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サブカルの戯言 2008年7月

第82回:7月5日
ナイナイの岡村が今週で38歳って地味に衝撃的だなー。

第83回:7月6日
現在中川翔子渡米中。アメリカ人のコスプレが大変なことになってるぞ。名探偵コナンのコスプレした人には笑った。無邪気だな。

第84回:7月8日
やっぱり、夏はこのテンプレに限る。

第85回:7月10日
HUNTER×HUNTERの8月中の連載再開は絶望的っぽいです。年内には再開して欲しいです。

第86回:7月11日
ゲド戦記が意味不明すぎる。ポニョのマイナスプロモーションにならなければ良いのだが。

第87回:7月13日
もしかして、岡村靖幸のライブDVDって現在入手困難なのか?AMAZONの価格がもの凄い高騰してる。

第88回:7月15日
今、NHKのトップランナーに椎名林檎が出ている。椎名林檎ってテレビで見るたびに「あれ?この人ってこんな顔だったっけ?」と思うのは自分だけだろうか。

第89回:7月17日
昨日のアクセス数が異様に多いなぁと思ったら、鳥居みゆきがロンハーで特集されていたのか。納得。

第90回:7月18日
今年の27時間テレビは久々にオモローな予感がする。

第91回:7月20日
今の時期、テレビや雑誌でよく見かける言葉といえば「納涼」。「のうりょ~」って語感は全然涼しげじゃないよね。もっさりとした曇天なイメージがする。

第92回:7月23日
ケンタッキーの新メニュー「骨なしチキン」を食べた。これ、がっかり感が凄いよ。パッサパサだった。やっぱり骨がないとダメなんですね。

第93回:7月24日
最近、北海道ではずーっと雨が降ってる。梅雨?

第94回:7月27日
27時間テレビ面白いなー。さんま凄いなー。

第95回:7月27日
自動車免許の更新に行ってきた。2時間の講習があんなに苦痛だとは…。普通車から中型車になったんだね。

第96回:7月28日
コールドプレイのどこがそんなに良いのか分からない。なんであんな売れてんだろう…と思いつつ「美しき生命」をゲット。

第97回:7月31日
北京オリンピックまであと1週間ちょっとなのか。知らなかった。日本人選手が金メダルを取ったところで、別に本ブログでは取り上げないと思うけど、楽しみだなー。でも、開催地が中国だからいろいろと事件が起こりそうで怖いなー。


もう7月も終わりか。相変らず時の流れは早いな。

8月に書く予定の岡村靖幸関連の記事タイトルは
▼岡村靖幸で「ライブ家庭教師91」 全曲実況
▼Counseling 2 スワッピング嗜好を持つご夫婦
▼岡村靖幸の御尊顔を舐めるなよ(舐めるなよシリーズの第2弾)
少なくともこの3つは書く予定。

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岡村靖幸で「Peach Show '89」 全曲実況

プロローグ★★★
本編のライブ映像に入る前に、岡村靖幸の初期映像作品ではお馴染みのスタジオ映像(例の背景が白い空間)からはじまる。
お菓子の袋やテレビのリモコンやジーンズなどが無造作に置かれてある生活感溢れるベッドが白い空間にポツンと配されている。そこに赤のパンツに黒を基調としたアロハシャツを着た岡村靖幸が登場。ベッドの上で赤のパンツ(ズボン)を脱ぎジーンズに着替える(この映像は、カメラはベッドの真上から定点で撮られた映像なので、岡村靖幸がズボンを脱いでもパンツは見えないようになっている)。着替え終わりベッドに寝転ぶ岡村靖幸。テレビをつけ、ニュース番組や通販番組(?)などザッピングする。お気に入りの番組が無かったのか「ダぁ~メでしょ!」と独特のイントネーションではき捨てる岡村靖幸。テレビを諦めた岡村ちゃんは携帯電話を取り出し、どこかにかける(80年代に携帯が!しかも二つ折りの!たぶん玩具の携帯電話だろう)。

玩具の携帯で誰かに電話をかけると岡村ちゃんは「もすもす、うん、岡村ちゃん」と話す。この時期既に〝岡村ちゃん〟というあだ名が定着していたのか。自分から電話をかけたにも関わらず「うん…うん、うん、あっそう…うん、やだ、俺もう寝ちゃうからダメ。だめだって。それじゃあね~」と言い、切ってしまう。…寝るなら電話かけるなよ、ていうか電話の一人芝居下手だな。電話の後、布団を顔までかぶせ本当に寝ようとする所でスタジオ映像は終わり。

1.友人のふり★★★★★
一応ここから本編なのだが、MC&弾き語りである。MCといっても、素の喋りではなく完璧にキャラに入りきった状態でのセリフ口調MCだ。水色のごわごわした、いかにも王子風の衣装の上に薄手の白のスカーフをネクタイのように首に巻いている、といった派手な岡村靖幸がキーボードを前に座り、白ワインを飲んでいる。「何に乾杯しようかな~、えっ?革命のために乾杯?」とかなんとか意味の分からないMCが一通り終わったあと弾き語りで「友人のふり」を演奏。一番しか歌われないのだが残念だが、このショートバージョンの「友人のふり」のクオリティが異様に高い。弾き語りで歌われることで、「友人のふり」という楽曲に宿命的に宿っている切なさがより明確にに浮き彫りにされている。

2.Co'mon★★★
「ほんとは仕事の話なんてしたくないんだ」とか「君とベッドの中で抱きしめあうためだぜベイベー」などなどの弾き語りMCが一通り終わった後、「Co'mon」へ。これも全部歌うのではなくさわりだけ歌うのみ。途中からなぜか、客と長く壮絶なコール&レスポンスをしている。最後は「ドンドンスカスカドンスカスカファー」と早口で岡村靖幸が歌い客がレスポンス出来なくなり終了。

3.聖書(バイブル)★★
キーボードの前に出てきて「君が助けてくれないから酔っ払いになっちゃった」とか「もう寂しい夜はごめんだ」などなど、相変らずな感じで一通り絶叫したあと、またキーボードに戻り「聖書」の弾き語りがスタート。これもさわりだけ。一番のBメロまでしか歌われない。原曲よりもスローなテンポで歌われている。サビ前の「僕の方がいいじゃない」を何度も繰り返し叫ぶように歌っている。

4.Vegetable★★★
このライブDVDの特徴は容赦なく編集がされている点である。ブツブツ切れている。だいたい42分のDVDであるのに、3曲目の聖書までで既に20分程度過ぎている。つまり残りの20分で10曲(おいおい)。
弾き語りのあとは編集のぶつ切りにより突然画面が華やかになる。バンドサウンドになり岡村ちゃんの衣装も派手に変わる。この衣装は何なんだろう?ピンクのカーボーイという表現が一番適しているだろうか。そんな派手な衣装を纏った岡村靖幸は、なんとセットの下手にあるすべり台から登場する。岡村靖幸がすべってくるのだ!今じゃ考えられない。最高すぎる。やっぱりスターだよ、この人。ギターを弾きながら「Vegetable」を歌っているのだが、ブツブツ編集により若干20秒程度で次の曲へ。

5.Water Bed★★★
原曲よりやや早めのアレンジで歌われている。汗で顔がてかっている感じがジュリーのように見える。この曲も編集により僅か数秒で次の曲にいってしまう。

6.ラブタンバリン★★★★★
このトラックは編集がされておらず、フルで収録されている(本来はこれが普通なのだが)。CDの歌声とほぼ変わらない歌唱力で歌われている。要所々々でダンスをキメているものの、基本は歌を丁寧に歌うことに集中しているように伺える。歌い終わった後はバックダンサーと一緒に踊っている。この踊りって、「ライブ家庭教師91」に収録されている「どぉなっちゃってんだよ」の前奏で踊っていたのと同じような気がする。

7.生徒会長★★★★
金色のキラキラしたバスローブと同じく金色のズボンに衣装チェンジ。相変らず派手である。超高速バージョンの「生徒会長」。これは爽快。フォーンの唸りがJBを彷彿させるほど濃厚なファンクネスだ。スウィングしまくっている。

8.うちあわせ★★
衣装は、らくだ色の長袖シャツに下は金色のズボン。途中の踊りが笑いを誘う動きだ。FUJIWARAの原西のギャグみたいな動きだ。数秒で次の曲へ。

9.SUPER GIRL★★
ピンクのカーボーイにもどる。「ほんとのダンスチャンスロマンスはさぁ、自分達次第なんだぜ、わかってんの?わかってんの?」と煽っている。また数秒で次の曲へ。この辺は特にブツブツ編集がヒドイ。

10.PUNCH↑★★
マイケルジャクソンが全盛の頃着ていたような赤のジャケット(背中にはピーチマークが刺繍されている)。「でもさベッドの上じゃ靖幸にはかなわないぜ」の所で、跳び箱に飛び乗り腰を振っている。

11.19才の秘かな欲望★★★
衣装は、ワインレッドのバスローブ風のジャケット。よりによってこの曲はフルで収録されている。急に編集が凝った作りになっており、まるでPVのように岡村靖幸の映像がこまめに散りばめられている。これは良い。

12.Shining★★★★★
ファンクではよく使われる「good god」のかけ声と共にはじまる「Shining」。このバージョンの「Shining」はバックコーラスが綺麗に響いていて凄く好きなのだけど案の定数秒で終わっているのが悲しい。

13.どんなことして欲しいの僕に★★★★★
演奏は武道館で行われたライブのものだと思うのだが、映像は例のスタジオ映像に差し替えられている。この歌の時に岡村靖幸はパンツ一丁になったようだから、さすがにライブ映像に収録するのはNGだと判断しての処置なのではと予測しているのだが…どうなんだろう。曲の間奏で観客が悲鳴をあげる所があるのだが、そこがまさにパンツ一丁のシーンなのだろう。
白の空間にベッドと跳び箱とシャワールームが配されている。岡村ちゃんがピンクの机に座り勉強しているところへ家庭教師(?)と思われる女性が来て、まあいろいろあるわけだが、これはかなり面白い。笑える。抱腹絶倒である。もうね、ほんっとうに岡村ちゃんが気持ち悪いんだよ(もちろん褒め言葉です)。

14.だいすき★★★★★
子供が20人くらい岡村靖幸の周りに集まり、だいすきを歌っている。非常に微笑ましくハートウォーミングな「だいすき」だ。2番の歌いだしでの所で前の席の方の客席が映るのだが、殆どが女性でみんな笑顔だ。なかには岡村靖幸を指差してゲラゲラ笑っている人も居る。凄く雰囲気が良い。
最後はガチガチに緊張した男の子に「おんなのこのために今日は歌うよ」のフレーズを歌わせるのだが、まったく上手く歌えない男の子。しかし「OK、グッドでしょ、なかなかやるじゃん」と褒める岡村靖幸。優しい。この子供達も今は25歳前後だろうか。時の流れは速い。

15.ラブタンバリン(END THEME)★★
ラストはスタジオ映像。白い空間に跳び箱があり岡村靖幸がいろいろとポーズしている。終わり方というかオチがちょっと意外な具合になっている。

総評★★★
シングル「だいすき」がスマッシュヒットし武道館でライブが出来るほど人気が急上昇した、まさに全盛期の岡村靖幸のライブ映像が「Peach Show '89」。ライブの構成は、始めは弾き語りからはじまり、やがてバンドサウンドになる。セットは凝り、衣装も豊富且つ豪華。きっと最高のライブだった…のだろう。しかし編集がブツブツなのだ。M6、11、13、14以外の10曲は全てショートバージョンでの収録。大抵は2~30秒程度。これはきつい。これがXJAPANであればこのような不完全なカタチでリリースされたのなら、それは即ち完全版のリリースの布石となるわけだが、岡村靖幸の場合は現状が現状だけにそうはいかない。

サウンド面は、全体を通じてドラムの音がやけに大きくなっている。ミキシングでどうにかならなかったのだろうか。演奏自体も、後の「ライブ家庭教師91」「ファンシーゲリラ」「シンポジウム」と比較すると、それほど繰り返し聴こうと思えるような中毒性というか引っかかりのようなものがないように思う。しかし、初期ならではとでも言おうか、岡村靖幸の面白い演技がふんだんに見ることが出来る。例のスタジオ映像での岡村靖幸のコントは秀逸なものが多い。特に「どんなことして欲しいの僕に」は見る価値アリ。
yasuyuki
▼岡村靖幸の記事

Go To DMC

そーとー前から読もう読もうと思っていた人気ギャグ漫画「デトロイト・メタル・シティ(略:DMC)」の1巻を先日読んだ。この漫画は2005年からはじまった比較的新しい漫画で、しかも現在人気急上昇中の漫画だからブックオフなどの中古本屋には、今のところ殆ど出回っていないようだ。故に読むなら買うしかない、という状況みたい。DMCは来月8月23日に映画公開される。主人公である根岸崇一役は演じるのは「デスノート」でL役を演じた松山ケンイチ。〝L役を演じた~〟なんて冠がなくても分かるのだろうか? 僕には松山ケンイチの世間的な知名度がいまいち把握できていないのだが、少なくともLを演じた人がやるような役ではない、ってことは分かる。もうちょっと仕事を選んだ方がいいのでは?と思う。

DMCはどのような漫画かというと、―――主人公の根岸くんはカヒミ・カリィのようなオシャレでポップな音楽を愛するひ弱な青年。カヒミ・カリィが好き、というのは根岸くんの人柄を象徴するひとつの記号のようなもので、他にもフリッパーズギターやらアメリ(フランス映画)やら代官山やらミルクティーやらスウェディッシュやらスイーツやらオープンカフェやら…を愛好している。上記に挙げたワードからプンプン匂ってくる生温か~い感じがお分かり頂けるだろうか。DMCを未読の人ならば普通に良い趣味だと思われるかもしれないが…。根岸君はキモいのだ。ナヨナヨしていて気弱でオカマみたいな奴が「スウェディッシュポップはいいよね~」とか言っている様子が非常にムカツク、というかダサダサに見えるような描き方がされている。
そんな根岸君がひょんな経緯から、自分のやりたい音楽とは正反対の悪魔系デスメタルバンド「デトロイト・メタル・シティ」のボーカル・ヨハネ・クラウザーII世として活動することになる。ひ弱な根岸君だが、初期のXあるいは聖飢魔Ⅱのようなド派手なメイクと衣装を纏うことで人格が変わり、ステージ上で過激にパフォーマンスする。「ボクがやりたいのはこんなんじゃないのにっ」と思いつつも、周りの怖い人たち(女社長)に責め立てられ、ひ弱な根岸君は半ば強制的にステージ上に立たされる。根岸君はヤケクソあるいは自暴自棄気味にパフォーマンスする。その度にオーディエンスは熱狂。よりカリスマになっていく。その様をギャグ満載で描いている。

Lと根岸君では何もかもが180度ちがう。というか次元が違う。松山ケンイチのイメージが壊れる様な気がしないでもない。それに、根岸君(クラウザーさん)のステージ上のパフォーマンスは非常に過激だ。倫理的にアウトな言葉がたくさんある。それ以前にこの漫画自体がかなり下品だ。松山ケンイチのファン(若い女性が多いだろう)が映画公開前に予習しておこうと思い、この漫画を読んだらきっとドン引きしてしまうのではないか。…まあそれはそれで面白いけど(いや、面白くないか)。

DMCを読んで思ったのだが、根岸君のモチーフってXのTOSHIなのかな?TOSHIも普段はロックを聴かず、癒し系のヒーリングミュージックやフォークソングを愛好している。YOSHIKI曰く「Xのメンバーでもっとも普通な人」であったTOSHI。しかしステージ上では髪を逆立て化粧をし体育会系の不良のような煽りをガンガンやっていた。まさに根岸とクラウザーさんの関係は出山とTOSHIなのではないか。

と、まあ、いろいろ書いたが「デトロイト・メタル・シティ」の映画公開日は8月23日。YOUTUBEの予告映像でクラウザーさんの格好をしてシャウトする松山ケンイチの姿が不覚にもカッコイイと思ってしまった。公開されたら見に行こう。Go To DMC。


DQ5と中川翔子

DQ57月17日にニンテンドウDS版「ドラゴンクエストⅤ(略:DQ5)」が発売された。DQ5といえばドラゴンクエストのナンバリング作品のなかでも名作として有名だ。あの中川翔子は生涯で最もハマったゲームとしてDQ5を挙げているくらいだ(ちなみにしょこたんは「DQは5、FFは7」がフェイバリットと言っているが、全く同感だ)。DQ5の名作たる所以はゲームシナリオにある。

DQシリーズの物語の土台はどれも「世界を滅ぼそうとたくらむ魔王を討伐するため勇者たちが世界中を冒険し最後に魔王(ラスボス)を倒す」というものだ。DQ5も基本的にはこれにのっとり、世界平和のために冒険している。しかしDQ5は世界平和云々の前に主人公の人生が描かれている。親子三代に渡る壮大且つ壮絶な人生が描かれている。DQ5以外のドラクエシリーズの主人公ははっきりいってただのアイコンである。0と1の羅列によって無機的に作られたアイコンだ。しかし5の主人公は違う。もちろん5の主人公も無口だし(DQの主人公は一言も喋らない)、主張もしないし、感情もないが、秀逸なゲームシナリオにより、その無表情さが物悲しく映る。RPG史上もっとも悲劇の主人公とも称されるほど、不幸な人生なのに、ひたむきに健気に生きているように映る。

5の主人公の壮絶な人生とは具体的にどのようなものかというと、

▼主人公が生まれてまもなく母が他界。

▼少年時代は、パパス(主人公の父親)と二人で旅をするが、とある事件が発生し、主人公の目の前でパパスがモンスターに虐殺される(一生のトラウマになったであろう)。

▼父親を殺したモンスターに捕らえられた主人公は、劣悪な環境で重労働をさせられる。サボれば鞭で叩かれ、トイレは不衛生、毎日重労働の日々。そんな奴隷生活を強いられる。

▼奴隷の期間がやたらと長い。なんと少年から青年になるまでの間ずっと奴隷。青春時代は全て奴隷生活(約10年間)。

▼奴隷からなんとか脱出した後、主人公は一国の王子だったことが判明する。急にリッチな生活になる。妻子ももうける。しかし一時の幸せもつかの間、モンスターに石にされてしまう。石造になった主人公はとある家の玄関前に8年間放置される。

…と、だいたいこんな感じ。主人公は人生の殆どの期間を奴隷と石造で過ごしているのだ。友達だって殆どいない。唯一の友達はモンスター。なんて悲惨なんだろう。

中川翔子が「DQ5が好き」と公言する理由には、この主人公の不幸な人生、そしてそんな人生でもひたむきに生きる主人公の姿に何か感じるところがあったからだろう。DQ5のオリジナルが発売されたのは1992年。しょこたんの父親・勝彦氏が亡くなったのは1994年。先述したようにDQ5の主人公の父親は亡くなる…。しょこたんはDQ5を何回もクリアしたそうだから、きっと1994年以降も何度かやったであろう(というか今DS版でやってるみたいだが)。パパスの死の所まで物語を進める度に一抹の寂寥感を感じているのかもしれない。



みつめていたいの!

今月号の「ダ・ヴィンチ」で特集されている「チーム男子」が興味深い内容だった。「チーム男子」とは今年の2月に発売された「TEAM! チーム男子を語ろう朝まで!」という書籍を発端とし、現在密かに流行っている現象だそうだ。「チーム男子」の意味は、

なにかのもとに集まって、なにかのために結束して、なにかのために涙して、そこに立ち入る隙がなければないほどに、女子心はときめくわけです。それがチーム男子

立ち入れないから、立ち入りたくないからそう、あえて立ち入りたいわけじゃない「みつめていたいの!みていたいの!」永遠に。それがチーム男子


だそうである。今のところはいわゆる腐女子が語る、メガネ男子やらBLやらスーツ男子やらと同じ系統の言葉として語られているようだが、「チーム男子」という概念はもしかしたら今後かなりのポピュラリティを獲得するかもしれない。僕なんかチーム男子の特集記事を読んで「なるほどねぇ~、そっかそっか」と思わず感心してしまったくらいだ。単なる萌え属性の一つに収まるのがもったいない程深い。個人的には心理学の教科書なんかに掲載されても良いくらいの概念だと思う。

「チーム男子」の特徴の一つに、特定の誰かを愛すのではなく、そのチーム(男子の集団)が織り成すドラマを愛す、というのがある。個人ではなく集団の関係性に萌えるのだ。もちろんそのチームのなかの特定の誰かに想いを寄せる場合もあるだろうが、基本はチームを愛しているのだ。これは裏を返せばチームのなかには、不必要な人は一人も存在しないということになる。個人的にはこの点が「チーム男子」という属性のミソなんじゃないかと思う。

ダヴィンチの記事では「ジャニーズ」やドラマ「ルーキーズ」辺りを例に用いて「チーム男子」を解説していたけど、もっと分かりやすい例は「スラムダンク」だろう。あれこそ「チーム男子」の最も王道だろう。桜木、流川、三井、宮城、赤木の5人が全国制覇という目標のため猛練習し、時には激しく喧嘩し、友情を深め、試合に負けては涙し、頑張る姿はまさにチーム男子の最高傑作だ。

考えてみれば、少年漫画には「チーム男子」的な要素が多い。ハンターハンターだってそうだ。キメラアント編でハンターたちは綿密に作戦会議をして、宮殿に突入した後、蟻をやっつけるという一つの目的のため命をかけて戦う。ドラゴンボールもそうだ。悟空たちは協力し合ってピッコロ大魔王やフリーザを倒している。はじめは敵だったべジータやピッコロが後に仲間になるというのも「チーム男子」的だ。漫画以外でもたくさんある。お笑いだったら「ダウンタウンのごっつええ感じ」だろうか。松本、浜田、板尾、今田、東野、ホンコンの6人が繰り出す笑いには「チーム男子」的な傾向があったように今思えば感じる。

バンドもそうだ。バンドの熱狂的な女性ファンは「チーム男子」の作用により、そのバンドがより魅力的に映っているのだろう。だから、バンドに一人くらいさえないメンバーが居たとしても許容されるのだろう。ルナシーの真也や嵐の大野にも熱い声援が送られる理由は「チーム男子」の作用が一因にあるんだろうな(真也と大野は才能あるし個人的には好きですが…とフォローしておく)。

あと、もうひとつ面白かったのは、「女子が『チーム男子』を認めるということは自分が女に生まれてきたことへの後悔でもある。そこに加わることが出来ないジレンマ。傍観者であるしかない悔しさ。けれど、「チーム男子」の楽しさを深く理解できるのは女性だけの特権である」みたいな内容の文章があった。これを読んで思ったことは、岡村靖幸が喜んで食いつきそうな話題だなってこと。もし今「純愛カウンセリング」の対談を行うんだったら、絶対「チーム男子」を取り上げてただろうな。「チーム男子」を見つめる女子ってのは健気だし淡いし純愛だしね。岡村ちゃんの大好物だもの。

付記
以前「バンドの強み」という記事を書いた。文中の「バンドを組むことでのプラスアルファ」というのはまさに「チーム男子」のことだったんだな。

観客は立ち会いを許された覗き魔である

kokoro●夏の文庫フェア
文庫といえば夏である。なぜ夏なのかは分からないけど、どの出版社も夏になると文庫フェアを大々的に行う。おかげでこの時期書店には、文庫フェア用にわざわざ作られた帯のついた名作文庫が平積みで山ほど置いてある。各出版社がこぞって頑張る夏の文庫フェアだが、今年も集英社はインパクトが強い。去年に引き続き、デスノートの小畑健に夏目漱石の「こころ」と芥川龍之介の「地獄変」の表紙イラストを描かせ勝負に出たようだ。ちなみに去年は、このブログでも取り上げたが太宰治の「人間失格」だった。小畑健の夜神月っぽいイラストと「人間失格」という強烈な存在感を有した題名の見事なコラボレーションでもって、古典文学としては異例の売り上げ(20万部以上)を記録し、ちょっとしたニュースになった。

今回の「こころ」と「地獄変」も去年の「人間失格」ほどではないが、そこそこ売れているようだ。さすが小畑健!いまだに影響力を持っているんだな。早く大場つぐみくらい秀逸な原作者を見つけて、ジャンプ誌上で連載をはじめてほしいなぁ。

思ったのだが、小畑健の表紙目当てで買った人は実際に「こころ」なり「地獄変」なりを読むのだろうか。買った時点で既に満足してそう。本棚に飾ってそれで終わり、みたいになっている気がする。まあでも読んだら読んだでウツになるけどね。どちらも名作だが「こころ」は暗いし「地獄変」はグロいし。特に「こころ」は読んでいて「うわぁ~」って感じになるし。Kの自殺の描写とか、語り手の〝私〟の父の死に際とか、絶対いやぁ~な心持になるよ。心躍る夏に読むような小説ではないような気がしないでもない。

●露出狂VS覗き魔
「観客は立ち会いを許された覗き魔である」とは寺山修司の言葉。最近この言葉が妙に気に入っている。寺山修司がこの言葉にどのような意味合いを含ませているのかは分からないけど、確かに観客の根っこにあるのは〝覗き魔〟的な好奇心だと思う。観客を覗き魔だなんてまるで変態扱いだが、(三波春夫が聞いたら怒るよ)その覗き魔が見ているステージ上のミュージシャンなり俳優なりの、いわゆる表現者はもっと変態だと思う。「アタシを見て~」とステージ上でパフォーマンスする人なんて露出狂の変態野郎である。そんな露出狂を見る覗き魔。…なんて素敵な関係性だろう。

この「露出狂VS覗き魔」という関係性はメジャー化すると実態がぼやけるが、マイナー化すればするほど顕在化する。路上で歌っているストリートミュージシャンと通りすがりの立ち見のサラリーマンなんてのはまさに露出狂と覗き魔の遭遇である。あと、ようつべやニコ動にアップされている素人がわけのわかんないパフォーマンスをしている動画とそれを見るユーザーってのもやはり露出狂と覗き魔だ。そう考えると、ブログを書くっていう行為もある意味露出狂に片足を踏みれているのかもしれない。タモリも言っているように人はみんな漏れなく変態なんだな。


岡村靖幸で「Date Love & Sex 88」 全曲実況

1.Young Oh!Oh!★★★
これが岡村靖幸のライブなのか?と疑ってしまうほど観客が異様に盛り上がっている。よーく見てみると観客の層が他のライブDVDと明らかに違う。とにかく若い女性がたくさんいる。まるでジャニーズのライブのようだ。歓声は頭痛を起こしそうなほどに甲高い声だし、岡村靖幸がサビを観客に歌わせれば、まるでキャピキャピな女子高生集団が歌っているかのよう。引きのカメラの映像に映っている観客のノリも若い。ピョンピョン跳ねたり、岡村靖幸に向かって手を振っている人がいたり…。当時の岡村靖幸がいかにアイドル的存在だったのかがわかる。

そんな若々しい観客の前でパフォーマンスする岡村靖幸の衣装は、上がホテルのボーイのようなボタンのついた白シャツ、下が黒のパンツ。ダンスは殆どせずに歌に集中している。間奏部分では指揮者のように両腕を振りながら観客を煽っている。黒のパンツがちょっとパツパツである。岡村靖幸ってもともと華奢なタイプではなくムチムチタイプなんだな。まあ男なんて細すぎるよりは逞しいほうが良いと思うが。

特筆すべき点は、観客からの投げ込みだ。岡村靖幸が歌っている最中に客席からボールが投げ込まれ岡村靖幸の胸にヒットするのだ。驚いた岡村靖幸はそのボールを拾い上げステージセットのバスケットゴールにシュート。プチハプニングを見事パフォーマンスに変えている。しかし今度はハンカチが飛んでくる。最後には水しぶきも飛んでくる。なんてマナーの悪い客なんだろうか。

2.聖書-BIBLE-★★★★
「Date Love & Sex 88」は岡村靖幸のライブDVDにしてはなかなか凝った作りになっている。というのも、ライブ音源の他にスタジオで撮影されたと思われる映像が随所に挿入されているのだ。「聖書」のイントロ部分はそのスタジオ映像(バスケットゴールの前で岡村靖幸がバスケットボールを片手に微笑んでいる映像)からはじまる。

衣装は上下紫の派手なスーツ(ジャケットの丈が極度に短い)、インナーのシャツは豹柄、それからレースのような薄い生地で作られた豹柄の手袋を着用。すっごく80年代的な衣装。インパクトは絶大。聖書のアレンジは近年(「フレッシュボーイツアー」「ミイミツアー」)のようにクラブミュージック風にアレンジされておらず、ほぼ原曲通りの「聖書」で演奏されている。間奏の踊りががむしゃらというか無理やり過ぎて笑える。

3.うちあわせ★★★
また衣装チェンジ。白のYシャツの上に黒のベスト、ネクタイは水玉という格好。これはプリンスの影響だろう。あと、しゃがみながら両足を交互に突き出すダンスをしているがこれもプリンスの真似だと思われる。
曲の後半にフリーダムタイム。バスケットボールを持ってきてバスケットゴールにシュートしたり、客席に向かってボールを全力で投げようとし(「Young Oh!Oh!」の仕返しか?)投げる寸前でボールを後ろに落とすといういたずらをやったりしている(子供か)。若さ爆発である。

4.19(Nine teen)★★★★
1曲目の衣装(ホテルのボーイ風)に戻る。どうやらライブの曲順通りではなく編集で前後しているようだ。「19」も原曲に忠実な演奏だ。終始「シャンシャン」鳴ってる鈴の音が耳障りな気がしないでもない。

5.いじわる★★★★★
例のスタジオ映像からはじまる。背景が白の空間(「だいすき」のPVのように)にバスケットゴールとベッドが配されている。ドリブルをする岡村ちゃん。そこに山口百恵風の女の子が現れる。女の子に近づく岡村。しかし、つんとした表情で無視する女の子。岡村は女の子の顔を見ようとするがその度に女の子はそっぽを向く。非常につんつんしている。何度もしつこく見ようとすると急に女の子が微笑み岡村靖幸をベッドに誘う。喜ぶ岡村。ベッドに座る岡村と女の子。照れる岡村。しかしいざ押し倒し抱きしめると女の子が突然枕に変わっている…まさかの夢オチである。「なんだ夢かよ~トホホ」みたいな情けない表情の岡村ちゃんのアップでスタジオ映像は終わり。

5曲目に収録されている「いじわる」は「ライブ家庭教師91」の「家庭教師」の次にヘンタイ度が高い映像だろう。枕を抱きながらエアーセックスを一通りしている。そして最後は胸をはだけながら床に寝転び、怪しげに腰を振っている。おなじみの2TIMEと5TAIMEを腰振りでキメている。原曲通り「いじわる」の最後の方にある「語り」も披露されている。

6.イケナイコトカイ★★★★
プリンススタイルの衣装に戻る。屈指の名バラード「イケナイコトカイ」。岡村靖幸が泣いて歌えなくなるという演出(?)で有名な映像だ。個人的には「ライブ家庭教師91」の方が声量もあるしパフォーマンスも勝っているし、ルックスも迫力(ドンファンのような)があって好きなのだがこちらも決しても悪くない。
感想ではバラの花束を客席に投げている。この会場はスタンディングなため花束が投下された客席は将棋倒し寸前になっている。人が倒れそうになっており、ハラハラする。

7.Out of Blue★★★★★
衣装はデニムのジャケット(肩にピーチマークが刺繍されている)に黒のパンツ。超貴重な岡村靖幸のMCからはじまる「Out of Blue」。岡村靖幸のMCが聴けるのはこのライブDVDのみである。せっかくなのでMC内容を記したいと思う。

「どうもありがとう。え~あ~、最後の曲になってしまったんですど、12月じゃない、なんとですね、12月をもって、いいですか?僕はデビュー2周年ですっ!(客席:キャー)オゲ。それであのデビューする時にはですね、必ずデビュー曲っつーのがあって、そのデビュー曲を今から歌いたいんですけど、みんな一緒に歌ってください。いいですか?オゲ?(客席:オゲー)」

MC終わりにアコギ一本で弾き語りで歌い始める岡村靖幸。相変らずこの人はギターが上手い。一番を歌い終わったところでバンドサウンドに。やっぱり若いだけ合って声の伸びが滞りなく響いている。またダンスもキレキレだ。でもシンポジウムのラストの「Out of Blue」の方がグっと来るものがある。

8.だいすき‐ENDING THEME‐★★
8曲目の「だいすき」はライブ映像ではない。CD音源の「だいすき」をBGMにスタジオ映像(例のバスケットゴールとベッドが配された背景が白い空間)が流れているだけ。岡村靖幸が黒のボーリングの玉のようなバスケットボールでひたすら遊んでいるといったややシュールな映像。たまにこちらを見て、まるで「早熟」のジャケットのような奇妙な微笑を送っている。エンドロールが全て流れ終わったところでフェイドアウトする。

総評★★★★
デビュー2年の1988年のライブだけあってとにかく若い。観客もジャニーズのライブのように若い。男のファンは殆どいないようだ。若いだけあってダンスがキレキレなのだが、振り付けされた踊りは殆ど無く、踊り自体にあまり重きを置いていないように思う(バックダンサーが居ないことからも伺える)。そのため、踊りが非常にがむしゃらだ。勢いだけで無理やり成立させているような、乱暴な印象を受ける。しかし、それ故に強烈なインパクトがある。たぶん岡村靖幸を知らない人がこのダンスを見たらほぼ確実に笑ってしまうだろう。

声もちゃんと出ているし、衣装はこまめに変わっているし、今では絶対にお目にかかれないアイドル的なかわいい表情もあるし(ま、僕は男なんでどうでもいいが)、泣いているシーンもある。そう考えると女性ファンにおすすめなライブDVDといえるだろう。


■Live From the DATE TOUR FINAL
at MZAホール.29th. Dec. 1988

岡村靖幸の記事

「めぞん一刻」はガチで傑作

今夏放送決定。「めぞん一刻」ついに完結!!……だそうだ。
「ついに完結」って殆どの人は去年の5月にテレ朝で放送されたドラマ「めぞん一刻」の存在を既に忘れていると思うのだが。視聴率も悪かったみたいだし、そんな話題にもならなかったし。原作は凄まじいほどに傑作なのにドラマがこうも見事にこけると痛々しいな。何が〝ついに完結〟だよ…。あ~、グダグダ過ぎる。こんなグダグダな終わり方になるんだったら始めからやらなければよかったのに。

「めぞん一刻」のドラマ化の話は2005年の暮れに発表された。発表されてからが長かった。普通2005年の暮れに発表したんだったら、2006年の4月には始まると考えるのが普通だ。しかし、4月になっても始まらず、7月になっても始まらず…。ドラマ化の話自体がポシャったのかと心配していたら、2006年8月に「めぞん一刻」の主人公である五代役をアマチュア限定のオーディションで決定するという話題性のある企画を急遽ぶちあげる。しかし、五代役のアマチュアが決定してからさらに1年弱ものあいだ音沙汰なし。結局放送されたのは2007年の5月。しかも連続ドラマではなく2時間の単発ドラマ。めぞんは大長編漫画なのに2時間なんてあり得ない。しかも五代役に決定した役者は過去に芸能事務所に所属していたそうでオーデション自体が出来レースなのでは?みたいな噂も浮上する始末。めぞんドラマ化に際しての一連のグダグダにはかなり嫌悪感を抱いてしまう。

で、2007年5月にテレ朝で放送されたドラマ「めぞん一刻」の出来はというと、「悪くは無いけど別に面白くもない」といった中途半端な感じ。終わりの方には、シリーズ化させるための伏線をふんだんに散りばめていたので、「裸の大将」や「家政婦は見た」みたいに定期的に放送していくものだと思ったのだが、放送から1年3ヶ月もの空白の末、今夏で完結というありさま。シリーズ化っていうか、前編・後編じゃね、ていう。

僕は高橋留美子の漫画が大好きで、そのなかでも「めぞん一刻」はダントツで好きだ。高橋留美子の漫画の中でというより、今まで読んだ全ての漫画のなかで一番好きな漫画といっても決して大袈裟ではないくらい、好き。いや、実際「めぞん一刻」は最強だ。ラブコメのクラシックであり教科書的な作品である。もっと評価されるべき作品だと常々思うのだけど、イマイチ「めぞん一刻」の素晴らしさが世間に浸透していないように感じる。歯がゆい。もっと条件の良いカタチでドラマ化して欲しかったな。

付記1
左の人はセーラー戦士というよりザーボンさんに見える。
付記2
山下達郎のライブの動画がニコ動にアップされてる。すっげー!!!。

Counseling 1、岸田秀と岡村靖幸

2004年に発売された岡村靖幸著の「純愛カウンセリング」。この本は、岡村靖幸がさまざまな分野(ex:少女漫画家、精神科医、ゲイバーのママ、ゲームプロデューサーなどなど)で活躍している人々に直接会いに行き〝純愛〟という共通のテーマの下、インタビュー形式の対談を行うといった内容の本である。そして、対談を全て終えた後に、岡村靖幸なりに純愛とは何か?についての答えを曲がりなりにも出すというものである。

今回は、〝Counseling 1〟の唯幻論者・岸田秀と岡村靖幸の対談について、あーだこーだ適当に書いてみようと思う。

まず、岸田秀という人について。この人は「世界のあらゆる事象は人間の脳みそから作られている幻想である」という自らの考えをまとめた「ものぐさ精神分析」という著書を執筆した人で、その筋ではかなり有名な人らしい。

岡村靖幸は十代の頃に、岸田秀の「ものぐさ精神分析」を読んで救われたという。岡村靖幸にとって「ものぐさ精神分析」はまさに多感な青春時代のバイブルであったという。具体的にどのように救われたかというと、岡村曰く「高校時代、異性からトラウマになるほどこっぴどくフラれた時、〝全ては幻想である〟という岸田秀の思想で救われた」のだそうだ。この岸田・岡村の対談では、純愛とは何かについて多面的且つ具体的にいろいろと語り合われるわけだが、結論は全て「ものぐさ精神分析」の思想に基づき「まあ、でも結局は幻想ですけどねっ」で終わる。

「ものぐさ精神分析」を未読な自分からすると何でもかんでも「この世のあらゆる事象は人間の脳みそが作り出した幻想なんだよ」という結論は安易に感じないでもない。岡村靖幸のようにひどいフラれ方をされて辛いけど〝全ては幻想〟なのだから大丈夫、というのは現実逃避というかちょっと危なくないか。その考え方の延長線上にあるのって、結局はクスリのなのでは?なんて思ったりもするのだが。

ちなみに「ものぐさ精神分析」の〝全ては幻想である〟という思想は吉本隆明の著「共同幻想論」に影響されている節があるそうだ。「共同幻想論」といえば――尾崎豊ファンならご存知のように――尾崎豊の終生の愛読書でありバイブルであった本として有名だ。岡村・尾崎は同じような思想の本を読んでたんだな。そして同じように薬物を…。

この対談では、純愛とは何か?というメインテーマに対して明確な答えは出ていないのだが、個人的に思うに「『純愛』は時代によって変わる。今の時代に純愛は難しい」というのが答えらしい答えだろうか。

岡村靖幸はこのように語っている。
「携帯電話の普及によっていろんなことを我慢しなくても良くなった。昔は家を出て遊びたいけどその間に彼女から電話がかかってくるかもしれないから家で待っていた。祈るように電話を待つという淡くて健気な行為は今は無くなった。だからこそ、そういった淡くて健気な心に価値観が見出される時代が戻ってきたのではないか」
一方、岸田秀は…
「昔はストーカーという言葉はなかったけれど、それに類する行為をする者はいて、それは「本当に相手が好きで純粋な人」という意味合いを含んでいたように思えますね」

〝Counseling 1〟を総括すると―――世の中が便利になったおかげで、健気な行為や淡いシチュエーションが減った。そのため純愛に憧れる人々が多くなった。しかし、世の中が物騒になったため、昔のような純愛を今の時代に貫こうとするとストーカーで捕まる恐れがある。今の時代、純愛の成立は困難であり、もはや都市伝説化している。敢えてあげるとするならば、赤ちゃんの頃に母から受ける愛がもっとも純愛に近い。しかし母の無償の愛も所詮は幻想である。昨今の「純愛がしたいのに出来ない」というジレンマにより巻き起こったものが「冬のソナタ」のブームである、みたいな感じ。

紫の香りたつ幸福

元XのベーシストだったTAIJIがXJAPANについて激白したそうだ。その模様の動画がニコニコ動画にアップされていたので視聴したのだが、これ、なんていうか…笑える。TAIJIがもういろんな意味でヘロヘロになっている。ニコ動の画面には、「絶対コイツ○○だろ、常考」みたいなコメントが終始流れてしまうくらいヘロヘロ。なかには「岡村靖幸もこんなしゃべり方だったぞ」というコメントもあった(言っておくが僕が書いたのではない)。でも、確かに似ている。去年の10月、ニュース23内の金曜深夜便というコーナーで特集が組まれた『覚せい剤との決別…歌手・岡村靖幸の生きる道』の時の岡村靖幸と似てる。岡村靖幸が居酒屋で「口で言うのは簡単、行動でやっていくしか説得力がない」と今後の目標について語っている時のモゴモゴとしたあの口ぶりと動画のTAIJIのしゃべり方は雰囲気が似ている。いや、TAIJIは薬物を使用していないですけどね。〝似てる〟ってだけの話。

動画ではTAIJIがXについてHIDEを中心に振り返っているのだが、インタビュアーの女性がとにかく失礼極まりない。怖いもの知らずなのか単なるアホなのか、どちらなのかは分からないが、態度や言動がかなり無礼だ。あまりにも無礼なため徐々に空気が悪くなり終盤にはTAIJIがキレかかっている(?)のがちょっと笑える。8分程度の短い動画だが、カオスでシュールなハラハラ動画だ。

インタビュアーが具体的にどんな無礼を働いたのかというと―――TAIJIが「僕は5万人ホールの東京ドームで3回やってますんで」と自慢げに話した直後にインタビュアーが冷めた口調で言い放った「かつてね」という言葉。これ相当ひどくないか。要は「東京ドームでやったのは遥か昔でしょ。過去の栄光でしょ。今のあなたは違うじゃないの」みたいな蔑さむようなニュアンスに聞こえる。また、質問内容も変だ。「YOSHIKIさんはわがままで、カレーの味が気に食わないから帰るとか、いろんなバラエティで言われてますけど、わがままなんですか?」という質問。何だこれ?元XのTAIJIを呼んでわざわざするような質問か?YOSHIKIとは仲直りしたらしいが、基本的にYOSHIKIネタはタブーだと思うのだが。案の定TAIJIは「知りません」と一蹴してるけど。

後半には「Xにいた頃の自分と現在の自分について何か変わった点は?」というような質問がある。それに対しTAIJIは「変わってませんよ。年齢が今63ですから・・・あれいくつだったっけ?」。思わず「ええー、大丈夫!?」と視聴者側が心配してしまうシーンがある。63って。まだ41じゃん。確かに現在のTAIJIは41歳にしてはかなり老けているけど(波乱の人生だからな、TAIJIは)63はないわ。これ、お笑いとしてのボケなのか本当にボケているのかの区別がつかないところが恐ろしい。リアルに自分の年齢を忘れているようにも見える。

XJAPANの再結成の際、ファンの間で持ち上がった話題といえば、HIDEの代わりのメンバーをどうするのか?ということだった。その際必ず名前が挙がっていたのはTAIJIだった。HIDEの代わりに過去に脱退したTAIJIが入る、というのは一つの物語として考えた時非常に美しい。TAIJIが代わりならファンからの不満もないだろうし、楽器の演奏技術も高い。「TAIJIが入ればいいのに」と多くのファンは考えていたと思うのだが、実際はうやむやな感じでとりあえずLUNASEAのSUGIZOだった。
今回この動画を見る限り、XJAPANのメンバーとしてTAIJIが再加入する可能性はほぼ皆無と見て間違いないだろうな。久々に喋っているTAIJIを見たが今でもTAIJIは「ロックな男」のようだ。仮にXのメンバーになったら、絶対YOSHIKIと喧嘩しそう。メンバーのお金の取り分についてやYOSHIKIのドラミングについて、オブラートに包まずストレートにダメ出ししそうだ。あとHEATHがいじめられそうだ。
現在の、亡くなってしまったもののHIDEをメンバーの一人として認識しているYOSHIKI、TOSHI、PATA、HEATHの4人、というのが最高のカタチなのかもしれない。

TAIJIのインタビュー動画

「BLUE A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI」 全曲解説

1. ダンスホール/Cocco ★★★★
「ダンスホール」は尾崎豊がソニーのオーディションの歌審査で歌った曲であり、また生前最後のライブのラストに歌われた曲でもある。尾崎ファンにとっては何かとしみじみとしてしまう1曲。原曲はスローなフォークソングといった感じで、まるで子守唄のように眠たくなる曲調なのだが、Coccoのカバーした「ダンスホール」はややテンポが速くリズミカルになっている。感情をあまり表に出した歌い方ではなく淡々とした〝なごみ系〟なボカリゼーションが印象的。全体的には繊細で清潔で潔白なイメージが漂っている。個人的に心配していた「あたいぐれはじめたのは、ほんの些細なことなの~」という歌詞の〝あたい〟という時代錯誤な一人称もそれほど不自然に響いていなかったので一安心。

2. 僕が僕であるために/Mr.Children ★★★★
「僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない 正しいものは何なのか それがこの胸にわかるまで」という歌詞からも分かるように尾崎濃度の高い楽曲だが、見事に原曲の良さを残したままミスチル(もとい桜井)のワールドに持ち込んでいる。ミスチルの新曲としてリリースされたとしてもそれほど違和感が無いのではないかってくらい桜井の声に馴染んでいる。さすがである。
予断だが「僕が僕であるために」というレトリックは他のミュージシャンの歌の歌詞にも頻繁に散見されるが(〝僕〟の部分が〝私〟だったりもするが)、これは尾崎が最初に考えたレトリックなのだろうか。だったら凄いな。

3. 路上のルール/橘いずみ ★★★
尾崎豊と同じプロデューサーのもとからデビューし、女版尾崎豊と称されていた橘いずみ。女版尾崎豊という称号は伊達ではない。女でありながらこれほどまでに尾崎と同類な空気感(誰にも懐かない野良犬チックな空気感)をビシビシと発散させられる人はそうはいないだろう。演奏は原曲とほぼ同じであり、繊細に力強く歌うその端々からは尾崎の影が感じられる。本アルバムの中で最も正当なカバー。

4. 十七歳の地図/175R ★
175R…今なにやってるんだろうねぇ。アクアタイムのボーカルの人とかぶるんだよなぁ……。えっと、星ひとつってのが全てを物語っているかと…。まあ、175Rらしくズンチャズンチャとパンクしているので175Rが好きな人なら気に入るだろう。当たり前か。ちなみに、原曲の「十七歳の地図」は尾崎のファーストアルバムの題名に冠されるほどの名曲。尾崎豊を代表するロックソングである。

5. I LOVE YOU/宇多田ヒカル ★★★★★
「揺れてるなぁ~」の一言に尽きる。ビブラートでガンガン攻めまくっている。「I LOVE YOU」をカバーしたミュージシャンはたくさんいるが、これほどまでに「揺らした人」はいないだろう。それにしても揺れすぎだ。ずーっと揺れてるもの。この揺れの原因は、ライブ音源だからだと思われる。宇多田が十代の頃にライブで「I LOVE YOU」をカバーした時のテイクをそのまま使用しているらしい。この人はライブだと歌声が安定しないらしいから、こんなに震えているのだろう。でもこの何かにひどく怯えているかのように消え入りそうに神経質な感じが「I LOVE YOU」の世界観と絶妙にシンクロしている。文句無く五つ星。

6. 太陽の破片/岡村靖幸 ★★★★★
尾崎豊を語る上で最重要曲は何だろうか?と尾崎ファンが考えた時、かなり早い段階で挙がるであろう名曲「太陽の破片」。尾崎豊が覚せい剤取締法違反で捕まった後に、リリースされた曲であり、故に歌詞の内容は、薬物を使用し絶望の縁で苦悩する姿が歌われている。そんな曰くつきの曲をあの岡村靖幸がカバー。なんて意味深なんだろう。この頃の岡村靖幸は既に薬物を使用し、一度捕まっているわけだが、世間には公表されていなかった。全ての事実関係が明るみに出た現在、岡村靖幸が歌う「太陽の破片」を聴くと何とも言い難い心持になる。

肝心の岡村版「太陽の破片」だが―――まあ、あの岡村靖幸がカバーするわけだから一筋縄でいかないのは前段階で予想がある程度つくものの、まさかここまで変形させるとは思わなかった。原曲のメロディーを完璧に無視し岡村流にメロディメイクしている。もちろん基本的なコードは同じだが、同じコードの中で新たに作曲している。

サウンド面は同じアルバムに収録されている音とは思えないほど異質にクリアだ。どこか気品に満ちていて、その上刹那的な哀愁に満ちている。確固たる世界観が構築されており、他とは明らかに格(あるいは質)が違うということが明確にはっきりとわかるだろう。そんな洗練された演奏に乗せ岡村ちゃん節炸裂なクセのある歌い方でくどく歌っている。岡村靖幸を日々聴いている自分からすると別に何の違和感も無いが、岡村未経験者の尾崎ファンからするとこれは相当〝眉唾〟ものらしく結構バッシングされているようだが、…まあ仕方が無い。

「もし君が暗闇に」というフレーズを「もしぃ~、もっもっもし、君が暗闇に~」と歌ったり「ごらん僕を太陽の破片が~」というフレーズを「(吐息交じりで)ごらんごらん僕を太陽の破片が」と変態っぽく歌ったりと、確かにふざけているように聴こえるかもしれない。尾崎ファンには硬派な人(特に往年のファンには)が少なからず存在するので、カチンと来た人も中にはいたかもしれないが、「決して靖幸クンはふざけてません。いたって真面目なんです」と岡村ファンとしては言っておきたい。

7. LOVE WAY /大森洋平 ★★
割と原曲に忠実に歌っている。可もなく不可もなくといったところ。「LOVE WAY」はシングルでリリースされたしオリコンでも上位に(確か2位)にランクインした曲だけど、この曲をカバーするくらいなら、他にもっとカバーするべき曲があっただろう。それにしても大森洋平って誰だ?

8. 街路樹 /山口晶 ★★★
ギターとハーモニカをバックにシンプルに歌っている。なんか朴訥な青年が町内会の寄り合いで歌っている、みたいな素朴なイメージがあるのだが、最後の方にはバンドサウンドが加わりオーケストラのように壮大になっている。山口晶…この人も知らないな。

9. OH MY LITTLE GIRL/竹内めぐみ ★★★
完璧に100パーセント男目線の曲を女性が歌うというのも悪くない。原田知世や古内東子あたりと似たような感じがハートウォーミングで良い。一瞬竹内まりやと見間違えった人もきっと多いはず。〝まりや〟ではなく〝めぐみ〟である。誰だ?知らないな。

10. 闇の告白/斉藤和義 ★★★★
尾崎豊は晩年(といっても24~26歳のころ)に救いようのない暗い曲を何曲か制作しているのだが、「闇の告白」もそのうちの一つ。ギター一本で原曲通り暗~く弾き語っている。斉藤和義らしいというか、この曲をちゃんと理解したうえでカバーしている様子が伺える。それにしても暗いなぁ。この歌も斉藤さんも。

11. Forget-me-not/槇原敬之 ★★★★
尾崎豊の名バラードといえば「I LOVE YOU」だが、尾崎ファンの間では「Forget-me-not」のほうが実は高く評価されている(一概には言えないけど)。まさに隠れた名曲。原曲では尾崎の感情がこもりまくった熱い歌唱法(叫びに近い)が披露されており、その熱さが「Forget-me-not」の良いところなのだが、マッキーはもちろん叫んだりしない。ハイトーンの細い声でナイーブに歌っている。これはこれでアリだ。原曲の良さを損なわない程度に自分の色を取り混ぜているところはさすがである。

12. 15の夜 /Crouching Boys ★
尾崎豊の一人息子・裕哉(ひろや)と尾崎豊の元プロデューサーであり本アルバムのプロデューサーでもある須藤の息子・トミーヨの二人が組んだユニット。トミーヨが適当に作った音楽に乗せニューヨーク育ちの尾崎裕哉が流暢な英語で朗読している。尾崎の息子の声が聴けるという一点においてのみ聴く価値があるだろう。


総評★★★★
2004年にリリースされた尾崎豊のトリビュートアルバム「BLUE ~‎A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI」。とにかく参加アーティストの面々が豪華だ。超メジャーな宇多田にミスチルにマッキー。実力派の燻し銀系として岡村靖幸、斉藤和義、Coccoが参加している。もちろんオリコン1位を獲得。CD不況時代な上、レーベルゲートCD2仕様にも関わらず50万枚以上のセールスを誇り、トリビュートアルバム史上第2位の売り上げを記録(ちなみに1位はhideのトリビュート)。

これほど豪華な面々なのに若干名ほどあまり有名ではないミュージシャンがいる。せっかくなら、全員豪華なメンバーにして欲しかった。尾崎豊のトリビュートに参加したいミュージシャンは他にも掃いて捨てるほど居ただろうに。GREEN版の予算を回せば余裕で実現可能だったと思うのだが。

尾崎豊という人は十代の教祖やらカリスマやら、何かと世間から色眼鏡で見られ、楽曲にいたっても「盗んだバイクで走りだす」やら「窓ガラス壊してまわった」に代表されるような過激な部分(あるいはネタにして貶しやすい部分)に過度に注目されがちだが、実はとても優秀なメロディーメーカーであった。こうやってトリビュートという形でカバーされた尾崎の楽曲を聴くことで「作曲家・尾崎豊」の有能ぶりがありありと見えてくる。

本アルバムは各人がそれぞれ尾崎の歌をカバーしたものだから、アルバム全体に〝流れ〟のようなものは基本的には無いが、宇多田の「I LOVE YOU」から岡村靖幸の「太陽の破片」の2曲の流れは、かなり秀逸。ぐっとくるものを感じずにはいられない。

ちなみにこのアルバムは現在、レーベルゲートCD2が廃止されたため、PCなどに取り込める仕様で売られている。なのでこれから購入する人は、レーベルゲートCD2なのか否かをきちんと確かめたほうがいいだろう。

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サブカルの戯言
第332回:10月12日
ツイッターを先取りした「サブカルの戯言」も本日にて終了。332回の戯言のご愛読ありがとうございました!!
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