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サブカルの戯言 2008年4月

第50回:4月1日
中川勝彦のアルバムが全タイトル再発したらしい。そのことについて、しょこたんブログで全く触れられていないのは何でだろう?

第51回:4月2日
昨日はエイプリルフールだったのか。誰にも騙されなかったので気づかなかった。

第52回:4月3日
NHKの音楽番組「SONGS」に竹内まりやが出演していた。安定感のある歌声に驚いたが、それよりも驚いたのはバックで軽快にリズムを取りながらギターを弾く山下達郎の姿。貴重だ。

第53回:4月4日
いいとも青年隊が卒業。最後まで存在感が薄いままの二人だったな。

第54回:4月7日
山下達郎の「世界の果てまで」が凄い。名曲過ぎる。

第55回:4月8日
4月に入ってから更新頻度が高くなっているが別に、たまたま、そうなっているだけ。

第56回:4月11日
今日、ピーマンの肉詰めを食べて、ふと思ったのだが、ピーマンのあの窪みに肉を詰めるという発想はノーベル賞ものだ。あの窪みに利用価値を見出す頭の柔らかさに脱帽する。

第57回:4月13日
「イロモネア」の面白さは鉄板だけど、レギュラー放送だとすぐに飽きそう。

第58回:4月14日
しょこたんがクラピカのコスプレ衣装を買ったようだ。よし。

第59回:4月15日
スラムダンクを再読中。やっぱり名作だ。名言が多すぎる。庶民シュートとか懐かしすぎる。

第60回:4月20日
小沢健二の「それはちょっと」は名曲。

第61回:4月26日
来週はhideについて書こうか。

第62回:4月27日
羞恥心が絶好調。浜崎とビーズにとって、これほど嫌な伏兵はいないだろうな。

第63回:4月30日
さすがに、もう、ハンターハンターについて書くのは面倒たぜ。案の定、嘘予告だったしさ。ネフェルピトーを出してくれよ。あと1週。

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尾崎豊 アルバム解説

2008年4月25日は尾崎豊の17回忌。尾崎豊の曲は、ここ4~5年、全く聴いていないが、高校生の頃は毎日欠かさず聴いていた。毎日、尾崎の曲を聴き、尾崎のライブビデオを見、尾崎関連の書籍を読み漁り、尾崎のファンクラブに入会までもした。挙句の果てには、尾崎豊への熱い思いを原稿用紙に書き、それをアイソトープ(尾崎豊が生前に興した事務所)に送り、ファンクラブの会報に掲載されたこともある。今振り返ってみても我ながら熱狂的であった。
高校の頃は少し精神的に病んでいたので、その病んだ魂が、尾崎豊の存在と上手くシンクロし、結果として信者並のファンになってしまったのだと思う。しかし、大学に入ってからは、急に尾崎を聴かなくなった。大学時代は、いろいろと充実していたし、適当に馬鹿騒ぎして息抜きする術も覚えたので、自ずと尾崎豊を聴く必要性が無くなったのかもしれない。ということで、今ではすっかり疎遠になってしまった尾崎豊だが、今日は17回忌。せっかくなので、尾崎豊のオリジナルアルバム6作品の簡単な感想を書こうと思う。

十七歳の地図(1983年12月1日)
ファーストアルバムにして尾崎豊の最高傑作「17歳の地図」。尾崎豊の代表曲である「I LOVE YOU」「15の夜」「僕が僕であるために」「OH MY LITTLE GIRL」「SEVENTEEN'S MAP」が収められており、ベストアルバム並に豪華なラインナップとなっている。あまりにも完成度が高いため、後に尾崎は「ファーストを超えるアルバムがつくれない」と口にし、苦悩したほどだ。シビアな意見ではあるが、ファーストアルバムがあらゆる意味で頂点であり、セカンドアルバム以降、クオリティは落ちてゆくばかりだ。それほどまでに「17歳の地図」は神がかった名盤なのだ。
ノート一冊分とも言われる膨大な言葉の中から、選びぬかれた切れ味抜群の鋭い歌詞。それを一層引き立たせる扇情的で完全にオリジナルな歌唱法。作曲能力も高く「I LOVE YOU」のように切ないバラードもあれば、ブルーススプリングスティーンの影響を感じさせる骨太なロック「SEVENTEEN'S MAP」もある。またフォークソングように哀愁が漂う曲(「傷つけた人々へ」や「街の風景」)もあり、オールラウンドな作曲能力が窺い知れる。このアルバムを聴けば否が応にも、決して「その他大勢」に埋もれない尾崎豊の煌いた才能に気付くだろう。

回帰線(1985年3月21日)
シングル「卒業」がスマッシュヒットし一躍有名人になった尾崎。マスコミから「十代の代弁者」や「教祖」と騒がれはじめた折にリリースされた「回帰線」は初のオリコン1位を獲得。アルバムの雰囲気は前作とほぼ同じであり、故に名盤である。「シェリー」「卒業」「Scrambling Rock'n'Roll」あたりが有名どころだが、「回帰線」の素晴らしい点は7~9曲目までの流れにある。「坂の下に見えたあの街に」「群衆の中の猫」「Teenage Blue」。この3曲は尾崎豊ファン以外には知名度の低い曲だと思うが、凄まじく名曲である。
また、「回帰線」は世間の人々が想像するいわゆる尾崎豊のパブッリックイメージ通りの歌詞がある。「サラリーマンにはなりたかねぇ(Bow!)」や「先生あなたは か弱き大人の代弁者なのか(卒業)」「自由になりたくないかい(Scrambling Rock'n'Roll)」というような十代の反骨的な少年が、社会や大人に対して刃向かう歌詞が顕著だ。「尾崎豊っぽい」曲が聴きたい人は「回帰線」を聴いたら良いと思う。そんなアルバム。

壊れた扉から(1985年11月28日)
十代三部作の最後のアルバム。前作から僅か7ヶ月という短いリリース期間で発売された「壊れた扉から」。既に尾崎豊の名前はすっかり世間に定着しており、ライブを行えば、まるで新興宗教の会場みたいな異様な盛り上がりをみせていた。一見、順風満帆だが、この頃から徐々に尾崎は危うくなってくる。その兆候としてまず、歌詞の量が多くなる。その上、内容は難解になる。今までの歌詞は、短いセンテンスにリアリティのある鋭い言葉を散りばめるという手法だったが、3thアルバムは「失くした1/2」「彼」「誰かのクラクション」「米軍キャンプ」などを中心に抽象的で難解で独善的な歌詞が目立つようになる。「盗んだバイクで走り出す」みたいな歌詞は皆無だ。
そんななかで、初期の煌きを感じさせる曲が「Forget-me-not」。繊細で明快な示唆に富んだ歌詞だ。この曲は、ケミストリーやマッキーなどにカバーされており、尾崎ファンの間でも人気の高い曲だ。また、ライブでお馴染みのロックナンバー「Freeze Moon」「Driving All Night」が収録されているのも嬉しい。アルバムのトータリティはそこそこ高く、ギリギリ名盤といえる。「壊れた扉から」をリリースした後、尾崎は活動を休止し、ニューヨークに向かう。1年後活動再開。しかし覚せい剤所持で逮捕されてしまう。

街路樹(1988年9月1日)
釈放された後の尾崎は忙しかった。結婚し、「夜のヒットスタジオ」に出演(最初で最後のテレビ出演)し「太陽の破片」を歌い、4thアルバム「街路樹」をリリースし、東京ドームで復活ライブを行った。上記の経緯だけを追えば、逮捕からの見事な復活劇に見えるが、尾崎を取り巻く問題は根深く(どれほど根深いかというと、今でも確執やら裁判があるほど)東京ドームの復活ライブ後、再び活動休止状態になる。
そんな中リリースされた「街路樹」はとにかく暗い。そして「壊れた扉から」よりもさらに歌詞は難解になる。これほどまでに反商業的な音楽はなかなかないだろう。当時は賛否両論の“否”が圧倒的に多かったようだが、今では、瓦解寸前の精神世界を表現したアルバムとして一部では評価されているようだ。レディオヘッドでいえば「キッドA」のような位置づけの作品である。ちなみに、シングルでリリースされ、テレビでも歌ったシングル「太陽の破片」は収録されていない。尾崎曰く「太陽の破片を入れたら売れるから」だそうだ。「太陽の破片」はNYに住んでいた頃の荒んだ生活やクスリに手を出してしまった絶望の日々を歌にした名曲であり、尾崎豊を語る上で重要な位置づけにある曲だ。その「太陽の破片」を2004年にリリースされた尾崎豊のトリビューアルバムでカバーしたのが、あの岡村靖幸である。

誕生(1990年11月15日)
複雑に絡み合った確執をなんとかクリアにし、レコード会社を決め、個人事務所「アイソトープ」を設立し、再起を計った2枚組みのオリジナルアルバム「誕生」はセカンドルバム「回帰線」以来のオリコン1位を獲得。抽象的な歌詞は是正され、以前のような鋭い歌詞が戻ってきているが、内容は学校や大人に対する不満などではない。では、25歳の尾崎豊は何について歌っているのかというと…それがはっきりしない。
しかしメロディは親しみやすいキャッチーなものが多い。よって「ロザーナー」「音のない部屋」「風の迷路」「永遠の胸」などを筆頭に「普通にいい歌」が多い。悪く言えば、個性が無い。その他大勢に埋没してしまいそうな曲が多い。もちろん尾崎豊自身もその点には気付いており、「歌うべき対象」が明確ではないことに苦悩していたようだ。しかし、「誕生」はオリコン1位を獲得し、アルバムを引っさげての全国56公演の「BIRTHツアー」も成功。新生尾崎豊として無事復活を遂げたといえる。

放熱への証(1992年5月10日)
91年の暮れに「BIRTHツアー」が無事終了し、新年を迎えた尾崎の身に起こった悲劇は母の急死だった。個人事務所の手伝いに忙しくしていた尾崎母はあっけなく亡くなってしまう。尾崎は、母への追悼曲を作り、ニューアルバム「放熱への証」のレコーディングをする。しかし、「放熱への証」の発売日の2週間前、母の後を追うかのように尾崎豊は亡くなる。若干26歳だった。
「放熱への証」は、前作の「誕生」と同じように「普通にいい歌」といった感じの楽曲が多い。結局「歌うべき対象」を見つけられないまま逝ってしまった感がある。「太陽の瞳」「闇の告白」は相変らず救いようのない暗い歌だが、とことんポジティブでキャッチーな「自由への扉」や癒し系のバラード「優しい陽射し」なんかも収録されている。もちろん、尾崎豊が敬愛するブルーススプリングスティーン風のロックもある。尾崎豊の衝撃的な死後に発売されたこともあり、瞬く間に100万枚以上の売り上げを記録。そのため尾崎豊のアルバムのなかでは、唯一ブックオフの250円コーナーの棚に(一抹の寂寥感を漂わせながら)置いてある作品である。

ベイベー、お前はごっつりな奴だぜ!!

ネットに出回っている岡村靖幸の動画はだいたい全て見たつもりでいたのだが、先日、初見の動画をyoutubeで見つけた。岡村靖幸が青森のローカル番組「RABなんだわけ天国」にエッピク御三家の一人・安藤秀樹と共に出演している超貴重な動画だ。この動画は凄い!最も脂が乗っていた頃のナルシスト全快で気持ち悪い岡村靖幸が40分弱というボリューム満点の長さで思う存分楽しめるのだから。

しかし、なぜ、よりにもよって青森のローカル番組に出演しているのだろうか。謎だ。名古屋やら神奈川やら大阪やら、ある程度栄えた地方都市のローカル番組であれば理解できるけど、なぜ青森なんだろうか?でも、岡村靖幸って、意外と頻繁に青森の番組に出演している。90年前後はもちろん、ぶくぶくと太り表舞台に殆ど姿を現さなくなった90年代中頃にも、青森のローカル番組には出演し、ふざけたことをやっている。青森と岡村靖幸の間に一体どのような経緯があり、親密な関係が築かれたのかはわからないが、青森での岡村靖幸はのびのびとしており、ファンとしては嬉しい限りだ。

「RABなんだわけ天国」という番組は、動画を見る限り、深夜放送のトーク番組のようだ。当時の新譜「早熟」や初主演映画「どんなことしてほしいのぼくに」について宣伝を兼ねて話していたり、岡村靖幸と安藤秀樹にお互いの第一印象を聞いたりしている(安藤曰く岡村は「気持ち悪い奴」だったそうだ)。なかでも一番印象的なのは、スタジオに用意されたピアノを使い岡村靖幸と安藤秀樹が即興で歌うコーナー。「方言は如何にファンキーに変わるか」という趣旨のもと、あらかじめ用意された東北弁

「んだすけはぁ(そうらしい)」
「そうだなす(そうですね)」
「でんで(誰だい、君?)」
「ごっつり(すかしてやがるぜこのやろう)」
「だーず(なんっちゃって)」
「だんだおえ(そうなんだよね)」

を組み込んだ即興を披露している。これがかなり笑える。ブラックなピアノのリズムに乗せて東北弁で思う存分ファンクしている。ピアノを使ったアドリブといえば岡村靖幸のお家芸であり得意分野だが、安藤秀樹も岡村靖幸の後塵に拝することなく熱く熱唱している。しかし、やはり岡村ちゃんには適わないようだ。即興の主導権は完全に岡村靖幸が握っている。岡村ちゃんワールドが炸裂している。

急にピアノを弾くのを止め「だんだおえおえ」のコール&レスポンスをピアノの周りに居る女性たちに求める岡村ちゃん。苦笑いする女性たち。そして、画面下に、〝「客がいないと燃えない!」という岡村君の要望で急きょ集まった通行人の皆さん〟というテロップが現れる(通行人かよ)。また通行人に対し半ば強制的に「でんで(誰だい、君?)」のレスポンスをさせ、その都度「オレ有名人だよ」「靖幸だよ」「おれだよ」と、答えるパターンも馬鹿馬鹿しくて良い。無理やり方言を組み込み、笑いを取りにいったかと思えば急に真剣になり、「お前を愛してる~」とか「俺の辛い気持ち~」など、まともな歌詞を挟んだりし、最後には「ベイベー、お前はごっつりな奴だぜ!!」と叫ぶ。これには、セッション相手の安藤秀樹も笑うしかないようだ。

この動画は、1990年3月21日にリリースされる「早熟」の宣伝をしている点や「番組がもう終わるからこそ実現した~」と改変期が近いことが伺える発言などから、時期は90年の3月上旬だと思われる。映像を見ていると、この頃の、岡村靖幸の凄まじさがひしひしと伝わってくる。青森のローカルアナウンサーと思しきMCの中年男性が番組を真面目に進行している最中も、岡村靖幸は常に眉を上下させ、ナルシスティックにポーズを決めている。モニターに映る自分を確認し、目をぐいっと見開いたかと思えば、急に荘重な表情になったり、とにかく一目見ただけで「なんなんだ、こいつ」と思わせる尋常ではないオーラを発散している。この頃の異様なナルシストぶりに影響され、後に岡村靖幸のフォロワーとしてデビューしたのがミッチーなんだと思うと少々感慨深いものがある。
動画はいつ消されるか分からないので、まだ見ていない人は早めに視聴した方が良いかと思います。

ヂートゥの最期

今週号のジャンプの表紙は「HUNTER×HUNTER」。頑張ってます、冨樫。もう、あと2週で冬眠(夏眠?)だからラストスパートをかけているのだろうか。ネフェルピトーを監視しながら座っているシチュエーションだと思われるゴンがどーんと配されていた。いい表紙だった。

さて、今週は「ユピーのレベルアップ」と「ヂートゥVSゼノ・シルバ」が描かれていた。なんか、宮殿突入後、ユピーの描写が異様に多い気がする。ほぼ毎回ユピーが皆勤賞並みに登場しているような。そして、回を追うごとにでっかくなっているような。今週もでっかくなってたし。もはや寸法がわからないほど大きくなっている。
ハエどもに苛々させられ、キレたユピーは爆発し、破壊力抜群の圧倒的な力を手にする。どんどん強くなっている。それを目の前で見た、ナックルは、顔面に一発入れることを一旦諦めシュートを抱え逃げることに、シュートが「一発入れてくれたのか」と問いかけるコマがコミカルだった。前も書いたけど、こういったコミカルな描写があるってことは、死者は出ないのかもしれない。少なくとも、ナックルとシュートは死なないだろうな。
ユピーは「力は強いが頭は弱い」みたいなキャラ造形だったが、王への忠誠から「滅私(私情を捨てること)」することを悟り、情熱と冷静の間に身を置く術を修得する。こうなったら、ユピーはやっかいだろうな。

場面は変わって、宮殿から去る途中のゼノの前にヂートゥが現れる。あの陽気で脳みその軽いフランクな感じでゼノに話しかけるヂートゥ。コムギを殺めてしまったかもしれないとややナーバスになっているゼノに新技「モンローウォーク」の実験台にさせろと迫るヂートゥ。ゼノとヂートゥの掛け合いは、緊張感が張り詰めた宮殿突入後のハンターハンターに置いて、ある種の清涼剤であった。そしてシルバにズバババーンと瞬殺される模様はカタルシスでさえあった。決してヂートゥは強いキャラではなかったが、曲がりなりにも師団長だ。モウラとナックルとそこそこ対等に戦っていたし、スピードという一点においては誰よりもずば抜けていた。そんなヂートゥが不意打ちとはいえ、あんな呆気なく殺されるなんて…。結構、いいキャラだったのになぁ、もう二度とヂートゥを見られないと思うと寂しい。

怪鳥に乗り去るゼノとシルバ。話題は案の定キルアについて。イルミに仕組まれた針が外されていたことを聞いたシルバの表情は、どうにでも解釈ができるような曖昧な顔をしていた。シルバといえば、ハンター試験後にキルアを自由にさせた後「いつか、必ず戻ってくる。あいつはオレの子だからな」と悪魔のような顔でキルア母に言っていたが、針を自ら外した現在でも考えは変わらないのだろうか。
ゼノがコムギを殺してしまったかもしれないと思い後味を悪くしていることなんかからも窺い知れるが、ゾルディック家は別に悪ではない。愛すべき点もある。だから別に蟻編の後キルアがゾルディック家に戻ったとしてもそれはそれでネガティブな選択とは一概には言えないと思う。

次回予告は「ナックル対ユピー、壮絶な潰し合い!その時ゴンが!!」だった。もう信じないぞ。前、騙されたから。ナックル対ユピーはあるだろうけど、ゴンの描写は残り2週にはないだろうな。さらに最後のページの横端には「佳境へ」の3文字が。まだ3分程度しか経ってないのにもう佳境なのか?王VSネテロは?プフVSモウラは?イカルゴは?ウェルフィンは?まだ描くべきシーンがたくさんある。それとも10週連続掲載が佳境ってことか?それなら納得。もうあと2週。

Depends On Music

謝罪文に続き、去年、タワーレコードで行われたインストアライブの模様を録音した音源がニコニコ動画に4分割でアップされた。岡村靖幸のマイスペには「代理人です。岡村さんから伝言を頂き、ライブの音源をニコニコにアップいたしました。」という文章がアップされ、今はなぜか消されている(音源はニコニコ動画にアップされたまま)。代理人(弁護士か?)が誰なのかはわからないが、もうちょっと詳しく書いてほしいものだ。
一行ではあまりにも素っ気が無いじゃないか。しかもなぜ消す?記事を消すということはファンが寄せた多くの励ましのコメントも同時に消すということだ。これは無礼だ。ブログを管理している人なら分かると思うが、普通、コメントのたくさんついた記事(スパムは除く)は削除しないものだ。消すならその理由を示すべきだ。…残念ながら誠意があまり感じられない。

そもそも「伝言を頂き」とあるがどんな伝言だったのだろうか。なぜ、急にタワレコの音源をアップしたのだろう?ファンへの気遣いか?5月の上旬に裁判があるとのことなので、刑期を短縮するための材料にするのでは?という噂もあるが、今の状態ではその可能性も否定できない。まぁ、刑期が短くなるのは待つ側としては嬉しいわけで、別に利用しても個人的には構わないけど。

マイスペを通じての、謝罪文の掲載とニコニコ動画への音源のアップという一連の動きからは、その裏に潜む胡散臭さや不誠実さが感じられ、結果としてファン離れを招いている気がする。さすがに愛想が尽きたファンが居たとしてもなんら不思議ではない。特に岡村靖幸のアイドル性に惹かれてファンになった女性ファンは、かなり厳しいかもしれない。だって、好きなアイドルが太り、覚せい剤で3度も逮捕されれば、さすがに熱は冷めるだろう。これは、男の場合で例えるなら、清純さが売りだった矢田亜希子が、あの押尾学と結婚し出産したのと同じくらいの衝撃だろう。押尾学と結婚した矢田亜希子を応援できない男性ファンと同様に、太り3度逮捕された岡村靖幸を応援出来ない女性ファンがいたとしてもそれはしょうがない。

岡村靖幸のファン離れについてなんとなく考えていて、ふと思ったことがある。それは、自分のボーダーラインはどこなのかということ。つまり岡村靖幸のファンをやめようと決心する決定打はどんな時なのか?ということ。それを考えた時、辿り着いた答えはやっぱり、音楽次第だ。岡村靖幸の作る音楽が自分好みな限りファンであると思う。ひどくシンプルでドライだ。
音楽が良ければ仮に4度目5度目の逮捕があったとしてもファンはやめないと思う。逆に言えば、今回の事件が無くても、岡村靖幸の7thオリジナルアルバムがリリースされたとして、それが駄作であったならば、徐々に熱は冷め岡村靖幸の曲を聴く頻度は減少していったと思う。人に危害を加えるような犯罪を仕出かせばさすがに嫌悪感を抱くだろうが、それでも、音楽が素晴らしければ―――例えば「家庭教師」並に素晴らしければ―――肩身は狭いながらも、岡村靖幸のファンであり続けると思う。もちろん、その場合は岡村靖幸ではなく、岡村靖幸の「楽曲のファン」であることを強調することになると思うが。

ザッキザキにしてやんよ

このブログのカテゴリーのなかで一番投稿記事が多いのは「雑記」。148もある。次に「音楽:邦楽」で72。雑記の半分以下だ。如何に雑記の148が多いかが伺える。しかし最近は雑記が妙に少ない。ひとつ前の雑記の記事は1月だ。雑記の減少は、本ブログがマニアックな方向へと向かっていことが原因だろう。とういことで、今日は、思いっきり、雑記な内容を書こう。

運命というものがあるならば
ちょっと古いが、森三中の村上の電撃結婚について。先月、3月23日に村上が結婚。若手お笑い女芸人であるにも関わらず、急遽ゴールデン枠で特番が組まれた理由は、結婚までの経緯にインパクトがあったからだろう。もちろん、村上が――いわゆるブスの代名詞とも言える村上が――結婚するということ事態にもインパクトはある。しかしそれを凌駕するほど、結婚までの経緯が凄まじい。なんたって、出会ってから3週間で結婚!3日目で付き合い、1週間目でプロポーズ。しかも初めて付き合った相手。んでもってプラトニック。
この経緯を知れば誰もが「早まるな」「周りが見えてないのでは」「まぁ失敗するな」「離婚の可能盛大だろ」などなど、ネガティブな感想を持つだろう。僕も、このニュースを知った時はそう思った。だって、明らかにおかしい。最近は、殆ど見かけないが、学生結婚と同じくらい無謀であり、周りが見えてない。そもそも、3週間で結婚する意味がわからない。きっと二人の間は計り知れないほど熱く盛り上がっているのだろう。「もう俺たち結婚しかないだろ」みたいな間柄になっているのかもしれない。でも、それなら尚時間を置く必要性があることに、いい大人なら気づくはずではないか。「いくら長い間一緒に居ても分かり合えない場合もある。時間は問題ではないのだよ」みたいな一般論もあるにはあるが、それでも3週間は極端に短すぎる。ということで、僕はこの結婚は失敗すると思う…が、案外良いかもしれないな、とも思う(どっちだよ)。
別に恋人に限ったことではないが、〝はじめてのもの〟が後から振り返ってみると一番良かったなと思うことはよくある。例えば、服を買う時でもそうだ。何時間も迷って服をあさっていても、結局、最初の店ではじめに目につき手に取ったものを買うことってある。運命というものがあるならば、それは〝はじめてのもの〟に対して強く作用する傾向にあると思う。なので、村上がはじめての男と3週間で結婚するというのは案外〝アタリ〟かもしれない。

オチのないセンテンス
今、桐野夏生の「OUT」という小説を読んでいる。深夜の弁当工場でパートタイムで働く主婦たち4人が共謀し夫を殺すというヘビーな内容の話なのだが、これが面白い。最近は寝る前にちょっとずつ読んでいるのだが、この間、出先で時間が空いたため、書店に入り、文庫コーナーで「OUT」を探し、10分ほど時間つぶしも兼ねて読んだ。そして、翌日、自宅で「OUT」の続きを読む際、当然だが、しおりを挟んだページから、書店で読んだ分のページ(5~6ページ)をめくり、書店で読んだ最後の行を探し出し、そこから読みはじめたのだが、なんか違和感が…。なんか気持ち悪い。結局、書店で読んだ分のページをもう一回読み返してしまった。これって何でだろう。

訂正
こないだ、漫画家・尾玉なみえは世が世なら天才だ、と書いたが、あれは訂正したいと思う。尾玉なみえの「少年エスパーねじめ」の1・2巻が中古本屋に売っていたので買い、読んだのだが、約8年ぶりに読んでみるとそうでもなかった。ギャク漫画の鮮度は落ちやすいものだからしょうがないけど。

侮辱

今日は月曜日。ジャンプの発売日。すべからく「HUNTER×HUNTER」の感想です。【ジャンプの発売日。】と【「HUNTER×HUNTER」の感想です。】の間の接続詞を毎回変えているのだがそろそろ出尽くした感がある。「故に」「言うまでも無く」「案の定」そして今回は「すべからく」。すべからくって…結構無理があるね。ま、でも、あと3週でまた休載だからなんとかなるか。間にはさむに相応しい接続詞があればコメントで。

今週のHUNTER×HUNTER
先週の次回予告に「ゴンとピトーの関係に変化が」と記されていたのに、今週号にゴンとピトーは登場せず。なんでだ?まさかの嘘予告!がっかりだ。楽しみにしていたのに。今週は、「キルアとメレオロン」「ナックル・シュートVSユピー」「モウラVSプフ」の3場面が展開された。

まず、「キルアとメレオロン」。先週のラストでキルアの背後に突然現れたメレオロン。今週はパーフェクトプランを発動しピトーから離れた場所で話している場面からあっさりとはじまった。ピトーがどんなに焦っていたとしても、突然キルアが消えたら気づくのではないか。ピトーの潜在能力の高さからして気づかないわけがない。ちょっと強引に感じた。

安全な場所までパーフェクトプランで逃れたメレオロンはキルアにユピー戦への助けを求める。ゴンにひどいことを言われたキルアだが、メレオロンと話している表情はいつも通り冷静だった。「1分もあれば十分」と口にするキルアは頼もしいったらありゃしない。イルミの呪縛から脱したキルアならユピーを倒せるかもしれない。

「ナックル・シュートVSユピー」は相変らず熱い。ナックルって幽遊白書のゆうすけと桑原がフュージョンしたようなキャラだ。そのまま逃げれば、飛ばせるにも関わらず、わざわざ戦いに行くなんて、王道の少年漫画だ。シュートの、「ナックルを止めなければそれが俺の役目」と頭では思っているのに、あふれ出た言葉は正直だった。あの涙ながらの表情は良かった。ページをめくった最初にあの表情が配されているのも上手い演出だ。

相変らず殻に閉じこもったままのプフ。王の護衛を第一に考えなければいけないはずの直属護衛軍なのにいつまで渦巻きのなかにいるつもりだろう。その間に王は殺されている可能性だってあるのに。まぁ、「モウラVSプフ」は正直どうでもいいので、このまま休載までの残り3週、殻にこもったままでいてくれるとありがたい。

宮殿突入前は、護衛軍のその圧倒的な強さから討伐隊の何人かは死ぬのではないかと予想されていたが、今のところみんな生きている。最も深手を負っているのはシュートだが、今週号のシュートを抱えていたナックルがユピーの侮辱にキレて、シュートを頭から地面に落としてしまうというコミカルなシーンを見ていると、誰も死なないような気がしてくる。

岡村靖幸で「OH!ベスト」 全曲解説

ハレンチ(Thank you Takabashi-MIX)★★★★
96年にリリースされた「ハレンチ」は、当時話題になっていた女子高生とおっさんによる援助交際について岡村靖幸なりの視点で切り込んだ意欲作。社会問題についての楽曲のため、当時は社会派と呼ばれていたとか。援助交際をやっている人たちに対して批判や更生を促す歌ではなく、援助交際という汚れた行為に思いを馳せ、ひたすらコンフューズ(混乱)する岡村靖幸自身の複雑な心持が歌われている。なぜそんな行為に走ってしまうのかを嘆いた歌であり、そういう意味では社会派ではない。「なぜ?」という感情を表現した歌だ。しかしそれ故、強烈なインパクトがある。援助交際をやっている人に向かって「もっと自分を大切にしよう。お金はちゃんと働いて稼ごう」など当たり障りの無い一般論で諭すより、「ハレンチ」で岡村靖幸の歌う「俺はムード派だから、援助交際なんて、わかんないよ、たまんないよ。でもあなたに情がでる」みたいな内容の方が同じ目線にたった上での親身な優しさに満ちている気がする。
サウンドはアップテンポでダンサブル。「ステップUP↑」を彷彿とさせるほどノリの良い曲に仕上がっている。ハレンチのライブ映像は「Me-imi Tour 2004」にのみ収録されているのだが非常に盛り上がっている。振り付けもしっかりと施されており、岡村靖幸の楽曲におけるアゲうたとしても秀逸。

セックス★★★
同じフレーズが何度もしつこく焦らすようにファンクに繰り返されるグルーヴは、まるでジェームスブラウンの「セックスマシーン」のよう。8分18秒と長い曲だが殆どは同じフレーズで歌われる「君がどんな~」という非常に卑屈な歌詞が際限なく続いている。はっきり言って病んでいる。曲構成は、一曲のなかでどんだけ音楽を展開すれば気が済むんだというほどに好き勝手にアレンジしまくっている。サウンドの格好よさに耳を奪われ、誤魔化されそうだが、歌詞はシビアだ。ロッキングオンのインタビューで語っているように「セックスはほんとに出すの悩みました。つまりあんなにネガティブな歌をシングルで出して、かつあんまり救いもなかったし」「女の人は喜ぶかなっていうのはずーっと疑問でしたね。ヤな気持ちになんじゃないか(中略)ほんとにそれが答えであろうと…知りたくない答えってあるわけじゃないですか」とリリースに際して非常に悩んだようだ。
あの岡村靖幸の歌のタイトルが「セックス」とあれば、100パーセント性交という意味でのセックスを想像しがちだが、歌われている内容は、性差やジェンダーという意味合いのセックスだ。「君があらゆることをやったところで世の中には不平等な性差がある、あん時言ったろ」というような突き放した、冷めた内容の歌詞だ。このような歌詞があるため、インタビューで「女性がヤな気持ちになんじゃないか」と話していたのだろう。実際、田島ようこ辺りが聴けば激怒するのかもしれない。ちなみにこの曲は「Me-imi」の最終曲にマシュマロハネムーンとミックスした形で収録されているのだが、そちらの方が数倍洗練された格好良いアレンジとなっている。

真夜中のサイクリング★★★★★
痛々しいほどに切ない空気感を閉じ込めたミディアムバラード。無機質に響くキーボードの寂しげな単音と幻想的でけだるいコーラス、所々ノイズのような音になるアレンジがやや前衛的な出来栄えとなっている。「真夜中のサイクリング」というタイトルからして切なく感じてしまうのは自分だけだろうか。岡村靖幸が夜中、自転車に乗っている様子を想像すると、結構哀しいものがある。夜中に当ても無く自転車に乗り、夜風に当たりながらひたすらにペダルをこぎ、背中にはじっとりと汗が。帰りはコンビニに寄り弁当と酒と適当な雑誌を買い、誰も居ない暗いマンションの鍵を開ける岡村靖幸…。実際は陽気で愉快でゴージャスな生活を送っているのかもしれないが、「真夜中のサイクリング」を聴くとこんな風な哀愁たっぷりの岡村ちゃんを想像してしまう。
「真夜中のサイクリング」がシングルとしてリリースされたのは2000年。そのため、声がややこもっている。今と比べるとまだ出ているが、ある種の前兆は十分に伺える。声帯が消耗していく過渡期の声に一層切なさが増す。歌詞に関しては名フレーズが多発している。なかでも有名なのは「自ら脇役に志願してるようなもんじゃん」だろうか。マシュマロハネムーンもそうだが、この頃の歌詞はまるで自分自身に問いかけるような歌詞が多い。


マシュマロ・ハネムーン★★★★★
マイペースに唸っているメロディアスでキャッチーなベースとエッジの利いたキレの良いリズムが絶妙にマッチした名曲。最初から最後まで一定のテンションで繰り出されるリズム隊の爽快な一体感が病み付きになる。これほどまでに心躍る曲はそうはないだろう。曲の構成はシンプルでありながら、サビを最大限に生かすためだけに作られたような秀逸なBメロの溜めと解き放たれたような高揚感が得られるサビの抜群なメロディは何度聴いても最高だ。それに乗せて歌われる歌詞が「快感 傍観 同じ夜でもどんなにするかは僕しだい 体感 直感 楽しめる二人なら星も降る」。なんて素晴らしい歌詞なんだろうか。サビ以外の歌詞は「散弾銃の隊長も母の名を叫ぶ」などを筆頭に真意の掴みにくい詩が乱立しているため、余計にサビの歌詞が真っ直ぐに突き刺さる。
「マシュマロ・ハネムーン」というタイトルの可愛らしさに呼応したかのように、アレンジもキュートでユニークなSEが挿入されていたり岡村靖幸のボーカルの裏でアニメ声の女性が一緒に歌っていたりと、非常に愛らしくカラフルな出来となっている。「ラブタンバリン」「スーパーガール」「うちあわせ」など初期作品特有のキラキラとした輝きを感じ取ることが出来る。後奏ではファンク色濃厚なリズムにいつの間にか変わる。カッティングも加わりドスの利いた低音のシャウトが聴ける。一度に二度おいしい名曲。

総評★★★★★
2001年にリリースされた2枚組みのベストアルバム。2001年までにリリースされたすべてのシングルが収録されており、岡村靖幸の入門盤としては最適なラインナップとなっている。「OH!ベスト」を置き土産に、岡村靖幸はデビューからずっと所属していたエピックソニーを離れることになる。このベストのリリースも不本意だったらしく、いろいろと愛憎渦巻くしがらみがあったようだ。「OH!ベスト」には「禁じられた生きがい」以降、コンスタントにリリースされた「ハレンチ(96年)」「セックス(99年)」「真夜中のサイクリング(2000年)」「マシュマロ・ハネムーン(2001年)」が収録されている。上記の4曲はオリジナルアルバムには収められておらず、「OH!ベスト」か「岡村ちゃん大百科」でしか聴くことが出来ない。故に「OH!ベスト」は、岡村靖幸ファンにとって重要なマストアイテムといえよう。
「禁じられた生きがい」と「Me-imi」の間には9年間の空白があるが、表舞台に現れなかっただけで、シングルのリリースとプロデュース業という形で活動はしていたようだ。これらのシングル4曲を中心にオリジナルアルバムを制作し、リリースしていたならば、間違いなく「禁じられた生きがい」を超える名盤が誕生していただろう。もったいない。

「OH!ベスト」に収録されている他の曲の解説はこちらから。

世が世なら

ふとした折に思い出す漫画に「純情パイン」がある。2000年に週刊少年ジャンプで連載された尾玉なみえのギャグ漫画だ。女性作家であるにも関わらず下ネタがたくさんあったり、ジャンプの購買層と思われる小中学生には元ネタが分からないであろう渋いパロディが散りばめられていたり、なかなか過激な漫画だった。

下ネタとパロディのある過激なジャンプ漫画といえば「幕張」を思い出す人も多いであろうが、純情パインの方が個人的には過激だった。「幕張」はあれはあれで、ジャンプ編集部的には想定内であり許容範囲だったように思う。むしろジャンプ編集部は「幕張」の無茶を楽しんでいたように思う。

しかし、純情パインはジャンプ編集部においてある意味、許容範囲外であった。その証拠に、僅か13週で打ち切りとなってしまった。最短で打ち切られた漫画だからジャンプ編集部云々以前に読者からの人気もなかったわけだが、純情パインは名作だった。当時16、7だった僕はそう信じて疑わなかった。世が世なら尾玉なみえは天才と呼ばれる程の人だと思った。日本ではなく、トルコとかセネガルとかウルグアイとか(別にどの国でもいいけど)で「純情パイン」が発売されれば、もしかしたらミリオンセラーになるんじゃないかと考えたりもした。

純情パインのストーリーは…、地球征服を企む「オナップ星人」をやっつけるため、主人公の小学4年生の純川みつおと花田みちるは、5分以内に交換日記を2往復させ巨大ロボット・純情パインを出現させる。純情パインと地球を襲う「オナップ星人」の戦いをギャグ満載で描いている。基本設定は割とありがちなものだが、唐突に子供の主人公のお腹が膨らみ子供が生まれたり、かなり吹っ飛んだ展開が繰り広げられていた記憶がある。

そんな吹っ飛んだ設定をさらにカオスにしているのが尾玉なみえの描くキャラクターだ。ギャク漫画風に可愛らしくデフォルメされたキャラクターなのだが、妙に生々しくていイヤ~な表情をしている。言葉は悪いが、まるで覚せい剤をやっているような弛緩した危うい表情なのだ。要は気持ち悪いのだ。総合的に純情パインを眺めてみると、最短で打ち切りになった理由も分かる気がする。

尾玉なみえは純情パインが打ち切られた後、「少年エスパーねじめ」というギャグ漫画を同じくジャンプで連載した。しかし、この漫画も基本的には純情パイン系だったため大した人気も出ず、再び打ち切りとなった。それ以降、ジャンプで尾玉なみえの作品が連載されることはなくなった。

冒頭に書いたように、今でもふとした折に純情パインを思い出す。つい最近も思い出した。その際、せっかくなので、なんとなしに純情パインで検索してみると…、なんと4月8日にコンビニコミックスで「純情パイン×少年エスパーねじめ」が発売されるとのこと!!なんてグッドタイミングなんだ。

コンビニコミックスとは、文字通りコンビニだけで購入できる廉価版コミックスだ。ボンボンやコロコロのような形状の雑誌といえば分かりやすいだろうか。尾玉なみえがジャンプに残した全作品を1冊に収録した「純情パイン×少年エスパーねじめ」が700円で発売。いまや、純情パインも少年エスパーねじめも廃刊し、ブックオフにも置いていない。アマゾンではプレミアが付き1200円程度に値上がりしている。これは買わなければ。

で、今日(というか、ついさっき)、「純情パイン×少年エスパーねじめ」を求めコンビにを4軒周ってきたのだがどこにも置いてなかった。売り切れたから置いてないのか、そもそも入荷しなかったのか、どちらなのだろうか。残念ながら後者の可能性のほうが高いだろうな。どうしてもこの機会に手に入れたいのだが…。

4件目のコンビニで諦め、なんとなく「ジャンプスクエア」を立ち読みしてみると、鳥山明と桂正和のコラボレーション漫画が掲載されていた。「これは読まなければ」と思ったのだが、原作:鳥山明、漫画:桂正和に萎える。逆じゃないと意味が無いよ。「さちえちゃんグー!!」は鳥山明っぽい漫画だったけど、特別な印象は残らなかった。それよりも鳥山明と桂正和の対談の方が数倍面白かった。

「人間味を出したくない」「感動話にしたくない」「同情されるような設定は排除したい」など、いわゆるお涙頂戴的なのは大嫌いと鳥山明は言い、すぐに同情される方向に走ろうとする桂正和を批判するさまは読む価値アリ。桂正和といえば冨樫に対して「漫画家の風上にも置けない奴だ!」と批判したらしいが、今回の対談を読む限り、鳥山明もどちらかといえば冨樫寄りな気がした。安易な感動話が嫌いな所や「漫画は描けないけどネームだったらいくらでも描ける」というようなファンに対する肩透かしな発言やらも含めて。

エッグマン

2週にわたって描かれた「ゴンVSネフェルピトー」が面白すぎたため、今週の「ナックルVSユピー」「メレオロンの宮殿巡回」はやや印象が薄い。なんたって、今週、一番心躍ったのが、最後の次回予告「ゴンとピトーの関係に変化が」の一文だもんな。来週が気になる!「関係に変化」ということは…ゴンが落ち着くってことだろうか。「ゴンが怒りネフェルピトーが焦る」という関係が変化するのだから、それしか考えられない。ゴンが冷静さを取り戻した時にまずはじめに交わされる会話はなんだろうか。やはりコムギについてだろうか。

ゴン「この子誰?」
ピトー「コムギ、…王の客人だニャ」

みたいな会話からはじまり、1時間後には仲良くなればいいのに(無理か)。最近ハンターのコミックを読み返して改めて思ったが、ピトーっていいキャラしている。直属護衛隊の3人で話している時や〝円〟で見張っている時の座り方(あぐら)なんかも愛らしい。いまや個人的にはヒソカよりもネフェルピトーの方が好きだ。

さて、今週の「HUNTER×HUNTER」について。
「ナックルVSユピー」はシュートがもう半死してしまったため、ナックルが逃げ回り時間を稼ぐという作戦に。しかし、逃げ回るといってもせいぜい数秒だろうな、助っ人が来ない限りユピーの勝利は時間の問題のような気がする。

メレオロンは自分が何をすべきかを考えた末、涙を呑んで半死のシュートを置き去りにし、ゴンの元へ向かうことに。メレオロンが宮殿内を動き回ったおかげで、それぞれの戦況を読者に復習させる役目を果たす。途中、ウェルフィンとニアミスしそうになり、今週号のタイトルともなった最強念能力「卵男-ミサイルマン-」を発動させてしまう。それにしても、ウェルフィンの描写って意外と多い。そんな重要人物か。もっと描くべき対戦があるだろうに。どうでもいいよ、ウェルフィンの野望なんて。頭がキレるだけでてっきり雑魚キャラだと思っていたのに、「卵男」が最強すぎる。ボマーより凄いのではないか。

危機一髪でウェルフィンから逃れたメレオロンが向かった先はキルアの背後。これがちょっと意味不明だった。先週の意味深な終わりはキルアが居なくなったことを示しているのではなく、メレオロンがキルアにパーフェクトプランを発動したから消えていたということなのか。しかし、メレオロンがキルアにタッチした次のコマは、「なんでだぁー」とゴンが叫んでいる塔とそれを遠くから眺めるメレオロン。なぜ一人なんだ?キルアはどこに?時間の流れがわからない。

出身地別

先週のミュージックステーションSPでやっていた出身地別アーティストについて。Mステといえば、毎回スペシャルで「春うた」やら「あげうた」やら「泣きうた」やらを適当にでっち上げ、過去の膨大な映像のなかから適宜にチョイスし、垂れ流すというコストパフォーマンス抜群な企画をやっている。これ、明らかに手抜きなんだけど、毎回見てしまう。ワイプに映るゲストのミュージシャンの表情とかも含めて面白い。流れる映像とワイプに映るゲストの間には何かしらの関係性や共通性があったりするので飽きない作りになっているのも憎い。例えば、KANの「愛は勝つ」が流れている時にはKANファンのアイコが映っていたり、尾崎豊の映像の時には、影響を受けたであろうYUIが映っていたりする。逆に全く関係性のない人が映る場合もあるが、それはそれで面白い。例えば椎名林檎の初登場シーンが流れている時に、浜崎あゆみがワイプで抜かれたりとか、XJAPANの映像の時にビーズが映っていたり、全く接点が無くても興味深い。「どんな顔して見てるんだろ」みたいな。

そんな風になんだかんだで毎回見てしまうMステSPだが、今回は出身地別アーティストの初登場シーン特集だった。非常に安易且つゆるい企画だ。出身地に対する愛着は誰しもが少なからず抱いているものだから、そこを上手く突き、もっと練りこんでいけば面白くなる素地のある企画だとは思う。しかし結果的にはゆるゆるだった。まず、それぞれメンバー同士で出身地が異なるユニットやバンドはボーカルの出身地で強引にまとめるというのはどうなんだろうか。両方ともボーカルのタッキー&翼はタッキーの出身地でまとめていたが翼が可愛そうじゃないか。全国の都道府県別に順々に紹介していたのに、岩手、新潟、富山、石川、福井、香川、鳥取、島根はスルーというのもいかがなものか。そもそもミュージシャンが居ない県が存在するのなら、企画自体が不成立なのではないか。

逆にスルーされなかった県でも、青森:泉谷しげる、山形:テツトモ、秋田:柳葉敏郎とか逆に悲しい。東北出身のミュージシャンは実質的には殆ど居ないのも同然じゃないか。東北の全滅ぶりは哀しいものがあったな。ミュージシャンに限らず、東北って芸能人が異様に少ない土地柄だ。その代わり文学作家が多い。やっぱり、あーいう閉鎖的で土着的な土地に住んでいると、堅苦しくなってしまうのかね。生まれてすいません、みたいな。東北出身のミュージシャンは壊滅的だがさらに北に向かい海を越えた北海道にはたくさんミュージシャンがいる。Mステで紹介されていたのはグレイ、ジュディマリ、ドリカム、JAYWALK、大泉洋などなど。Mステには出演していないので登場しなかったが、中島みゆきや安全地帯などもいる。また演歌系では北島三郎、細川たかしを筆頭にたくさんいる。

これと同じ現象は福岡でも起きている。鳥取、島根、山口など中国地方および四国出身のミュージシャンは東北並みに少ないが、さらに西に向かい海を超えた福岡にはたくさんいる。井上陽水、浜崎あゆみ、YUI、草野マサムネ、KAN、その他多数。北海道と福岡は、大都会東京から遥かに離れたTHE地方なのに局地的にミュージシャンが多い。海を挟み、本州からの流れを断ち切ることで、北海道と福岡には、独自の文化が形成され、その結果として多くのミュージシャンが誕生しているのかもしれない。…なんだ、この雑なまとめは!

岡村靖幸で「禁じられた生きがい」 全曲解説

1.あばれ太鼓 ★★★
岡村靖幸のオリジナルアルバムにおいて唯一のインスト。リズムを刻んだような扇情的なボイスパーカッションに自らの演奏と思われるギターがキャッチーなリフをかき鳴らしている。臨場感のある気迫のこもった演奏をベースに、和のテイストが感じられる和太鼓やホイッスルの音が効果的に使用されている。終盤になるにつれ曲調がやや変わり「ハァーハァー」というまったりとしたコーラスが絡み趣がけだるくなる。最後は笛が「ピッピー」と鳴り実質1曲目の「青年14歳」へ。

2.青年14歳 ★★★★★
「あばれ太鼓」からのメドレーではじまる実質1曲目の「青年14歳」。初っ端からカオスな楽曲だ。ドスの利いたサクソフォンに、ドスの利いたボーカル。密度が異様に高く圧縮されたような怒涛のリズムセクション。あらゆるアイデアを一曲に半ば無理やり詰め込んだような、豪華絢爛なアレンジメント。テンションは極限まで張り詰めており、この1曲だけで既にお腹一杯になるほどだ。「禁じられた生きがい」の特徴のひとつでもあるが歌詞が支離滅裂だ。歌詞カードがなければ殆ど聴き取れないだろう。歌詞の意味よりも言葉の持つ語感を大切にしたのか、あるいは岡村靖幸なりにメッセージが込められているのか、聴き手には判断がつかない。しかし、意味不明な歌詞と独特なメロディーラインは不思議なことに有機的に交じり合い、リズム楽器の一部と化したボーカルとして気持ちよく響いている。こんな曲、岡村靖幸以外には作れないだろう。ちなみに、スガシカオは「青年14歳」を絶賛している。

3.クロロフィル・ラヴ ★★★
地面から3ミリほど浮いているような錯覚に陥るほど浮遊感が漂う不思議な曲。立体感のあるサウンドと本アルバムにおいて最も支離滅裂と思われる歌詞が融合している。どこに向かおうとしているのか、方向性が定まっていない印象を受ける。正直、よくわからない曲だ…こんなこと言ったら身も蓋もないか。

4.ターザン・ボーイ ★★★★★
ややロック調のハートフルなミディアムナンバー。4曲目にしてやっと一般受けしそうな曲。AメロがあってBメロがあってサビにはキャッチーなメロディが用意されている。アレンジはあっさりしており技巧をひけらかすような小難しさはない。歌詞もわかりやすい。少年時代のノスタルジックな風景を回想している。そしてサビの終わりで歌われる「君のためにライオンと戦える男でいたい」という歌詞は個人的に本アルバムのなかで最も傑作な名フレーズだと信じて疑わない。男なら誰もが一度は思うであろう感情を実に簡潔且つ的確な言葉で表現しているように思う。

5.妻になってよ ★★★
エコーが強めにかかったヴォーカルが幻想的なスローバラード。臨場感のあるストリングスを背景に流麗な旋律を辿る甘美なファルセットが圧倒的。曲やアレンジメントは洗練されており他を寄せ付けない厳粛さに満ちているのだが、歌詞がちょっと変というか道理に反しているというか…。冒頭の歌詞が「20代のまんなかじゃ 手軽な恋が出来ない 妻になってよ 別れたわかったんだ」。妻になって欲しい理由が「君と別れてみたものの、手軽な恋が出来ないから」なのか。根本的に考え方が間違ってるような。そう考えてみるとタイトルの「妻になってよ」からして心持可笑しい。妻って。

6.パラシュート☆ガール ★★★★
岡村靖幸の真骨頂である学園生活を舞台にした王道青春ソング。子供の可愛らしい「スリ フォー」のカウントからはじまるポップなイントロ。曲調はメジャーで元気一杯な曲なのだが扱っている題材は「登校拒否」について。歌詞の概要は、天真爛漫でガッツポーズしたりする元気な女の子が突然学校に来なくなる。その女の子に向かい「君の弁当食べなきゃ部活でも頑張れない」「みんなエンジンかけろあの娘を探せカムバックベイベー」と言い励ます。しかしその女の子(CHARA)に「馬鹿な勉強できない子はあてにしない」と相手にしてもらえない。それでもめげずに励ましの言葉を送り続ける健気な岡村ちゃん、といった感じの青春の歌。岡村靖幸が登校拒否の女の子を勇気づけるというシチュエーションが微笑ましい。岡村靖幸は青春ソングが多いが中でもこの曲は秀逸だ。

7.どぉしたらいいんだろう ★★★
「(E)na 」のPVに使用された音源を発展させカラフルに肉付したファンクナンバー。相変らず支離滅裂な歌詞が続いている。リズミカルなメロディの前後に律儀に配された歪んだエレキのリフがやけに耳に残る。東南アジアあたりの蛇使いが奏でるような間奏があったりと、カオスタイムも健在。曲の終盤には3thアルバム「靖幸」に収録されている「Punch↑」から冒頭の台詞(「天才かもしれないけど絶対友達には~」)を流用していたり、4thアルバム「家庭教師」のオープニングナンバーに呼応したかのようなタイトルだったり。岡村靖幸の曲をある程度把握している人が聴けば一聴しただけでクロスオーバー的な〝遊び〟が施されていることに気づくだろう。

8.Peach X'mas ★★★
NHKで放送されたクリスマススペシャル番組のために作られたバラード。岡村靖幸の全楽曲においてこれほどまでに明確な季節ものの歌は「Peach X'mas」だけだろう。NHKに感謝したい。多くのクリスマスソングにおいて様式化されている、鐘や鈴の音、ゴスペル風のコーラス、12月月下旬の賑やかに華やいだ街の風景を描いた歌詞、がクリスマスムードを演出している。しかし、そこら辺の当たり障りのないクリスマスソングとは違う。オケだけ聴けば正当な王道クリスマスソングだが、詩の内容は個人的な思いのたけが歌われている。いわゆる岡村ちゃん節だ。「来年の作戦考えようぜ」という屈指の名フレーズは年末になると岡村ファンの間で交わされる言葉でもある。

9.チャーム ポイント ★★★★
疾走感溢れるビートが小気味の良いハードナンバー。全力疾走で駆け抜けていくように直進して行ったかと思えば急にゆっくりとメロウに転調したりと、何かと忙しい展開が繰り広げられる曲。テンポは速いがリズムセクションにしっかりとした安定感があり乱調になっていない。歌詞は90年代前半の風潮への懐疑的な当惑に満ちており、いろんな問題を自分の中で必要以上に複雑にこじらせている印象を受ける。月刊カドカワのインタビューで「チャームポイントはめちゃくちゃ自信作」と話したことからも「禁じられた生きがい」において岡村靖幸が最も表現し、伝えたかった想いを具現化した曲といえよう。

総評★★★★
前作「家庭教師」から5年の歳月を経た95年にリリースされた5thアルバム「禁じられた生きがい」。87年のデビューからコンスタントにアルバムをリリースし、円滑に首尾よく音楽活動を行ってきた岡村靖幸だが、「禁じられた生きがい」以降はすっかり「寡作の人」というイメージが定着してしまうことになる。
前作が傑作だったため、過小評価されがちな作品だが、曲ひとつひとつは佳作揃いだ。特に「青年14歳」は群を抜いて圧巻だ。岡村靖幸は作詞作曲、アレンジ、プロデュースを自ら行い、いくつかの楽器は自ら演奏している。音楽を製作する上で、全ての工程を自らがきっちりと自己管理しているからこそ、岡村靖幸ならではの独自の音楽世界が成立している。「青年14歳」はその〝独自の音楽世界〟のなかでも一際濃い空間で誕生した曲のような印象を受ける。マニアックでカオスなベクトルの最果てで誕生した曲のように思う。「青年14歳」が収録されているという一点だけで「禁じられた生きがい」は傑作といっても決して大袈裟ではないくらいだ。
歌詞については、内容が明快な曲(4,8)もあれば、尋常ではないほど支離滅裂な曲(2,3,7)もある。本作から9年後にリリースされる「Me-imi」では殆どの楽曲の歌詞が支離滅裂になるので、そういう意味では、過渡期といえよう。それに対しサウンド面ではDATE~家庭教師までの流れを汲んだ最後の作品である。「Me-imi」のサウンドは、DATE~家庭教師の延長線上ではなく新境地を開拓したサウンドだ。そういった意味でも「禁じられた生きがい」は重要な位置に存在している作品だ。

インタビューレポNO7

岡村靖幸の謝罪文がマイスペに公開された。名古屋ベイベーの方には無料で出張ライブしてくれるそうです。その上、いやじゃなければ、友達にもなれるそうです…。さて、今日の記事は、未完(というか途中で面倒くさくなって投げ出した)だった「ロッキングオンインタビュー文字起こし」のNO7(最終回)を実に1年9ヶ月ぶりにアップ。


ロッキングオン2001年5月号
インタビュー=鹿野淳

●ただ凄く思うんですけど、岡村さんは今、曲のストックはあるわけですよね。で、多分岡村さんの中で抱えているストックってのは、僕は素晴らしいものに違いない気がするんですよ。
岡「ええ、ええ」
●それはやっぱり僕なりの、ジャーナリストとしての岡村さんへの信頼感ですよね。なんですけど、それがどんどん練られすぎちゃう、練りすぎちゃうことによってその曲の初期衝動というものが-
岡「失われる?」
●失われていくっていう恐怖はほんとにないのか。で、初期衝動ってものに対してものすごく敏感でイノセントな岡村さんだからこそそういうことってのはほんとに考えられないかっていうのは僕結構不思議なんですけど。どうなのでしょうか。
岡「どうなんでしょう。もうちょっと客観性を持って考える必要がある問題だと思いますね。もちろんだからそれを全否定もしませんし全肯定もしません。全否定も全肯定もしないってことは考える価値があるっていうことですね。だから自分でもちょっと振り返ってみたいなとは思いますけども。だからスタッフとかの問題でコンフューズ(※1)したっていうのは本当に自分に…まあ人にはちょっとニュアンスが分かりづらいとは思うんですが、かなりその辺りでコンフューズしてた年数ってのは長いですし。だってコンフューズする以前に1年間で武道館を5日やってるわけですよ」
●そうなんですよね。
岡「なんでそんなに1年間で武道館を5日間もやってたのに急に…まあ引きこもりじゃないですけども、そういう風な状況になったかっていうのはやっぱりそれが一番大きかったですね。だからそこの修復を今一番一生懸命、春に向かって。思ってますけども」
●もう春ですねぇ。
岡「………ええ」
●これだけ休まれていても愛されたいという切実な欲求というものはもの凄く抱き続けているという。
岡「そうですねぇ。それは本当にそうかもしれないですね」
●なんか女性よりも岡村さんのほうがよっぽど切ないですよね、そういう話をお聞きすると。
岡「そうですね。今までこういった経験あります?逆ナンパされたこと」
●あります。
岡「何回ぐらいあります?」
●僕結構されます。
岡「いいじゃないですか!」
●いや、男性からも含めてあるということですから。
岡「いいですねぇ」
●微妙です、そこは。岡村さんはどうですか。
岡「僕は今まで生まれて、全く僕のことを知らないだろうっていう人からっていう可能性で考えると2人ですね。それ未だに思い出しますけどね。一つ目は『飲みに行かない?』って下北沢で言われたのが一個と、あともうひとつは富山で。富山のマハラジャ。その二つが唯一の逆ナンパですね」
●なるほど。
岡「未だに忘れられませんね」
●……で、岡村さんが今それを口にされてるのは何故なんですか。
岡「それしかなかったから、そういった状況が。もっと自分が知らないっていう、そういう状況が増えるといいなと。いいですね。たくさんあるんですか」
●いや、だから…これもね、思うんですけど、それは岡村さんより僕のほうがルックスがいいであるとかっていうことではなくて、僕のほうが愛して愛してフェロモンを分泌しっちゃってる気がするんですよ。ていうのは、僕の方が自分の本音とかフェロモンというものを外側に無防備に垂れ流しているんだと思うんですよ。で、多分それに引きつけられる人がいるだけで。で、岡村さんていうのはやっぱりそれを極端に今…ある種岡村靖幸というミュージシャンとしてのキャラクターをしない限り明らかにそれを否定されてる人なんじゃないのかという気がするんですよ。
岡「まあそれは鋭いかもしれませんね」
●で、僕は岡村さんの素晴らしい音楽を聴くためには岡村さんがそこの部分をリカバーしていったらいいのかなと、余計なお世話をするんですけど。
岡「そうかもしれませんね。オフィシャルじゃない状況の時の僕っていうのは、とても僕だとわからないような格好をしてるはずなんですよ。まあ時々バレますけども。でもなんかそういうのも変にリンクしてるのかもしれません、さっき言ったような精神状況と。靴下破れてますからね、いつも」
●なるほど……なるほど。それは正体を現さないために乞食になるようなものですよね?
岡「そうですね。あと、まあ、あんまりカッコいいルックスじゃない方向に向かうっていうか」
●もっと開放してみませんか。
岡「考えときます」
●じゃあエピック・ソニーとのリリースはこれが最後ですか。
岡「最後ですね。ええ」
●そこで引退云々てことは考えられてないと思っていいですか。
岡「そうですね。ええ。どっかいいと思うとこありますか」
●それはいろいろありますよ。
岡「今度教えてください。頑張ります」
●出来れば協力させてください。
岡「ぜひぜひ。ええ」
●またこうやって日々音楽を作り続ける毎日が続いていくんですか。
岡「そうですね、とりあえず移籍して。上手いこと移籍して、秋ぐらい…夏ケツか秋くらいにLP出るタイミングでロッキングオンJAPANとさっきの取材をやるってことですね、目標としては」
●はははは。さっきの取材はいいんですけど、音楽の話もしましょうよ。
岡「いや、音楽の話はしたくないです(笑)。だから、こうしませんか。僕はとりあえずそん時までに全部いろんなことをOKにしときますんで、写真撮ったりインタビューとかね。その代わりこうしませんか。音楽のことを語るんではなくて、女の子のインタビューを僕がしますんで、いろんなとこで。まるで村上春樹のオウムのあれのように(笑)、しますんで、そこから何かを見出しませんか、音楽的なこと。それだったら僕はインタビュー毎月答えられると思うんです」
●分かりました。後もうひとつお聞きしたいのですが、久しぶりにこの〝マシュマロハネムーン〟って曲が出たことも嬉しいんですけど、僕はこの曲がね、岡村さんの決定打とはどうしても思えないんです。
岡「ええ」
●それは何故かと言うと、やっぱりこうやってベスト盤を聴いてて、岡村さんが瞬間瞬間の中で完全に自分の表現ていうものを切ってきた曲と比べると、僕はこの曲の中でちょっと曖昧さを感じるんですよ。それはどうですか。岡村さんの中では。
岡「どうなんでしょうね。だからやっぱりやめる寸前の曲ですから、そういう感じはあるのかもしれませんね。自分では客観的になれませんけども」
●もの凄く簡単に言っちゃうと、ヌケが悪いと思うんですね。
岡「はい」
●それっていうのは、岡村さんのこの曲が優秀か優秀ではないかとかそういう問題ではないんですよ。岡村さんの曲がどこまでストレートにいろんなところの心を貫いてくかってことを考えた時に、僕はこの曲よりももっと威力のある曲っていうのを岡村さんは出せるんじゃないかって希望を凄く持つわけですよ。
岡「はい」
●で、そこには凄く向かっていけそうな予感ていうのはあるんでしょうか。
岡「頑張りたいですね。ぜひ」
●で、そのために、例えばライブであるとか、人前に出ていくことっていうのは今のところはまだ考えられない感じですか。
岡「そうですね。だからその移籍がどれだけ上手くいくかってことに全部繋がると思いますけども。さっきおっしゃったライブとか、あと人前に出る、レコードを発売する、ロッキング・オンと一緒に女の子をインタビューする………全部リンクしてますよ、やっぱり」
●分かりました。でもひとりで全部背負い込んじゃ駄目ですよ。
岡「頑張ります」
●ほんとにそう思いますので。ですので、その辺りが上手く重なっていってもう一度新しい音と共にお会いできることを楽しみにしております。
岡「ええ。肝に銘じておきます」
●最後に。今も踊ったりはされてるんですか。
岡「いや、あんま踊らないですね。たまに誘われて行ったりはしますけども」
●往年の黄金のステップっていうのはまだ?
岡「自分ちでやってますよ。それは全然大丈夫です」
●自分ちで踊られてるんですか!
岡「ええ。全然大丈夫です!」
                                          終わり

※1、コンフューズ:「混乱する」という意味


NO1
NO2
NO3
NO4
NO5
NO6

WITHOUT YOU

XJAPANの復活ライブについて、あれこれ書くのも今日で一区切り。

あなたなしでは…
XJAPANの復活ライブには感動的なシーンがたくさんあった。なかでも初披露された「WITHOUT YOU」の存在は大きい。この曲の経緯はXファンならだれもが知っているであろうが、一応説明すると、HIDEが亡くなり、失意のどん底で廃人と化していた頃のYOSHIKIがHIDEのことを想い作曲した曲が「WITHOUT YOU」。繊細に紡がれた旋律は一聴しただけで胸が苦しくなるほど素晴らしい出来。この曲にはインストにも関わらず歌詞がつけられた。しかしXJAPANの再結成は絶望的だったため、WITHOUT YOUの完成は誰もが諦めていた。だからこそ、東京ドームの復活ライブでYOSHIKIのピアノにTOSHIのボーカルで歌われた「WITHOUT YOU」は泣ける。しかも、スクリーンにはHIDEの無邪気な映像がスローモーションで…。スローモーションって卑怯だよなぁ。

伝説のソロ
創造の夜にはPATA とHEATHのソロがあった。PATAのギターソロは短かったが渋くて格好よかった。しかしHEATHは相変らず…凄かった。DAHLIA TOUR での伝説のソロほどではなかったが今回も正直しょぼかった(言ってしまった)。まあでも、自らを「ネオ・ビジュアル系」と称していたようなのでXJAPANのファッション面においては重要な逸材だ。PATA とHEATHの二人はサポートのSUGIZOや外国人よりも地味な感じだったのがちょっと残念だ。PATAが老けたのか、他の3人がわかいのか、どちらなのかわからないが、PATAにはもっとはっちゃけて欲しい。

破壊組
昨日、復活ライブの一日目「破壊の夜」について言及した面白いブログを読んだ。そのブログの記事では「破壊の夜」を批判する人を批判していた。破壊の翌日のスポーツ新聞で「ブーイングの嵐」とされていたことに対する怒りとか、YOSHIKIの失神を演出と決めつける人たちの人間性を疑うとか。…とにかく怒かりに満ちた文章だった。一通り怒った後、その人は破壊の素晴らしさを延々と書いていた。本当の意味での復活の瞬間に立ち会えたのは破壊組だけだし、遅延にしたってそれまでの10年に比べたら2時間なんて一瞬だ、むしろXらしいじゃん。サイレントジェラシーだって聴けたし。確かに曲数は少なかったけど、素晴らしいライブだったじゃないか、というような内容だった。僕はこれを読んで「まぁ、確かに破壊も悪くはないかな」と少しだけ心を動かされかけていたのだが、最後の文章でひっくり返ってしまった。

「私は三日間とも参加したけど初日が一番感動した」

おいおい、と。破壊組じゃないのかよ。そりゃ三日間とも参加すれば序盤は殆どセットリストが同じライブだったから初日が一番インパクトが残り感動するだろうよ。無謀でサプライズのXジャンプを体験し、創造で「オルガスム」に酔い「ENDLESS RAIN」の合唱をした人が「破壊の夜」が一番感動したとか…説得力ゼロだ。本当、これを読んだ時はガクーっときた。凄いオチだ。いっそのこと「お前に破壊組みの気持ちが分かるのかよ」とコメントしてやろうかと思ったほどだ。まあ、でも、同じくブログをやっている者として批判のコメントが来ると地味に傷つくしものだし、そもそも僕は破壊組じゃないのでコメントはしなかったけどさ。

追記
ここ1週間、XJAPANのことばかり書いて、すっかり岡村靖幸のことを忘れていた。どうしても現在進行形で活動している方に目が行ってしまう。出来れば今週中に禁じられた生きがいの全曲解説をアップしようと思う。前回の家庭教師の全曲解説の半分以下の文量になると思うけど。

ホップ ステップ Xジャンプ

東京ドームで行われたXJAPANの復活ライブが無事終了。最終日「創造の夜」の翌日の朝のニュース番組では各局、XJAPANの特集を放送したようだ。これほどまでにニュース性のあるバンドって後にも先にもXJAPANだけなのではないか。破壊、無謀、創造の3DAYSは、まさに、ホップ、ステップ、ジャンプだった。日を追うごとに完成度は上がり、また、セットリストは充実していった。破壊はあくまでも準備段階のホップに過ぎなかった。無謀は勢いをつけるためのステップ。そして創造は全ての力をふりしぼったジャンプ。

前の記事でも書いたが、初日の「破壊の夜」は2時間以上開演が遅れ、実質8曲しか演奏されなかった。YOSHIKIは気絶し、TOSHIの声の調子はそれほど好調ではなく(無謀と創造に比べると)、PATAは緊張のせいかギターソロでイージーミス連発…。暗雲が漂った初日だった。しかし、二日目の「無謀の夜」は定刻どおりのオンタイムでスタートした。さらに、終演のアナウンスが流れた後にサプライズで「X」が演奏された。この模様は動画サイトで見たが神がかっていた。不覚にも目頭が熱くなった。HIDEがスクリーン全体に映し出されて「飛べ飛べ飛べ屋根をぶち破っちまえ」の叫びには本当に感動した。2日目終了時点では、無謀の夜が最高傑作であり、無謀の夜に参加出来た人が最も勝ち組とされたようだ。それくらい凄いライブだった。しかし、あくまでも「無謀の夜」は〝ステップ〟だった。

「創造の夜」こそがあらゆる意味で頂点であり〝ジャンプ〟だった。全盛期の頃のライブを超えたのではないか!!?42歳のバリバリ厄年の中年が、髪を逆立て派手な化粧を施していた20代の所謂全盛期の頃よりも刺激的で扇情的なライブを完遂したのではないか!まだ「創造の夜」から2,3日しか経っていないので多少盲目的になっていることを差し引いても、奇跡に近い最高のライブだったといえるだろう。

「創造の夜」の成功の理由の最たる要因は、TOSHIのパフォーマンスによるところが大きいだろう。最終日に一番声が出るってどうゆうことだ!あんなに声が自由自在に出たら歌ってて楽しいだろうな、と思うくらい高音がバンバン出ていた。そして何よりも圧巻なのは「オルガスム」での煽りだ。20分にも渡る長い演奏中一時も休むことなく過激に煽り続けるTOSHI。「やる気あるのかオエ」「基本は腹から声だせ」「狂っちゃえ」「オマエラ最高だ」「くぁー」「いけこら」エトセトラ。XのTOSHIが帰ってきたんだな、と実感した。

ただ、28日に開設されたTOSHIのブログを読む限り今でもやっぱりTOSHIは「癒し系」のようだ。4月1日にリリースされた新曲のプロデュースはMASAYAだし。創造の夜では「世界中の子供たちを~云々」という癒し系のMCが序盤のほうであったようだし。まぁ、別に悪いことやっているわけじゃないのだから(むしろ良いことなんだろう、きっと)そっち方面の活動も含めてTOSHIを受け入れるべきだ。「XJAPAN」と「癒し」で、キャラ(人格?)の切り替えが可能であることが今回のライブで証明されたわけだし。TOSHIのステージ上でのパフォーマンスは唯一無二なものだから、受け入れるしかない。XJAPANのボーカルにはTOSHI以外に替えがきかないのだから。

創造の夜はセットリストも良かった。特に後半の曲順がたまらない。前半は静かな曲が多かったが、後半に紅、オルガスム、ENDLESS RAIN、Xと来て最後にまさかのART OF LIFE!最強でしょう。「ART OF LIFE」を演奏してしまったら、それこそ破壊組みの立場がない。「ART OF LIFE」と「Silent Jelousy」が聴けたという点が破壊組みの唯一の誇れる材料だったのに。「Silent Jelousy」だけになってしまった。破壊組みは、まさに静寂の嫉妬を抱いているのだろうな。破壊の夜のみに参加した人たちに対しては、既に各所でいろいろとネタにされているようだ。でも、10年ぶりの復活の目撃者になれたこと。YOSHIKIのドラムブレイクと気絶が見れたこと。10年後20年後に破壊の夜を振り返った時、開演2時間20分遅れはXファンの間で語り草となっているであろうこと。これらの理由から、破壊の夜も悪くはないと思うのだが。総括すると、東京ドームでの復活ライブ3DAYSは初日が多少残念だが全体的には大成功といえよう。

XJAPANは当面の間は継続して活動するようだ。5月にはHIDEの追悼ライブ。そして7月にはフランス公演。フランスとXJAPANってなんか似合わないなぁ。同じく今年フランス公演を行う日本のバンドにラルクがいる。ラルクの妖艶で幻想的な雰囲気はフランスに合っているけど基本的にXは無骨なヤンキー系だよ。…でも、フランスといえばドラゴンボールの視聴率が67.5%を記録した国。鳥山明が最も有名な日本人とされている国。前シラク大統領は親日家で日仏関係はすこぶる良好。世界中の人々から羨望の眼差しが送られる程お洒落な文化を持つ国なのに、日本のアニメを主としたジャパニーズカルチャーに興味津々なフランス人(カワユス)。フランスでのライブの成功を祈る。

ずるいぞ、チキショウ!

今日は月曜日。ジャンプの発売日。故に「HUNTER×HUNTER」の感想です。毎週毎週ハンターについての記事を書いているが、別にハンター記事を恒例にしようと思っているわけではない。スルーしてもいいのだけど、今回も先週と同様に神回だったので感想を書くことにする。

今週のHUNTER×HUNTER
順番を考えれば「モウラVSシャウプフ」か「王VSネテロ」辺りかと想像していたのだが、なんと今週も「ゴン・キルアVSピトー」だった。いや、もはや「VS」ではないか。あの衝撃的なネフェルピトーの懇願は、今週号でさらにヒートアップ。害意が皆無であることを示すため、自らの手首を破壊し自傷するという行動に出る。リストカットならぬリストアタック!

先週からの一連の、「懇願し焦るピトー」が個人的にはたまらない。いい顔してる。カイトを殺した上に無残にも、遊び玩具として修理したピトー。ある時は、穴が開いているのではないかと思うほど底知れない残酷な目をしていたピトー。ネフェルピトーは「HUNTER×HUNTER」史上最高レベルの未曾有の悪者として、これまで描かれてきたけど、今回の懇願でピトーは一気に人気急上昇だ。先週からの展開では、ゴンの方がちょっとどうなの?と思ってしまう。「これ以上ピトーをいじめないで」みたいな。

ゴン=フリークス。今までにも何度か自己中心的な行動に出ることがあったけど、今回は自己中心的よりも遥かに危険な状況に陥っている。精神が瓦解している。ハンター側の責任で負傷させてしまったコムギに対して「そいつ」とか言ったら駄目だよ。言葉遣いが悪い。そもそもコムギが居なかったら、王は今頃暴れまくっていたかもしれない。生まれたての王はコムギと出会ったことで後天的な良心を手に入れつつある(まさに性悪説)。コムギとの接触がなければ、自らの天命に対して「退屈と断ずるに些かの躊躇も持たぬ」なんて考えには、きっと辿り着かなかったのかもしれない。コムギが居なければピトーの前に姿を現したゴンとキルアは、たぶん瞬殺されていたかもしれない。…今のゴンにこんなこと言ったら「きっと、たぶん、かもしれない!!お前はいつもそうだっ」ってキレられるんだろうな。コムギ様様だろうが!

それから、ピトーが自分の手首を破壊してまでも一人の人間を守ろうとする賢明な姿に言い放ったゴンの叫びが「ずるいぞ、チキショウ!!」。黒くて凶々しい縁の付いた吹き出しのなかでこう叫んでいた。「ずるい」ってなんだよ。なにその子供染みた発言。「人間を庇うような相手じゃボコボコにして殺せない」からずるいってこと?19巻のカエルの兵隊長軍団と戦う時、ゴンは「『まいった』とかじゃだめなの~~そのかわり負けた時はもう人間を食べないって約束してもらうけど」と言っていた。なるべくなら殺したくない、和解が一番。…みたいな、まさに少年漫画の主人公の鏡だったのに。口をへの字にして泣きそうになりながら「ずるい」と言うゴンはちょっと怖い。

キルアに対する態度もひどく冷酷だった。キルア、悲しい目をしていたなぁ。最後のシーンでゴンの後ろにキルアが居なかったのが儚い。多分キルアが居なくなったことにゴンは気づいていないんだろうな。普通に考えれば、「貸し」を作ったイカルゴの所か、あるいはナックル・シュートの所か、いずれにせよ手助けに行ったのだろうけど、なんか友情に致命的な溝が出来てしまった様な気がする。

ピトーの目の前で1時間待つと決心したゴン。ということは、実質的に「ゴン・キルアVSピトー」は終了か。宮殿突入後は数秒単位で話が進んでいる。1時間後なんて遠い未来だ。1時間後にはそれぞれの決着が大方ついているだろう(魔界統一トーナメントじゃあるまいし)。小一時間、ピトーとゴンの間にはどのような対話が繰り広げられるのだろうか。
来週も楽しみ、あと5週。
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サブカルの戯言
第332回:10月12日
ツイッターを先取りした「サブカルの戯言」も本日にて終了。332回の戯言のご愛読ありがとうございました!!
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