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清洲の人

YOUTUBEにはレアで貴重な動画がたくさんアップされている。そんな動画を見る度に僕(ら)は「いい時代になったものだ」と思う。それと同時にYOUTUBEのようないわば法の無法地帯がいつまでも未来永劫存続しないであろうことも薄々感じている。だからこそYOUTUBEには刹那の魅力がある。長い目で見れば、例えば100年後の人間が今(21世紀初頭)のYOUTUBEをはじめとするネット環境を振り返ればどのようなことを思うだろうか。野蛮で原始的に思うだろうか。中国の「段ボール肉まん」くらいあり得ないと感じるのだろうか!

なんか意味不明な前置きになってしまった。

今ちょっと興奮している。原因は小1時間前に見た動画のせいだ。なんとYOUTUBEに鳥山明が徹子の部屋にゲスト出演した動画がアップされていたのだ。噂ではもちろん知っていた。鳥山明が徹子の部屋に出演したことがあるというのは有名な話だ。でもまさか見れるとは思いもしなかった。今までYOUTUBEで見たどんな動画よりも個人的には貴重な動画だ。あの鳥山明ですからね。すごい。鳥山明といえば、ドラゴンボールを第一に思い浮かべるけど、この動画を見る限り「Drスランプ」も相当世間を揺るがしたヒット漫画だったようだ。天才だねぇ。それにしても、鳥山明、限りなく普通の人だ。パソコンに詳しい従兄弟の兄ちゃんみたいな感じだ。
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27時間テレビ リアルタイム更新記録

今年の27時間テレビは前評判通りつまらないようだ。去年の26時間テレビも面白くないと書いたが、去年と比較にならないほど今年はつまらなくなる予感がする。近年の27時間テレビがつまらなく感じる理由は紛れも無く2004年の27時間テレビの影響だ。片岡飛鳥が総監督、ナイナイ・中居が総合司会で行われた2004年の27時間テレビはもはや伝説の域に達しているほどの傑作だ。それと比べるのは酷な話だ。
でも、それでも今回の27時間テレビ「なまか」はひどい。で、思ったのだが今回の27時間テレビはある意味伝説になるかもしれない。ナイナイ・中居の27時間テレビがアカデミー賞ものならば、今年の孫悟空「なまか」27時間テレビは突出したラズベリー賞ものなのではないか、と。これはこれで見る価値があるのかもしれない。
ということでリアルタイム更新をしようと思います。リアルタイム更新と言っても逐一更新するわけではない。ゆる~いです。全然がんばりません。普通に寝ます。だいたいさっき思いついたことだから何の用意もしていないし。だから3~4回くらいの更新で終了する可能性大です。

07 / 28 (土曜日)
20:16
夕張の子供が歌う「千の風になって」よりも客は秋川の「千の風になって」を聴きたかっただろうな。
せっかく本人いるんだし。全体的になんとなく感動ものっぽい編集になってたけど冷静に考えれば泣く要素ゼロだ。スタジオの優香さん、頑張って泣こうとしていたが、さすがに泣けなかったようだ。
クォン・サンウは罰ゲームをやりに来日したのだろうか。

22:23
開始3時間経ってやっとバラエティがはじまった。ちょっと安心。もう日テレの24時間テレビも驚くほどの感動路線だったからなぁ。ネプリーグは安全牌だけど楽しい番組だ。キムタクが中学生レベルの問題を間違えれば個人的にはちょっと面白いと思う。あと、深津絵里はそろそろ被り物で頭が蒸れているはずだ。間違いない。

23:50
「古池や蛙飛び込む池の音」。キムタク間違えましたね。「池の音」って。なんか文学的な間違い方だ。むしろ水の音より池の音の方がカッコイイ気もする。やはりキムタクだ。芸能人にとって常識問題なんて解からなくても問題ないのだろうけど、それでも松たか子のように1問も間違わないのはさすがだと思う。

07 / 29 (日曜日)
00:34
ネプリーグの次のコーナー(TEN竺ボーリング)に深津絵里の姿が忽然となくなっていた。深津絵里は女優だし芸能界のなかでのランクも割と高い方だからてっきり帰ったのだと思った。が、違った。フジテレビ本社の隣のホテルに駆り出され「日本一のご長寿マジシャンとのマジック対決コーナー」にてマジックの相手をやらされている。香取曰く本来は休憩時間だったらしい。頑張るなぁ。好感度上がったよ。
TEN竺ボーリングのキャストが微妙にしょぼいぞ。テツアンドトモ、定岡、出川、青木さやか、オリラジ、ネゴシックス、藤原組長…。テレ東かっ。

01:08
気づいたことがふたつ。
・アナウンサーが皆黄色いTシャツを着ている。
・スマステは香取がいなくても成立する。

20:08
リアルタイム更新なのにまさかの19時間ぶりの更新。どーですかこのざま…。終盤にスマップが集合するこのパターンはもはやお決まりですね。一昔前はスマップの代わりがタモリやたけしだったんだよなぁ。ま、今やBIG3並みの安定感がスマップにはあるけど。それにしても上にも書いたけどTEN竺ボーリングのキャスティングがしょぼい。そもそも何の目的でボーリングをやっているんだろう。

20:24
TEN竺ボーリング、東海テレビが優勝したみたいだ。優勝賞金の一部を新潟に寄付するとのこと。新潟への募金のインフォメーションも何回もしているしもはや24時間テレビじゃないか。Tシャツも黄色だしさ。

20:34
TEN竺ボーリングが終わったと思ったら今度はスマップがボーリングをするようだ。目的がわからないよ。単にボーリングしてるだけじゃん。ただの遊びじゃんか。

20:40
あ~やっぱりラズベリーだ。延々と無目的にスマップがボーリングしているだけだもの。

20:43
一応目的はあるようだ。限られた時間内に5本のストライクを決めようとしているらしい。

20:46
で、結果一回しかストライクが出ないというオチ。選挙よりはおもしろい。

20:59
絵本…

21:10
最後になって孫悟空のキャラ口調へ。






はいはい、アー写ね

●「アー写」とは既に市民権を得た言葉なのだろうか。最近(といってもここ1~2年)アー写という言葉をよく耳にする。アー写とはアーティスト写真の略である。オフィシャルサイトのプロフィール欄に載るような写真のことだ。僕はアー写と聞く度になんかすっきりとしない違和感を感じる。だって、本来アー写という言葉の使用頻度は低いはずだから。アー写って言葉が無かった頃は「オフィシャルサイトのプロフィール欄に載るようなそのアーティストの代表的な写真」についての話題が上がることは殆どなかっただろう。だいたい、アーティスト側が使う言葉だし。しかし「アー写」というキャッチーな語感の言葉が流行ってしまったから、皆無理して使っているのように思える。アー写という言葉が手段から目的になっている、みたいな。こないだHEY×3に安室奈美恵とハリセンボンが出演した回のこと。ハリセンボンの近藤春菜(ふっくらしてる方)がダウンタウンとのトークの中でアー写という言葉を何回か口にしていた。ダウンタウンがアー写なんて言葉を知っているはずが無い。だから僕は以下のようなお決まりのやり取りが展開されると想像した。

松「はいはい、アー写ね」(したり顔の松本)
浜「お前知らんやろ」(瞬時に突っ込む浜田)
松「知ってるちゅーねん、アホか!」
浜「絶対知らんわ」
HEY×3ではよく見られる風景だ。主にゲストのミュージシャンが音楽の専門用語をさらっと口にした際に松本がそれに乗っかる黄金パターンだ。しかしこの時ダウンタウンの二人はアー写について何も言及しなかった。アー写と言ったのがミュージシャンではなくお笑いのハリセンボンだったからだろうか。完璧にスルーだ。ダウンタウンがアー写を知っている可能性は限りなくゼロに近いと思うのだが。でもアー写の意味を知っているダウンタウンってのもなんか嫌だな。

●最近注目している子役は小島あやめと伊藤綺夏(あやか)の「Wあや」だ。名前だけだと誰だか解からないと思う。小島あやめとは、ACレモングループのCMでラップを披露している女の子だ。このCMは一部地域でしか流れていない様なので(北海道では流れていない)めちゃイケのコーナーのパロディでの方が全国的には有名だろう。動画を見れば小島あやめの凄さが解かると思う。小島あやめの凄いところはまったく可愛さが感じられないところだ。子役ならではの可愛らしさが皆無だ。むしろ憎たらしい。しかしラップを聴けば解かる様にかなり上手だ。黒人並みのリズム感があるのではないか。しかもアドリブも巧妙だ。絶対、親がブラックミュージック(ジェームスブラウン辺り)を聴かせてるな。子役の第一条件は才能よりも愛らしさを求められがちだが、小島あやめは子役にして実力で這い上がって来た感がある。いや、もちろん小島あやめにも愛らしさはあるのだけど、Wあやの片割れである伊藤綺夏とは違うタイプの愛らしさだ。きっと杉田かおるタイプだ。将来大物になるかもしれない。
もう一人のあや、伊藤綺夏は木曜日の7時から放送されている「まるまるちびまる子ちゃん」でまる子役を演じている子役だ。この番組は毎週欠かさず見ているわけではないけど見るたびに印象に残るのは伊藤綺夏の作り笑顔だ。この番組は1時間番組でドラマとバラエティの二本立ての構成となっている。ドラマはすんなり見れるのだがバラエティでのこの子の作り笑顔はとても健気だ。子役ながらもしっかりと仕事の自覚を持っているのだろう。常に頑張って笑顔をキープしている。特に山本リンダの曲に乗せて3文字しりとりをするコーナーでは痛々しい程の笑顔だ。純粋にバラエティの企画として、このコーナーを評するならば「だるい」の一言だが、伊藤綺夏の渾身の作り笑顔を見るだけでも一見の価値はあるだろう。

固有名詞のあるキラーチューン

X関連のサイトを見ていると結構な頻度で「雅-miyavi-」という名を目にする。雅とはYOSHIKIとGacktのニュープロジェクト「S.K.I.N.(スキン)」のメンバーに選ばれた人だ。昨今の衰退著しい日本におけるヴィジュアル系で活躍している貴重な存在のようだ。先日NHKの音楽番組に雅-miyavi-が出演していた。動いている雅を初めて見た。「BLUE BLOOD」のブックレットに載っているHIDEのような格好で歌っていた。エスニックっぽい衣装といえば解かるだろうか。ばりばりヴィジュアル系で歌っている雅に若干引きながらも(もともとヴィジュアル系は苦手だ)見ていたら驚いた。歌詞がなんだか凄いことになっている。どうやら「咲き誇る華のように」という新曲のようなのだが歌いだしの歌詞が

「X、ルナシーに黒夢、先輩方が残した道しるべ絶やさない様に壊せアイロニー♪」

なんっつたらいいのだろう…芳ばしい歌詞だ。この一節だけでもたくさん突っ込み所がある。まず注目すべきは「先輩方」という敬った歌詞だ。エクスタシーレコード時代の頃の体育会系を彷彿とさせる。YOUTUBEで見たエクスタシーサミットのカオスな光景が目に浮かぶようだ。先輩方にX、ルナシーを挙げるのは解かる。だが、黒夢はラインが違うのではないか。音楽のジャンルとしては同じロックで似た類だけど根本的に黒夢はX等と何かが違う。多分体質が違うのだろう。黒夢についての知識は皆無だからもしかしたら共通点があるのかもしれないが…。黒夢はもっと垢抜けたイメージがある。ソロの時のHIDEのような柔軟性が黒夢にはあると思うのだが、いや全然知らないけどさ。

「先輩方が残した道しるべ絶やさない様に」の「絶やさない様」という表現も好きだ。ヴィジュアル系は絶滅危惧種か。普通なら「道しるべ」を基に「さらなる発展」に向かっていく意味合いの歌詞がこの場合は常套だと思うのだが。絶やさない様、とはやるな。ヴィジュアル系の現状を良く把握しているみたいだ。

歌詞にX、ルナシーなんて固有名詞を取り入れるのは面白い試みだと思う。こんな歌詞は否応なく惹き付けられる。そもそも固有名詞のある歌は好きだ。インパクトがあるし効果的なアクセントにもなる。本来、詩というのは受け取り手の想像力があってこそ成立するものだ。人それぞれ解釈や捉え方が異なるものだ。故に匿名性の高い抽象名詞(愛、夢)や普通名詞(空、星)がよく使われる。そういう意味で固有名詞は邪道だ。

そもそも固有名詞は知らないと通じない。解かりやすい例が村上春樹の小説だ。作中に60~70年代の洋楽のミュージシャン名がやたらと出てくる。そのミュージシャンを知らなければただの記号でしかない。もちろん記号化しても村上作品の本質的な部分では何の支障もないのだが。実際僕が高校時代に初めて村上春樹の小説を読んだ時それらはただの記号だった。今読んでも半分は記号のままだろう。でも逆に知っている場合はこれ以上ないほどリアルに感じられる。ということで、思いつくまま固有名詞のある名曲(キラーチューン)の歌詞をを挙げてみよう。

岡村靖幸/聖書                  
ダスティン・ホフマンのようにさらいたい捕われたあなたを

岡村靖幸/カルアミルク
電話なんかやめてさ六本木で会おうよ今すぐおいでよ

森高千里/渡良瀬橋
今でも八雲神社でお参りするとあなたのこと祈るわ

こないだ渡良瀬川の川原に降りてずっと流れ見てたわ
北風がとても冷たくて風をひいちゃいました

井上陽水/氷の世界
その優しさを密かに胸に抱いている人は
いつかノーベル賞でも貰うつもりで頑張ってるんじゃないのか

小沢健二/愛し愛され生きるのさ                 
10年前の僕らは胸を痛めて愛しのエリーなんて聴いてた

宇多田ヒカル/Kiss&Cry
みんな夜空のパイロット
孤独を癒すムーンライト
今日は日清カップヌードル



単に固有名詞のある歌ならばたくさん思い浮かんだのだが、あくまでも名曲(キラーチューン)に限っているのでこれだけになってしまった。断るまでもなく上に挙げた曲は僕の趣味だ。あなただけが知っている固有名詞のあるキラーチューンがあればコメントでどうぞ。本記事にて順次追加の形で載せようと思います。

「大丈夫だよ」という君の言葉が一番大丈夫じゃない

普段は市場メカニズムの変動があまりないブックオフだがZARDのアルバムは高値になっているようだ。坂井泉水さんが亡くなる以前、ZARDのアルバムは大抵250円の棚で売られていた。比較的新しいアルバムは1000円以上だが95年前後(ZARD及びビーイング系の最盛期)に発売されたミリオンアルバムは殆どが安値で売られていた。これはZARDの人気が落ちたからではなく単純にたくさん売れたからだ。例えば現在第一線で活躍している宇多田ヒカルのアルバムも3枚目の「DEEP RIVER」までは250円で手に入れることができる。

しかし、ここにきてZARDのアルバムは急騰した。先日ブックオフに行った。250円の棚にZARDのアルバムは置いてなかった。250円の棚の常連だったのに。アーティスト名の書かれたプラスチックの目印というか標のようなものすら消えていた。250円ではない一般の棚にはベストアルバムが2350円で1枚だけあった。2350円で買うなら新品のを買った方が良いだろう。来月ZARDのベストが発売されるみたいだからそれを買おう。

坂井泉水さんが亡くなったニュースを知った時はそれほどショックではなかった。ファンではないから落ち込むこともなかった。客観的に葬儀には何万人集まるんだろうか、尾崎豊並に集まるんだろうなぁ等と思ったくらいだ。しかし、こないだYOUTUBEで坂井泉水で検索し視聴したところ案の定ファンになってしまった。坂井泉水さんが亡くなってから薄々は感じていた。これはファンになる可能性があるな、と。ただ僕の好きなアーティストに尾崎豊、HIDEが存在するから、ここにきて坂井泉水にいくのは「なんか気持ち悪いなぁ自分」と考えたわけだ。「死んだから聴くのかよ」っていう。いわゆる死後ファンというのに嫌気があった。ちなみに別に言い訳ではないがHIDEは生前からファンだったし尾崎豊は死後8年後のファンだ。両者とも亡くなった衝撃からファンになったわけではない。

さて、ZARDの良い点について書こう。まずはさわやかな楽曲群だろう。日本人なら誰もが一度は耳にしたであろう曲が本当にたくさんある。「誰もが一度は耳にしたであろう曲」なんて一般的なアーティストなら1、2曲程度しかないだろう。代表曲候補がたくさんある。まるで層の厚い投手陣のようだ。しかもさわやかで励まされる歌が多い。歌唱は森高千里ほどではないが、やや鼻にかかった声で音域も広い方ではないようだがとても味がある。聴いていて心地よい。歌詞も良い。この記事のタイトルにもした『「大丈夫だよ」という君の言葉が一番大丈夫じゃない』なんて歌詞はグッとくる。「君に逢いたくなったら」という曲の歌詞だ。で、何よりも良い点はやはりルックスだろう。YOUTUBEで見て思ったのだが年を重ねるごとに美人になっている。「負けないで」をリリースした93年ごろよりも、99年の船上ライブよりも、2004年の生前最後のコンサートでの坂井泉水が一番綺麗だ。お世辞ではなく晩年の方が遥かに美人だ。

坂井泉水の死ほど「美人薄命」の四字熟語を想起させる出来事はないだろう。

はっきりもっと勇敢になって

3日遅れで「MUSICA(ムジカ)」を手に入れた。6ページに渡って岡村靖幸のインタビューと写真が掲載されていた。あのですね。正直ぶったまげた!あり得ないくらい痩せてます。「痩せている」という表現はこの場合、「もともと岡村靖幸は太っていたからそれと比べると~」という意味での「痩せている」ではない。そんな範疇に納まらないほど痩せている。岡村靖幸を全く知らない人に「MUSICA」の岡村ちゃんを見せて「デブ・普通・痩せ」の3択から選ばせたならば、6割の人は「痩せ」と答え残りの4割が「普通」と答えるのではないか、というくらい痩せている。つまりは、普通に痩せている。

今日、書店でMUSICAをレジに持っていく途中に待ちきれずに、パラッ捲り、激痩せ靖幸が目に飛び込んできた瞬間の驚きといったらない。会計のときニヤニヤして店員に怪しまれてしまったくらい。太っていたころは大き目のサイズのパーカーを着て体型を誤魔化していたけどMUSICAでの服装はお洒落だ。黒のシックなスーツに白いシャツでボタンを4つも外して胸をやや露出している。太っていた頃は絶対やらなかったことだ。また黒の(革のような素材の)ネクタイをゆるゆるにした状態でつけている。お洒落だ。

本当はムジカの岡村靖幸の画像をデジカメに撮ってアップすれば解り易いのだろうけど、さすがにそれをやったらどこかから怒られそうなのでやめておく。ちなみに個人的には今回のムジカの岡村ちゃんは坂上忍に似ていると思った。特にこのリンク先の画像の坂上忍とはかなり似ている。髪型も似ているし肌の色も似ている。いや、もちろん岡村ちゃんの方が格段に格好いいが。

インタビューの内容は、主に一連の事件への反省とファンへの感謝の気持ちといったところだろうか。仕事に忙殺されていく中で自分が壊れていき、またスタッフとの関係性にも悪化してしまい…。要約(本当に簡単に)すれば「これからはもうちゃんと頑張ります。本当にすいませんでした」みたいな内容だ。これからの活動として年内にツアーを企画していること、秋にシングルをリリースすることを挙げていた。

ついさっき、岡村靖幸のファンサイトを見たら、秋にリリース予定のシングルの詳細が発表されたみたいだ!9月5日にメジャーから(デフ・ジャム・ジャパンから) はっきりもっと勇敢になって というタイトルの曲がリリースだそうだ。

曲目は

1.はっきりもっと勇敢になって
2.嵐の気分(着替えを持って全裸のままで)
3.NKベイベー
4.ギターソロ

詳しくはコチラ。

面白いタイトルだ。タイトルのニュアンスからだと「ラブタンバリン」「マシュマロハネムーン」「スーパーガール」のようなキャッチーで可愛い系の曲のような気がする。カップリングの「嵐の気分(着替えを持って全裸のままで)」なんていい感じだ。着替って、全裸の時点でそれは「着替え」ではないし。これは比喩であって必ずしも「着替え=衣服」という意味ではないかもしれないが、突っ込まずにはいられない。これは久々に予約しないと。長い間待ってた甲斐があった!!

小ネタ放出part2

「子供が確信犯的に笑いを狙ってスベる」
「人がスベッてるの見るの大好きやねん 子供でもオモロイもん、スベッってたら」とは元祖不細工芸人、ホンコンの言葉だ。昔、「ぐるぐるナインティナイン」のなかの“こだわりの居酒屋水かけ”というコーナにホンコンが出演したときエゲツナイ顔をしながら話していた。この間、テレビを見ていたらホンコンのこの言葉を思い出す出来事があった。先日アメリカで開かれる世界ジュニアゴルフ選手権の出場に際して、ハニカミ王子側が記者会見を開いていた。そこで隣に座っていたハニカミ王子の後輩である弱冠15歳の古田幸希くんが自己紹介でこう言った。「どうも僕はぽっちゃり王子なんで…」と。記者たちは、し~んである。古田くん焦り顔である。
僕が見たテレビでは古田君のスベッているところしか見れなかったけど、ネットニュースなんかでは「ハニカミ王子・ぽっちゃり王子の爆笑会見」というような見出しがあった。なので、つかみはスベッたがその後は爆笑だったのだろう。ホンコンの言う通り「子供が確信犯的に笑いを狙ってスベる」という光景は傑作だ。最初、ぽっちゃり王子と聞いた時、「これはいじめじゃないのか、マスコミよ」と思ったが自分から言ったのなら好感が持てる。古田くんは結構好きだぞ。中学のクラスに必ず一人はいるタイプだ。同じクラスだったら友達になるタイプだろうな。絶対古田さんエロいもん。

「地域的マイノリティ」
中学時代、日本史の授業中に教科書を見てみると日本地図に「北海道」は載っていない。日本地図の最北部は青森で終わっている。北海道(蝦夷)が出てくるのは日本史の教科書の最後のほうだ。坂本竜馬あたりの名前が出てくるまで北海道は登場しない。日本史のメインは室町時代~江戸時代だから、そこに時間をかける。明治時代以降(特に戦後)なんて駆け足だ。故に日本史における北海道の影は限りなく薄い。というか思ったんだけど日本史に限らずどの教科でもどこかしら教科書を省略してる。1年もあるのだから計画的にやれば全部フォロー出来るだろうに。学生時代、日本史を勉強するたびに北海道に住むものはどこかしら地域的マイノリティを感じ寂しくなる。少なくとも僕はそうだった。
ここ数日の台風も(あと本日の地震も)そうだ。この3連休北海道は普通に平和に晴れていた。23度前後で程よく心地よい暑さだった。しかし、テレビをつければ台風の深刻な被害を延々と伝えている。“台風”でブログ検索すれば1分単位で5つ6つのブログが即座にヒットする。同じ日本とは思えない。台風が日本列島に来るたびにそう思う。台風は大抵北海道には上陸しないが稀に来ることがある。しかしその際全国ニュースで台風情報は殆ど報道されない。結局九州や四国の台風情報が放送される理由は、それが大都会、東京に来る可能性があるからだ。昔、筑紫哲也がニュース23で東京を過ぎ去った台風が東北、北海道を辿る場合はちゃんと報道しないと駄目だなんて言っていた。北海道に住むものが言うのも変だがそれは無理な気がする。日本の中心は悲しいくらい東京だから。

「素材の美味しさのために私たちが出来ること」
大人とは何だろうか。この問いには人それぞれが一家言持っていると思う。「自分の発言、行動に責任をもてる人」「他人の痛みを思いやれる心を持つ人」「愛されるよりも愛したいマジでと思える心」などなど。最近思うのだが、ちょっとしか「たれ」をつけない人は大人だ。この時期でいえば、ざるそばやひやむぎ、なんかがそうだ。そばを箸ですくい麺つゆにつける際ジャブジャブと浸すのは子供のすること。箸ですくった麺の下の方(3分の1程度)だけを麺つゆに浸して口に含むのが大人である。これは到底子供に出来る芸当ではないだろう。だって、箸ですくった麺を下のほうにしかつけていないということは、はじめに口に含んだ麺はパサパサなわけだ。口の中が渇いていたら尚パサパサになることが予測される。最初はパサパサ、でもすべて口に含めば、めんつゆに浸した下方の3分の1も口に入る。故にそば本来の味と「めんつゆとマッチしたそば」を一口で同時に楽しめるのだ。大人だ。
他にもある。冷奴(ひややっこ)にドバッと醤油をかけたら子供だ。数滴垂らす程度がちょうどよい。お寿司はシャリに醤油をつけたら子供だ。醤油はネタにつけないと駄目だ。その際はもちろん醤油は少しだけ。先のほうをちょんとつけるだけに留める。焼き魚の横に添えられた大根おろしを醤油の黒で染めるのは子供だ。大根おろしの白が残る程度に醤油を垂らして食すのが大人。つまりは「素材の美味しさ」に気づいたとき人は大人となる。私はそう思います。

「売ってない」
岡村靖幸のインタビューが掲載される「MUSICA」は北海道では3日遅れの17日に発売されるようだ。どこの本屋に入っても先月号(くるりが変顔している表紙のやつ)しかなかったので店員に訊いてみたら17日に発売とのことでした。ネットでインタビュー内容について調べたところかなり嬉しい情報があったみたいだ。岡村ちゃんの最新の写真も掲載されているらしい。東京環境会議の頃より格段に痩せてかっこよくなっているようだ。CG処理で痩せているように施しているのではないか、なんて叫ばれるほどスリムみたいだから楽しみだ。

折り合い

フジテレビで放送中のドラマ「牛に願いを Love&Farm」は風の噂によるとあまり面白くないらしい。僕はドラマは基本的に見ない。よっぽど惹かれる要素が無い限り見ない。なので「牛に願いを」も見ていないのだけどこのドラマの主題歌は良い。槇原敬之「GREEN DAYS」という曲だ。「牛に願いを」を見た人は勿論、見ていない人でも番組宣伝やらCMで一度は耳にしたのではないかと思う。

はじめてこの歌を耳にしたのは6月下旬の「牛に願いを」のCMだったと思う。CMだから15秒程度なのにこの「GREEN DAYS」を聴いて直ぐに思った。この歌は久々にマッキー節が炸裂している、と。「GREEN DAYS」はマッキーファンなら誰もが待ち焦がれている種類の歌だ。「恋なんてしない」や「どんなときも」のつまりは初期の頃の雰囲気のメロディに近い印象を受ける。この「初期の頃の雰囲気」というのはとても大事だ。槇原敬之の場合は特に大事だ。

事件で捕まる以前(「Cicada」以前)と以降(「太陽」以降)では作風が大きく違う。正確にはもっと細かく分けることができるけど(ファーストアルバムの「君が笑うとき君の胸が痛まないように」と「Such a LovelyPlace」では大分違う)大別するなら事件を分岐点に出来るだろう。事件以降は「人間とはどうあるべきか」みたいな哲学のような真面目な歌が多い。昔ながらのマッキーファンは初期の頃のような、聴いていてこちらが恥ずかしくなるような恋愛ソングを期待していたように思う。ただ、哲学ソング(とでも名づけよう)も心に響く歌であることに違いはない。実際に昔の恋愛ソングは嫌いだったけど最近の槇原敬之の歌は好きだなんて人もいる。セールス的にも「世界にひとつだけの花」のような大ヒット曲も生まれてる。だから、一概に哲学ソングを否定することは憚られる。故に行き着く結論としては「マッキーが歌いたい歌なら哲学ソングでも構わないではないか、いい歌だし」となる。このような落とし所で決着が着くのが、ここ数年のマッキーファン(過半数以上の)の心境だと想像する。

で、ここにきて「GREEN DAYS」ですよ!歌詞はまだよく解らないけど「青春」がキーワードになっている内容のようだ。「青春」が核な歌詞にあの初期を彷彿とさせる秀逸なメロディ。恋愛ソングと哲学ソングの折り合いがよく成された傑作だ。

「GREEN DAYS」は来月の中旬に発売されるようだ。カップリングが今CMでも流れている「どんなときも」を新たに歌いなおした新バージョン。最強のコンボだ。驚いたことにこのシングルは「エイベックス移籍第一弾シングル」だと。正直、エイベックスは嫌いだ。好きなアーティスト一人もいないし。嫌悪感を抱いているアーティストならゴロゴロいるんだけど。そういえば90年代後半のめちゃめちゃCDが売れていた頃。エイベックスの今の偉い人(松浦だっけ?)が正月のオールナイトニッポンに出ていたのをたまたま聴いた。当時はまだそれほど人気の無かった頃の浜崎あゆみも一緒に出ていた。今思えば豪華なメンバーだ。そのとき松浦がこんなことを言っていた。「エイベックスから出す歌はさぁ~後に残らないって言うんだよ、10年後20年後に歌い継がれないって、でも俺それでいいと思うんだよね、今売れてさ、カラオケで歌ってさ、楽しければいいじゃん」みたいな内容のこと言ってたな。ふと思い出したわ。
エイベックスに移籍して売れる歌を作らなければと思い試行錯誤した結果が「GREEN DAYS」だったら少し悲しい気もするが…。

追記
もう何度目だろうか、昨日放送の「魔女の宅急便」を見た。やはり、なんだかんだで見てしまうな。ジブリ作品では「耳をすませば」が一番好きだけど、「魔女の宅急便」もいい。最後のほうに掃除のお爺さんからホウキ代わりにブラシを借りて飛ぶシーンがある。「ちょっと借してください!必ず返すから」って。でもその日から数日後と思われるエンドロールのシーンでもキキはブラシで飛んでいるのだが。泥棒か。どうでもいいけど。
さて明けて本日土曜日は岡村靖幸のインタビューが掲載される「MUSICA」の発売日だ。このインタビュー用にちゃんとした岡村ちゃんのグラビアも載るのか。載ってたら買おう。無かったら立ち読みだな。そういえばこないだ岡村靖幸のライブに行った夢見たよ。ZEEPと思しき会場でのコンサートだったから満員電車みたいにぎゅうぎゅうで息苦しかった。肝心の岡村靖幸の姿はなぜか見れなくて演奏だけ聞こえてくるという変な夢だった。想像力があるほうだから割と変な夢を見やすいみたいだ。どんな鳥だって僕の想像力より高くは飛べないだろう、みたいな。

第267笛のハマー

●7月4日に発売されたうすた京介の「ピューと吹く!ジャガー(13巻)」を本屋で見つけ、咄嗟に買わねばと思い手に取り帯に書かれた文字を見て驚いた。だって「実写映画化決定 2008年春公開予定」とあったんだから。あのジャガーが映画化とは!ジャンプの漫画ではデスノート以来の快挙ではないか。でも冷静に考えると映画の上映規模は小さいだろうな。デスノートと比べたら遥かにひっそりと行われるんだろうな。それでも楽しみだ。札幌でも上映するのであれば絶対に見に行こう。しかしジャガーは実写映画化して笑えるコメディーになるのだろうか。うすた京介の漫画の笑える点は(いろいろあるが、そのひとつは)登場人物の表情だ。さまざまなシチュエーションにおいて絶妙な表情をするキャラをうすた京介は描く。13巻でいうならば第267笛のハマーの喜怒哀楽だ。金持ちの不動にパーティを催促する回なのだが、ハマーの表情が最高だ!こんなのうすた京介にしか描けないだろう。267笛のハマーを描くうすた京介は神がかっている。間違いない。実写であの表情は難しいだろう。物理的に無理だ。当たり前だが、漫画という表現方法だから面白い部分が多い。独特な台詞回しや奇妙な擬音なんかが渾然一体となってこそ面白いんだけど映画だったらなぁ…。っていうか自分の好きな作品が映画化になった時点で「高望みは諦めなければいけない」ということにそろそろ気づかないとだめだ。
映画化の情報を求めて検索したら、うすた京介の公式個人サイトを見つけた。去年の9月ころに設立したみたいだ。このブログのブックマークに勝手にリンクを貼ってみた。案外真面目な内容の日記が多くまた興味深い記事もたくさんあった。「大日本人」についての感想も少しだけ載っている。興味のある人はどうぞご覧下さい。

●特に何も考えず脳ミソ垂れ流し状態でブログの文章を書くと毒のあるブラックな内容になってしまう。そういうブラックな文章はブログには載せない。ただせっかく書いたのに消去するのは名残惜しいからブラックな文章を書いてしまった際はマイドキュメントのフォルダにまとめて収納するようにしている。この前、なんとなくそのフォルダを一通り読んでみた。ブラックでギラギラな文章だけを延々と読んでいたら、これはこれでアリな気がしてきた。いい味が出ているかもしれない。ということで、夜な夜な書き溜めたブラックな記事を成仏させるためにも、ブラック専用新ブログを開設した。新ブログには気持ち悪いことばかり書いている。気持ち悪いといっても別に下ネタではないが「このブログだったらちょっとなぁ…」と躊躇ってしまう記事を主に綴っている。また適当にその日の気分で詩を書いている。難しい言葉をたくさん使った難解な詩だ。どれくらい難解かというと自分でもさっぱり意味が解らないくらい難解だ。これはなかなか面白い。すぐに止めるかもしれないのでリンクは貼らないでおく。ちなみに新ブログのタイトルはXJAPANのとある曲のタイトルを流用した。XJAPANは全部で34曲しかないので探せば見つかるかもしれないよ。

村山由佳について

某ブログで村山由佳の長編小説「すべての雲は銀の…」が紹介されていたので読んでみた。村山由佳の作品は以前爆笑問題の太田がラジオで直木賞を受賞した「星々の舟」が面白いと話していたのを聞いて読んだのみだ。星々の舟は当時それほど面白いとは思わなかったのだが「すべての雲は銀の…」は凄く面白かった。読んでいて心地よかった。物語の内容もそうだが何よりも村山由佳の文章を読むだけで、活字を追うだけで、癒される気がするほど素敵な作品だった。これをきっかけに、この1ヶ月間の間に村山由佳の小説をまとめて10冊ほど読んだ。村山由佳は短めの作品が多く、また読みやすい文章なのでサクサク読める。なので10冊といってもそれほど時間はかからなかった。あっさりと読める。あっさりと読める小説を書く代表格といえばレッドリバーこと赤川次郎だ。レッドリバーの小説は漫画より速く読める。白土三平や秋本治ら辺の漫画(所謂コマ割の細かい昔の漫画)だったら赤川次郎の小説の方が速く読めるだろう。漫画よりも速く読めてしまう小説を書けるレッドリバーは皮肉では無く本当に凄いと思う。赤川次郎と同じ「あっさり系小説家」でも村山由佳の小説の方はやや文学的だ。読後に何も残らない、3日後にはストーリーを丸ごとすっぽりと忘れてしまうような、類の作品ではない。少しだけ残るものがある。
この方の小説は殆どが恋愛小説だ。ライトノベルのような青春ものの小説だ。初期の槇原敬之の曲(君は僕の宝物や花水木あたり)のような世界観の小説だ。ただひとつ違う点は、展開される恋愛の愛憎劇に兄弟が絡む点だ。「すべての雲は銀の…」は兄に恋人をとられた弟が主人公の話。直木賞を受賞した「星々の舟」は兄のことが好きな妹を中心とした家族の話。デビュー作の「天使の卵」は主人公が偶然好きになった女性が今付き合っている彼女の姉という設定だ。この他の作品も大抵兄弟姉妹が絡んだ物語が多い。以前、「爆笑問題のススメ」という毎週作家を迎える深夜番組に村山由佳が出演した際に語っていたのだが村山由佳はリアルに兄のことが好きだったらしい。その影響が多分に自分の書く小説に反映されているのだろう。多少どろどろした兄弟関係を持ち込むことでライトノベル風の文章ながら物語りに重みが生じているような気がする。ただ辟易もする。特に「BAD KIDS」は正直読んでいて苛々した。「BAD KIDS」の内容を簡潔に書くと、ラグビー部に所属する主人公の隆之は同じチームメイトでもあり幼馴染でもある宏樹に恋心を抱いている。ある日、宏樹に恋人ができる。その恋人は昔、今は亡き隆之の兄の恋人だった。それと同時に隆之の良き理解者であるもう一人の主人公の都は20歳も年上の芸術肌のカメラマンとの間に子供ができ悩む。悩みながらもひたむきに生きる隆之と都の18歳の青春群像だ。…こりゃないわ。短期間に10冊も読むとさすがに飽きる部分もあるが面白い小説を書く人には違いない。村山由佳、おすすめです。

追記
XJAPANと聖飢魔Ⅱが競演している映像を見つけた。まるで合コンのように向かい合って座っている構図はなかなか迫力がある。むっつりしているXJAPANが女で、はりきって喋っている聖飢魔Ⅱは男側ってとこだろうか。

再復活の前に話しておきたいこと

●ここ数日で岡村靖幸関連の嬉しいニュースがいくつか発表されたようだ。コアな靖幸ファンなら既に知っていると思うけど、せっかくなので一応このブログでも触れておこうと思う。
『Music Complex 2007』に岡村靖幸出演決定
今年で創刊35周年を迎えたぴあが開催する夏フェス、『Music Complex 2007』というのに岡村靖幸が出演するみたいだ。リンク先のサイトでは岡村靖幸の写真が一番目立つポジションに配置されているのがちょっと嬉しい。9月16日に開催されるフェスなのでまだ少し先の話だ。ってことは9月の中旬までは何も活動しないのか?嬉しいニュースには違いないけど。
「MUSICA」に岡村靖幸の独占インタビュー
7月14日に発売される「MUSICA」という音楽雑誌に岡村靖幸の独占インタビューが掲載されるようだ。インタビューのタイトルは「再復活の前に話しておきたいこと」。このインタビューは岡村靖幸が自らMUSICAへオファーを出して実現したらしい。なんてポジティブなんだ。このポジティブをもってすれば上記の夏フェスの頃にはニューアルバムを期待しても良いかもしれない。「再復活の前に話しておきたいこと」というのも常識的に考えれば前向きな内容のはずだ。予想するに「一連の出来事の反省とこれからの決意」といったところだろう。とりあえず靖幸ファンは今週の土曜日は大型書店に行って「MUSICA」を立ち読みしましょう。

●前回の記事でも書いたけどMAROON5のセカンドアルバム「It Won't Be Soon Before Long 」がたまらなく素晴らしい。このアルバムを絶賛した記事をブログに書こうと、ここ2~3日試みたのだがことごとく失敗している。改めて思ったのだけど音楽について書くのは難しい。音楽についての文章ってどんなのだったっけかと思い、ロッキンオンの最後の方の頁にたくさん掲載されているレビューを読んでみた。で、思ったのは、結局はテンションだ。筆者のテンション。どれだけ感動したか、痺れたかが伺える文章が個人的には良いと思った。音楽の専門用語を散りばめたところで実際に聴かないと解らないわけだし。わかりやすい簡単な言葉だとしても例えば「甘酸っぱいメロディ、高く柔らかな声、弾む鍵盤、涼風のようなビート」なんて書かれても聴く気にはなれない。あと音楽のレビューの方法としてよくあることだが難解で抽象的な文章も自己満足な感じがする。「生と死の狭間にある神秘とその向こうにある本質的な幸福のようなものを~」(ロッキンオンの某レビューから引用)とか言われてもね。一番読んでいて聴きたくなるのはテンションの高い文章。どれだけ自分が心揺さぶられたのかについて単純に書いた方が伝わりやすいものなのかもしれないな。

青森のテレビ事情

●テレビ情報誌は地域によって放送内容が違うからエリアによって関東版、東海版、関西版などが発売されている。北海道では、「北海道・青森版」という形で売られている。僕は北海道に住んでいるのでテレビ情報誌を読む場合、青森のテレビ欄は関係ないのだが何気に見てみると青森のテレビはひどい。青森のテレビ局は3局しかないのだ。これでは主要民放である日テレ、TBS、フジ、テレ朝を系列放送としてカバーできない。ちょっと青森のテレビ事情をネットで調べたところ、

青森放送ー日テレ系列
青森テレビーTBS系列
青森朝日放送(1990年設立)ーテレ朝系列


となっているようだ。
これを見て解るようにフジテレビ系列の放送局が無い。故に、フジテレビの番組の一部は青森テレビ(TBS系列)で放送するという処置をとっているみたいだ。また青森朝日放送は1990年設立だ。つまりそれ以前は、2局しかなかったわけだ。1990年というと決して大昔ではない。ある程度の年齢の人からすれば最近の話だ。これらの、青森のテレビ事情は個人的にはかなり衝撃的だ。僕がテレビっ子&フジっ子だからかもしれないがフジテレビの映らない地域なんて絶対に住みたくない。まだ夕張の方がマシだ(本当にマシか?)。青森では「笑っていいとも」がお昼に放送されず、その日の午後4時50分に撮って出し風に放送しているみたいだ。笑っていいともがお昼に放送されない地域なんて…。しかも青森ではつまらないローカル番組が多いらしい。そんなローカル番組をたくさん流すならその時間にフジテレビの番組をもっと放送した方がいいと思う。というよりフジ系列の局を青森に設立するべきだ。それが無理ならフジ系列が流れる隣県の岩手めんこいテレビが青森の方まで見られるようにカバーすればいいのに。青森のテレビっ子はきっと不憫な思いをしているんだろうなぁ。相当リアルに同情してしまうな。セーフティネットやらアメニティなんて言葉があるけど日本のどの地域にいても主要民放をあまねく視聴できるようにすることはもっと重要視されるべきなんじゃないかと思う。地デジとかの前に主要民放を青森に(沖縄もそうみたいだ)設置してほしいものだ。でも思えば、あのナンシー関は青森出身だ。ナンシー関は1960年代前半生まれだから、放送局が2局しか無い青森において青春時代を過ごしたということになる。…だから何だよって話ですが。

●先週のKANのラジオ「KANのロックボンソワ」でMAROON5のセカンドアルバム「It Won't Be Soon Before Long 」が紹介されていた(このタイトルは訳すと「もうそろそろ」みたいなニュアンスなのだろうか?)。30分番組なのにもかかわらず4曲も紹介していた。KANはこのアルバムをとにかく絶賛していた。上半期が終わったばかりなのに「2007年はもうこのアルバムで決まりでしょう」なんて言っていた。ありとあらゆる褒め言葉を駆使し、いかに傑作であるかを熱く語っていた。ということで買ってみた。KANのおかげで、以前ブログに書いた「ちゃんと聴かなきゃダメだ」の心持でしっかりと聴くことができた。もう6,7回は最初から最後まで通して聴いたな。これほど短期間の間に同じアルバムをヘビーローテーションで聴くのは久しぶりだ。さすが4年もかけて製作しただけあって完成度が高い。「良質なロック」って感じだ。ヴォーカルのハイトーンヴォイスがプリンスの歌声と少しだけ似ているところも好きだ。おすすめです。

正直しんどい

今日の記事は少々私的な内容だ。本来ブログというものはウェブ上に公開する日記なのだから私的な内容でも全く問題ないわけだが、個人的にはためらいがある。なんか「訊かれていないのに答える」というのが恥ずかしい。

明日おじいちゃんが入院している病院へお見舞いに行くことになった。もう3年位前から入院しているのだが僕がお見舞いに行くのは今回が初めてだ。前から、何度か親から一緒にお見舞いに行かないかと誘われていたのだが断っていた。理由はいろいろあるのだが一番の理由としては入院先の病院が遠いからだ。家から車で4時間以上かかる。でも今回はなかなかシビアな状況らしく孫として行かざるをえないみたいだ。そりゃあ、断固断ろうと思えば断れるのだが、人としてさすがに断れない状況なのだ。
明日の夜に4時間かけて祖母の家に行き一泊とまる。朝の早い時間に病院に行きおじいちゃんのお見舞い。仕事のため昼前にはまた4時間かけて札幌へ帰るという強行スケジュールだ。僕が今ため息ばかりついて心が鉛のように重い理由は幾つかあるのだけど、そのひとつは、祖母の家に一泊というイベントだ。祖母の家は一応一軒家で狭くはないのだが、ほぼワンルームだ。となると常に親と祖母に顔を合わす状態になるわけだ。決して仲の良い家族ではないからこれは相当厳しい空間になるだろう。仮に部屋があったとしても引きこもるわけにはいかないし。普段、家ではご飯を食べる時だけリビングに向かいそれ以外は自分の部屋で過ごしている。まるで下宿人のような生活をしている。故に、しんどい状況が予測される。多分これを読んだ方は「そんなのたいした問題じゃないじゃないか、ケッ」と思うかもしれない。でもね、家族というのは困難でそう簡単にはうまくはいかないシガラミがあるわけです。だから車中の4時間というのも相当精神的に疲労するだろう。
で、もうひとつメインイベントでもある、おじいちゃんのお見舞。僕が中学1年生の時以来会っていないから約12年ぶりの再会になるのだが今から心苦しい。前会ったときは元気だったし。それに僕とは血が繋がっていないみたいだ。はっきり言って血の繋がりなんて無くてもおじいちゃんはおじいちゃんなわけで僕は全く構わない。これは本当に心からそう思う。まぁ、親と血の繋がりが無いんだったらそれは僕なりに考えるところがあるが。祖父なら別に気にならないものだ。祖父に関するこの事実は割と最近ボンヤリと知った事実であって誰かから直接聴いたわけじゃない。だから明後日に迫ったお見舞いの際の光景を考えるだけで今から気が滅入る。正直しんどい。

追記
中川翔子の新曲「空色デイズ」。オリコンウイークリーチャート3位だったようだ。凄いなぁ。3,1万枚で3位だそうだ。10年前だったら考えられないけど、3位は3位。銅メダルだ。おめでとうございます。

evangelion

先日、某所で「新世紀エヴァンゲリオン」全26話をはじめてみた。「サブカルのすすめ」なんて大袈裟なタイトルをつけているくせにエヴァを見ていないなんて「あんた馬鹿ぁ」なんて突っ込まれそうだ。前にも一度書いたが僕はサブカルについて全く詳しくない。サブカルが何を指すのか曖昧だが、一般的にはアニメ、漫画、小説(主にラノベ)、ゲーム辺りだろう。これらのジャンルについて僕が知っていることは殆ど無い。どちらかというとハイカルチャーについての方が知識があるくらいだ。なので、エヴァンゲリオンは見たことが無かった。
見たことは無かったが断片的な知識はたくさんある。中川翔子はアスカや綾波レイのコスプレをブログでよくしているから知っているし「私が死んでも替わりはいるもの」だとか先述した「あんた馬鹿ぁ」などのセリフも知っていた。また、綾波レイの声(なかの人)を担当している林原めぐみのラジオ「林原めぐみのハートフルステーション」はかれこれ7,8年聴いている(途中聴いていなかった時期もあるが)。このラジオではエヴァについて、また綾波レイについて林原めぐみが語ることもあるし、エヴァ関連の情報は逐一紹介されている。だから見てはいないのに断片的な知識はある。あと、全然関係ないけど、エヴァが流行っていた頃「ウッチャンナンチャンのウリナリ」のなかのコーナーに「ナヴァンゲリオン」というのがあった。エヴァのパロディで「ナヴァ」というのは南原にちなんでいる。コーナー内容は忘れたけど当時は話題になっていたな。本当にどうでもいい話だけど。ということではじめて見る作品なのに所々既視感のようなものを感じながら見ることになった。
で、感想を率直に言うと「意味不明」の一言に尽きる。特に終盤の22~26話あたりが理解できなかった。エヴァの放送が終わってから10年経った2007年においてエヴァの終盤について苦言を呈するというのはどうなんだろうか。どんだけ時代錯誤で失笑をかう行為なのだろうか。うまく把握できない。ま、そこは気にしないでおこう。最後の2話なんて紙芝居じゃないか。アニメーションじゃないもの。写真が出てくるし文字がたくさん出てくるし。物語が説明主体になってしまっている。説明主体なのに意味不明だし。あーいうのは斬新な方法なのかもしれないが個人的には手抜きにしか感じられなかった。
こんな風に書くと駄作のようだが、終盤の内容を愚痴る理由はそれ以前が凄く面白かったからだ。1~20話くらいまでの僕とエヴァとのシンクロ率はかなり高かった。ワクワクしっぱなしだった。8話のアスカが登場した辺りからは特によかった。使途との戦闘シーンとそれ以外(学園シーンとか)のバランスは良いし、それぞれの登場人物がが過去に影を背負っている設定も見ごたえがあった。女キャラはみんな魅力的だし且つちょいエロなシーンも多少あって、「あ~これが一世風靡したエヴァか、なるほど!」と感動しながら見ていた。最後の半ば前衛的な終盤を含めた上でも名作だと思うが個人的にはもっとわかりやすい終わり方にしてほしかったな。

追記
中川翔子は前に「自分たちの世代はドラゴンボール、エヴァンゲリオン、セーラームーンだ」みたいなことを言っていた。残すはセーラームーンなのだがこれはさすがに見ないだろうな。セーラームーンを降格させてスラムダンクを挿しいれたいところだ。
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第332回:10月12日
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