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サブカルの戯言 2008年1月

第6回1月1日
えっ、マジ、平成20年、嘘だろ。

第7回1月2日
赤川次郎の「純情可憐殺人事件」を読み終わった。さすが赤川!可もなく不可もな素敵な作品だった。

第8回:1月5日
テンプレは一度替えるとなかなか決まらない。

第9回:1月6日
今年はこの金魚のテンプレでいこう。魚で一番悲しい金魚、金魚で一番悲しいらんちう

第10回:1月10日
1月・第2週のテレビは物寂しい。まだゴールデンタイムでは特番が放送されているけど、1月・第1週の特番と比べると、お金のかかってなさそうな番組ばかりだ。

第11回:1月14日
あまりニュースになってないけどアンタッチャブルの柴田が急性肝炎で入院して一ヶ月以上経つ。いまだに復帰未定。さすがに心配になってくるなぁ

第12回:1月15日
月9の「薔薇のない花屋」をたまたま見たのだけど、普段全くドラマを見ないせいか、面白いのか面白くないのかすら判断がつかない。

第13回:1月17日
ZARDのベストがまた出るようで。さすがにエゲツナイ。

第14回:1月18日
ビールを飲みながらバナナを食べると意外と美味しい。

第15回:1月19日
雪降りすぎ。寒すぎ。マイナス26度って。沖縄に行きたい。でもハブ怖い。センター試験がんばれ!

第16回:1月20日
映画「ピューっ吹くジャガー」もう公開されてるのか見に行かないとな。どうやらおぎやはぎの小木や板尾も出演しているらしい。想像しただけで笑けてくる。

第17回:1月22日
バンド「たま」でブログ検索すると〝たまに〟やら〝立ったまま〟やら〝乗ったまま〟やら挙句の果てには〝ほりきたまき〟なんかが検索されて肝心のバンド「たま」の情報が得られない。

第18回:1月24日
てっきり昨日は「岡村ちゃん大百科」のダイジェスト盤のリリース日だと思っていたの、3月26日に延期になっているじゃないか。がっかり。

第19回:1月27日
映画「ハムナプトラ 失われた砂漠の都」をBGMで流しながら本を読んでいたのだが、フリーザの声の人の存在感が強すぎて本に集中できなかった。

第20回:1月29日
新聞に掲載されているちびまる子ちゃんの4コマ漫画。ふと思ったのだが卑怯者・藤木オチがやたらと多くないか?

第21回:1月30日
29日からローソンで限定発売されている中川翔子プロデュースの「スカシカシパン」を食べた。普通の菓子パンだったな。可もなく不可もなく。そういえば「しょこたんブログ」がヤフーからエキサイトに移行するようだ。ってかもうしたみたい。裏事情がかなりきな臭い模様。
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サブカルの戯言 2007年12月

新カテゴリーに「サブカルの戯言」を追加。チリも積もれば山となるわけだ。これから毎月最終日はその月の「サブカルの戯言」で書いた文章をドバーっと載せていこうと思う。

第1回:12月25日
このスペースでは短文ですが「ほぼ毎日」何かしら更新していこうと思います。付記のようなものです。それにしても、堂真理子の結婚には軽くショックを受けた。堂の潜在ファンって結構いると思う。と、まあこんな感じで更新していきます。

第2回:12月26日
笑っていいとも特大号に鶴瓶が出ていないな。なんでだろう。ものまね歌合戦のトリをつとめた関根とぐっさんは使い古された持ちネタだったしちょっと残念だ。

第3回:12月28日
鳥居みゆきが「戸川純みたいになりたいです」と言っている昔のインタビュー映像がニコ動にアップされていた。やっぱり、そうか!あの挙動不審ぷりは戸川純っぽいと思っていた。

第4回:12月29日
「すべらない話」に伊集院光が出てる!!これは楽しみ。前回不評だっただろうに今回も無駄に豪華なゲストがたくさんいるよ。

第5回:12月30日
明日で忙殺の日々が終わる。正月は朝から酒飲んで食べて寝て、お笑い番組見て、出来れば2冊くらい小説読んで、ブログ更新して、押入れの奥の方に埋もれてある普段聞かないアルバムを引っ張り出して聴いたりしよう。そして、散歩がてらブックオフにでも行ってこよう。…ジミだな。でも文科系インドア派な自分としては海外旅行なんかよりこっちの方が何倍も楽しいんだからしょうがない。

岡村靖幸 ライブDVDレビュー(後半)

ファンシーゲリラ Video Shop 92★★★★
岡村靖幸のライブDVDのなかでは前作の「Live家庭教師'91」と双璧をなす程の人気を誇る、「ファンシーゲリラ Video Shop 92」。略称は「ファンゲリ」。1992年といえば岡村靖幸の親友・尾崎豊が亡くなった年であり、表舞台から遠ざかりはじめた年。引きこもりかけはじめた年であり、太りはじめた年だ。今の岡村靖幸と比べればファンゲリの頃の体型はまだまだ痩せている。しかし、僅か1年前に収録された「Live家庭教師'91」での激痩せしている岡村靖幸と比べたら確かに太りはじめていることは明らかだ。推測するに6~7キロほど増量していると思われる。この頃はまだ自分大好きなナルシスト気質だったためか、きっと自分のルックスが許せなかったのだろう。ファンゲリの映像は全編にわたり痩せて見えるように映像が加工されている。全体的に〝もや〟がかかっており、ボヤけている。さらに体系をシュッとスマートに見せたいのか縦長の映像になっている。明らかにアス比がおかしい。
映像に関しては残念だが、それを補って余りあるほどの魅力がファンゲリにはある。まずは歌唱力、といよりも「声」だ。艶やかな低音ボイスが非常に心地よい。エロい息遣いでねっとりと歌っている。今の声とは大違いだ。演奏レベルも高い。どの曲でもベースの音がやや大きめにめに入っているのだが、全くの音楽素人な自分はとりあえずベースの音ががフューチャーされていれば単純に「格好いいな」と思ってしまう。またライブ用に構成されたアレンジ(ファンゲリバージョン)で演奏されているのもうれしい。
見所は1曲目の「カルアミルク」だろう。曲が良いのは勿論だが、特筆すべきは、一通り歌い終わってからだ。後奏にのせてアドリブ(?)で歌いだすのだ。弾き語りの時のように、メッセージ性の強い言葉で歌っている。親友尾崎豊の死も多少は関係しているのかもしれない。結構長いことアドリブで歌うのだが、なかでも個人的に好きなフレーズは

せっかく生まれて来たからには
スーパーファミコンなんかには負けなくないぜ!
俺は靖幸ちゃんだぜ!
ファイナルファンタジーやドラゴンクエストや
女神伝説なんかにゃ負けたくないぜ♪

…岡村ちゃん節だなぁ、面白い。面白いといえば所々に、うつみ宮土理が登場する。岡村ちゃんが歌いながら胸元を露にするシーンでは突然画面の右下にうつみ宮土理がワイプで登場し「ワオッ」とか言ってる。DVDの最後には岡村靖幸とうつみ宮土理がスタジオらしき場所で談笑している映像が流れていたりして、ちょっとシュール。先述したようにただでさえ映像が加工されていて不思議な雰囲気が漂う動画なのに、そこにうつみ宮土理が現れた日には苦笑するしかない。ファンゲリのポイントは「声」。岡村靖幸のセクシーな歌声が聴きたい人におすすめ。

Symposiumフレッシュボーイツアー2003★★★★★
タイトルを見ていただければ一目瞭然だが、前作から単純計算するに11年経過している。20世紀から21世紀になり、もはや都市伝説化していた岡村靖幸の復活ライブ。会場はzeep東京。すっかり太り、自ずとダンスのキレは落ち、声は潰れ、高音域は出ていない。このDVDを見て失望した人もなかにはいるのかもしれない。…それじゃシンポジウムは駄作なのかと言えば違う。全然違う。文句なく5つ星!!このライブはある意味「Live家庭教師'91」を超えるほどの超傑作ライブDVDだ。声が出てないとか太っているとか、正直そんなことはどうでもいい。あの岡村靖幸が長年の沈黙を破り、以前とは変わり果てた姿になりながらも、果敢に一生懸命に歌っている姿、そして、そんな岡村ちゃんを暖かく優しく応援するファンの一体感が泣ける。背筋が震えるほどの感動的な素晴らしいライブだ。
サウンド面は近年の岡村靖幸らしい(アジャパイやら石野卓球あたりの影響によるものと思われる)いわゆるクラブっぽいアレンジを往年の名曲「スーパーガール」「生徒会長」「聖書」などに施されていてとても新鮮だ。オープニング曲は「いじわる」なのだが前奏がはじまってもステージ全体を覆い隠す大きなカーテンが張られている。結局歌いだしのAメロがはじまってもカーテンは閉ざされたまま岡村靖幸の歌声だけが響くという異様な展開。サビ直前になったところで一気にカーテンが開くわけだがそのときの岡村ちゃんの佇まいと怒涛の歓声。この演出は何度見ても痺れる。「いじわる」から「あのロン」までのメドレーは本当に一見の価値あり。そしてラストの「OUT OF BLUE」はもう圧巻だ。ファンと岡村ちゃんとの一体感は今まで見たどんなライブ映像よりも密接であり親密だ。人間味あふれる岡村靖幸と暖かい靖幸ファンによる驚異の一体感を体験したい人におすすめのDVD。

Me-imi Tour 2004★
アルバム「ビジネス」とともにリリースされ、現時点では一番新しいライブDVD。これをリリースした数ヵ月後に逮捕。そして裁判→オツトメ→出所→東京環境会議→はっきりもっと勇敢になって→告白ツアー→アンコールLIVE「告白」というような時系列になるわけか。「Me-imi Tour 2004」は殆ど見ない。やはり上記のような背景が嫌でも頭に入ってくるし、そういう目で見ると確かに目の下にどす黒いくまがあるし顔色は悪いし…あまり視聴して心躍る気分にはなれない。シンポジウムと比べるとファンとの一体感は希薄だ。ライブ自体もあまり盛り上がっていないように見える。
アルバム「Me-imi」からの先行シングル「ミラクルジャンプ」はなぜか収録されてないし、「真夜中のサイクリング」ではずっと前列の客席をうつしている。どういうことだ?極めつけは得点映像だ。本来は30分程度のオフショットがあるはずだったのに実際は打ち上げ映像の模様が1分程度あるだけ。残念な点が多い。…良いところも書こう。まずシンポジウムと比べると多少痩せている。自ずと動きもシャープになっている。名曲「19(nineteen)」が収録されているのは貴重だ。今や岡村靖幸の真骨頂となっている「ア・チ・チ・チ」から「聖書(バイブル)」のメドレーが見られるのはこのDVDだけだ。一番の盛り上がりは「ハレンチ」だ。もともとノリの良い曲だが編集の妙(最悪な編集だがハレンチは例外)もありかなり上出来。途中興奮した岡村ちゃんがバックダンサーを突き飛ばす所(演出だろうが)はユニークだ。…とまぁ半ば無理やり良いところを探してみた。zeepと比べると会場のキャパが大きすぎる(東京ベイNKホール)ため、自ずと岡村靖幸とファンの間の距離は遠い。そのため一体感が薄く全てが散漫になり盛り上がりの沸点が低くなっている印象がある。実際にこの日のライブに行った人の感想を読む限り、結構盛り上がっていたようだ。やはり編集かなぁ。あまりおすすめはできないライブDVDだ。

岡村靖幸 ライブDVDレビュー(前半)

時の流れは早いものであと2週間ちょっとで、岡村靖幸アンコールLIVE「告白」がはじまる。東京、大阪、そして振り替え公演となった名古屋の3箇所の小規模ツアーだ。今からどんなライブになるのか楽しみだ。思うのだが(僕の個人的な希望的観測がやや含んではいるものの)2月に行われるアンコールのライブが終わったら、今回の「告白ツアー」のライブがDVD化されるのではないだろうか。去年の11月7日に行われたZEEP東京でのライブにはカメラが入っていたらしいし。今のところ、残念ながら、ニューアルバムのリリースの予定はなさそうですし。「告白ライブ07(仮)」がリリースされる可能性は高いと考える。ってか、してほしい。ということで、今日の記事では、岡村靖幸のライブDVD「告白ライブ07(仮)」がリリースされることを勝手に前提とした上で、過去にリリースされたライブDVDの簡潔なレビューを復習もかねて振り返ってみようと思う。

Date Love & Sex 88★★★★
若干23歳の初々しい岡村ちゃんのパフォーマンスが拝見できる。とにかく初々しい。冒頭からノリノリなファンクネス「Young Oh! Oh!」で観客をアゲアゲの状態にし、踊りまくり、曲の間奏ではなぜか指揮者のように両手を上下左右に動かしている。ステージ上にはバスケットゴールやベッドがセットされており、岡村ちゃんの敬愛する殿下・プリンスへの影響が伺える。若いだけあって声は出ているし踊りもキレキレ。「イケナイコトカイ」では突然泣き出すというハプニングがある。そのため、冒頭のサビの部分は演奏だけが流れるなか、目頭を押さえ歌えない岡村ちゃんが映し出されている。ファンの間ではこれは嘘泣きあるいは演出ではないかという説が一般的のようだ。僕も嘘泣きだと思う。だってその後ナルシスティックに観客に向かってバラの花束を投げているし。ラストの曲は定番の「OUT OF BLUE」なのだが、この曲を歌う前には貴重なMCが収録されている。岡村靖幸のMCが収録されているライブDVDは「Date Love & Sex 88」のみなので貴重だ。若さ炸裂で元気溌剌な微笑ましい岡村靖幸を見たい人におすすめ。

Peach Show 89★★
収録時間が短い。その上編集がひどい。素材は良いのだが編集により残念な結果となっている。45分ほどのDVDなのだがその内20分近くが岡村靖幸の弾き語りだ。この弾き語りは、いかにもな岡村ちゃんらしさが滲み出ていて面白い。しかしだからと言って、20分も尺をとる必要は無だろう。そのおかげで残り25分程度の短時間に10曲くらいを無理やり詰め込めている。もちろん曲はフルヴァージョンで収録されておらず編集によりザクザクぶった切られている。数十秒しか収録されていない曲もある。このライブは89年9月に行われた日本武道館での模様だ。「だいすき」がスマッシュヒットし岡村靖幸の長い音楽活動のなかでもっとも輝いていた時期といっても過言ではない黄金期だ。そんな素晴らしい時期のパフォーマンスであるのに編集によりかなりの消化不良を起こさせる出来。完全版のリリースを希望したい、素材は良いのだから。

Live家庭教師'91 ★★★★★
文句なく5つ星!最高傑作である。アルバムでもそうだが岡村靖幸作品においては〝家庭教師〟という4文字が入っている作品は、まず間違いない。ライブDVDに関してもこの「Live家庭教師'91」が最高傑作だ。もちろん人それぞれ好みは違うから一概に最高傑作とは言ってはならないのかもしれない。実際、家庭教師'91での岡村靖幸はあらゆる点で完璧すぎるが故にあまり好きじゃないというファンもいるようだ。確かに岡村靖幸の愛すべき魅力のひとつに「情けなさ」というダメ男あるいは社会不適合者的な要素はあると思うが、たまには隅々まで完璧な岡村ちゃんというのも良いものだ。「イケナイコトカイ」での歌唱力は目を見張るものがあるし、ダンスはキレキレだ。「Date Love & Sex 88」のような勢いだけのがむしゃらなダンスではなく、あらかじめ振り付けされたダンスをバックダンサーと共にきっちりと踊っている。これがかなり上手。特にDATEメドレーでの一連のダンスはプロのダンサーのようにしなやかだ。いまや伝説と化している家庭教師の間奏での寸劇の変体具合。ラストに歌われる「あの娘僕がロングシュート決めたらどんな顔するだろう」での刹那的な哀愁。この極みがかったトータリティ、クオリティは奇跡的だ。岡村靖幸のライブDVDをどれから見たらいいのかわからない人は(そんな人いないと思うが)ぜひ「Live家庭教師'91」から入ることをおすすめする。

知久/口笛/名盤

●2月に元『たま』の知久寿焼が北海道でライブツアー(「知久寿焼の北海道旅行2008」というタイトル)を行うようだ。これはぜひ参戦したい。ただ、公式サイトで詳細を見たところ会場は喫茶店や商店となっている。いわゆるキャパの小さい会場でのライブのようだ。いくつか会場となる場所の実際の写真をネットで調べたのだが、ライブハウスよりも小さいキャパだ。会場というよりは部屋だ(TOSHIの癒しのコンサートみたいな感じなのだろうか)。これはちょっと迷ってしまう。ファン暦30日未満の自分が、のこのこと一人で行くには勇気がいる。アルバムだって「さんだる」の一枚しか持っていないしなぁ。ファンの平均年齢はきっと高いだろうし、絶対に浮くだろう。そういえばローリングストーンズやらクラプトンやらが日本でドーム公演する場合、集まったファンの半分以上は「にわかファン」であると昔何かの雑誌に書いてあった。会場のキャパの大きさとにわかファン率が比例するのならば、知久寿焼のライブは年季の入ったコアなファンが多そうだ。もうちょっと検討しよう。

●口が不器用だ。まず、口笛が吹けない。口を尖らせ、息を吐き出す角度をいくら調整しても「ヒュー、シュー、ヒュー、シュー」。…まるで永久運動のようにヒュー、シューの繰り返し。決してピューとは鳴らない。きっと口笛の習得って先天的なものだ。だっていい大人がこんなに練習しているのに鳴らないのだから。口笛を自由自在に吹ける人が羨ましい。憧れる。
一般的に、口笛は行儀の悪い行為とされている。口笛が吹ける人なら子供の頃に口笛を吹いて親や先生に怒られた経験が一度はあるのではないだろうか。僕は子供の頃、なぜ口笛が〝褒められた行為〟じゃないのかうまく理解できなかった。だって口笛はゲップやオナラと比べれば音色は遥かに綺麗だし、臭くないし、何よりも旋律がある。聴き手に不快感を与えないはずだ。なのに時としてゲップやオナラよりも怒られるのだ(不可抗力ではないからか)。思うに口笛が行儀の悪い行為とされるようになった起源(はじまり)は、僕のような口笛の吹けない人達が吹ける人に対して向けた嫉妬と羨望によるものかもしれない。

微妙に話しがズレてきたので戻す。
口が不器用…巻き舌もできない。基本的に日本語は巻き舌ができなくても不便の無い言語だが、巻き舌ができた方が格好いい。巻き舌を歌唱に取り入れている歌手といえば椎名林檎だが、あんな風に巻き舌が出来たら楽しいだろうな。巻き舌の練習方法として有名なのは「さっぽろラーメンとろろいも」だ。これを何回も繰り返し発音すると「とろろ」の部分が自然と巻き舌になるとのこと。アルファベットで表記すると「Tororo」が「Torrrrrrrrr」ってことか。この文章を書いている今も「さっぽろラーメンとろろいも」と反芻しているのだが悲しいほどに「Tororo」だ。

挙句の果てには風船ガムで風船がつくれない。なんかここまで来るともしかしたらネタだと思われるかもしれないが本当の話だ。原理はだいたい理解できる。ガムを薄っぺらくして、舌に広く均等に貼り付けて、口をすぼめて息を吹けばいい。理解はしているんだけど全くできない。まぁ、でも風船ガムなんてかれこれ10年以上噛んでないから、今なら案外出来るようになっているかもしれないが。いずれにせよ、口周辺のスキルが低すぎる。別にいいけど。

●フリッパーズギター解散から2年後にリリースされた小沢健二のファーストアルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む(dogs)』はやはり名盤だなぁと最近つくづく思う。小山田圭吾は「尾崎豊みたい」と批判したようだが僕は『犬は吠えるがキャラバンは進む(dogs)』の頃のオザケンの「尾崎豊みたい」な所が好きだ。

攻撃再開

XJAPANの復活ライブが正式に決まったようだ。東京ドームで3月28日と3月30日の2デイズ。ライブタイトルは「XJAPAN 攻撃再開 2008IV ~破滅に向かって~」だそうだ。…いやはや、エックスらしいな。まず目に付くのは「攻撃再開」の4文字。XJAPANって意外とタイトルには横文字ではなくて心持青臭い漢字を使うんだよな。過去には「爆発寸前」や「無敵」といった言葉の入ったライブタイトルがあったし。やはり、どんだけ世界規模で人気が出たとしても、YOSHIKIがロサンゼルスでいくらハイソサエティー な生活をしていようとも、結局〝根っこ〟にあるものは館山のヤンキー魂なんだと思う。〝夜露死苦〟みたいな、そういうのが好きなんだろうな。92年のエクスタシーサミットでの、まるでヤンキーの集会みたいな空気感が土台にあるんだろう。あと「破滅に向かって」というのは確か1992年の東京ドーム3デイズの公演タイトルだ。これを今回の復活ライブタイトルに持ってきたのには何の意味があるのだろう。冷静に考えて、もう今年で43歳なんだし、破滅に向かっては、年齢的に危険だと思うのだが…。まあ、でも先日のインタビューでは「同窓会みたいにはしたくない。危ないコンサートにしたい」というような発言があったようだし、縦横無尽にやんちゃに楽しく「無敵」なライブになればHIDEも喜ぶと思う。

ちなみに3月28日は「破壊の夜」、30日は「創造の夜」と個別にタイトルがついているようだ。それに伴いライブ構成も替えるようだ。エックスファンならこれを聞いて瞬時に想像しただろう。去年リリースされたライブDVD「白い夜」と「青い夜」を。白と青の二作品はそこそこ売れたようだから、同様に「破壊の夜」「創造の夜」もライブDVDでリリースされるんだろうな。絶対するよ。さすがYOSHIKI、ビジネス面でもしたたかだ。

タワーレコードで行われた公開インタビューではメンバー4人のトークが10年ぶりに実現した。これは凄い貴重だ。TOSHIも普通に喋っていたので安心。それにしても、TOSHIが喋るときは妙な緊張感が生じる。どういった種類の緊張感かというと、つまりは「変な空気になるような発言は控えてくれよ」という周りのただならぬ心配による緊張感だ。とりあえずインタビューを見る限り、以前のTOSHIと全く変化していなかったのでよかった。TOSHIとYOSHIKIのトークも十分貴重だが、個人的にはYOSHIKIとHEATHのトークにも注目したい。この二人の会話って実は今まで無かったような。ようつべには膨大な数のX関連の動画があるが、二人の会話が写っている動画は多分一つも存在しないと思う。ライブ映像を見てもHEATHのカットは極端に少ないし(ライブ映像の編集をしているのはYOSHIKI)。もしかしてこの二人は不仲なのかと思っていただけに、今回のトーク(まあトークという程のものではないが)は嬉しい。当然といえば当然だけどHEATHはYOSHIKIに対して敬語なんだなぁ。

タワーレコードで行われたXJAPANのトークイベントは翌日の朝の情報番組で各局取り上げていたようだ。その映像を後日YOUTUBEで見たのだが、日テレの「スッキリ」は駄目だわ。解散後から現在のエックスを振り返るVTRでナレーターが「Xの解散後ギターのHIDEさんが自殺」と言っているのだ。自殺?何を言っているんだ。これってさ、絶対わざとだと思うのだが。スッキリが悪意でやっているのではと訝ってしまう。不慮の事故で亡くなった人に対して「自殺」だなんて平然と言うのは配慮が無さ過ぎる。

たまで「さんだる」

1990年7月にリリースされた、たまのメジャー1stアルバム『さんだる』。たまのアルバムのなかでは一番売れたアルバムだ。89年に出演したイカ天で世間の注目を浴び、1990年の5月にリリースした「さよなら人類」は驚異的なセールスを記録。当時のたまを巡る動画をいろいろと見たのだが、扱われ方がまさに「時の人」である。最近でいえば小島よしおの様なものだろうか。社会現象としてNHKで取り上げられたり、その年の現代用語の基礎知識に「たま現象」という言葉が掲載されたり。たまは、1990年(あるいは昭和から平成の移行期)を象徴するバンドなのだ。そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの1990年にリリースした「さんだる」。売れないわけがない。

たまは非常に変わったバンドだ。メンバーは4人。ドテラを着たきのこ頭の、知久寿焼。「さよなら人類」の作詞作曲をした、柳原幼一郎。松本人志に「たまのランニング」と命名された石川浩司。たまがアマチュア時代ベースを募集した際にベースが弾けないのに応募し強引にメンバーになった滝本晃司の4人だ。4人ともそれぞれ作詞作曲をしヴォーカルをとる。普通のバンドはヴォーカル担当者は一人だが、たまはもともとソロシンガーの集まりだから自然とそうなったようだ。1990年当時は「日本のビートルズ」なんて称されていたようだが、みんながヴォーカルを取るという意味では「日本のビーチボーイズ」の方が相応しいと思う。その際のブライアンウィルソンは誰がなんと言おうと知久寿焼だろう。

たまを熱心に聴くようになって割と早い段階で気づいたことは、知久寿焼の唯一無二ぶりだ。基本的にたまのメンバーはみんな希有な才能の持ち主なのだけど、知久寿焼はちょっとずば抜けている。才能の塊だ。天才といっても決して大げさではないと個人的には思う。知久寿焼の歌の世界観は、「三丁目の夕日」的な懐かしい日本の風景とつげ義春的ないわゆるガロ系のアングラテイストを足して二で割った感じだ。一見、古き良き時代の純日本的で和風な世界観なのだがその裏側にはびっしりとおぞましい程にトラウマの種子が内包されている。はっきり言って怖い。でも圧倒的な凄みがある。

以下、「さんだる」に収録されている曲を各メンバーごとにわけて感想を書く。

さんだるに収録されている知久寿焼の曲は「らんちう」「方向音痴」「おるがん」「ロシヤのパン」の4曲だ。どの曲も一聴しただけで知久寿焼の曲だとわかる。スローテンポでどこか悲しげな歌だ。サウンドの基盤はフォークなのだが、石川浩司(ランニング)が曲中にいきなり発する奇声やらゴスペラーズも驚くのではないかというほどの秀逸なハーモニーやら、楽器にアコーディオン・縦笛・桶(ドラム代わり)などを使用したりやらでいろんなものが化学変化し結果的にプログレッシブ・フォークとなっている。一筋縄ではいかない独特の世界観が展開されていている。これは一度はまるとなかなか抜け出せないだろう。それくらい吸引力の強い曲ばかりだ。

柳原幼一郎が「さんだる」で作詞作曲した曲は「さよなら人類」「オゾンのダンス」「どんぶらこ」「れいこおばさんの空中遊泳」の4曲。まず触れるべき曲はやはり「さよなら人類」だろう。たまに特に関心のない人達にとっては「たま=さよなら人類」であるし、場合によっては「さよなら人類>たま」といった図式があり得ることもあるかもしれない。「さよなら人類」は名曲だが、たまをある程度知ってしまった現在の僕にとっては、複雑な曲でもある。結果としてこの曲の存在によって一発屋のレッテルを貼られるようになったわけだし。さよなら人類はメロディがキャッチーでいわゆる売れる要素のつまった曲だがもっと優れている点は歌詞だ。歌詞は最初から最後まで全編に渡って暗喩によるメタファーが潜んでいる。一見すると意味不明な、まるで井上陽水が書くような種類の歌詞にも見えるが、どうやらこの曲には辛辣なメッセージが隠されているようだ。歌詞の意味について書かれたサイトはいくつかあるようだがそれぞれに解釈は微妙に異なるようだ。ただ一つ言える事は、楽しげなメロディとは裏腹に歌詞は絶望的かつ悲観的だということだろうか。柳原幼一郎の作る曲は大衆向けのキャッチ-なものが多い。アングラ思考の他のメンバーと比べると随分売れ線の曲が多い。「オゾンのダンス」は「さよなら人類」の次に売れた曲だと思われる。先日カラオケで歌ったが爽快な曲だ。「れいこおばさんの空中遊泳」も歌詞はちょっと意味不明なのだけど明るい陽気な旋律だ。たまのメロディメーカーである。

たまのランニングこと石川浩司の曲は「学校にまにあわない」の1曲だ。1曲だが10分以上ある長い曲だ。石川浩司はつげ義春の熱烈なファンであるらしいが、この曲はつげ義春イズムによるシュールリアリズムが存分に発揮された曲のようだ。曲の構成も落ち着いたトーンで歌ったり、激しく絶叫しながら歌ったり、演劇のような語りあるいは朗読が入ったり、様々な構成が練られている。カオスという言葉がこれほど違和感なく馴染む曲は「学校にまにあわない」の他にないだろう。

ベースの滝本晃司の曲は「日本でよかった」「ワルツおぼえて」の2曲だ。滝本晃司という人はたまのなかではかなり目立たないキャラだ。ルックスも普通だし、作る曲もスローテンポのバラードが多い。声は非常にダンディで個性的な声だが歌唱力は正直言って…だ。「さんだる」に収録されている上記の2曲は個人的にあまり好きな曲ではない。殆ど聴いていない。滝本晃司に関しては「さんだる」以降の方が活躍している。後には名曲「海にうつる月」や劇場版ちびまる子ちゃんの挿入歌「星を食べる」の作詞作曲をしているようだ。またアーティスティックなメンバーのなかで唯一の元社会人であり、たまの事務所の社長をしているなど実務的な部分で重宝されている人でもある。

「さんだる」はメンバーがそれぞれ作詞作曲をしているので(たまのアルバムは全てそうだが)自ずとコンセプトアルバムとしての統一感は希薄だ。ただ、たまのメンバーは皆一様にアングラ風味の怪しげな風貌であるから映像で見ると、どの曲でも妙な一体感がある。たぶんたまがエグザイルの曲を歌ったとしても、たまの色に完全に染めてしまうのではないかと思うくらい強烈なオリジナルが醸し出されている。これほどまでにオリジナルなバンドはたま以外にはなかなか居ないと思う。今の時代、マイナー以外の何者でもない『たま』だが再評価するに値する偉大なバンドだと僕は思う。

音源

尾崎豊が中島みゆきのオールナイトニッポンにゲスト出演した回の音源をニコニコ動画で聴いた…‥…ってさらっと書き出しはじめたけど凄いことですよ、これは!!この凄さは別に尾崎豊か、中島みゆきかのどちらかのファンじゃなくともこの二人の接触が如何に貴重であるかくらいは容易く理解できるだろう。去年、ようつべで鳥山明が徹子の部屋にゲスト出演した動画を見たときと同じくらいの衝撃・感動だ。いやぁ、いい時代になったもんだ。20年以上前のラジオの音源が聴けるんだからねぇ。以前、岡村靖幸初主演映画「どんなことしてほしいのぼくに」についての記事を書いたとき劇中の岡村靖幸と戸川純の共演がどれだけヨダレもの且つ夢の共演かについて熱く書いたがこれはなかなか伝わらなかっただろう。でも、今回は違う。尾崎豊と中島みゆきの共演は誰もが一目置くのではないか。誰もがちょっと驚くでしょ、中島みゆきと尾崎豊の組み合わせって。それくらいビッグネーム同士の共演だ。とは言っても、中島みゆきのオールナイトニッポンに尾崎豊がゲスト出演したのは1986年の一月上旬。ちょうど今から22年前。当時尾崎豊はデビューから僅か2年程の若干20歳。中島みゆきは、まだ33歳。1986年当時でも十分お互いカリスマ性のあるメジャーな人気歌手ではあっただろうけど、まだまだ若手の二人。お互い今ほどのビッグネームでは無かったからこそ実現した共演なのかもしれない。

肝心のこの二人のトークだが全くかみ合っていない。30分弱の出演なのだが尾崎は殆ど喋っていない。喋ったとしてもひどく小声でボソッと一言喋るだけ。まるでナイーブな文学青年ようだ。逆に中島みゆきは、はしゃぎまくっている。別に尾崎豊がゲストに来たからはしゃいでいるわけではない。中島みゆきファンなら言うまでも無い常識だが、ラジオでの中島みゆきはテンションが異様に高くとにかく汲々と喋る喋る。歌のイメージしかない人が聴いたら吃驚するだろう。オールナイトニッポンの長い歴史の中でも神格化されるほどのディスクジョッキーなのだ。殆ど喋らない尾崎豊と興奮して喋りまくる中島みゆき。あまりにも相対的で面白い。

焦るんだ女子

岡村靖幸のマイスペースに曲がいくつかアップされていた。いつもはマイスペースのブログの方だけをチェックしているので今まで気づかなかった。ブログは去年の11月から更新がストップされているので、「まぁ、岡村ちゃんだし、仕方ないか」と思っていたのだが、まさか曲がアップされるとは。なんて活動的なんだ。良い傾向だ。マイスペースミュージックにアップされた曲は、「yac remix」「晴れのちブルーボーイ」「naichaidemo」の3曲だ。特に大きな期待もせず聴いたのだが、これ、かなりイイよ。最近は、「たま」ばかりをヘビィローテーションで聴いていたので「たま>岡村靖幸」になりつつあったのだけど(実際、今年に入ってから岡村靖幸の曲は殆ど聴いていなかった)マイスペにアップされた3曲を聴いて、やはりなんだかんだで「岡村靖幸>Wall not exceeded>たま」であることを再確認した。せっかくなので各曲の簡単な感想を書こう。

yac remix
てっきり新曲だと思って聴いていたのだが違うみたいだ。冒頭の方の歌詞に「あせるんだ女子はいつも目立たない君を見ている♪」という歌詞がある。あれ?どこかで聴いたことのある歌詞だ。調べてみると岡村靖幸が桜塚やっくんに提供した曲だった。やっくんに提供した曲のリミックス。故に「yac remix」というタイトルなのだろう。サウンドはテクノあるいはトランスっぽくて、いかにも近年の岡村靖幸らしい音だ。タイトルにもなっている「あせるんだ女子は~」って歌詞からは『青春』『思春期』『部活』といったような往年の岡村靖幸らしさが感じられてなんだか微笑ましい。出来れば90年代中頃の「禁じられた生きがい」に収録されている楽曲のようなアレンジで聴いてみたい気もするが、まぁでも、それを言ったら現在の岡村靖幸を全否定してしまう可能性があるのでこれでもいいか。

晴れのちブルーボーイ
この曲も、てっきり新曲だと思って聴いていたのだが違うみたい。元はジュリーこと沢田研二のヒット曲みたいだ。しかし、岡村靖幸が作曲した曲だと言われても、何の不自然も無いほど岡村ちゃんの色に染まっている。見事なカバーだ。きっと原曲の原型をとどめない程、岡村流にアレンジしまくったのだろうなぁと思い、youtubeで沢田研二が歌っている「晴れのちブルーボーイ」を視聴してみた。岡村Verの「晴れのちブルーボーイ」と殆ど同じだった。メロディも特に変更することなく原曲のまま忠実に歌っている。まるでカラオケのようだ。…それにしてもなぜこの曲をカバーしたのだろうか。岡村靖幸がジュリーファンだなんて一度も耳にしたこと無いけど。

naichai demo(泣いちゃいそうだよ)
渡辺美里に提供した曲「泣いちゃいそうだよ」のセルフカバー。英歌詞の瑞々しいミディアムバラードだ。一聴して思ったのは、曲の雰囲気がスマップの「どんないいこと」にちょっとだけ似ているってことだ。以前ブログのどこかに書いたような気がするけど、僕は「どんないいこと」が好きだ。かなり名曲だと思う。なので自ずと「naichai demo」の曲調もかなり好き。歌詞が英語なのでどんな内容なのかわからないのが残念だ。日本語の歌詞にしてニューアルバムに収録されればいいなぁ。曲もさることながら、「naichai demo」を歌う岡村靖幸の歌唱力が異様に高い。「家庭教師」をリリースした頃のいわゆる全盛期の歌唱力と比較しても決して引けをとらない程だ。喉治ったのかな。

追記(08年5月7日)
「naichai demo」という曲は、岡村靖幸の新曲ではなく、過去に渡辺美里さんへ提供した曲のセルフカバーでした。コメントにてご指摘頂きましたので訂正しました。

9時間の奇跡(ルー語変換版)

面白いサイトを見つけた。「ルー語変換」ってサイト。このサイトにあるフォームに文章をコピペして「この文章をトゥギャザー」をクリックすると見事にルー語に変換される。せっかくだから、ひとつ前の記事「9時間の奇跡」を変換してみた(原文の方を先に読むことをおすすめします)。


ラストイヤーのクリスマスに放送された『ゲームセンターCX3タイム生放送SP』をニコニコビデオでアテンションした。今やジャンプするバードをドロップするフォースのゲームセンターCXだが、このスペシャルでは3タイムのスペースに「有野のチャレンジ」をやってしまおうという無謀な企画をプラクティスしている。「有野のチャレンジ」とは、よゐこの有野がひとつのゲームをひたすらプレイしコンティニューし、エンディングシーンを目指すというものだ。ひとつのゲームをクリアするのにかかるタイムはバランス13、4タイム。つまり有野は毎回ゲームセンターCXのレコーディングのディグリーに、13、4タイムものアワーをシークレットルームに閉じ込められ、オールドボディーに鞭打ちながら過酷にゲームをするわけだ。しかも有野はゲームがフットだ。なので13、4タイムやったにもかかわらずギブアップ、つまりクリアできない場合も多々ある。エマージェンシーにMなプランであり、ゲームセンターCXの核となる超ポピュラープランである。

その「有野のチャレンジ」をクリスマスに生放送でやってしまおうというのがラストイヤーに放送されたスペシャルでの放送だ。しかし冷静にシンクアバウトするとエブリタイム13、4タイムかかるものを3タイムでクリアなんて物理マークにインポッシブルだ。なので、ディスタイムのスペシャルでは、アゴーチャレンジしたもののギブアップしてしまったゲームをリベンジするというシェイプで途中からしようということに。そのゲームは「カイのアドベンチャー」である。カイのアドベンチャーは全100フェイスのステージで構成されており、有野はラストタイムの挑戦で既に97面までクリアしている。要は生放送の3タイムで残りの98フェイス、99フェイス、100フェイスのたった3フェイスをクリアするだけでいいのだ。なるほど、いいシンキングだ。3面ならば1フェイスに1タイム費やしたとしてもクリアできる。既に97フェイスものステージをクリアした有野課長だ。3フェイスくらいはルームだ。さらに3タイムで仮にクリア出来なかったとしてもCSという放送ステーションのネイチャー上、エクステンション放送がポッシブルだ。エクステンションと言っても地上スクールのプロ野球中継のマナーな30ミニットアバウトのエクステンションではない。マキシマム、モーニングの5アワーまで延長ポッシブルなのだ。「有野のチャレンジ」の達成をウォッチオーバーするための態勢は万全なのだ。さすがにクリア出来ないわけがない。

フーもが有野のクリアをビリーブして疑わなかっただろう。スタッフもアテンションパースンも、そして有野課長バイワンセルフもクリアレディすると思っていたはずだ。…リザルトから言えば、これは大きなミステイクであった。イーブニングの8アワーからプログラムがスタートしエッセンシャリーのタイム内である3タイムアフターの11アワー、クリアは出来なかった。98フェイスでハードファイトしたままだ。エクステンションである。エッセンシャリーならゲームセンターCXのアフターに放送されるプログラムであったアルフィーのライブを潰しレイトアットナイト1アワーまでのエクステンションがデシジョン。そして3タイムアフターのレイトアットナイト1アワー。まだ98フェイスで悪戦苦闘。エッセンシャリーならアルフィーのライブのアフターに放送プログラムだった「アイドリング」というプログラムを潰しさらにエクステンションすることに。サッチサッチで、アフターオール、ネクストデイのアーリーモーニング5時までエクステンションされた。イーブニングの8アワーからモーニングの5アワーまで、計9タイムもの大巨編生放送プログラムとなった。CSだからCMはない。まるまる9タイムだ。たったの3フェイスをクリアするのに9タイム。しかもこの3フェイスをクリアするのにスペンドしたキャラクターステージのタイムの内訳はおおよそ、

98フェイスーイーブニング8:00~アーリーモーニング4:00
99フェイスー4:00~4:45
100フェイスー4:45~4:55

98フェイスに約8タイムもかかっているのだ。プログラムのオールモストは98フェイスでオーフンとなくダイしコンティニューするカイ(ゲームのメインキャラクターのネーム)が映し出されている。サッチのシュールすぎる。98フェイスのディフィカルティディグリーはシュアにハイが、だからと言って8タイムもかかるのはやはり有野がフットだからだろう。途中いくらなんでもフットすぎる有野課長のプレイに苛々する。なんたって8タイムずっとオールモストセイムようなミスで死んでいるわけだから。But、終わってみれば、サッチ苛々など遥かゼアにワンセルフっ飛んでしまうようなミラクルの展開だ。98フェイスを8タイムかけてアーリーモーニング4時にクリアし、放送エンドギリギリの5ミニットビフォーで残りの面をクリアするというミラクル。これほどまでにエモーショナルなミラクルはそうはない。


なんてクドイ文章なんだろう。本家より英単語の語彙が若干豊富な分さらにクドイ。面白いな。特に「シークレットルームに閉じ込められ、オールドボディーに鞭打ちながら(密室に閉じ込められ、老体に鞭打ちながら)」とか「サッチサッチで、アフターオール、ネクストデイのアーリーモーニング5アワーまでエクステンションされた(結局、翌日の早朝5時まで延長された)」あたりがツボだった。あとレッド吉田のギャグ「ギリギリ5ミニット」がさらっと出てくるのも良い。

9時間の奇跡

昨年のクリスマスに放送された『ゲームセンターCX3時間生放送SP』をニコニコ動画で視聴した。今や飛ぶ鳥を落とす勢いのゲームセンターCXだが、このスペシャルでは3時間の間に「有野の挑戦」をやってしまおうという無謀な企画を実行している。「有野の挑戦」とは、よゐこの有野がひとつのゲームをひたすらプレイし続け、エンディング画面を目指すというものだ。ひとつのゲームをクリアするのにかかる時間は平均13、4時間。つまり有野は毎回ゲームセンターCXの収録の度に、13、4時間もの時を密室に閉じ込められ、老体に鞭打ちながら過酷にゲームをするわけだ。しかも有野はゲームが下手だ。なので13、4時間やったにもかかわらずギブアップ、つまりクリアできない場合も多々ある。非常にMな企画であり、ゲームセンターCXの核となる超人気企画である。

その「有野の挑戦」をクリスマスに生放送でやってしまおうというのが昨年に放送されたスペシャルでの放送だ。しかし冷静に考えると毎回13、4時間かかるものを3時間でクリアなんて物理的に無理だ。なので、今回のスペシャルでは、以前挑戦したもののギブアップしてしまったゲームをリベンジするという形で途中からしようということに。そのゲームは「カイの冒険」である。カイの冒険は全100面のステージで構成されており、有野は前回の挑戦で既に97面までクリアしている。要は生放送の3時間で残りの98面、99面、100面のたった3面をクリアするだけでいいのだ。なるほど、いい考えだ。3面ならば1面に1時間費やしたとしてもクリアできる。既に97面ものステージをクリアした有野課長だ。3面くらいは余裕だ。さらに3時間で仮にクリア出来なかったとしてもCSという放送局の性質上、延長放送が可能だ。延長と言っても地上派のプロ野球中継の様な30分そこそこの延長ではない。最大、朝の5時まで延長可能なのだ。「有野の挑戦」の達成を見守るための態勢は万全なのだ。さすがにクリア出来ないわけがない。

誰もが有野のクリアを信じて疑わなかっただろう。スタッフも視聴者も、そして有野課長自身もクリア出来ると思っていたはずだ。…結果から言えば、これは大きな間違いであった。夜の8時から番組がスタートし本来の時間内である3時間後の11時、クリアは出来なかった。98面で苦戦したままだ。延長である。本来ならゲームセンターCXの後に放送される予定であったアルフィーのライブを潰し深夜1時までの延長が決定。そして3時間後の深夜1時。まだ98面で悪戦苦闘。本来ならアルフィーのライブの後に放送予定だった「アイドリング」という番組を潰しさらに延長することに。そんなこんなで、結局、翌日の早朝5時まで延長された。夜の8時から朝の5時まで、計9時間もの大巨編生放送番組となった。CSだからCMはない。まるまる9時間だ。たったの3面をクリアするのに9時間。しかもこの3面をクリアするのに費やした格ステージの時間の内訳はおおよそ、

98面ー夜8:00~早朝4:00
99面ー4:00~4:45
100面ー4:45~4:55

98面に約8時間もかかっているのだ。番組の殆どは98面で幾度となく死に続けるカイ(ゲームの主人公の名前)が映し出されている。こんなのシュールすぎる。98面の難易度は確かに高いが、だからと言って8時間もかかるのはやはり有野が下手だからだろう。途中いくらなんでも下手すぎる有野課長のプレイに苛々する。なんたって8時間ずっと殆ど同じようなミスで死んでいるわけだから。だが、終わってみれば、そんな苛々など遥か彼方に素っ飛んでしまうような奇跡の展開だ。98面を8時間かけて早朝4時にクリアし、放送終了ギリギリの5分前で残りの面をクリアするという奇跡。これほどまでにエモーショナルな奇跡はそうはない。

ビッグイシュー/カラオケ

ビッグイシュー鳥居みゆきのネタに「荻窪駅前の人」というネタがある。どんなネタかというと「荻窪駅前にいるホームレスがビッグイシューという雑誌を売る模様のものまね」だ。「これだから日本は駄目なんだよっ!」と頭を叩き、吐き捨てるように愚痴ってから「ビッグイシュ~、ビッグイシュ~あるよ~」と言う、地上波では100パーセント無理なブラックネタだ。このネタを見て初めてビッグイシューという雑誌の存在を知った。ネットで調べてみると、ビッグイシューとは、ホームレスの社会復帰に貢献することを目指して、イギリスを発祥に世界で発行される雑誌のことである(ウィキペディアより)とのこと。ビッグイシューはホームレスだけが売ることができる雑誌で、ホームレスが売ろうとしない限り手に入れることが出来ない雑誌なのだ。で、そのビッグイシューが去年の9月から札幌でも4人のホームレスピープルによって地味に売られているらしい。ちなみに、このビッグイシュー、札幌以外では東京と大阪でしか買えないという。これはゲットしたい。噂では、札幌駅西口の紀伊国屋付近、道庁前付近、大通駅コンコース付近などの数箇所で売られているらしい。この「付近」というのがなんだかいい味が出てる。見つけられるのか?なんかリアルRPGみたいで面白いではないか。
ということで、昨日、本ブログにたまにコメントをくれるシバ蔵さんと一緒にビッグイシューを求めて札幌駅付近に行ってきた。まず札幌駅西口の紀伊国屋付近に向かう。だが、ホームレスらしき販売員はいない。次に道庁前付近をキョロキョロしながら歩く。やはりいない。というか氷点下2度の寒空の下で路上販売なんか不可能だよな、と思い、地下街の大通駅コンコースに向かう。途中それっぽい人(黒板五郎みたいな格好のおっさん)が大きな荷物を横に置いて突っ立っていた。「あの人か?」と思案しつつも、もしこちらから声をかけて違ったら失礼極まりないのでスルーすることに。さらに大通駅を徘徊すること15分。見つけたぞ。木の板で作ったブースのような売り場に「ビッグイシュー」の張り紙があった。三々五々の人の流れを掻き分けて、ブースの前に立ち「ビッグイシューください、最新号の」と訥々と言い、会計を済ますとホームレスの販売員の方は、「ありがとうございます」と誠意と感謝の念がもの凄く感じられる心のこもったトーンで言い一礼していた。うん、いい経験になった。

ビッグイシューを無事に買った後、カラオケに行ってきた。カラオケ店に向かう道中は、年末に放送された「イカ天2007復活祭」を話題に盛り上がった。「怒って下半身を露出した女の放送事故の映像が流れたのにジッタリン・ジンの映像が流れなかったのはおかしい」とか「カブキロックスのボーカル・氏神一番の口下手ぶりが20年経た現在でも全く変わらず口下手のままだったというのは笑った」など語り合い、「じゃあ〝イカ天縛り〟でカラオケしようか」という話になった。イカ天といえばたまである。なので、僕の現在のマイブームであるたまがいかに偉大なバンドであったかを説いてあげようとすると、シバ蔵さんは「たまのアルバム、殆ど持ってるよ~、ってか中学生の頃ライブ行ったし」。……。危うく釈迦に説法状態に陥るところだった。
はじめは、イカ天縛りを忠実にこなす為、たまの「さよなら人類」「オゾンのダンス」。FLYING KIDSの「幸せであるように」。カブキロックスの「お江戸」なんかを歌ったのだが、案の定、縛りは徐々に緩み、やがて自然消滅した。そして、選曲はカオスへと変貌した。まあ、お互い元々趣味が濃いし、選曲に気を遣わないでも許される間柄であるから、もうやりたい放題である。結局「イカ天縛り」が解けた後にシバ蔵さんが歌った曲は超マイナーでアングラな謎の曲ばかりだった。僕の知らない曲ばかりだったなぁ。2時間交互に歌ったので各20曲、計40曲程度歌った。2000年代にリリースされた曲は1曲も歌われなかったことは言うまでもない。最後はたまの「さよなら人類」をもう一度歌って〆にしようということになり、「んじゃ、僕は普通に柳原さんで歌うから、シバ蔵さんは知久さんのパートでハモって歌おう」(なぜかたまのメンバーに対しては呼び捨てではなく〝さん〟付けだった)と話し合いいざ歌ってみたら本家のたまも驚くのではないかという程の秀逸なハーモニーだった…というのいささか大袈裟だけど結構上手にハモれたのでした。

以下、僕が歌った歌。もっと歌ったと思うが、これしか思い出せない。
たま/さよなら人類、オゾンのダンス、海にうつる月
戸川純/レーダーマン、玉姫様
ヤプーズ(戸川純)/ロリータ108号、バーバラ・セクサロイド
L'Arc〜en〜Ciel/Lies and Truth
ZARD/負けないで
岡村靖幸/あの娘僕がロングシュート決めたらどんな顔するだろう
井上陽水/傘がない、なぜか上海
加山雄三・谷村新司/サライ

好きになりたかったんだけど

●以前、ブログの画面左側にある「サブカルの戯言」に「正月は押入れの奥の方に埋もれてある普段聴かないアルバムを引っ張り出して聴いたりしよう」と書いた。その通り、正月はゴソゴソと埃の被ったアルバムを手当たり次第に引っ張り出し「あ~これ懐かしいべさ」とか「こんなのいつ買ったっけか」とか「うわっ、浜崎あゆみのベストがある。なまら黒歴史だべなぁ」などと、訛りながら哀愁に浸っていた。なかでも一番哀愁深かったのはZEPPET STOREの3thアルバムにしてメジャーデビューアルバム「CUE」を聴いた時だ。ゼペットストア…。なんて懐かしい響きなんだ。hideに才能を見出され猛烈な後押しでデビューしたバンドだ。hideが亡くなった際の追悼番組には頻繁に出演し、hideの愛すべき人柄について語っていた。hideファンにはお馴染みのバンドだ。
hideはゼペットストアを凄く評価していた。「ゼペットの曲を聴いて号泣した」「日本のビートルズだ」など言葉の限りを尽くして賞賛していた。だからhide亡き後は誰もがゼペットストアには頑張ってもらいたいと思っていたはずだ。僕ももちろん応援していた。でも当時、中学2、3年生頃の自分にゼペットストアの音楽は早すぎた。洋楽ナイズされたゼペットのサウンド。洋楽なんて尾崎豊の影響からビリージョエルとブルーススプリングスティーン(もろアメリカ代表だな)の二組くらいしか聴いたことがなかった。ゼペットは洗練されたイギリスロック風だ。全くそっちの方面の素養がなかった僕は正直退屈な曲だなと思っていた。残念ながらあんまり好きになれなかった。好きになりたかったんだけど。
あれから時は流れて、今改めて聴くとhideが号泣するほど心を揺さぶられ感動した理由も少しはわかる様な気がしないでもないかなぁ、と思った2008年の正月でした。

●年末に放送された「イカ天2007復活祭」を見てから密かにマイブームとなっている「たま」。先日買った「たま」のアルバム「さんだる」は現在パワープレーで聴いている。さんだるについての感想は後日ちゃんと書きたいと思う。それにしても、イロモノあるいは一発屋としか見られていないのが歯がゆい。まぁ、自分も一発屋だと思っていたのだが。
たまは凄いんだ。侮れないんだ。アンチーテーゼだ。日本人にしか出来ない音楽だ。なんかフリッパーズギターとかピチカートファイブを聴いた後にたまを聴くと凄いカタルシスを感じる。日本語ロックをやっている人たちよりも、ロキノン系と呼ばれる人たちよりも、たまの方が一段上に存在しているような気がする。褒めすぎか。

●昨日放送された「世界!弾丸トラベラー」に中川翔子が出ていた。1泊3日の強行スケジュールでスペインへ行くというものなのだが、スペイン人の人ごみに紛れて歩く中川翔子がやけに綺麗だった。よく、ハリウッド映画に日本人(韓・中国人でも可)が脇役でちょろっと映ると西洋人と比べて妙に貧相に映るものだが。昨日のしょこたんはスペイン人に囲まれて貧相になるどころか日本にいる時よりも流麗な妖美さ際立っていたように見えた。

行く本、来る本

元日深夜未明にお酒を3リットル弱飲んだので本日はひどい二日酔いだった。夕暮れ時に酔い冷ましも兼ねて近所のブックオフまで行ってきた。ブックオフは毎年正月から何かしらキャンペーンをやっている。ちなみに去年は1000円以上買うとブックカバー(黒・赤・ベージュ)か卓上カレンダーのどれかひとつを貰えるというものだった。今年は「行く本、来る本」というキャンペーンが催されていた。1000円以上買うとスクラッチ付きの応募シールから抽選で商品が貰える、という企画らしい。…う~ん、去年の方が断然いいな。ハガキで応募しなきゃいけない時点で萎える。まぁ、でも、ブックオフに行くのは久しぶりなので一応1000円以上買い物してスクラってきたよ。ハズレだったけど。ブックオフで本日買ったものは、

DSCF0535.jpgアルバム
たま「さんだる」
FLYING KIDS「続いてゆくのかな」
カバーモーニング娘

浅倉卓弥「四日間の奇跡」
赤川次郎「純情可憐殺人事件」
山田太一「飛ぶ夢をしばらく見ない」
岡田あーみん「お父さんは心配性(5巻)」


前回の記事でも書いた「たま」を筆頭にした「イカ天」のバンドたちが印象的だったので、たまとFLYING KIDSのアルバムをまず購入。人間椅子やらカブキロックスあたりのイカ天出身のイロモノ系のバンドも一通り探したのだが結局この二組しか見つからなかった。たまの「さんだる」には「さよなら人類」「オゾンのダンス」「らんちう」など代表曲っぽい曲が多かったしFLYING KIDSのアルバム「続いてゆくのかな」にも代表曲の「幸せであるように」が収録されていたので満足。中古で置かれているマイナーなミュージシャンのアルバムって、大抵そのミュージシャンの一番売れたアルバムが自然淘汰的に置かれている傾向にあるので結果的に入門編として最適となる場合が多い。

「カバーモーニング娘」はネタというか悪ノリというか。まあでも海外のミュージシャンがモー娘をカバーするという試みは発想が面白い。しかもモー娘の曲をカバーする海外のアーティストは相当豪華。クレジットを見る限り僕の知らないミュージシャンばかりだったのだが、なんとなくネットで調べてみると皆その国では誰もが知る超有名なアーティストだったりする。特にアフリカ系アメリカ人のヴァネッサ・ウィリアムスという人は、「20世紀の世界の芸能人の中でも最も成功した女性の1人である」(ウィキペディアより)だそうで日本で言えば美空ひばりくらいの(?)凄い人っぽい。なぜそんな御方がモー娘の「I WISH」なんかを歌っているのだろう?他にも世界的に著名なフュージョンバンド・SHAKATAKやら実力派揃いだ。このアルバムがリリースされたのは2001年。モーニング娘が売れに売れ、最も輝いていた時期だからこそ成立したアルバムなのかもしれない。

本は適当に4冊。正月には白石一文の「僕のなかの壊れていない部分」を読む予定だったのだが実際読んでみたら、後ろ向きで陰気な話だったので急遽止めた。小難しい話を読みたい気分じゃないので(正月だもの)サクサク読める赤川次郎の「純情可憐殺人事件」を購入。赤川次郎は西村京太郎と同じく、ブックオフでは中古本がやたらと置いてある(棚の上から下までの一角を占拠している)ので、そのなかから適当に手に取り、裏表紙のあらすじに目を通して面白そうばやつを選んだ。あと、前々から気になっていた岡田あーみんの「お父さんは心配性」が5巻だけポツンと置いてあったので迷わず購入。

さて、さっそく読もう聴こう。

イカ天2007復活祭

30日に放送された「イカ天2007復活祭」。復活といってもまた再開されるわけではなくて、17年前に流行った「イカ天」とは、どういった番組だったのかを当時の時代とてらし合わせて振り返るといった感じのダイジェスト放送だった。ダイジェストだったけどかなり楽しめた。昭和から平成に変わる時代に一世を風靡した番組らしいが、納得。面白い番組だ。それにしても今改めて見ると、当時の若者の群像というかバブル時の若者のはしゃぎっぷりが痛くもあり寒くもありウザくもあり…。「うわぁ~、やっちゃってるなぁ」という素人がたくさんいた。そんな中、ビギン、FLYING KIDS、BLANKEY JET CITY辺りはやっぱり他とは一線を画しているように見えた。纏っているオーラが最初から違う。確固たるオリジナルが最初からある。明確で一貫性のある方向性が最初から定まっているような気がする。〝最初から〟ある程度土台が完成されているというのが重要なのかもしれないな。だってビギンなんてイカ天初登場で歌った曲が名曲「恋しくて」だし。凄いよ。

イカ天出身でメジャーデビューし最も有名になったバンドは、「たま」だ。上記のような調子に乗ったいわゆる頭の悪そうな若者に交じって登場したたまは別格だ。あの異様な風貌は浮いている。当時(平成元年)じゃなくても浮くだろう。いつの時代でも漏れなくシュールに浮くのだろう。でもあの異彩さは本物だ。ちょっと、たまを侮っていた。そういえば、以前「愛は勝つ」のKANについて書いたとき、こんなことを書いた。「KANは世間的には同時期に流行った、大事MANブラザーズバンドの「それが大事」、たまの「さよなら人類」と同じく一発屋に見られているが実は多くのミュージシャンからリスペクトされている実力派だ」と。つまりはKANは大事MANブラザーズバンドやたまと比べると同じ一発屋でも格が違うんですよ、みたいなことを書いた。これは訂正したいと思う。たまも凄いよ!!「イカ天2007復活祭」を見た後ニコ動で「さよなら人類」のPVを見たのだが(案の定イカ天から流れた人が多いみたい)神曲すぎる。ニコニコ動画の画面に流れる歌詞の解釈について書いたコメントを読んでゾクゾクしたよ。この歌詞にこめられたメッセージが解釈の仕様によっては秀逸すぎるんだ。「さよなら人類」が流行った頃に既に大人だった30代後半以上の人ならみんなこの歌詞の本当の意味をわかっているのかな。有名なサビの部分、

今日人類がはじめて木星に着いたよ 
ピテカントロプスになる日も近づいたんだよ



たまに特に興味がなければ意味不明な歌詞としか受け取れないが、これは実は深い歌詞だ。木星というのはどうやら将来の地球のようだ。そして見慣れない言葉の「ピテカントロプス」とはジャワ原人の別称だ。つまり核兵器(他の部分で核兵器を連想させる歌詞がある)で地球が木星みたいになって、人類はピテカントロプスのようにサルに退化する。だから、さよなら人類なんだそうだ。サビ以外の歌詞もすべて解釈によっては意味深長なメッセージを含んだ歌詞なのだ。詳しくはこちら。山下清みたいな白のランニングシャツのせいで色眼鏡で見られがちだが、たまはイカ天が生んだ最高のバンドなのだ。

31日の午後11時過ぎからこの文章をツラツラと書き始めたのだが、気づけば2008年になっていた。カウントダウンのないダウンタウン(駄洒落じゃない)の番組を見ながら書いていたので年越しの瞬間に全く気づけなかった。ということで明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

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サブカルの戯言
第332回:10月12日
ツイッターを先取りした「サブカルの戯言」も本日にて終了。332回の戯言のご愛読ありがとうございました!!
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