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サブカルの戯言 2008年2月

第22回:2月1日
スキマスイッチの大橋がソロで活動しているみたい。どんだけアフロと仲悪いんだろうか。

第23回:2月3日
例の羊水事件で思ったのだが井上陽水の「陽水」はいつになったら変換の選択肢に入るのだろう。いまだに揚水って表記を見かけるのだが。

第24回:2月4日
横綱・白鵬って22歳だったのか。若いな。ということは、しょこたんと同い年か。

第25回:2月6日
今年のスーパーボウルのハーフタイムショーは「トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ」。…誰?知らないな。去年はプリンス、一昨年はローリング・ストーンだったことを考えると、ややがっかり。

第26回:2月8日
アメトーークの出川ナイト、期待を裏切らず、最高に面白かった。来週も楽しみ。

第27回:2月9日
雪祭りに小島よしおが来てるぞ。旭川の氷祭りにもでるらしい。ネタのためとはいえよく行くなぁ。偉い。

第28回:2月10日
本州の大雪のニュースを見て思ったのだが、雪に傘は必要ないんだよ。ていうか傘をさす余裕がある時点でそれは大雪じゃないからっ。

第29回:2月10日
海辺のカフカを久しぶりに再読しているのだが、こんなにも青臭い話だったけか。面白いけど。

第30回:2月13日
元海砂利水魚のくりいむしちゅうの正しい表記ってわかりずらい。「くりいむしちゅー」も「くりぃむしちゅう」も「くりぃむしちゅう」も「くりーむしちゅう」も「くりーむしちゅー」もすべて誤記。
正解は「くりぃむしちゅー」。

第31回:2月16日
オダギリジョーはヴィジュアル系。決定。

第32回:2月18日
R1、あべこうじがイマイチ鋭さに欠けていたように思う。もっと面白いイメージがあったのだが…。鳥居みゆきは善戦したと思う。

第33回:2月19日
犬夜叉のアニメ終わったんだ。漫画の方もそろそろ終了しないかなぁ。もう50巻超えてるし。

第34回:2月21日
一つ前の記事で岡村靖幸の「yellow」の全曲解説を書いた。今回の事件により岡村関連の新情報は当分無い(あったとしても心躍る内容ではないだろう)だろうから、岡村靖幸の記事を核としている本ブログでは、アルバムの全曲解説という形で誤魔化していこうと思う。次回はDATE。

第35回:2月22日
テンプレ、バグったのか?なんか、シンプルになってるぞ。まあ、これでも構わないが。

第36回:2月24日
テレ東でやってる世界卓球が意外と面白い。

第37回:2月27日
連日世界卓球を見ているのだけど、2~3分もある選手紹介のVTRが毎回同じなのは手抜きだと思う。あと平野がやたらに強い。

第38回:2月27日
マガジンとサンデーの新雑誌名が「コナン&金田一」らしい…同人誌かっ。

付記
今月はいろいろあったなぁ。はぁ~。
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岡村靖幸で「DATE」 全曲解説

1.19★★★★★
「ダダダン ダダダン」という印象的なアンサンブルからはじまる、19。細かく刻んだアコギを中心に生楽器のリアルなグルーヴが味わえる。20年も前のアルバムだが、生演奏風だからか、古さが殆ど感じられない。「19」は2004年のライブDVD「Me-imi Tour 2004」でほぼ原曲通りのアレンジで演奏されたが、まったく古さを感じさせない出来となっていた。「ウォーターベッド」や「チェックアウトラブ」が大幅なリアレンジにより生まれ変わったことを考えると、「19」の色あせなさは脅威といえる。

2.Super Girl ★★★★★
19とは打って変わり、いかにも80年代風のアレンジとなっている。スーパーガール以外にもこのアルバムに収録されている曲(うちあわせ、生徒会長、DATEなど)には今となっては懐古的なシンセが多用されている。80年代の懐古的な時代の匂いを閉じ込めたようなサウンドだ。
「Super Girl 」の歌詞は80年代後半から90年代前半における岡村靖幸のパブリックイメージを象徴するかのような内容となっている。自分に見向きもしないスーパーガールという存在を立て「俺ほどの男はそうはいないはず~俺ならば本当に損は無いはずさ」という自信満々なナルシストぶり。「忘れないであのときのときめきを」という純真で汚れなのない、ある種モラトリアムのような心情を大事にしようというメッセージ。そして「本当のダンス・チャンス・ロマンスは自分しだいだぜ」というポジティブだがちょっと苦笑してしまいそうになるフレーズ。それらを突き抜けるように爽快なメロディに乗せて歌っている。まさに岡村ちゃん節炸裂だ。どんなミュージシャンでも歌を通して伝えたいメッセージのようなものが少なからずあると思うが、岡村靖幸の場合のそれは、「Super Girl」をに集約されているように思う(もちろん全てではないが)。
また、大人気アニメ・シティハンターのエンデンィグに採用された曲でもある。そのため、岡村靖幸の曲の中では認知度の高い曲だ。「だいすき」と並び岡村靖幸の代表曲の一つといえる。あの中川翔子もシティーハンターのサントラからSuper Girlを見つけ気に入り岡村靖幸を聴き始めるようになったようだ。

3.生徒会長★★★★
80年代風懐古的シンセがもっともフューチャーされた曲。チープだが小気味の良いビートにのせ、ノリノリで歌っているダンスチューン。ダンスチューンと言ってもダンスの舞台はクラブといよりディスコだろうか。終盤のスィングした盛り上がりは一聴の価値あり。。

4.Lion Heart ★★★
詩先風のメロディによるバラード。言葉の乗せ方がいかにも五線譜のおたまじゃくしを辿っているかのような印象を受ける。肝心の歌詞は「実はさ この僕も あの日から 傘さえも ひらけない」という非常にメタフォリカルあるいは独善的な内容となっている。スマップの「Lion Heart」と同じタイトルだが全く関係ない。

5.いじわる ★★★★★
岡村靖幸が和製プリンスと呼ばれる所以はこの曲にある。超ファンク曲。しっかり忠実に日本語でファンクをやっている。数少ないジャパニーズファンクにおける金字塔でありひとつの到達点といえる。他の追随を許さないドロドロ&エロエロなファンクネス・「いじわる」を礎とする岡村流ファンクは、90年代以降、ファンクで勝負しようとする奇特なミュージシャンたちにより揺ぎ無い信望を得ている。「ファンクって何?」という方はこの曲を聴けば誰でも直ぐに理解できるだろう。笑っちゃうくらいプリンスなのはご愛嬌だが、ここまで岡村流に咀嚼し再構築する術は、才能が無ければ不可能だろう。後奏の語りは「家庭教師」と双璧をなすほどの変態ぶりを発揮している。どんな「語り」をしているのかを知りたい人は実際に聴いてみよう。

6.DATE ★★★
アルバムタイトルと同名曲。流麗なストリングスを背景に、今にも泣き出しそうな心持枯れた声での語りからはじまる(また語りである)。残念な点は歌い方だ。変なのだ。声の出し方が(わざとそうしているのだろうが)異質だ。すりつぶしたような声だ。終盤は剛毅さを感じる威圧感のあるスラッピングも加わり演奏のテンションはどんどんと高まっていくのだが、唐突にブッツリと終わる。この終わり方はXJAPANのアンフィニッシュドと同じくらい違和感がある。

7.どうかしてるよ ★★★
ピアノとアコースティックギターのみのシンプルな演奏によるバラード。「Super Girl」が岡村靖幸の表向きなパブリックイメージを象徴する内容だと書いたが、「どうかしてるよ」は裏側の顔を象徴した曲といえる。好きな異性に対し行動を起こせない自分に嫌気が差し一人で鬱々としているといった内容の歌詞をマイナー調で歌っているとても暗い曲。
過去に何度かインタビューで発言しているように岡村靖幸は「どんなに酔っていようが絶対に自分から告白できない」という損な性分なのだ。そのため夜な夜な「うじうじ」しているという。軟派でバブリーな遊び人風のパブリックイメージとは対極にある性格だ。あまりにも恋愛に対して消極的なため、89年のロッキンオン2000字インタビューでは以下のようなやりとりがあるほどだ。
●まさか、童貞じゃないでしょうね?
岡「よく言われるよ、童貞じゃないですかって。ファンの子たちもね、『岡村君はエッチなこと一杯歌ってるけど、実は童貞じゃないかとニラんでます』とか書いてくる」
●その憶測は外れてるんですか。
岡「いやぁ、外れてると思うけどね」
●「思う」ってどういうことだよ(笑)。

8.うちあわせ ★★★
暗い曲の後は、拍子抜けするほどポップなアップチューン。男女の痴話ケンカを「愛の摩擦問題」とか「君がロシアで ぼくがたぶんアメリカ」とか「恋の平和条約」など国際問題に例えて歌っている。

9.不良少女 ★★★
ブラスバン調の細かいドラミングと行進曲を想起させる笛のイントロではじまるこの曲はタイトルからもわかるように、かなり80年代を感じさせる曲。岡村靖幸らしからぬ凡庸なメロディが逆に新鮮。「こんな曲も作れるのか」みたいな。爽やかで癖の無いまるでアイドルが歌うような曲調。岡村靖幸のドロドロとしたファンクは影を潜めている。不良少女とは当時の時代から想像するに、いわゆるスカートの丈を引きずるように歩く硬派なスケバンのことだろう。いまや絶滅した人種だ。そんな不良少女に対して全面的に理解を示している心情が歌われている。

10.イケナイコトカイ ★★★★★
DATEに収録されているバラードは「Lion Heart」と「どうかしてるよ」、そして「イケナイコトカイ」の3曲なのだが、「イケナイコトカイ」は別格だ。群を抜いて名曲。「カルアミルク」「友人のふり」とならび岡村靖幸の三大バラードのひとつ(「三大バラード」というのは僕が勝手に名づけたものである。別に岡村靖幸ファンの間で市民権を得ている言葉ではない)。乾いたドラム、究極的に切ないストリングス、フレキシブルなファルセットと地声を搾り出すように情熱的な歌唱。邦楽ではこれほどまでスケールが大きいソウルバラードはなかなかない。

11.19才の秘かな欲望 ★★★
渡辺美里に提供した楽曲のカバー。曲の最初と最後は、スタジアムに響き渡る歓声のSEが挿入されている。系統としては「彼女はScience Teacher」のような曲。歌詞を担当しているのは岡村靖幸ではなく、有賀啓雄という人。その筋では結構有名なお方のようだ。 イケナイコトカイで終わりにした方がコンセプトアルバムとしての統一感が増したように思う。

総評★★★★★
不世出の天才・岡村靖幸のセカンドアルバム「DATE」。前作の「yellow」からぴったり一年後にリリースされた今作は、岡村靖幸らしさが随所に伺われる内容となっている。まずタイトルのDATE。一応説明すると「デート」と読む。データではない。DATEという言葉は岡村靖幸ファンの間では頻繁に取り交わされる重要な言葉だ。DATEとは岡村靖幸のファンクラブ名でもある。(現在は存在しないが)また、岡村靖幸のライブをファンの間ではDATEと呼ぶ。単なるコンサートではなく、客と岡村靖幸の親密なDATEなのだ。まるで、ミッチーのような発想である。(そもそもミッチーは岡村靖幸の熱狂的なファンらしいが)とは言っても岡村靖幸のファンはミッチーと比べると格段に男の比率が高いわけで、男の岡村ファンはDATEという言葉を使わない傾向にあるようだ。
「yellow」と同様に「DATE」でも編曲は西平彰との共作が多くを占める。唯一、作詞・作曲・編曲すべて一人でこなしている作品は1曲目の「19(nineteen) 」のみだ。しかし、「yellow」と比べると前述したように、後の「靖幸」「家庭教師」に顕著に見られる岡村靖幸らしさが発揮されている。思うのだが(あくまでも予測だけど)、同じ”編曲:岡村靖幸・西平彰”でもイニシアチブは岡村靖幸が握っていたのではないか。それくらい「yellow」とは作風が違う。僅か1年のリリース期間でここまで編曲能力が変貌するなんて凄い。

上記の「総評」はこの記事から一部抜粋した。リンク先も併せてどうぞ。

冨樫を巡るあれこれ

大方の予想を遥かに上回り3月3日に再開が決定したHUNTER×HUNTER。あと10日ほどで再開である。今からワクワクしてしまう。去年の12月に10週連続掲載分が終わり、事実上再開未定となった時は1~2年くらいの長期間にわたる休載を覚悟していた。口には出さなかったが、「休載が長引き自然消滅という可能性だって決してゼロではないな」と考えていた。随分悲観的な考えだが、過去の冨樫の「行い」を振り返れば現実的な考えとも言える。しかし冨樫は結果として僅か3ヶ月弱でカムバックすることとなった。冨樫ファンにとってはこれ以上に嬉しい出来事はない。ジャンプ編集部も大喜びだろう。早期のカムバックにより冨樫の株は急上昇したといえよう。

だが待て、冷静になろう。本来、週間連載を抱える漫画家というものは、原稿を落とさず毎週描き続けるのは当たり前のことではないか。睡眠不足になっても腱鞘炎になっても一心不乱に描き続けることは漫画家にとって大前提であり宿命だ。去年の10月、10週連続掲載というかたちで連載再開になった時にも思ったのだが、1年8ヶ月も休んでおきながら10週で終わりっておかしいだろ、普通。しかし周りの人々は連載再開という事実に何よりも感激し、「10週だけの掲載」という不穏な点に誰も気づかなかった。あるいは気づかないふりをした。誰も異を唱えなかった。

いや、もちろん冨樫は別格だということは十分わかっているのだけど、尾田やら岸本やらの、ジャンプ連載人にしてみたら実際問題たまったものではないだろう。「はっ、何その待遇?ビキビキ」と思うだろう。しかもジャンプ編集部は去年の10月の再開一発目に「君も みんなも そして僕だって この時を待っていた!!」という(いまや伝説となっている)キャッチコピーを載せた。冨樫ファンの僕が言うのも何だが、他の連載人に対して、編集部は配慮が足りなかったのではないか。

伊集院光は自身がパーソナリティを務めるラジオで度々以下のような発言をする。
「学生時代、素行の悪い不良生徒がたまに親切なことをすると、先生は褒める。また、当たり前のことでも(例えば「遅刻をしない」とか「宿題をやってくる」とか)でも不良なら褒められる。しかし、ごくごく普通の生徒は当たり前のことをやっても褒められない。親切なことをやっても特に褒められないし、仮に褒められたとしても不良ほどではない」と伊集院光は言う。そしてこの話を持ち出したときの終着地点はいつも「普通の人が一番偉い。普通に頑張っている人をもっと評価すべき」となる。

これは冨樫(不良生徒)とジャンプ連載人(普通の生徒)との関係にも当てはまるのかもしれない。少なくとも、ジャンプ編集部(先生)は「君も みんなも そして僕だって この時を待っていた!!」なんてのは自重すべきだったのではないか。もっと「普通に頑張っている連載人」を日ごろから評価した方が良い。尾田や岸本はまだ漫画が売れているからいいけど、ちょっと微妙だけどちゃんと頑張っている連載人…例えば「テニスの王子様」の許斐剛あたり(?)に対してはもっと評価すべきだと思う。いじけちゃうかもよ。

でも、ジャンプ編集部にしてみたら、冨樫は最後の砦みたいなものなのだろう。ジャンプ黄金期の漫画といえばドラゴンボール、スラムダンク、幽遊白書だが、このなかで、今もジャンプにとどまっているのは冨樫だけだ。鳥山明は度重なる連載の引き伸ばしに心底うんざりしたのか、週間連載はもうやらないと頑なに決めているようだし。井上雄彦はジャンプ専属漫画になることを拒否するため弁護士を立ててまで反発しジャンプとは決別。…ジャンプ編集部、えらい嫌われようである。そんな背景があれば、いくら休載しようが甘やかしてしまうのも理解できる。冨樫は、鳥山明と違い幽遊白書の後も連載を立て続けに描いたし(しかも超傑作漫画)、井上雄彦と違いジャンプの専属作家であることに不満を持たない。ジャンプ編集部としてはいくらかの犠牲を払ってでも懐柔しておきたい逸材なのだろう。

3月3日の再開一発目のHUNTER×HUNTER。ジャンプ編集部はどんなキャッチコピーを用意しているのだろうか。前回の「君も みんなも そして僕だって この時を待っていた!!」(それにしても何度読んでも笑えるな、これ)を超えるキャッチコピーに期待したい。

岡村靖幸で「yellow」 全曲解説

1.Out of Blue★★★★★
記念すべきデビュー曲であり、ファーストアルバムの1曲目に収録。ライブではラストに歌われることが多い。岡村靖幸を語る上で最重要の曲のひとつといえる。シンガーソングライターというのは往々にしてファーストアルバムの1曲目には思い入れの深い曲を収録する傾向にあるようだが、岡村靖幸もその一人らしい。静寂で繊細なストリングスと情熱的なカッティングが見事に融合した名曲。歌詞は全体的に病んでいる。この曲を聴いていると、「まだ人通りが少なく埃の舞い上がっていない清潔な早朝に神経質な岡村靖幸があらゆる悩みを抱えながら歩いている」というようなイメージが浮かぶ。どの歌詞を取っても内省的で消え入りそうに儚い。しかしサビで何度も繰り返される「もし君が泣いてたなら I give you my love  今すぐに君のもとへI give you my love」というフレーズからは、まだ外の世界に目が向けられており、人との関わりを求めている様子が伺えるのが唯一の救いだろうか。

2.Young oh! oh!★★★★
「タンタンタン」と威勢のよいドラムからはじまる元気一杯なファンクネスなダンスチューン。タイトル通り若さが炸裂したアゲうた。高揚感が得られ、明るくなれる曲だ。曲の終盤にはテンポが突然速くなるという曲構成になっているのだが、この部分をたまたまレコーディングスタジオで耳にした小室哲哉(当時は同じレコード会社に所属していた)は「なんだこれは!」と衝撃を受けいち早く岡村靖幸の才能に気づいたという逸話がある(とかないとか)。

3.冷たくされても★★★
とても時代を感じるアレンジ。ライブでは全く歌われない曲だが、何気にメロディラインがキャッチー。カラオケでヒットしそうな曲調。「窓に石を投げて君を忘れてやるさ」なんて歌詞はまさに青春真っ盛りだ。当時22歳だったこともあるのか歌詞がまっすぐだ。この頃はまだ歪んでいないように思う。

4.Check Out Love★★★
言葉遊びが巧みな曲。「友情なんか僕はほしくない ニュートンなんかの言葉じゃベイベ騙されない」とか。ニュートンって…。後に、ベンジョンソンを登場させるお方だからしょうがないか。ビジネスバージョンのCheck Out Loveを知った後に聴くと物足りなく感じる。どうしてもテンポが遅く聴こえる。ただシングルとしてリリースされただけあって、かなり凝った音作りがなされている。サビの高音の部分は少しだけプリンスっぽいし、そこそこ佳作。

5.はじめて★★★
歌いだしはピアノ伴奏オンリーの独唱でしっとりと歌い上げている。当たり前だが声がしっかりと出ている。ファルセットは一点の濁りなく透きとった声質だ。間奏は壮大なオーケストラが用意されていて、普通に良い曲。欠点は歌の部分が短いこと。約4分の曲なのに1分50秒あたりで歌は終了。残りの半分以上の時間は延々と壮大なオーケストラが流れている。なぜ2番を作らなかったのだろうか。

6.Water Bed★★
最近ではライブDVD「シンポジウム」でアジャパイ風にアレンジされ原曲とは全く違った形で披露された曲。原曲はバラード並みにゆっくり且つねっとり。特筆すべき点は三つある。一つ目は、曲中に「語り」が収録されていること。二つ目はワンツースリーの後に「ファー」と叫んでいること。三つ目は終盤に岡村流アドリブ英語が披露されていること。これらはいずれも後の岡村靖幸の真骨頂となるもだ。「Water Bed」が初出となっているようだ。

7.RAIN★★
岡村靖幸の全楽曲のなかでも頭一つ抜けて異質な曲。珍しい曲調である。ゴシックロックあるいはファイナルファンタジーの城内で流れるBGMのような高貴な風景を想起させるサウンド。青空に白鳥がバサバサと華麗に飛び立っていくようなイメージ。まるでエヴァの碇シンジのように悩み自問自答している歌詞などもあり個人的にはアニメやゲームに採用されそうな曲に思う。

8.彼女はScience Teacher★★★★
「Young oh! oh!」と並び「yellow」におけるダンスチューンを飾る二大看板のひとつ。とにかく元気な曲。ズシズシとブラックなリズムを刻んでいる。この歌もライブでは全く歌われない。

9.White courage★★★★
「はじめて」と並び「yellow」におけるバラードを飾る二大看板のひとつ。ピアノ伴奏で熱唱している。この歌に限ったことではないが作曲能力が優れている。ものすごい心にしみる曲。何て言えばいいのだろうか…普通にいい歌だ。早い話が天才。

総評★★★
個人的には、岡村靖幸のアルバムの中で最も聴かないアルバムである。しかし、岡村靖幸ファンのサイトなどを読むと意外と「yellowが一番好き!」という文章も見かける。はっきり言ってyellowが一番だなんて言ってしまう人は同じ岡村靖幸ファンでも僕とは話が合わないと思う。僕の望む岡村靖幸とは、やはり、「家庭教師」と「靖幸」に凝縮されている。変態で好きな異性に告白できないで、そんなフラストレーションを個性的な踊りでもって解消しているような…笑える岡村靖幸が好きだ。「yellow」からは岡村靖幸の変態チックな本性の片鱗は伺えるが、それよりも時代に迎合した没個性的な感じがする。ただ「yellow」の一年後に発売されるセカンドアルバム、「DATE」では岡村ちゃんワールドがジュバジュバ発揮されているので、万人受けする岡村靖幸が楽しめるという点では「yellow」もそれなりに価値のある作品といえる。
上記の「総評」はこの記事から一部抜粋した。リンク先も併せてどうぞ。

出川ナイト

2週にわたってオンエアされたアメトーークの「出川ナイト」。リアクション芸人・出川哲郎の生誕44年を祝し、出川をさまざまな角度からアメトーークならではのやり方(いじり方)でフューチャーした画期的な特集だ。久しぶりに腹が痛くなるほど笑った。こんな番組ばっかりだったら筋トレをしなくても腹筋が自動的に鍛えられるのに。笑ってるときって腹筋がバイブレーションのように痙攣する。あの振動は意識してやろうとしてもまず不可能だ。「笑い(出川ナイト)」という現象を介さずにはあの振動は得られない。

今も出川ナイトの余韻に浸っている。まだ2月だが、2008年のお笑い番組のMVPは出川ナイトで決まりだ。それくらい面白かった。出川で2週もやるという選択は勇気ある英断と言えよう。もともと自分は出川が好きだ。あの天才的な「噛み芸」はかなりレベルが高い。もちろん天然なのだろうけど、狙っていない天然だからこそ、それは先天的な才能とも言える。お笑い芸人なら出川の絶え間なく降臨し続ける「笑いの神様」により繰り出される笑いに「憧れ」はしないだろうが「悔しい」思いはあるだろう。

出川ナイトの内容を振り返る。
1週目は出川の天然ボケをいじり倒すことに終始していた。出川軍団としてゲストに呼ばれた、よゐこ、勝俣、千秋、竹山らは出川がトーク中に噛んだり見当違いなことを言うと抜群の反射神経で逃さず喰いつき、とにかくいじる。ハイエナの如く執拗ないじりに要所々々で出川がキレるというもの。出川の「噛み芸」は凄まじい。絶妙なポイントで予想不可能な噛み方をする。

バラエティ番組を見ていると時々出川に限らず、噛んだらいけない肝心なところで噛んでしまい笑いになるというパターンがあるけど、これは日本語だけのものなのだろうか。もしそうであれば、日本語っていいかも。よく英語は韻を踏みやすい言語だから音楽(ロックやヒップホップ)に乗せやすいという。日本語は音楽には乗せづらいが、その噛みやすい言語特性からお笑いに適しているのかもしれない。

2週目は「情熱大陸」のパロディで「出川大陸」というVTRを20分近くの尺を取り放送。密着期間は9ヶ月。あの小栗旬より長い期間らしい。もちろんパロディだからカッコいいドキュメントではなく、持ち前の天然や奇跡的なハプニングを中心に選りすぐってオンエアしていた。40を過ぎ、職業柄、体のいたるところに持病を抱えているため、整体に通っているシーンや食後に何種類もの薬を取り出しているちょっとシビアなシーンもあった。基本は出川を茶化した編集になっているのだけど、リアクション芸人としての生き様が垣間見られる場面や芸人について熱く語ったりしている場面などもありバランスの良いVTRだった。出川哲郎、愛すべき芸人だ。

石川浩司作品

「たま」の曲には中毒性がある。特に、たまのランニングこと石川浩司がボーカルをとる曲は、あらゆる意味合いにおいて濃い曲(俗に言う電波ソング)が多い。今日の記事では、たまの石川浩司作品を中心に、たまの濃い曲について書く。つげ義春やら寺山修司やら江戸アケミやら戸川純やら…、いわゆる「そっち系」のアーティストが好きな人なら絶対に好きになる曲たちだと思う。

ラッタッタ


この歌の中毒性は異常だ。何度も見てしまう。映像は記録用なのかずっとワンカットなのだが、それがまたいい味を出している。まるで版画のようだ。楽器は最小限のパーカッションとおもちゃのような小さなピアノ、ギター。これらの頼りない楽器だけでテリーギリアムの映画ような何がなんだか訳のわからない世界観を醸し出せるのは圧巻だ。田舎のお祭りで流れていそうな不思議な曲だ。最後のほうはタモリの「そばや」のようにシャウトしまくり、たま流のパッションが感じられる。

へっぽこぴー


たまの楽曲のなかではかなりハードな曲。変則的な曲調であるにもかかわらず息のあったアンサンブル。間奏でエレキをジャガジャガかきならす所は完璧にロック。たまにしては格好よすぎるサウンドだ。調和を取るためか歌詞はアホっぽい。へっぽこぴー。


かなしいずぼん


子供のころに聴いたらトラウマになりそうな怖い曲。たまの曲では別段珍しいことではないが曲中に演劇的な要素がある。石川浩司の一人芝居が挿入されているのだが内容が案の定、意味不明。「玄関の前に30メートルもあるようなバナナを置いたでしょ。その上をルームランナーのように走り続けておじいちゃんになっちゃった」というような頭がギチギチしてしまいそうな前衛的な内容だ。最後はひとつのメロディラインに乗っけて、3人が同時に別々の歌を歌うというカオス。名曲だ。

お昼の2時に


歌詞の一部に規制が入ったいわくつきの曲。歌詞の突飛さに目が奪われがちだが、この曲は演奏が凄い。たまの演奏能力の異様な高さが否が応にもわかる曲。

マンモウ開拓団


明らかに危ない。マンモウとは満蒙のこと。満蒙開拓団とは満州事変の後に日本人が移住のため開拓しようとした人々のこと。歌詞は「線路を通せ」「トンネル堀まくれ」「鉄橋を作れ」などそのまんまだ。メンバーがそれぞれ、図太い声、甲高い声、絶叫するような声で「マンモー!」と不規則に叫ぶ模様は異様。終始、妙なテンションで歌われ続ける。これにハマったらなかなか抜け出せない。


たまはメジャーで3枚アルバムをリリースした後、インディーズに舞い戻るのだが、その理由のひとつはメジャーでの規制に辟易したからだと言われている。たまには規制に引っかかるためリリースを自粛した楽曲が多かったようだ。自由に音楽をやりたいと考えた「たま」はもともとアングラ志向だったため特に抵抗なくインディーズに戻ったわけだ。
上記の曲は決して大衆向けの曲ではないが、やりたい音楽を思いっきり表現しているように思える。

シミケン

昨日、岡村靖幸のライブDVD、「Symposiumフレッシュボーイツアー2003」と「Live家庭教師'91」を見た。いつもは、自分の部屋にある小さなテレビで見るのだが、昨日は両親が出掛けていたので、その隙を見計らい、リビングにある大きなテレビで見た。別にいかがわしいDVDを見るわけじゃないんだから、コソコソする必要はないのだけど…。まぁ、「Live家庭教師'91」の寸劇部分はそこら辺のいかがわしいDVDより、別次元でいかがわしいわけだが。大画面で見る岡村ちゃん、いいわぁ。前にも書いたが、僕にとってこのシンポジウムと家庭教師の二作品は双璧をなす傑作だ。今の複雑な心境で見るとシンポジウムの方に強く惹かれる。シンポジウムは選曲も良いしアレンジも良い。そしてなにより岡村ちゃんとファンとの間に親密な一体感がある。「Live家庭教師'91」も、もちろん傑作だが、シンポジウムには到底適わない。

靖幸関連のいろいろなサイトを読んでいると、当たり前だが落ち込んでいる人が多いみたいだ。特にファンサイトの掲示板には絶望的な悲壮感が漂っている。僕は今回の事件を知った時はイマイチ実感が沸かなくて、なんだか「人ごと」のような感じだったけど(実際的には今も「人ごと」なわけだが)、この1週間で、少しずつだが着実にじわじわとけだるい疲労感のようなものが来た。「やっちまったなぁ~」って感じだ(岡村ちゃんがクールポコ好きだったって本当なのか?)。6日の記事でも書いたけど、事務所とレコード会社が決まって、ツアーをやれば暖かいファンが集まって、そんな恵まれた環境ってなかなかないよ。もったいない。悔しい。筆舌に尽くしがたい。

さて、あれから1週間過ぎたわけだが、その後の情報は一切なし。とりあえず、今、気になるのは懲役の期間だ。そっち方面の知識は皆無なので、わかりやすい例として、シミケンこと清水健太郎を用いよう。一応説明しておくと、清水健太郎とは過去に4度クスリで捕まっているお方だ。予断だが「2度の未成年喫煙の発覚で事務所を解雇となった加護亜依に対し、『覚醒剤で何度も逮捕された自分よりはやり直しがきく』とエールを送っている」(ウィキペディアより引用)とのこと。なんという説得力!!!

清水健太郎の場合は、

3度目の逮捕ー懲役1年6ヶ月の実刑判決
4度目の逮捕ー実刑2年4ヶ月の判決
(いずれも、覚醒剤取締法違反による逮捕)


これを参考にすればおおよその懲役期間は想像できるのではないだろうか。
詳しくはわからないが、実際の懲役期間より早めに出所できるシステムになってるっぽいし、仮釈放というものもあるし、今回は所持していただけ(もちろん所持しているだけで完全にアウトだが)という可能性もあるし。2009年の初夏あたりかなぁ……。こんなこと調べても意味ないか。

Big☆Bang!!!
中川翔子のフルアルバムが3月19日にリリース。タイトルは『Big☆Bang!!!』。これは嬉しい。ブログを見る限り作詞もしているようだ。やっぱり作詞しないとね。そこら辺のミュージシャンより、オリジナリティの強い歌詞が書けるはずだ。あれだけの量の本を読んでいれば自ずと言葉をたくさん持っているだろうし。名曲「空色デイズ」も収録されているだろうし、これは買いだ。

デスノート(読みきり)

本日公開の映画「L change the WorLd」に伴い、ここ数日はデスノート関連の話題が賑やかだ。デスノート後編が地上波テレビ初放送されたり、「L change the WorLd」の主題歌を歌うレニークラヴィッツのCMが頻繁に流れていたり(レニークラヴィッツを「ロック界のL」と称すのはどうなんだろ)、蜷川実花がLの写真集を出したりと、とにかく盛んだ。僕は昨日のデスノ後編を見て改めて思ったのだが、松山ケンイチ演じるLがどうも好きになれない。なので当然「L change the WorLd」を見る予定はないし、上記のような一連の〝Lプロジェクト〟にも興味が無いのだが、今日(2月9日)発売のジャンプに掲載されている読みきりのデスノートはかなり気になる。

デスノートのスピンオフ的な作品が氾濫する今、原作・大場つぐみ、作画・小畑健によるオリジナルのデスノートが読めるなんて幸せだ。40ページほどの短い読みきりなので、出来ることが限られている。デスノの醍醐味である緊迫する頭脳戦、みたいなのはない。ストーリーはコンパクトだ。そういう意味では、デスノートの本来の魅力は表現できていないかもしれないが…もう、絵を見ているだけで大満足。何だあのワクワクする絵は。特に最初の1ページ目と2ページ目。何あれ?力入れすぎだろ。ラルグラドと同じ絵の人とは思えない。天と地ほどの差がある。鬼気迫る画力だ。改めて感心した。恐るべき、小畑健。今週号のジャンプは間違いなく「買い」だ(自分は立ち読みで済ましたが)。

大場つぐみことガモウひろしの原作も優れている。
ストーリーは、…ネタバレ大アリです…夜神月の死後新たなキラが現れる。そのキラは死にたいと志願する老人を専門に殺す。そのため、日本は長寿国1位から6位となる。しかし近年日本が抱えていた深刻な年金問題や少子高齢化は解決。次第に新キラを擁護する人たちが出てくる。果てには老人ばかりではなく若者までもがキラに死を志願するようになってしまう。そのような問題を受けてニア(L)は全世界に向けてテレビジャックを行う。「今回のキラに関しては全く興味が無い。あなたはただの人殺しです」というような発言をする。数日後、キラは精神的に参ってしまいデスノートに自分の名前を書き自殺する。終わり。簡潔に要約するとだいたいこんな内容だ。

「老人が自ら死を志願しキラに殺され、その結果、年金問題や少子高齢化は解決。キラ万歳!」という設定には感心した。よく考えたな、ガモウ。ちょっと「狙った感」が伺えるのも事実だが、面白いプロットだと思う。「老人」が「凶悪犯人」、「年金問題や少子高齢化の解決」が「犯罪率の抑止」に置き換えれば、基本的なベクトルは本来のデスノートと全く同じだが。

上記の要約したストーリーからもわかるように、終わり方があっけない。読みきりだからしょうがないけど、ニアに「ただの人殺し」って言われただけで死ぬか?いや死なないと物語が完結しないから仕方ないのだけど。たぶん今回の読みきりで、デスノートをたまたま手にし、キラとなった人間の精神力が弱かったということなのだろう(もしくはライトの精神力が強すぎた)。

確かコミック1巻に、デスノートによる殺人をはじめた初期の頃のライトがベッドに横になりながら、もがき震える描写があったように思う。そこで、ライトは、いくら正義のためとはいえ実際に人を殺しているという厳然たる事実を実感として受け止めた時、かなりの心労的負担やら良心の呵責やらに苛まれるという描写があった。今回の読みきりに登場したキラはデスノートを扱うことで負う心労に耐えられなかったのだろう。だからニアに「ただの人殺し」と言われただけでいとも容易く死んでしまったのだろう。

最後は、いとも容易く死んでしまったキラに憑いていた死神に向かってリュークが「俺の所有者はもっと図太かったけどな」みたいなことを言い、その背景に夜神月のいやらしい顔が描かれている。この読みきりでは全体的にライトの存在がやや好意的に描かれている。ニアまでもが夜神月に気遣いを見せている。今回のキラは「Cキラ(チープなキラという意味)」だ。同じキラだなんてライトに失礼だ、というようなことを言っている。ていうかガモウが言わせているのか。ガモウはライトが好きなんだろうな。

読みきりを読んだ後、久しぶりにデスノ本編が読みたくなったのだが、コミックは全巻売ってしまったんだった。

鳥居みゆきについて・PART3

2008年に入ってから鳥居みゆきの知名度はグンと上がったように思う。正月のお笑い番組にも頻繁に出ていたし、1月には「ガキの使いやあらへんで」にも出演していた。もはやネットだけで騒がれる閉鎖的なカルト芸人ではなくなったように思う。普通にテレビを見ている人なら1度くらいは目にしたのではないだろうか。名前はわからなくても実物を見たら「あーなんか見たことあるわ」となるのではないか。これは大きな飛躍だ。

しかし、いくらテレビ出演し知名度が上がったとしても、殆どの人は鳥居みゆきのネタをしている姿しか知らないだろう。そしてネタしか知らない人にとっては、当然その姿が鳥居みゆきのすべてとなるわけだ。「ヒットエンドラ~ン」といういかにもエンタ風の低俗な芸人だと思われている可能性がある。これは由々しき問題だ。

前々から言われていることだが鳥居みゆきの「まさこネタ」自体はそれほど笑えるものではない。鳥居の真骨頂はトークだ。トークが神がかっているのだ。しかしテレビではネタの披露のみ。しかもテレビ用に改悪されたネタ。ネタの中でグレーと思われる部分(というよりは視聴者から苦情か来そうな部分)に規制が入り丸々カット(主に木下さん関連)されている。

思うに、「まさこネタ」はドラゴンクエストの技で例えるなら「おたけび」のようなものだ。ドラクエをプレイしたことのない人(そんな人いないだろうが)のために説明すると、おたけびとは相手の身動きを封じる技のことだ。おたけびを使いモンスターの動きを封じる。そうすることで、すくみあがり動けないモンスターに攻撃をしやすくなる、という技。

「おたけび(まさこネタ)」を仕掛けた後は「すくみあがっているモンスター(テレビの視聴者)」に「攻撃(トーク)」しなければ意味が無いのだ。テレビでの鳥居は、おたけびだけを一方的に突きつけて、次のターンには身動きの取れないモンスター(テレビの視聴者)を横目に逃げているのだ。逃げずに攻撃(トーク)しなければいけない。当たり前だが、おたけびだけではダメージを与えられない。それでは永遠に倒すことができない。ネタの後にトークがなければ、何の気なしに見ている一般視聴者はあっけにとられるだけだ。それでは、鳥居ワールドに巻き込む吸引力としては弱い。

ブレイクのきっかけとなった「竹山の恋愛中毒」にゲスト出演した際もネタの後にトークがあったからこそ、あれほどまでに騒がれたのだと思う。ネタのみだけではなく、ネタとトークがセットになった形でテレビに出させてもらえればいいのになぁと常々思っていたのだが、先日、日テレの「オジサンズ11」という番組でそれが実現したようだ。

この番組は、徳光、福留、鈴木四郎などベテランフリーアナウンサーが一同に集う地味に豪華な番組だ。そんないかにも場違いな番組に鳥居が出演したのだ。

まずは、いつものように「まさこネタ」を披露。案の定、ポカーンとするオジサンたち。どん引きしている顔、苦笑している顔が映し出される。やがてネタは終了し、異様な空気と化したスタジオ。今までのテレビ出演ならここで鳥居はフェイドアウトするパターンだが、この番組ではその後、オジサンの群れに突入しトークが繰り広げられる。約1分10秒ほどの短いトークなのだが、なかなか面白かった。十分爪あとは残せたのではないだろうか。トーク内容は、主に鈴木史郎と般若心境について語り合うというチンプンカンプンなものだった。途中、鈴木史郎に向かってボソっと言い放った「はじめてお父さんに会えた気がします」というのはかなりスマッシュヒットだった。

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岡村靖幸

いっそのことスルーしてしまおうかとも思ったのだが、さすがに触れないわけにはいかないか。
gooのニュースで「岡村靖幸容疑者3度目の逮捕」という文字が目に飛び込んできた瞬間のリアクションを正直に告白すると、思わず笑ってしまった。ニヤニヤしてしまった。突発的なショックを受けると人は笑ってしまうものらしい。「いやいや、ありえないだろ」と思いその記事を1行1行じっくりと読む。どうやら事実のようだ。…唖然。PCの横には鏡が置いてあるのだが、ふと、その鏡に目をやると意味不明に笑っている自分の顔が写っている。「笑っている場合じゃないだろ、馬鹿か」と思い、軽い自己嫌悪に陥る。それから小一時間かけて関連サイトをいろいろと読んだ。なんだか、どっと疲れた。

せっかく、また再復活してここまでやってこれたのに。事務所とレコード会社が決まったのに。シングルをリリースして全国ツアーまでやれるような立派な環境を築くところまで頑張ったのに。もったいない。ファンクラブはもちろん閉鎖。会員カードが届く前に閉鎖。入会金、年会費はすべて返金。2週間後に控えたアンコール告白ライブは中止。名古屋でのライブは結局去年は延期になり、そして振り替え公演は中止。散々だ。

この記事では岡村靖幸に対しての批判やネガティヴなことは書かないでおこうと思う。正直、批判するほど怒っていないし、ネガティヴなことを書くほど落ち込んでもいない。所詮岡村靖幸はいわゆる芸能人であり、自分との間には遥かに遠い距離がある。その距離感を勘違いして落ち込むほど盲目的でも熱狂的でもない。なぜわざわざこんなことを書くのかというと、僕が岡村靖幸ファンだと知っている知人から「この度は非常に残念なことに…」みたいな明らかに変な気遣いが感じられるメールが何件が来ていたので。別に落ち込んでいません。全然大丈夫。それよりも、もし今回のことでひどく落ち込んでいる人がいたとしたら、上記のような「距離感」を頭の隅にでもいいから置いておくと良いかと…。実際、どうしようもないしね。

岡村靖幸のファンサイトでは今回の事件を受けてコメントがたくさん書き込みされているのだが、中でも印象的だったコメントは、「岡村ちゃんの側に居る誰かが支える事が出来たなら…と残念です。皆さん、本当の意味での友人・恋人・家族を大事にしましょう。辛い時に支え合える様な関係を築きましょう」というコメント。いや、まさにその通りだと思う。岡村靖幸ファンは大人な人が多いなぁ。

なんだかんだで、このブログでは岡村靖幸がオツトメ中の間もずっと何かしら岡村靖幸についての話題を書いてきた。去年の3月に復活してから現在までの間も何か情報があればすぐさまブログに書いてきた。2年半弱もの間、岡村靖幸の動向を逐一記事にしては一喜一憂していた。それで、やっと今年はライブのレポやニューアルバムの感想を書けるかも、と期待していただけに残念だ。このブログで岡村靖幸のライブレポを書くことは、僕にとってはかなり重要なことだった。念願であり、ひとつの到達点だったのに。残念だ。

付記1
それにしても一つ前の記事で「もうアルバムとライブDVDの感想はすべて書いたので岡村靖幸に関してはもう書くことが無い」みたいなことを書いたばっかりなのに。まさかその3日後にこんなことになるなんて。

付記2
本当はこの記事はもっと長いはずだった。2時間かけて約3500文字程度の長い文章をせっせと書いたのだが、保存せずPCの電源を押してしまいオジャンになった。不幸は続くものだ。書き直す気力がイマイチ湧かず、結局当初の3分の1程度の文量になってしまった。まぁ短くても内容はどちらもだいたい同じだからいいか。

10周年/80年代/11拍手

10周年
大丈夫なのか?いくらなんでも早くないか?いや別に早くはないか。もうあれから3ヶ月だもんな。妥当といえば妥当かもしれない。でも、絶対もっと先だと思ってた。嬉しいというよりは『大丈夫なのか?』って感じだなぁ。…えっと何の話かというと「HUNTER×HUNTERが連載10周年となる2008年3月3日発売14号より連載再開。そして単行本25巻は3月4日発売。連載再開に関しての詳細は直前発売号(13号)にてお知らせする」とのこと。もう、冨樫がわからない。去年の12月に10週限定連載が終了した際は、ぶっちゃけ2008年中の連載再開はないなと半ば確信していた。だって前回は再開までに1年8ヶ月もの歳月がかかったわけだし。このブログでは「春ごろに連載再開すればいいなぁ」などと書いたが、あれは叶わぬ願いだと承知しながら書いたものだ。「春ごろに再開なんてするわけねーじゃん」って思いながら書いたのさ。なのに、まさか、春を待たずして再開だなんて誰が想像しただろうか。ということは、休載前の冨樫の作者コメント「近くまた戻ってきます。なるべく早く帰ってきます。頑張ります。」という言葉はまさに文面どおりの意味だったのか。邪推した自分が恥ずかしい。ただ、今回の連載再開の詳細情報はまだわかっていない。ぬか喜びになる可能性は完全には否定できない。今のところは3月3日に再開するという話だけだ。前回のように限定連載かもしれないしな。何はともあれ、3月から楽しみがまたひとつ増えるわけだ。やった。

80年代
昨日の『SmaSTATION!!』で特集された「80年代の洋楽ベスト30」が面白かった。スマステは毎回ツボの突いた特集が多いが今回は特によかった。ツボの突いた特集という点ではアメトーークと同じくらい優秀な番組だと思う(ちなみに来週のアメトーークは2週にわたって出川特集をやるそうだ。凄いことになりそう)。
80年代の洋楽をランキング形式で30位から紹介していたのだが、一通り見て思った、やっぱり80年代って変。あの浮かれた感じはどこから来るのだろうか。ゲスト出演していた石井竜也はVTRで流れる80年代のアーティストたちを見ては、そのダサいファッションや時代を感じさせるPVの演出に逐一突っ込みを入れていた。また、1位に輝いたマイケルジャクソンの「スリラー」に対しては、「1位がゾンビ(笑)これが80年代の異常性ですよ」と言っていた。まさにその通りだ。1位がオカルトの歌だもん。まさに80年代の異常性を象徴している。洋楽と言ったら洒落たイメージがあるけど、80年代の洋楽に関してはお洒落な雰囲気が殆ど漂っていないように思う。80年代に流行った曲の殆どはキャッチーで売れ線なメロディがある。つまりは「歌もの」だ。現在の洋楽は完璧にリズムが主体だが、80年代はメロディの方に重きが置かれていたようだ。そういう意味では(語弊があるかもしれないが)80年代の洋楽は90年代の世俗的なJ-POPと似ている。
ランキングでは1位マイケルジャクソン2位マドンナだったのだが、この二人と同い年であり岡村靖幸の模範ともなっているプリンスが26位だったのは解せない。さらにブルース・スプリングスティーンの「BORN IN THE U.S.A.」がランク外だたのはさらに解せない。アメリカのアンケート結果をランキングにしたのなら1位マドンナ2位プリンス3位ブルース・スプリングスティーン4位マイケルの可能性も十分あり得ただろうな。

11拍手
先日書いた岡村靖幸のライブDVDレビューの記事に「拍手」が(前半後半合わせて)11も付いている。いつもは基本ゼロ、せいぜい付いても1か2くらいのものなのになぁ。これはロム専の人たちからの無言のメッセージなのかもしれない。「お前もっと岡村靖幸のこと書けよ」っていう。違うか。いずれにせよアルバムのレビューは既に書いたし今回はライブDVDの感想書いたし、もう書くことが残っていない。

ピューと吹く!ジャガー THE MOVIE

先日、『ピューと吹く!ジャガー THE MOVIE』を観てきた。いつも、映画はJRタワーで観るのだけど、札幌では(というか北海道では)、ジャガーは札幌ファクトリーという大型ショッピングモールのみでしか上映されていないようなので、わざわざ札幌ファクトリーまで足を運んだ。予断だが、札幌ファクトリーって…もの凄い懐かしい。小学生の頃はよく家族で行ったなぁ。場所は札幌駅から割と近いのだが、歩くにはやや遠く(20分くらい)だからといって地下鉄を使うには近すぎるという地理的に非常に微妙な立地なので最近は全く足が向かないでいた。最後に行ったのは確か高校3年生の3学期。学校をサボって(高3の3学期というのはまるでサボるために存在するかのような学期ですよね)ハリーポッターの第一作を観に行ったな。それ以来だから7~8年ぶりってことか。

閑話休題。思っていたより客入りは良く、50人は入っていた。驚いたことに9割は女性。しかも若い。たぶん二十歳前後だと思われる。前の席の人が周りを見渡してからボソッと「女子高みたい」と言っていたが、本当にそんな感じだった。この客層のためか劇中はドッカンドッカン笑いが絶えなかった。去年の「『大日本人』とは大違いだ。当たり前か。大日本人は男が多かったし、その大半は松本人志という唯一無二の存在を念頭に置いていただろし。単なるコメディ映画なのに、まるでゴダールやクロサワの映画(どちらも観たことないけど)を観るかのような心持で見ていたような気がする。それに比べて、ジャガーは、監督がやしろ食堂でお馴染み「天才たけしの元気が出るテレビ」のディレクターだったマッコイ斉藤、脚本が「はねるのトびら」の放送作家で元お笑い芸人のオークラ。そして原作者がうすた京介である。ネーミングからしてゆるい。この面子では誰もジャガーに高尚な芸術性なんて求めないだろう。故に肩の力が抜けた状態で観ることが出来た。

以下ネタバレあり。
自分の好きな漫画が映画化になる際は基本的に期待値を低くしておかないと往々にしてがっかりするものだ。なので、「どうせ、面白くないんだろうなぁ……そもそも実写化なんて無理に決まってるし…ジャガーは漫画だからこそ笑えるんだ…」とネガティヴな自己暗示を事前にしていたのだが、そんな暗示などいらないほどに面白かった。ごくごく自然に笑ってしまった。さすが、お笑い番組に携わっている人達が制作しているだけある。全体的に演出がバラエティ的だ。その象徴的なシーンとしては、しつこくラップを披露する小木に思わず要潤が一瞬ニヤけてしまい顔を背けるのだが一瞬にして表情を真顔に戻す所だろうか。バラエティ的というかダウンタウン的というか。たぶんアドリブで演技しているのだろう。そのゆるさがうすた京介の世界観に近い。

主要キャラクターの配役が完璧だ。ピヨ彦役の大村学はどこからどう見てもピヨ彦だ。口を大きく開けて驚いている表情やセリフまわしは、原作のイメージ通りだった。ジャガー役の要潤もミステリアスで何を考えているのか全く理解不能な雰囲気はいかにもジャガーさんっぽい。ただ、確かにハマってはいるのだけど、終始大人しく冷静な時のジャガーだった。理不尽にわけのわからないことをがむしゃらにやる激しいジャガーが少なかったのが心残り。一番秀逸な配役はハマー役の小木(おぎやはぎ)だ。小木なんて登場しただけで結構な笑いが起こったくらいだ。ハマーのウザさをここまで自然と表現できたのは、小木の演技力というよりも小木の先天的な資質(ウザさ)によるものだろう。映画の後半ではハマーの忍者時代の師匠・影千代役として板尾が登場する。ハマー役の小木と影千代役の板尾。この二人がコンビを組むのだ。これには否が応にも期待してしまう。どのような怒涛の笑いが繰り広げられるのだろうか、と。しかし、どうも板尾の扱いが悪い。結局、最後まで板尾にはおいしい所がひとつもなかった。確かに影千代というキャラは元々それほど吹っ飛んだキャラではない。しかし演じているのは板尾なのだから、もうちょっと〝遊び〟が欲しかったなぁと思う。もったいない。だって板尾だよ。

この映画は原作漫画をコミックやジャンプで読んでいる人じゃないと面白くないだろう。上記のような配役の妙も原作を知らなければわからない。基本的に原作を読んでいない人でもついてこられるような作りにはなっている。しかし、ジュライのポギーが普通の歌を歌っているシーンや愛くるしいロボット・ハミィが何の説明もなく、前後の繋がりも皆無な状況でさりげなく登場するシーンで、客に笑いが起こったということは、漫画ジャガーの愛読者だからに他ならない。原作を知らなければ「ん?」と思うだけだろう。特にハミィなんて本当に何の前触れもなく現れるし。原作を知っている人だけがわかる小ネタが所々ある(うすた京介本人が出演していたらしいが見つけられなかったなぁ)。そういう意味では原作漫画を読んでいるか、いないかで面白さが大きく違う映画だ。
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