尾崎豊と同じCBSオーディション出身であったり初めてMステに出演したときには「尾崎豊の再来」などと紹介されていたので尾崎関連のサイトでは度々話題に上っていた。もっと早く聴けばよかった。2枚のアルバムを聴いて尾崎豊との類似点をいろいろ発見した。最近は類似点を挙げるとパクリ批判のように思われがちな風潮がある。インスパイアやリスペクトという言葉すら胡散臭いイメージが付き纏う世の中だから(エイ○ックスのおかげで)。なので細かく指摘するのはやめよう。

音楽的なことよりもYUIという人物への興味のほうが強い。YUIは僕よりも年下なわけで、年下の人間がこういう立派なアーティストとして活躍している事実に軽くショックを受けた。自分より年下のアーティストのアルバムを買ったのは初めてだ。(中川翔子のアルバム「しょこ☆かばー」も一応年下のアルバムだけど、しょこたんはアーティストではない)よく30代以上の大人が最近の音楽はくだらない、自分たちの青春時代の頃の音楽のほうがよかったなんて口にする人がいる。これは単純に「自分より年下のガキくせに生意気な」という嫉妬と羨望から生じている気がする。
僕がYUIのアルバムを聴いてはじめに感じたのはそういう気持ちだったりする。まぁ、僕は体育会系ではないので自分より年下だろうが見下したりする性格ではない。子供相手でも基本は敬語で話すし。でもYUIのまるで尾崎豊のような表現者としての音楽に対する姿勢のようなものは僕に軽い嫉妬と羨望を感じさせた。いつの時代でも日本の音楽界では定期的に寵児があらわれるものだからYUIもその一人なのだろう。宇多田ヒカルなんかもデビューの頃はまさにある種の人々にとってみれば「自分より年下のガキくせに生意気な」的な衝動に駆られる人だったろうけど、あそこまでずば抜けた才能があったら羨望はあっても嫉妬は無かったのだろうな。

「男成分」を振り落とす

今回の記事は性別を変えて書く。僕は男なので女言葉で書こうと思う。なぜかというと先日のほぼ日の「今日のダーリン」(糸井重里が毎日書く短いエッセイのようなもの)でこんなことが書かれてあったからだ。「自分の性別を変えて、文章を書くというのは、なかなか気持ちがいい。自分のなかの「男成分」を振り落とすことで、できることがけっこう増えるような気がします」というような記述だ。具体的に「男成分を振り落とすことでできること」が一体何なのかは解らない。だけど、単純に面白そうだからやってみよう。しかし今や女性も男のような言葉遣いになっている。なので、自ずと「女言葉=オカマ口調」になるだろう。実際、糸井重里もそうだったし。そうしないと雰囲気が出ないですし。そもそも思考回路を100パーセント女性として書くこと自体が無理なのだから男が女のつもりで文章を書く場合「オカマ口調」になるのは自然な成り行きだろう。まぁ、出来る限り自分を女だと思い込んで以下の文章を書く。

「AP BANG」以降音沙汰のない岡村ちゃんだけど新しいニュースが飛び込んできたの。なんと桜塚やっくんが岡村ちゃんの「どぉなっちゃってんだよ」をカバーするんだって。わたしは正直、桜塚やっくんなんて興味ないんだけどさ。っていうかわたしエンタ嫌いなの。桜塚やっくんとかエンタ風の芸人大嫌いだもん。くそつまんないよね~。みんなもそう思わない。テレビ見ててさエンタ風のネタをする芸人が出てきたら速攻でチャンネル変えるしね。でもね、やっくんが岡村ちゃんのカバー出すことに関しては正直うれしいわよ。だって、あいつ人気あるんでしょ、世間的にはさ。岡村ちゃんの熱烈なファンみたいだしさ、やっくんって。だからきっと好意的な気持ちでカバーするんだと思うの。だから嬉しいわ。でもさ、今のやっくんって微妙じゃないかしら。どうせなら去年の一番人気があった頃に岡村ちゃんのカバーをやってもらいたかったな。そんなに話題にならないっぽいもんね、今のやっくんじゃさ。地味に岡村ちゃんのカバーが5枚目のシングルなんだって。これまでのやっくんのシングルなんてわたし全然知らないんですけど。うん、でもいいの。岡村ちゃんのこの先の活動が全くわからない現状において少しでも世間に岡村靖幸をアピールしてくれるんだもんね。感謝しなきゃね。ありがと、やっくん!
でもあれよね~。よりによって「どぉなっちゃってんだよ」をカバーするだなんて。あの傑作アルバム「家庭教師」のオープニングを飾る曲よ。わたしさ、ぶっちゃけ「どぉなっちゃってんだよ」って大好きな曲なの。岡村ちゃんの曲の中で一番好きかもしれないよ。だってわたしがはじめて岡村靖幸のアルバムを聴いたのは「家庭教師」なわけ。でさ、1曲目じゃん。ていうことは~、本当に本当に初めて聴いた岡村ちゃんの曲が「どぉなっちゃってんだよ」ってことになるではないですか!凄くない。どんだけー。だからね、すっごい記念の曲なんです。記念だよ。女の子って記念好きだもんね。だからやっくんにはちゃんと心を込めてカバーしてほしい。ってかすれ。命令形になっちゃった。テヘッ。
でもさ、意外だよね~。「どぉなっちゃってんだよ」を歌うとは!「だいすき」とか「スーパーガール」とか「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」辺りだったらまだわたしも納得だけどさ。どんだけーって感じ。なにそのチョイス。いや、まぁバラードにしなかったのは褒めてあげるわ。「カルアミルク」とかさ「イケナイコトカイ」なんかを歌われたらヤダもん。岡村ちゃんじゃないとありえないしね。みんなもそう思わない。バラードなんか歌われた日には、それこそまさに「どぉなっちゃってんだよ」って叫んじゃうわ、わたし。えっウザイ?つまんない?いいのよー、それでぇ。

はい。気持ち悪いオカマ口調はこの辺で終わりにしたいと思います。少し悪ノリしてしまいました。「女の子って記念好きだもんね」なんてのは完璧、悪ノリでした。でも楽しかった。糸井重里の言う通り「なかなか気持ちがいい」ものだ。そういえば糸井重里の昔のエッセイはオカマ口調で書かれたものが多い。さすが女度35パーセントなだけある。昔から実践していたんだな。

追記
ふざけた文章ですが、桜塚やっくんが岡村靖幸の「どぉなっちゃってんだよ」をカバーするというのは本当です。ファンサイトに載ってたので事実だと思います。

KANについて

久しぶりに、もうかれこれ5~6年ぶりだろうか、KANのラジオを聴いた。土曜日の夜12時からの30分間、STVラジオで『KANのロックボンソワ』という番組が放送されている。KANですよ。知ってる?「愛は勝つ」のKANといえば誰もが解るだろう。STVラジオとは北海道のローカルラジオのなかでは他を寄せ付けない圧倒的な人気と聴取率を誇るラジオ局だ。今の2007年の現在においてKANが北海道のローカルラジオのパーソナリティをやっているという事実はそれほど不思議ではないだろう。しかしKANが北海道でラジオをはじめたのは「愛は勝つ」の大ヒットの余韻がまだまだ漂う頃だ。つまりは全盛期の頃から北海道なんていうTHE地方のローカルラジオをやっているのだ。これってちょっと凄い。たしかアタックヤングの金曜日担当だったと記憶している。僕がKANのラジオを聴き始めたのはシングル曲「今年もこうして二人でクリスマスを祝う」がリリースされたころだから8年ほど前の1999年頃だ。はじめはKAN目当てではなくアタックヤング(通称、アタヤン)が好きだったからその流れでなんとなく聴いていたんだけどとにかくトークが面白い。KANは芸人ではないから笑いを特に狙った喋りではないのだけどノホホンとした可笑しさがあった。またスティービーワンダーやビートルズあたりの音楽の話も割りと真剣に語っていた。何を隠そう、僕が洋楽に興味を持つきっかけはKANのラジオだ。それまでは洋楽なんてビリージョエルとブルーススプリングスティーンくらいしか聴いていなかった。この2組はもちろん尾崎豊の影響だ。僕にとってKANは実は重要なアーティストの一人だったりする。アルバムは1枚(しかも中古で250円)しか持ってないけど…。
当時はカセットテープに録音して何回も聴いていた。聴いているうちに薄々愛は勝つのKANであることに気づいた。基本的にアタヤンにはSTVのアナウンサーがメインであとは超マイナーなミュージシャン(絶食ブラザーズとか)だったのでまさか愛は勝つのKANだとは思わなかったのだ。でも、2~3年くらいの間毎週欠かさずKANのアタヤンを聴いていたのだけど一度もKANの口から「愛は勝つ」という5文字が発せられることはなかった。なんで言わないんだろう、KANといえば「愛は勝つ」なのに…。そこでなんとなく思った。KANは「愛は勝つ」が嫌いなのでは、と。曲自体は嫌いではないと思うがあの異様な売れ方に嫌気がさしていたのかなぁと漠然と思った。だから北海道なんていう縁もゆかりもない遠い土地(ちなみにKANは福岡出身)でささやかにパーソナリティをしているのかなぁ。もともと実力のある人だから一発屋っていう、受け止め方によれば汚名を背負って活動はしたくなかったのか。などと一人で勝手に想像した。で、ますますKANに好感を持つようになった。

このブログでも何度も深夜ラジオが好きだと書いているが今までネタハガキを投稿したことは殆どない。殆どないってことは皆無なわけではない。今まで2枚だけ出した。1枚はナイナイのオールナイトニッポンだ。点取り占いと悪い人の夢というコーナーに出した。もちろん採用されず。ネタは結構自信があったのだけど。で、もう1枚はKANのラジオだ。コーナー名は忘れたけどジョンレノンのイマジンをBGMにイマジネーションが膨らむ言葉を、味わい深くて笑える言葉をKANが読み上げるというもの。解りやすくいえば伊集院光の「いつまでも絶えることなく友達でいようコーナー」と同じような趣向のコーナーだ(ますます解らないか)。ナイナイのラジオと比べたら採用率はグンと高いはずだが採用されなかった。こちらも自信作だったのだが…。それ以降はハガキを出していない。今はメールやラジオのサイト内にある投稿フォームから出せるみたいなので久しぶりに出してみようかな。


あばれ太鼓

バンドのドラム担当はサッカーで言えばゴールキーパーのようなものだ。ヴォーカルがFW、ベースがDF、ギターがMFってとこか。ちなみに僕はサッカー知識ゼロだ。なのでヴォーカルがFWとドラムがGKというのは当たっていると思うけどベースとギターについては適当だ。もしかしたらベースがMFで、ギターがDF(あるいはボランチ)なのかもしれない…。いや、そんなことはどうでもいいんです。僕が言いたいのはドラムがゴールキーパ的なポジションであることが納得できないということ。僕は楽器は全く弾けないが、いつかは何か習得したいと思っている。その際はドラムがやりたい。もちろんギターも魅力的だけど僕の中ではドラムの方が遥かに輝いて見える。
これは多分小学生の頃に衝撃を受けたXJAPANの影響だ。YOSHIKIのドラミングは衝撃的だった。当時はXJAPANと平行してシャ乱Qを聴いていた(愉快な組み合わせなこと)ので余計YOSHIKIが際立って見えた。だってシャ乱Qのドラムはまことですから。松本人志が考案したギャグ「どうにもこうにもマコっちゃん」を一発ギャグに持つまことだ。2007年の現在においてどれほど「まこと」の知名度があるのか予測がつかないな。一応もうちょっとまことを紹介すると、たま~にタモリクラブに出演したりする人です。元フジテレビの人気女子アナ富永美樹と逆玉結婚した人。なぜか一時期、堂本兄弟のレギュラーだった人。きのこ頭の人…。これくらい挙げればさすがに解るだろう。当時はまことのあの独特なもっさいキャラも結構好きだったので(今考えるとなぜなんだろうか)僕の中でドラムの地位は高い。今でもバンドのライブ映像を見るとドラムに目が向く。
ということで前置きが少々長くなったがいろいろなロックバンドのドラマーについて適当な感想を書こうと思う。言うまでもなく僕には音楽の専門的な知識はない。もちろん音楽の言葉も知らない。だから自ずとゆるくて不毛で幼稚な表現の文章になるだろうけど(そこが意図するとこだったりするのだが)それに対するツッコミは不要ですので。


☆XJAPAN/YOSHIKI
昔は冗談ではなく真剣にYOSHIKIが世界で一番ドラムが上手いと思っていた。やはりあのスピードに圧巻される。ズッタンズッタンってね。「1秒間に13回バスドラを踏む」とか「(YOSHIKIのドラミングは)全力疾走で20キロ走るようなものと医者から言われた」みたいな都市伝説のような文句も当時は素直に受け入れていた。hideはロックは「子供騙し」と言っていたが正にXは子供騙しだ。もちろん好意的な意味合いにおいての子供騙しですが。終わった後にドラムを破壊したり卒倒したりとスティックを手にしていないとこでのパフォーマンスも良い。今でも一番憧れるドラマーだ。

☆LUNA SEA/真矢
前にyoutubeにあったのだがエクスタシーサミットでエックス(曲のほうの)のドラムを演奏する真矢を見た。XJAPANの激しい曲のドラムは漠然と体に悪いからYOSHIKIしか叩けないイメージがあった。だがそのエクスタシーサミットで真矢は平然とエックスを叩いている。しかも上手い。エクスタシーサミットに出演している頃のLUNA SEAは云わばXの舎弟的なポジションに傍から見る分には思うのだが。こんなにさらっとエックスを演奏された日にはYOSHIKIの面目が無いのではないか。LUNA SEAの曲を聴いてもドラムは重くてしっかりとした音だ。箸を持つようなスティックの握り方もなんかカッコいい。素人目に見てもたぶん真矢のドラムテクニックは相当なレベルだろう。YOSHIKIより上手いんだろうな。ヘキサゴンなんかに出演する器じゃないと思うのだが。地味に常識問題の点数が低かったなぁ、真矢よ…。

☆Beach Boys/デニス・ウィルソン
デニスはビーチボーイズがデビューした頃は全くドラムが演奏できなかった。初期のアルバムはスタジオミュージシャンがデニスの代わりにドラムを演奏している。もともとビーチボーイズというバンド事態が(いろんな意味で)いい加減なバンドなのでデニスがドラムを叩けないということはそれほど大きな問題ではなかったようだ。で、後にドラムを習得するのだがこれが完全に我流っぽい。荒々しい叩き方が良い。テクニックはそんなに無いと思うが好き勝手に自由に叩いている感じが見ていて気持ちよい。ちなみにデニスは泥酔状態で深夜の海に飛び込み39歳の若さで溺死した。ビーチボーイズのメンバーが海で亡くなるというニュースは当時話題になったらしい。

☆L'Arc~en~Ciel/yukihiro
ドラムの演奏の姿勢が良いからなのか非常に正確なリズムを刻んでいる印象が感じられる。ロックのドラマーは多少はナルシスティックな叩き方になりがちだが(YOSHIKIとか)yukihiroからはそういったものが伺えない。心持うつむき加減で正確にリズムを鳴らすことを第一に考えているような、まるで職人のような佇まいがとてもクールだ。忠実な亜流というか、正攻法というか、なんというかドラムの教科書があるならばyukihiroのようなドラミングがお手本として掲載されるのではないかと思う。

☆GLAY/永井利光
「メンバーではないのにある時はGLAYのメンバーよりもノッテイル」などとお笑い芸人にネタにされることも度々な、永井利光。やはり職業が「ドラム」なだけあってどんな楽曲でもさらっと演奏してしまうとこは凄い。叩き方は、村上"ポンタ"秀一のような器用さが感じられる。とにかく上手だ。

☆Buddy Rich(バディ・リッチ)
この方はロックバンドではないがやはりドラマーと言えばバディ・リッチは欠かせないだろう。天才ジャズドラマーです。この人の何が凄いって手の器用な動きだ。高橋名人の16連射を彷彿とさせるほどだ。手先の動きがハンパない。バディ・リッチのドラミングを見ればYOSHIKIなんて足元にも及ばないだろう。僕のなかのYOSHIKI幻想もバディ・リッチの前では吹き飛ぶ。ドラムが云々と言うよりも「人類の限界」的な超人的なテクニックがある。youtubeにあったバディ・リッチの動画はコチラ。これは見る価値あるよ。

追記
さっき爪を切っていてふと思ったんだけど…、足の小指の爪ってこれほどまでに小さかったっけ?米粒くらいしかないのだが。一回見てみな。自分が想像するよりも遥かに爪の面積小さいから。

追記2
それぞれのドラマーの動画をyoutubeから適当に選んでリンクした。なるべくドラマーがたくさん映っている動画にしたつもりだがやはりドラムはゴールキーパのようだ。…気づいたこと。人気ドラマーを抱えるバンドはヴォーカルがドラムの近くに歩み寄って歌う傾向があるみたいだ。デニスとYOSHIKI然り。

ちゃんと聴かないと駄目だ

なんだかんだで1週間に2,3枚は今まで聴いたことのない初見のアーティストのアルバムを(レンタルや中古CDで)耳にしている。でもなかなかグッとくるアーティストがいない。無闇に無作為に選んで聴いているのならまだしもネットや音楽雑誌で情報を集め自分の趣向に合いそうな雰囲気のアーティストに絞って選んでいるのにピンと来るものがない。そこで、思ったのだがこれは自分に責任がある。大抵音楽を聴く際はテレビを見ながら、本を読みながら聴いている。まるでBGMのように聴いている。これでは汗水垂らしてレコーディングしたアーティストに申し訳ない。聴く姿勢が悪い。もっと集中して聴かなければ良い音楽なのかそうでないのか正確な判断ができない。ちゃんと聴かないと駄目だ。その上で自分の好みではない音楽ならば押入れの奥にでも放ればよい。レンタルだといかんせん安い値段で聴けるからそういう風にぞんざいにしてしまいがちだ。
そもそもなんでこんなことを思ったのかというと岡村靖幸について考えていたからだ。もし岡村靖幸の7枚目のオリジナルアルバムがリリースされたら僕はどんな心持で聴くのだろう、と。テレビを見ながら本を読みながらなんて絶対に聴けない。まず余計な雑音をシャットアウトするために窓を閉めるだろう。神経を落ち着かせるためシャワーを浴びストレッチで体をほぐすだろう。熱めのお茶を手元に用意しヘッドホンを装着する。そうして震える手で再生ボタンを押すだろう。やや大袈裟だけどそれくらい真剣になると思う。これくらいの気持ちで初見のアーティストの音楽を聴いたらきっと印象深いものになるはずだ。先述した様に無闇に選んだものではなくある程度目星をつけたアルバムを聴いているのだから不得要領な駄作なんてそうはないはずだ。
でも思い返してみれば岡村靖幸の「家庭教師」をはじめて聴いたときはテレビを横目にネットをしながら聴いた記憶がある。それでも惹きつけられたんだよなぁ。

追記
●いつからだろうか忘れたがFC2ブログでは記事の終わりに「拍手」というアイコンが表示されている。「拍手」以前にも「このブログをリンクに追加する」みたいなのがあった。よく意味が解らないので全く気にしないでいた。さっき、新作テンプレートをチェックしにブログの管理者ページをいじっていたら「ブログ拍手の管理」という項目があった。どうやらこれをクリックすると「拍手」の詳細が管理者側に表示されるようになっているらしい。見てみると拍手数が19個あった。多いのか少ないのかは解らないがちょっと嬉しかった。こちら側から働きかけないで新規のコメントが付くことなんてブログをはじめて1年半以上経つがほぼ皆無なだけに。
●宇宙っぽいテンプレにしてみた。上のスペースに絵が描けるみたいだ。なのでさっそくベジータを描いてみた。
beji-ta

最近読んだ本の感想

●梨木香歩で「西の魔女が死んだ」
中学生になってまもなく登校拒否になった主人公の、まいは心の保養のため田舎暮らしの魔女(まいのおばあちゃんのこと)の家で暮らす。豊かな自然に囲まれ魔女の修行に励むまいの成長が描かれている。題名からも分かる様におばあちゃんは物語の最後の方で亡くなるのだがまいに、不思議なメッセージを残していた。童話のような清潔感のある文章で読後感もすっきりな感じで面白かった。まいはクラスの派閥にうまく馴染めずナイーブな精神状態から登校拒否するわけだが「女子の登校拒否」という題材が新鮮だった。おばあちゃんに対してクラスのなかで孤立してしまう経緯を詳しく話すとこが印象的だ。個人的には堀北真希みたいな影のある危うい感じが連想されて割と好きだ。作中にもあるように「町で病気になったハイジが、山に帰ってすっかり元気になる」アルプスの少女ハイジのような小説だった。

●高田純次で「適当教典」
いい加減でくだらない本です。高田純次が日本中から寄せられた89個の悩みに答えるというもの。悩みの内容はそれほどふざけたものではないのだが高田純次の回答がひどい。適当だし下ネタ満載だ。すごく笑える。200ページある本なのだがその殆どは適当だ。でもたま~に真面目にいいことを言っている。各章ごとに詩が掲載されているのだがこれが真面目な詩だ。まったくふざけていない。ふざけていないということが逆に面白く感じる。どんなQ&Aなのか本の中からひとつ抜粋しようと思いパラパラとページを捲ったが殆どがきっつい下ネタばかりなので控んだけえておこうと思う。

●高橋留美子で「1ポンドの福音(4巻)」
週刊ヤングサンデーにて不定期連載の「1ポンドの福音」がやっと完結した。マイナーな作品だと思っていたのだが4巻の本の帯には「全4巻で累計200万部突破」とあったので意外とヒット作のようだ。また「めぞん一刻と並ぶ高橋留美子青春2大作」とも書いてあった。最初見たときはなんて誇大広告なんだと思った。でも4巻を読み終わった後は納得した。感動的なハッピーエンドで凄く良かった。そりゃめぞんの方が傑作だけど1ポンドの福音もなかなか良い。やはり高橋留美子はラブコメを書くべきだ。犬夜叉なんてもういい加減完結してほしい。だれがこれ上犬夜叉の連載を続けることを願っているのだろうか。もう50巻だし。犬夜叉はらんまが終わったあとに連載スタートした漫画だ。もはや「らんま」といったら一昔前の漫画だ。犬夜叉がいかに長期連載なのかが伺える。

追記
「大日本人」の板尾が頭から離れない。もう一度見に行こうかなぁ…。

大日本人だよ

たまにコメントをくれるシバ蔵さんと一緒に「大日本人」を見に行ってきた。この映画は松本の意向で映画の概要は殆ど紹介されていない。だから白紙の状態で見たほうが良いのだと思う。僕も大日本人についての情報はできるだけ遠ざけていた。そっちのほうが面白いだろうから。なので基本的にはネタバレなしで感想を書こうと思う。どんな映画なのかうまく説明できない種類の映画でもあるし。ただ「大日本人」の表層的な部分は薄くですが触れるので「可能な限りまっさら」な状態で見たい人は読まないほうが賢明ですので、あしからず。

カンヌで上映された際「この映画は日本人向けに作っているのであってフランス人向けではない」と松本は言っていた。特に気にかけていたのは序盤のようだった。「ちょっと我慢してもらわなければいけない」との旨の発言は知っていたのできっと最初のほうは特に大きな笑い所はないんだろうと思っていた。案の定前半はよく分からない感じだった。途中からポツポツ笑い所はあるもののそれほどでもない。僕は松ちゃんの笑いが好きだからかなり集中して見ていたのだけど1時間ほど経ってもそれほどでもない塩梅だった。1時間は「ちょっと我慢してもらわなければいけない」時間にしては長すぎる。もしかしてこれくらいの流れでこのまま終わるのかと、ちょっと焦った。これで終わったらシュールなドキュメンタリータッチの退屈なコメディーになってしまう。と、その時、僕の席の左後ろからイビキが聞こえてきた。おいおい寝るなよ!と思いつつも、松ちゃんに思い入れがなくて尚且つお笑い好きではない人間だったら寝ても仕方ないかと内心頷く自分が居た。
しかし快進撃は1時間を過ぎた頃辺りからだ。ちなみに映画の鑑賞中は携帯の電源は切ってるし腕時計は付けていないのでこの1時間というのは僕の適当な体内時計だ。正確には1時間ではないかもしれない。1時間ほど経てから板尾が出てくるのだがそこからが凄い。爆笑の連続でした。今までシーンとしていた客たちからも笑い声がジワジワと湧き上がっていた。客がみんなドカンと笑いシアター中が笑いに包まれることは後半になっても無かったけどこれはシャイな道民性だからだろう。関西だったらドカンドカンきてただろうと想像する。終盤に近づくにつれ「ごっつ」のコントのようだった。制作費の10億とやらはきっと前半の方に使われているのだろう。後半はショボイい(もちろん意図するとこだろうが)。しかし凄く面白い。なんかうすた京介の漫画みたいだった。突然、子供の落書きの様な絵をヒトコマ挿しいれた感じ。あれと似ていると思った。

話題になっていた政治的な意味合いでの日本の立場のようなものも確かにあった。ただこれは最近の世界情勢における日本を揶揄しているわけではない様に感じた。「ゲツヨル」では哀愁を笑いにする最後の世代みたいなことを言っていた様に最近の日本というよりは哀愁のあった頃の根本的な日本人の姿に思えた。(もちろん今でも日本に哀愁はあるわけだが)ここ5~6年の日本ではなくて戦後から現在までの広範な時代において共通する日本人の姿みたいな。そこが松本の言う「日本人がんばれ的なメッセージ」なのかもしれない。あと北朝鮮もちょこっとだけ出てくるがあれは単なる小ネタだろう。政治的な意味合いは無いように思う。最後のアドリブのようなエンドロールも傑作だった。

総括すると非常におもしろい映画だった。ただ、松本自身が語っていたように前半(の大部分)は我慢しなければいけない。断じて寝てはいけない。板尾の登場までは待たなければだめだ。
2,3度見て欲しいとも言っていたが確かにその度に違った発見があると思う。何度も見る価値はあるだろう。個人的には後半の怒涛の爆笑ラッシュで前半の細かなディティールを忘れてしまっているからもう一度見る価値は十分にある。2時間まんべんなく笑える映画よりも後半になってどんどん勢いが増していく方がバランスは良いだろう。期待を裏切らないステキなコメディでした。まだ見てない方は、ゼヒっ!

嬉しいニュースがふたつ

●岡村靖幸の「AP BANG」での復活の模様の動画がニコニコ動画にアップされていた。本来、ニコニコ動画は登録しなければ視聴できない。だが、ちょっとした裏技を使えば登録しなくても動画を視聴できる。僕はニコニコ動画のアカウントは持っているんですが、持っていない人のほうが多いと思うので。「ttp://nicopon.jp/video/player/sm397328」です。すぐに削除されそうな気がするけど。思ったより痩せてないし声も出てないなぁ。でも踊りはすごく身軽になってる。キレキレだ。感動しました。

●XJAPANが復活です。前に一度書いたけどその時はTOSHI発信の情報だったので信憑性が低くまた大きな話題にもならなかった。しかし、今回はリーダーのYOSHIKIの口から再結成するとのことなので大々的に報道されているみたいだ。これは嬉しいですね。年内にライブってのが嬉しいですね。札幌には来るのでしょうか。来たとしたら札幌ドームだろうなぁ。せっかく復活するならオリジナルアルバムもリリースしてほしいがXJAPANのサードアルバムを5年も出さずまたVUKに至っては10年の年月を経た現在もいまだに出せていないのだから無理だろうな。

(岡村さんは)違いますやん!

言葉足らずを補う括弧付きテロップ、と聞いて瞬時に「あ~、あのことか」と分かる人はいなだろう。そもそもそんな言葉ないですし。「言葉足らずを補う括弧付きテロップ」とはバラエティ番組なんかのテロップの括弧内に勝手に主語を入れる手法のことだ。
例えばナイナイの矢部が「違いますやん!」とつっこんだとき「(岡村さんは)違いますやん!」みたいなテロップが出る。あれって不必要ですよね。普通に見ていれば会話の流れからその「違いますやん」は岡村に対してのツッコミなのは一目瞭然なのだから。
それともう一つ。曖昧な発言の場合、編集側の勝手な憶測で括弧内のテロップに主語を出している場合がある。その言葉は確かにそういう意味で言ったのかもしれないけどわざわざ括弧内付きテロップで明確にする必要はないだろうって思う。曖昧なほうが面白い場合もある。
日本語はもともと主語をそれほど必要としない言語だ。会話の初めに一度主語を出せばそれ以降は省いても十分通じる。文章なら尚更だ。主語を省略しなければ相当クドイ文章になる。
テロップなんてものはただでさえ邪魔なのに括弧付きテロップを意識してからはより邪魔に感じる。

江戸川乱歩で「孤島の鬼」

江戸川乱歩の「孤島の鬼」を久しぶりに再読した。孤島の鬼をはじめて読んだのは高校生の頃だと思うのでなんだかんだで5,6年ぶりだ。やっぱり面白い小説だ。小説に限らず漫画でも映画でも音楽でも一人一人趣向や好みは違うから100人読んで100人がみんな挙って面白いなんてものはこの世に存在しないだろう。でも江戸川乱歩の孤島の鬼に限っては誰もが手放しに絶賛するのではないかと思う。それこそ100人読んだら100人がみんな面白いと感じるのではという半ば盲目的な考えを抱いてしまう。つまりは僕は孤島の鬼が大好きなんです。
孤島の鬼を読むきっかけになった経緯はあだち充の「タッチ」だ。今手元にタッチの単行本が無いので詳しくは解らないが確かこんな描写がある。上杉達也が本屋(図書館だったかも?)にふらっと立ち寄り棚にある本を取ろうとするとライバルの新田明男(だったけか?)もたまたま同じ本を取ろうとして手が触れ合うというシーン。二人が手に取ろうとしていた本が江戸川乱歩の「孤島の鬼」なのだ。あだち充は自分の著書をわざとらしく作中の本棚に宣伝とギャグを兼ねて描きこんだりしているが孤島の鬼は全く関係ない作品だ。では、なぜ「孤島の鬼」をタッチの1コマに登場させたのか?それは単純にあだち充の好きな小説だからだろう。それしか考えられない。「あだち充好き」としてこれは読まねばと思い初めて江戸川乱歩の小説を読んだ。そういうきっかけだ。
孤島の鬼は1929年に発表された小説だ。だから舞台背景はかなり古いものだが文章からは古臭さを殆ど感じない。この時代の小説家の人の文章って大抵堅苦しい文章が多いのに乱歩の文章は凄く読みやすい。今の小説よりも読みやすい。難しい言葉や文章も少ない。だからといって幼稚なわけではない。乱歩よりさらに過去の作家である夏目漱石の作品もそうだけど時代を超える名作は読みやすいものが多い。村上春樹の文章だって100年後の日本人が読んでもきっと読みやすい美文だろうし。孤島の鬼はいわゆる「使ってはいけない言葉」がたくさん出てくる。今だったら絶対に問題になる表現や言いまわしが多々ある。しかしこれらは古典として評価されている作品だからその世界観を崩さないために原文のまま掲載してある。乱歩の得意とする不気味なグロテスクな雰囲気がぷんぷんしていてなんとも言えぬカオスが展開されている。
乱歩は先見の明があるのか主人公の相棒の諸戸道雄はゲイである。諸戸は主人公のことを病的に愛している。主人公も時折満更でもない感じで甘ったるくなるシーンが随所にある。この801っぷりを1929年に描いていたのだから乱歩は当時は異彩だったのだろうなぁ。冷静に考えれば801だのグロテスクだのがふんだんに存在する小説を100人中100人が絶賛するとは思えないな。

追記
801で思い出したが井上陽水と奥田民夫のツアー映像がyoutubeに14分割にされてアップされていた。じっくりと見たが良い。ベテランのコンサートって感じだ。で、なぜ801かというとコチラ。60と40のおっさんの801MCには爆笑した。こんな大人になりたいな。
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