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サブカルの戯言 2008年8月

第98回:8月1日
「ノルウェイの森」が映画化だって!18禁映画になっちゃうよ。

第99回:8月3日
「33分探偵」は思ったより面白かった。でも、もっとグダグダな方が好き。33分生放送のアドリブとかでやればいいのに。

第100回:8月4日
去年の暮れからはじめた、この戯言も今回で100回目。早いなぁ。最近は更新頻度が下がってますねぇ…。記事を書く時間と気力が無いんだよなー。

第101回:8月5日
さんまが27時間テレビで連呼していた「醤油ーこと」って全然流行ってないな。まだ去年の「なまか」のほうが流行ったんじゃないか。どっちもセンスないけどさー。

第102回:8月7日
伝説のバンド「たま」が8月8日に一夜限りの復活ライブをするようだ。これをきっかけに4たまで再結成すればいいのに。

第103回:8月8日
北海高校一回戦で負けたのか。今思うと、駒大苫小牧って何であんなに強かったんだろ。

第104回:8月9日
タモリさんの弔辞には感動したな。しかも、白紙の弔辞。カッコイイ。

第105回:8月10日
オリンピックを見ていて思ったこと。どの種目の会場にも「Beijing2008」と書かれたロゴがあるようだが、一瞬2002に見える。

第106回:8月11日
今年に入ってから小説が読めてない。とりあえず買ったまま放置してある「時が滲む朝」を早く読まないと。あまり面白くないらしいけどね。でも、そもそも芥川賞で面白い作品なんて殆ど無いよな。

第107回:8月14日
8月14日は岡村靖幸の誕生日。今年で43歳。塀の中の誕生日ってどんな感じなんだろ。41、43、44歳の誕生日が塀の中って寂しいね。

第108回:8月15日
記事の最後にある拍手の総数が1000を突破。毎度ありがとうございます。

第109回:8月16日
野球日本代表のGG佐藤、ってネーミングセンスはどうなのさ。

第111回:8月20日
GG佐藤って誰かに似ているな。漫画のキャラクターにGG佐藤にそっくりな人がいたと思う。誰だっけ。

第112回:8月23日
今日のMステに斉藤和義が出演していたのか。見逃してしまった。きっと無愛想だったんだろうな。

第113回:8月25日
星野監督は開き直り、谷選手は次のオリンピックを目指し現役続行。なんだかな。

第114回:8月27日
夏もすっかり終わったようで、もう肌寒いですね。この夏全開なテンプレも8月一杯で終わりだな。


9月にアップする」予定の岡村靖幸の記事は、
舐めるなよシリーズから
「岡村靖幸のダンスを舐めるなよ」
PVレビューから
「Out of Blue /Check Out Love /Young oh!oh! 」(「Young oh!oh!」のPVってあるのか?)
純愛カウンセリングから
「Counseling 3 岡村靖幸とメタルユーキ」
の3つを書く予定……だが、無理かもしれない。




●今日の写真
kaeru
雨の日。公園の遊具。・・・・カエル?

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岡村靖幸で「LIVE 家庭教師 ’91」 全曲実況

Introduction
モノクロの不気味な映像からはじまる。一人の修道女が赤ん坊を抱えながらカメラ目線で無表情にこちらを見ている。たぶん聖母マリアをイメージしているのだろう。横綱・朝青龍にどこか似ている赤ん坊は(多かれ少なかれ赤ん坊というものには朝青龍的な面影がある)、修道女の腕の中で居心地の悪そうに暴れ、首にぶら下がっている十字架を玩具にし弄っている。カメラは徐々に赤ん坊にズームし、赤ん坊の顔面アップになったところで、Peach Timeへ。

1. Peach Time ★★★★★
赤のスポットライトが後方から当てられ、シルエットになった岡村靖幸とダンサー二人が、「早熟」に収録されている「Peach Time(修学旅行MIX)」バージョンのイントロの「ダンス!ダンス!ダンス!」という掛け声と共に踊っている。シルエットなのに岡村靖幸の踊りはシャープだ。バックダンサーの二人と基本的には同じ振りのダンスをしているにのに、岡村靖幸の動きは遥かにリズミカルだ。
イントロが終わり歌いだしの「ピーチタイム ラヴャ」で、ステージは一瞬にしてピンク(ピーチ)の照明に切り替わり華やかに明るくなる。全貌を現した岡村靖幸…いろいろと凄い。まず前髪。鶏冠のようにそびえ立っている。そして当時のお気に入りだったと思われる革ジャンを脱ぐと、「家庭教師」のジャケットをプリントしたジュンスカ風の白の長袖のシャツがドーン!しかもジーンズにイン!さらに白シャツがインされたジーンズはケミカルウォッシュジーンズ!しかも左足の膝には黒いバンドが!このダサさにノックアウトである。

ファッションは1990年頃の時代をふんだんに感じさせる仕上がりとなっているが、メインの音楽は全くダサくない。ケミカルウォッシュのように色褪せていない。むしろ新しい。ファッション面は時代の流れに迎合しているが、こと音楽に関してはさすが天才とでも言おうか時代を超越している。
CD音源とほぼ同様の音程を保ったままハイクオリティな歌唱力で終始歌っている。表情はナルシスティックでダンスはキレている。1曲目から岡村靖幸の魅力がバンバンでている。

2. (E)na ★★★★★
(E)naといえば、イントロの「ナーナカナカナカ」の所で岡村靖幸と客席のファンが一緒に両腕を挙げ手首を前後にカクカクさせるというお決まりがあるのだが、この頃はまだ定着していなかったらしく、岡村靖幸が一人でカクカクさせている。ファンもバックバンドも誰一人としてカクカクさせていない。ちょっぴり寂しい。

前曲「Peach Time」と同様にまるでCD音源のような完成度の高い歌唱を披露している。冒頭のカクカク以外にも「(E)na」には印象的でユニークな振りつけが施されている。特にバックダンサーの踊りが面白い。「こんなことしてちゃ絶対戦争すりゃ負けちゃうよ」の所ではゲイっぽいバックダンサー二人が絡み合っていたり、「あの娘に話そう眠れずに泣いた日々」の所ではなぜか銃を構えたバックダンサー二人の背中があたり敬礼するというダンス。意味が分からないけど良い。2000年代に入ってからの岡村靖幸のバックダンサーはいかにも「チャラチャラ遊んでそうな悪ガキ」といった感じであまり好きになれない。やっぱ、このライブのダンサー二人(ケンとコウジローだっけ)のように何か得体の知れないキモさがあった方が「岡村靖幸のバックダンサー」として相応しいと思う。

曲の最後の方はレスポンス合戦になり、ドラムソロが入り、バンドセッションなったりと見所がたくさんあるが、一番の見所は岡村靖幸のギターソロである。別にこれといって超絶なテクニックをひけらかしているわけではないが天性のリズム感により上手く聴こえる。そして、注目すべきはギターを弾いている時の顔だ。怪しげな微笑。照れるように首を振る。常に半開きで心持腫れぼったい唇。挑戦的な瞳。どーだ顔。

3. 家庭教師 ★★★★★
Introductionの修道女に抱かれた赤ん坊の映像に一旦戻ったあと、遂に「家庭教師」。衣装は時代を感じさせるダサい衣装から、大き目の黒のセーターに変わる。しかし下は相変らずケミカルウォッシュジーンズ。ただ、ステージは曲のイメージに合わせ暗いので普通のジーンズに見える。なので、ファションとしては、非常にまともである。

暗闇のステージ。淫靡な赤のライト。なぜか汗を大量にかいている岡村靖幸。顔や首筋に滲む汗が赤いライトにより非常に妖艶に怪しい。アコースティックギターを弾きながらタラタラと汗をかき、ねっとりと歌い上げている(エロいぞ、この男)。一通り歌い終わった後は、ギターを外し、踊りまくる。自分の中にある塊を溶かすかのようひたすら踊る。陶酔しきっている。この時点で既にそこら辺のミュージシャンとは次元が違う。しかし、岡村靖幸はさらに高みへと昇ってゆく。

マイクを片手に変な踊りをしながら客席に近づく岡村靖幸。そして開口一番「こんばんわ、家庭教師の岡村靖幸です」。…岡村劇場のはじまりである。その後も変な踊りをしつつ一人芝居を延々と展開する。一人芝居の概要を簡単に説明すると、まずお母さんに挨拶をする。ケーキと紅茶を頂く。ありがたく食すが、どうも岡村靖幸の紅茶の飲み方がおかしいらしい。「家に居るときはだいたいコンナ感じですよ」と言いつつもう一口紅茶を飲む。お母さんとの談笑を終えた後、教え子のエリコちゃんの部屋へ。マット体操が得意なエリコちゃんとは気が合いそうだと喜ぶ岡村先生。さっそく世界大恐慌について教えるが、思わず岡村先生は絶叫してしまう。エリコちゃんはどうやら勉強がしたくないらしいのだ。あっちに行きたいらしいのだ。あっちに向かい岡村先生とエリコちゃんは…。ここから先は省略しよう。最後は深呼吸を「フンフンフン」して終わり。岡村靖幸の最高峰のパフォーマンスとして挙げられる映像の終わりである。
この映像は岡村靖幸のそのずば抜けた圧倒的な変態的パーフォーマンスにばかり目が奪われがちだが、バックバンドの演奏もスッバラシイ。

4. イケナイコトカイ ★★★★★
「家庭教師」の後だとどんな曲を持ってきた所で存在感が薄くなってしまいそうな気がするがこの「イケナイコトカイ」もこれまた凄い。映像を見る限り、「家庭教師」から「イケナイコトカイ」の間には編集が入っていないように見える。つまり実際のライブも「家庭教師」の次に「イケナイコトカイ」という曲順だったのだろう。「ライブ家庭教師91」の「イケナイコトカイ」が傑作な所以は、前曲の「家庭教師」のテンションの余韻が残っているからかもしれない。個人的には、この「イケナイコトカイ」が岡村靖幸の全ての映像のなかで一番声が出ていると思う。ファルセットは一点の淀みなく澄み切っており、終盤にまるで感情の塊を吐き出すような地声は迫力がある。壮絶な悲壮感に満ちており、何よりも美しい。

5. どぉなっちゃってんだよ ★★★★
ステージ下手から側転をし登場する岡村靖幸。衣装がまたまた凄いことになっている。ジーンズのジャケットにインナーは地肌が見える網の粗い黒タイツのような生地の服。下は黒のタイツにジーンズ素材のミニスカート(スカート!)。…ここまできたら逆にダサさがない。コスプレだもの。

原曲よりテンポが速い。そのため、原曲のあの濃厚なファンク色が影を潜めややロック調になっている。これはこれで良い。爽快である。ダンスの振り付けもジョジョ立ちのような決めポーズがカッコイイ。最後の方は客席に足踏みをさせ「どぉなっちゃってんだよ」のレスポンスをさせている。しかし、あまり客のノリが良くない。やがてステージ両脇からカーテンが中央に迫ってきて岡村靖幸とカーテンのカラミがスタート。この岡村ちゃんWITHカーテンが長い。無駄に長い。なので「LIVE家庭教師91」を視聴するときはいつも飛ばしている。今回この実況記事を書くにあたって久しぶりにじっくりと視聴したら、なんだか、ノリの悪い客にイジケタ岡村ちゃんが、カーテンを弄りながら、恨めしそうに客席を睨んでいるように見えた。

6. DATEメドレー(DATE~生徒会長~いじわる~Punch ↑~祈りの季節~いじわる) ★★★★★
再び修道女の登場。赤ん坊は居なくなっている。首にかけた十字架を両手で胸の前に掲げ口をパクパクさせている。DATEのイントロでの岡村靖幸の語りの口パクのようだ。
またまた衣装チェンジ。胸に大きく鶴の刺繍の入ったスーツ。インナーのシャツにも鶴の刺繍が入っている。なかなかカッコイイ。「DATEメドレー」はとにかく細部まで鍛練に作りこまれている。「きっと何度もリハーサルをしたのだろうな」と思うほど演奏もダンス(バックダンサーとのダンスのシンクロ率が凄い)も完璧。岡村靖幸のダンサーとしての力量が伺える映像だ。特に「祈りの季節」の「俺の子供を産んでくれー」のあとの扇情的なダンスは、もう何度見たことだろう。これほどまでに吸引力のあるダンスはそうはないだろう。

最後の方には、3曲目の「家庭教師」ほどではないが岡村劇場も少しだけあるし(「そこの彼女どこから来たの?」ってやつ)、ケンとコージローのソロダンスシーンもあるし、もちろん岡村靖幸のソロダンスもあるし、エンターティナーとしての底知れない才能にほとほと感心する。最後は5TIMEで終わり。ちなみにこの秀逸なメドレーは「岡村ちゃん大百科」にも収録されている。

7. あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう ★★★★
これ以上にないくらい爽やかなギターリフを弾きながらステージ上手から歩いてくる岡村靖幸。ファンとバックバンドのメンバーは手拍子でリズムを取っている。アンコール明けのためか(は分からないが)凄くアットフォームな雰囲気に包まれている。「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」の有している切なくも優しい曲調とマッチしている。「LIVE家庭教師91」という超傑作ライブDVDのラストに相応しい映像だ。

衣装はまた変わり紫のセーターに黒めのジーンズ。歌っている時の表情は親密であり、リラックスしているように見える。最後は「青春ってワンツースリジャンプ」のレスポンスをさせ終了。本編が終わったあとは、先ほど修道女の腕から居なくなった赤ん坊がひとりで床に寝転がっているというシュールな映像で幕を閉じる。


総評★★★★★
不世出の天才・岡村靖幸の最高のライブパフォーマンスが収められた傑作ライブDVD「LIVE 家庭教師 ’91」。このライブは1991年3月12日に中野サンプラザで行われた伝説のライブである。これを見ずして岡村靖幸を語ることなかれ。岡村靖幸を語るなら絶対に必須なアイテムである。このライブ映像の何が凄いかって全てが規格外に凄いのである。歌、ダンス、ルックス、演奏、映像の編集、バックダンサー、一人芝居、紅茶の飲み方、全てが一線を画している。
59分の長さの映像に7曲というのはライブ映像作品としては一般的には、短い部類に属すると思うのだが、「LIVE 家庭教師 ’91」はそのクオリティの高さから59分という短さが全く気にならない。濃密でハイクオリティな圧巻のステージングを59分間ずーっと真剣に見続けていればそりゃお腹一杯になる。59分でも十分満足できるのだ。

このDVDの岡村靖幸は全てが完璧であるが、それ以降の岡村靖幸はご存知のようにミュージシャンとしての活動が寡作になり、ひとりの社会人として堕落していく。上述した、歌やらダンスやらルックスやらのレベルは悲しいかなどんどん劣化してく(いくら劣化したところで、岡村靖幸には代わらぬ魅力が備わっているのは周知の事実だが)。劣化すればする程、堕落すればする程「LIVE 家庭教師 ’91」の岡村靖幸が輝いて見える。しかし「LIVE 家庭教師 ’91」の岡村靖幸が輝いて見えるようになればなる程、悲しくなるのである。

岡村靖幸の記事


●今日の写真
うんこかと思ったら…

雨の日。濡れたコンクリートにどんぐり松ぼっくり。はじめ遠くから見たときは…。

映画「デトロイト・メタル・シティ」の感想

8月23日から公開されている「デトロイト・メタル・シティ(DMC)」。さっそく見に行ってきた。映画館でDMCのチケットを買う直前まで、「DMCやめてポニョ見ようかな~。ポニョのほうが見たいかも」と思い、DMCかポニョかでかなり真剣に迷っていたのだけど、以前、本ブログで「公開されたらDMCを見に行って感想をブログに書こう」みたいなことを書いたので、DMCにした。まあ、ポニョはこれからテレビで何回もしつこいほどに金曜ロードショーで放送されるだろうし、金曜ロードショーでポニョが放送される度に僕は見るだろうし。

以下ネタバレあり。
田舎から上京するシーンから物語ははじまる。主人公の根岸君は、原作より遥かにナヨナヨしており、弱々しい気持ち悪い青年だった。走り方とか笑い方とか一つ一つの仕草が見事なほどに気持ち悪い。とはいっても、演じているのはイケメン俳優・松山ケンイチであるから、キモさのなかにも可愛さが多少うかがえる。原作の根岸君はひたすらに気持ち悪い奴だったが、映画版の根岸君はキモカワといったところだろうか。そんなキモカワな根岸君が東京にあるオシャレスポットを見て周るシーンを背景に「僕は小沢健二やコーネリアスみたいなおしゃれなミュージシャンになりたい」という語りがある。…小沢健二やコーネリアス。2008年の超話題映画の冒頭の語りでで「小沢健二やコーネリアス」というワードが流れた事実にちょっと感動というか感慨深いものがあった(オザケンってすっかり過去の人になってしまったな)。

オシャレなミュージシャンになりたいのになぜかデスメタルのボーカルをやる羽目になってしまった、という基本設定は丁寧にじっくりと説明されていたので、この映画は原作を知らない人でも十分楽しめる作りになっている。いやむしろ原作未読の方が楽しめる。ギャグの展開は殆どDMCの単行本1巻からのネタを忠実に映像化していたので、原作を読んでいる方が楽しめないかも。原作未読の人のほうが新鮮に笑えるだろうな。唯一僕が笑いそうになったシーンは、戦隊ショーにクラウザーさんが登場し赤レンジャーがクラウザーさんの熱狂的な信者だったシーンなのだけど、これは映画オリジナルだし。

物語の締めくくり方がちょっとだけ感動路線になっていた。根岸君の母親や根岸君が想いを寄せる女の子(加藤ローサ)はクラウザーさんが根岸君だということに気付きながらも頑張る根岸君を応援する。根岸君は自分のやりたくない音楽でも、その音楽を聴いて勇気付けられるファンがたくさんいるということに気付く。そしていざデスメタルの帝王ジーン・シモンズと命がけの対決をし、勝利。そして伝説のギターをジーン・シモンズから受け継ぎ、感動したクラウザーさんは思わずそのギターでオシャレ系の「甘い恋人」を弾き語ってしまうというオチ。

面白かったのだけど、先述したように、原作未読の人のほうが楽しめる作品に仕上がっている。DMCの「オシャレ系のかったるい音楽をやりたいのにデスメタルのボーカルで過激に活動する羽目になってしまった」というギャグ漫画として、とても秀逸な基本設定はやはり初見の方がインパクトが強いからな。

あと、過激且つ下品な言葉遣いやネタに関してはだいぶ是正されていた。それなりの言葉は出てくるが、不快感を覚えるような下ネタ系の言葉は殆どない。まあ、下品な発言をするのは女社長であり、その女社長を演じているのは松雪泰子だから、自ずと是正されている(それでも松雪泰子は相当無理していたように思う。)。親子で見ても安心な映画だろう。


●今日の写真
hato

珍しくも何ともないけどハトがたくさんいたので撮ってみた。ハトよりも猫を撮りたい。猫を接写したい。

新しい携帯電話

先日、新しい携帯電話を買った。普通の人は1~2年に一回くらいのペースで機種変更するらしいけど、僕は携帯電話なんてものは通話とメールさえできれば構わないという偏屈な考えを持っているので、8年程前にはじめて携帯電話を持ち始めてから、今回が初の機種変更だった。別に今まで使っていた時代遅れの携帯電話でも問題なかったのだけど、さすがに8年間も使っているとボロくなる。歩いている時に地面にガツンと落としたり、時には踏んでしまったり、ある時には便所に落としかけたり、さまざまなシチュエーションで確実且つ着実に傷は増え、ボロくなる。

それでも機種変更しなかった理由は、ただひとつ、『思い入れ』である。…思い入れありまくりである。当たり前である。出掛ける時には必ず携帯電話を携帯しているし、家に居る時でも常に自分の近くに置いてある。特にドラマチックな人生を送っているわけではないが、この8年間(17~25歳)にはいろいろな出来事があった。ボロボロの旧携帯電話を見ていると、8年間の思い出が走馬灯のようにぐるぐるとかけめぐる。良い思い出を思い出しニンマリしたり、悪い思い出を思い出しその時のトラウマが蘇ったり…。そんな呼び起こされる記憶にボンヤリと浸っていると「これほどまでに愛着のある携帯を変えるなんてあり得ない」と思うのだ。

2~3年前から、旧携帯はかなりボロボロだったのだが、それは外観だけだった。しかし最近になって中身の方も壊れはじめた。アドレスがパァ~になったら泣くに泣けないので、重い腰を上げ、今回遂に機種変更することにした。旧携帯電話はauなので今回も引き続きauにした。今ならソフトバンクとかボーダフォンとかのほうが良さげだが、なんせauのポイントが溜まりまくっているので、auにしなきゃ大損なのだ。だから、何かと業績が不審なau(8年前は確かauが一番人気だった…)にした。

冒頭で先述したように、僕は「通話とメールだけ出来ればOK」な人間である。ワンセグやらGPSやら最先端の機能はむしろいらない。使わない機能があっても邪魔である。でも、せっかく機種変更をするのだから、あんまり古い端末は嫌だ。そこそこフレッシュでスタイリッシュな機種が良い、とやらの個人的希望を携帯ショップの人に伝えると、消去法で機種が絞れたらしく7~8機種のなかから選ぶことになった。で、そのなかから、10分くらい迷った末(迷いすぎだろ)近未来的なW61PTという機種を選んだ。この新しい携帯電話、これから何年使うことになるのやら…。

当然だが新しい携帯電話には写メがついている。カメラ付き携帯電話ってやつ。正直ちょっと嬉しい。前から使いたかったんだよなー。だって外を歩いている時に見つけた面白い看板とか珍風景とか綺麗な景色とか猫とか虫とか、いつでも見つけ次第撮れるんだよ。スッバラシすぎる。撮ったらブログにもアップできるし。前々から気付いていたが、このブログには画像が少ない(画像の前に最近は記事数が少ない)。昔はデジカメで本の表紙やCDのジャケットを撮りアップしていたが、いつのまにか面倒くさくなり文章だけの素っ気無いブログになってしまった。でも携帯なら簡単に撮れる。これからはしょこたん☆ブログ並に画像で溢れるブログにしようと思う。

新しい携帯電話ではネットも見れる。ダブル定額ライトに加入したのでパケ死することもないし、ガンガン見れるぜ。でもPCでのネットに馴れている自分からすると、携帯でのネットは何かと不自由すぎる。ま、でも外出先から見る分には良いね。暇つぶしになる。あと、携帯からブログを更新できる機能に登録(モブログとやら)をしておいたので、仮にこの先、PCが壊れてネットに繋がらなくなっても、ブログは更新できる。これは安心。

Counseling 2 岡村靖幸とスワッピング嗜好を持つご夫婦

2004年に発売された岡村靖幸著の「純愛カウンセリング」。この本は、岡村靖幸がさまざまな分野(ex:少女漫画家、精神科医、ゲイバーのママ、ゲームプロデューサーなどなど)で活躍している人々に直接会いに行き〝純愛〟という共通のテーマの下、インタビュー形式の対談を行うといった内容の本である。そして、対談を全て終えた後に、岡村靖幸なりに純愛とは何か?についての答えを曲がりなりにも出すというものである。


〝Counseling 2〟の対談相手はスワッピング嗜好を持つご夫婦。純愛カウンセリングという本は、ご存知のように『純愛』についてさまざまな方向から手を変え品を変え語られている本なのだが、今回は純愛の対極ともいえるスワッピング好きの夫婦と純愛について対談している。誰もが、「なぜ純愛でスワッピング?」と疑問に思うだろうが、この理由として岡村靖幸は冒頭でこのように語っている。

「純愛とは必ずしも性交渉のない状態を指すのではないのではないか」

純愛のパブリックイメージというものがあるのならば、それは一般的には、片思いやら健気やら〝うぶ〟やら初デートやら先輩に告白やら下駄箱にラブレターやら、青春の1ページ的な淡いイメージが浮かぶ。つまり、純愛は性交渉とは遥かに遠いところに存在し、成立するもの、と捉えられがちだ。しかし、岡村靖幸はふと思ったのだ。純愛の初期衝動的な想いや心持は性交渉の有無とは関係なしに存在しているのではないか、と。スワッピングをするような変態あるいは性倒錯者でも純愛的な心を持っているのではないか、と。そのような結論にたどり着いた結果、今回の対談の場がもうけられたようだ。

Counseling 2で岡村靖幸と対談している「スワッピング嗜好を持つご夫婦」の二人はとても礼儀正しく、まじめだ。スワッピングは世間様からは決して温かい目で見られることのない行為だが、この夫婦はお互いにとことんスワッピングをするということについて話し合い、自分達だけのルールを厳粛に決め、そのルールに賛同してくれる別の夫婦のみとしかスワッピングをしないとのこと。なぜこんなに真面目なのかというと、この夫婦は、決して、ノーマルでは物足りなくなり、酒池肉林的な性欲をもてあました結果スワッピング行為に走ったのではないからだ。あくまでもお互いを繋ぎとめておくためのスワッピングなのだという。

夫「愛情があってもだんだんと肉体的なマンネリ感というのは否めなくなると思うんですよ」
岡村「そういった時普通の人はそこで浮気するでしょ?にもかかわらずスワッピングを選ぶ人たちというのは(中略)ある意味、純愛じゃないかと思ったわけです」(P35)


肉体的なマンネリは否めない。それじゃ、お互い話し合った上でスワッピングをすればいい。そうすれば浮気にならないし。…筋は通っている。個人的には「いやいや、だからといってスワッピングしないだろ、フツーは」と考えるが、昨今の離婚率は異様に高い。確か三組に一組が離婚する時代だ。離婚していない夫婦でも仮面夫婦だったりする。そんな時代において少なくともこの夫婦はスワッピングを通して「仮面夫婦的な嘘がキレイに取れ夫婦の絆が深まった」と話している。岡村靖幸も、後日この対談を振り返って、この夫婦の親密さに驚いていたようだ。お互いが互いを失いたくないと強く思い、離婚したくない!いつまでも仲良くいたい!という思いはまさしく健気な心持から生まれる「純愛」である。お互いをつなぎとめるための方法がたまたまスワッピングというだけで、根っこの部分は清らかな純愛なのだ。

〝Counseling 2〟を総括すると―――大前提としてこれは非常に特殊なケースであることを留意しておく必要があるが、一定のルールと目的の基に行われるスワッピングは純愛である。この夫婦がスワッピングを通してやろうとしていることは、お互いの愛情の再確認であり、肉体的マンネリという回避不可能な正直な性欲をお互いとことん話し合った上で公正に解消しようというものである。安易に浮気したり離婚したりするのではなく、スワッピング(という貞操観念や世間体の観点から見れば決して褒められたものではない)行為を介してでもお互いの関係をつなぎとめたいと思う衝動の根幹は強烈な純愛で包まれているのではないだろうか。

追記
「岡村靖幸の記事」というより単なる「スワッピングの記事」になってしまったな…。純愛カウンセリングでは岡村靖幸はインタビュアー側の立場に徹しているのでどうしても岡村濃度が薄まってしまう。岡村濃度の高い記事はコチラからどうぞ。

初期特有の艶めいた声質

●ピッチ変更
ニコニコ動画で岡村靖幸をキーワードに検索してみたら面白い動画がアップされていた。もう、一ヶ月ほど前からアップされている動画なので知っている人も多いと思うが、「ピッチ変更で、岡村靖幸の今の声を若かりし頃の声に」というシリーズだ。ピッチ変更で声が変わり、まるで違う人が歌っているかのように聴こえる、という類の動画は昔からある。有名どころでは一青窈の声がピッチ変更により平井堅に変わるというもの。確か昔Mステで取り上げられていたような気がする。「歌い方が似ていれば、ピッチ変更により誰かに似る。あれ不思議!」というのが本来のピッチ変更シリーズのお決まりであり、面白いところなのだが、岡村靖幸はピッチ変更で昔の声に戻るという…。誰かの声になるのではなく、昔の自分の声になるだなんて、どんだけ今と昔で声質が変わっているだよ、…ていう。
実際、聴いてみたのだがこれ結構すごい。特に去年、復活シングルとしてリリースされた「はっきりもっと勇敢になって」はすごい。ピッチ変更することで、近年の低音の篭った声から、抜けの良い声になっているのだが、これが想像以上に秀逸に「若かりし頃の岡村ちゃんの声」になっている。「Dog Days」あたりの、初期特有の艶めいた声質が再現できている。
この若かりし頃の声で聴くことで、楽曲の印象も随分と変わる。個人的にはオリジナルバージョンより、ピッチ変更後の歌声の方が「はっきりもっと勇敢になって」という楽曲が本来有している「魅力」が聴き手に伝わりやすい気がする。これほどまでに弾けるような瑞々しい新鮮さが、とめどなく溢れ出している楽曲だと気付かなかった。こんなに良い曲だったとは…。もちろん、近年の声で歌われる「はっきりもっと勇敢になって」も悪くはないのだけど、4枚目のアルバム「家庭教師」の頃の岡村ちゃんが最強だと信じて疑わない自分にとっては、昔の面影が少しでも伺える方が(それが人工的に操作されたピッチ変更であれ)好きだし、ワクワクしてしまう。
でも、初期の頃の岡村靖幸をいつもでも求め追いかけている僕のようなファンが結局近年の岡村靖幸を苦しめていたのかもしれないな。

↑ニコ動に登録していない人も聴けるはず。

●お知らせ
個人的事情によりこの先ブログの更新頻度が大幅に下がると思います。これまでにも、何度か「もしかしたら、この先、更新頻度が若干下がるかも」みたいなことを書いて、実際はそれまでと殆ど同じペースで更新していたりしたけど、今回は本当に確実に更新頻度が下がります。もう時間的にも体力的にも精神的にも余裕がなく、いっぱいいっぱいなんスよ(…まあ、多くは語りませぬ)。月別アーカイブを見ると、一ヶ月の間に更新している記事数は平均で「13」くらいですが、これからはたぶん「5」くらいになると思います。一つのエントリーの文字数が300文字程度ならもっと更新できると思うのだけど、いつの間にか本ブログは長文傾向のブログになってしまったので、一つの記事を書くのに地味に時間と労力がかかる。なので、週に一回くらいの更新ペースになります。ただ、その代わり「サブカルの戯言」は頻繁に更新しようと思います。

「ポニョ」 密着300日

昨日の夜10時からNHKで放送された「プロフェッショナル・仕事の流儀」は夏休みスペシャルで宮崎駿特集だった。題して「宮崎駿のすべて ~「ポニョ」 密着300日~」。普段は、火曜日の10時からは、TBSのバラエティ番組「リンカーン」を見ているのだけど、今週はさすがに、リンカーンはやめてNHKを見た。

僕は別にジブリファンではないけど、やっぱり興味はある。映画館に行ってジブリ作品を見た経験はないが、金曜ロードショーでジブリ作品が放送される度に時間があれば必ず見ている。あ~そういえば、今思い出したが、12~3年前に公開された「耳をすませば」は映画館までわざわざ行って見たな(何でわざわざ見に行ったのだろう?思い出せない)。でも「耳をすませば」は制作はジブリだけど監督は宮崎駿じゃないんだよな。宮崎駿監督の正当なジブリ作品はやはり一度も映画館で見たことがないな。

この番組を見て思ったことは―――すっごい当たり前のことだが――― 一生懸命苦労して努力して身を削りながら映画を制作しているんだなぁーってこと。ホント当たり前のことだけど。宮崎駿みたいな大巨匠でも絵コンテを描くのに悩み、怒り、時には涙しながら仕事をしている様を見ていると、なんだか素直に「スゲーな」と思ってしまう。そういえば、「崖の上のポニョ」の公開日に映画の評判が知りたくて、ブログ検索し、公開日にポニョを見てきた人の感想が書かれたブログ記事を20程まとめて読んだのだけど結構酷評している人が多かった。もちろん「面白かった」とか「感動した」とか「普通にいい話でした」みたいな感想もそこそこあったが、「結局宮崎駿はさー、昔の頃の作品を超えられないワケよ。相変らず劣化したままだね」みたいな酷評の方が多かった。

昨日のNHKの特集を見た後だと、これほどまでに苦労して作った映画を、こきおろすのはどーなんだろう?と思ってしまう。批判も大事だけど、必要以上に酷評するのはイケナイコトかもしれないな。でも、その一方、制作段階での苦労とかは正直関係ないよな、とも思う。受け手には表側しか判断材料がないわけだし。なにより見る側はお金を払って見ているわけだから、酷評する権利はあるのかな(な~んかラルクの「bravery」の歌詞みたい)。

何気に印象的だったシーンは、宮崎駿がジブリ所属と思しき男性アニメーターの絵に対して、徹底的に批判し説教しているところ。どうやら、そのアニメーターの描いた絵が宮崎駿の癇に障ったらしく、ダメ出ししまくっているのだ。宮崎駿はそのアニメーターの絵を見て、まるで自分の映画が冒涜されているかのように感じたようで「ケンカを売られている気がする」とまで言い放っている。宮崎駿に怒られている最中のアニメーターの顔はもう絶望の縁に立っているかのような悲痛な面持ち。あれ、かわいそうだったな。説教されている所を撮影するカメラマンもどうなんだろう。しかもオンエアで使っちゃってるし。あのアニメーターは不憫だったな。

そのアニメーターの描いた絵は実際テレビに何回か映っていたが、素人目で見る限り上手かった。確かに背景の鳥は手抜きだったかもしれないが、遠くの空を飛ぶ背景の鳥なんて手抜きになるよね。もし、宮崎駿がテレビ東京なんかでやっているアニメを見たらどんな感想を抱くのだろうか。明らかにそれまでとはキャラクターの顔が違う作画崩壊のアニメとか結構あるからね(グレンラガンの4話とか)。それに比べたら全然マシだと思うが。

この特集を見てはじめて知ったのだが、「崖の上のポニョ」は宮崎駿の最後の長編アニメらしい。最後というのは、自分の意思とは関係なく、年齢的(67歳だそうだ)にもう無理なのだそうだ。NHK側も「宮崎駿の最後のアニメ」という点に重きを置いていたようだ。あまりにも重きを置き過ぎて、なんだかもう宮崎駿が既に故人のような扱いにも少々感じたが、結構泣ける作りになっていた。

もう先が短いと弱音を吐いたり、若くして亡くなった母を近くに感じたりしながら宮崎駿は全身全霊をかけポニョを描いている。そんな中、久石譲から送られてきたデモテープを聴き、その歌の歌詞「おむかえはまだ来ないから~もうすこし歩かせて」(というような歌詞だったと思う、正確ではないです)が画面下にテロップで表示される。様々な想いが交錯し涙する宮崎駿というシーンにはさすがに鉄の心を持つ僕も感動してしまった。改めて思ったがNHKのドキュメンタリーって民放とはちょっと格が違うな。集積されたノウハウがハンパない。宮崎駿だってNHKの番組だから長期にわたる密着取材を許可した部分もあるだろうし。なんだかんだでNHKは重要かも。
このドキュメンタリーを見てポニョ見に行く人も多いだろうな。僕はたぶん行かないと思うけど。

付記
「みやざきはやお」で変換すると一発で「宮崎駿」になるが、「はやお」で変換すると「速雄」になる。

たどり着いたらいつも戸川純

先月、戸川純の3枚組みのベストアルバム「Togawa Legend : Self Select Best & Rare 1979-2008 」が発売された。全66曲で収録時間は223分という圧巻のボリューム。戸川純は25年ほどのキャリアの中で、ヤプーズやらゲルニカやら東口トルエンズやら、といろいろなユニットを結成し活動しているのだが、本作にはそれら全てのユニットの曲がフォローされている。これは凄い。ユニットにより(あるいは時期により)レコード会社が異なるため版権関係でトラブルが起こり、発売延期を繰り返した本作だが、収録曲のラインナップの出来はなかなか良い。最近戸川純のファンになった人には最適の一枚だろう。2001年にリリースされた「戸川純 TWIN VERY BEST COLLECTION [Best of] 」という2枚組みのベストアルバムには収録されていない、「電車でGO」(テレビゲームソフトの電車でGOとは全く関係ない)が入っているし、何よりも特筆すべきは2004年ごろ「トリビアの泉」で話題にもなったNHKの童謡を戸川純が歌った「ラジャ・マハラジャー」が初収録されている点だ。これは気が利いているな、グッジョブである。まあ、「ラジャ・マハラジャー」に関してはYOUTUBEで視聴出来るけどね。

さて、戸川純についてだが、…戸川純の知名度ってどの程度なのだろう。ある程度年配の方なら知っている人も多いだろうが、20代の人たちにとって戸川純の知名度ってどれくらいだろうか。メジャーな舞台での表立った活動は最近全くしていないからな。岡村靖幸も現在の20代の人たちには全く知名度がないが(もちろん知っている人は知っているのだけど)戸川純はもっと低いかもしれない。男か女かも分からないだろうな(ちなみに女性です)。でも、ある種の人々は年齢に関係なく必ず知っている。なぜなら、ある種の人が、ある種の趣味を、貪欲に追求すると必ず『戸川純』という壁にぶち当たるから。どの方向からの趣味でもある種の傾向が備わっていればその圧倒的な吸引力により必ず戸川純に辿り着く〝しくみ〟になっているのだ。川を下流に辿れば必ず海に行き着くように、ある種の趣味を探求すれば必ず戸川純に行く着くのだ。ちなみにその「ある種」というのはもちろん『サブカル』だ。戸川純といえば80年代的サブカルの代表格である。「80年代大好き」を公言している中川翔子がなぜ戸川純に行き着かないのかが不思議だ。ブログに名前を出さないだけでもう戸川純の洗礼を受けているのかな。

戸川純がやっている音楽のジャンルは基本的には80年代前半に流行ったニューミュージックである(ニューミュージックの定義がよく分からないが個人的にはJ-POPの前身のようなものだと捉えているのだが)。今聴くとやや懐古的なサウンドであり、洗練されていない。しかし、戸川純のボーカルには時代に関係なく人の心を鷲づかみにする何かがある。簡単に言ってしまえば、「変」なのだ。気持ち悪いのだ。何か見てはいけないものを見てしまった時の居心地の悪い感じがする。幼少の頃に体験したトラウマが蘇ってくるような感じが戸川純にはある。そんな戸川純を見て、笑う人もいれば呆れる人もいるだろう。あるいは怒り出す人もいるかもしれない。しかし、そこにシンパシーを感じたら最後、なかなか抜け出せなくなる。まあ普通の人はシンパシーなんて感じないと思うけど。

ニューミュージック以外にもテクノ(EX「電車でGO」)やまるで戦後間もない頃に流行ったような歌謡曲(EX「諦念プシガンガ」)もある。またエヴァの主題歌「残酷な天使のテーゼ」のような近未来SF的曲調の歌(EX「レーダーマン」「バーバラセクサロイド」)などなど音楽性は多岐にわたる。歌唱法も同一人物が歌っているとは思えないほどの七色の声を持っている。オペラ調でガンガンビブラートをきかせたり、まるで小学生のようなロリロリな甲高い声で歌ったり、時には男のように低くてドスの利いた声を披露したりもする。歌唱法のバリエーションが豊かだ。

戸川純はかなりおすすめなのだが、やはり歌っている姿を見たら引く人も多いだろうな、と思う。余談だが、何気に一番ヘビロテで日々聴いているミュージシャンは戸川純だったりする。僕の好きなミュージシャンランキングは1位岡村靖幸、2位尾崎豊、3位井上陽水、4位XJAPAN(hideソロ含む)5位ビーチボーイズ、というようなランキングで、戸川純はたぶん15位くらいなのだけど、日ごろ聴いている頻度の高いミュージシャンランキング(ipodでいう再生回数ランキング)だったら、戸川純、XJAPAN、山下達郎がベスト3になる。好きなミュージシャンランキングと再生回数は比例しないものらしい。ランキング1位の岡村靖幸は最近は毎日は聴かないのだけど、1~2週間置きにがっつりと聴き込む。そして「やっぱ、岡村ちゃんがフェイバリットだな、サイコー!」と岡村靖幸の良さを再確認する。あるいはこのブログの全曲解説やらで記事を書く際にCDやDVDを引っ張り出して聴くことでも岡村靖幸の秀逸さを再確認できる。
話が脱線したが、とりあえず戸川純はおすすめということで、最後にYOUTUBEから動画を貼っておく。割と普通に歌っている動画を選んだつもりなのだけど…どうか温かい目で見てやってください。



5:46からの「電車でGO」は名曲。テクノだったらパフュームよりもこっちですぜ!

岡村靖幸の御尊顔を舐めるなよ

以前書いた「岡村靖幸の歌唱力を舐めるなよ」の記事が思いのほか好評だったので、〝舐めるなよシリーズ〟第二弾として今回は岡村靖幸の『御尊顔(顔)』について書こうと思う。

1995年に自身5枚目のオリジナルアルバム「禁じられた生きがい」をリリースしてから岡村靖幸は引きこもった。そして2003年ごろから徐々に表舞台に姿を見せるようになったわけだが、久々にファンの前に現れた岡村靖幸は太っていた。顔の方も以前と比べると覇気があまり感じられず、特にライブDVD「ミイミツアー」の岡村靖幸は、顔色はひどく浅黒く、目がなんだかどろんとしていて、目元には隈があり調子が悪そうだった(今思えば薬物の影響なのかね)。2003~2007年頃の岡村靖幸のルックスは我々岡村靖幸ファンから見れば、それでも十二分に渋くてカッコイイ存在であったが、岡村ファン以外の人々が冷静に客観的に2003~2007年頃の彼の容姿に点数をつけたならば、決して高得点は期待できなかっただろうと推測する。

しかし、それは2000年代の話だ。昔は痩せていた。そして、超イケメンだった。特に1991年頃の岡村靖幸は神懸り的にカッコよかった。なんたってあのキムタクに似ていたのだから!説明するまでもないだろうが、キムタクとはananの「抱かれたい男ランキング」NO1男である。もうかれこれ13年だか14年連続でNO1である。日本におけるイケメンの代名詞である。90年代中盤から現在において、この国ではイケメンと言えばキムタクであり、男前と言えばキムタクであり、色男といえばキムタクなのである。
もちろん、キムタクが嫌いな人もたくさん居るだろう。でもそれは彼のナルシストな振る舞いや内面的なものに嫌悪感を抱いているのであって、キムタクの顔を嫌っているわけではないだろう。キムタクの顔を見て不細工だと思う人はさすがにいないだろう(いたら変だよ)。つまり、日本人男性の顔は、キムタクのそれに近ければ近いほどイケメン偏差値が相対的に高い、と言っても決して大袈裟ではないのだ(…と思う)。ということは、だ。キムタクに似ている岡村靖幸は必然的に相当カッコイイということになる。

では、実際どの程度キムタクに似ているのか下の動画で確かめてみよう。


ご存知岡村靖幸の最高傑作ライブDVD「ライブ家庭教師91」の「どぉなっちゃってんだよ」の映像である。この映像の岡村靖幸は全編に渡ってキムタクに似ているが、特に酷似しているのは33秒から43秒の間だ。イントロが演奏されているなか、ステージの奥まったところで顔をタオルで拭いたりポカリスエットを飲んだりしている映像だ。特に36秒はクリソツである。36秒で停止した静止画を、岡村靖幸を知らない人に見せ「この人誰か分かる?」と尋ねれば100人中3~4人は「キムタク」と答えるかもしれない。それくらい似ている。他にも「ライブ家庭教師91」の1曲目に収録されている「PEACH TIME」を歌っている最中にもキムタクに似ている顔つきがあるのだが、残念ながらその動画は現在YOUTUBEにアップされていないようなので割愛する。91年ごろの岡村靖幸が如何にキムタクに似ていたかがお分かり頂けただろうか。

岡村靖幸の顔がキムタクに似ているということは、つまりananの「抱かれたい男ランキング」に岡村靖幸がランクインしていてもなんら不自然ではないということだ。1位キムタク、2位岡村靖幸、3位福山雅治だって成立しえるのだ。否、むしろそうあるべきなのだ。というか、仮にキムタクと福山雅治が近年の岡村靖幸並に太った場合(推定100キロくらいだろうか)、あれほどの大人の渋みを醸し出せるだろうか?あれほどキレキレで情熱的なダンスができるだろうか?きっと出来ないだろう。特に福山雅治なんて太ったら結構ヤバそう(その前に太らないですね、すいません)。そう考えると、正当な「抱かれたい男ランキング」は1位岡村靖幸、2位パパイヤ鈴木(※)、3位キムタクとなる。これが真の抱かれたい男ランキングなのである・・・・・・・・・・・。

と、まあ、最後の方はふざけてしまったが、キムタクと岡村靖幸は顔のパーツが似ている、という点については紛れもない事実である。そして、キムタクがイケメンの代表格とされている日本においては、岡村靖幸の御尊顔は(どんなに太ろうが)カッコイイ部類に属していると言えるのである。岡村靖幸の御尊顔を舐めるなよっ。

付記
正確には「岡村靖幸がキムタクに似ている」ではなく「キムタクが岡村靖幸に似ている」なんだけどな。

※パパイヤ鈴木:岡村靖幸より1歳年下の1966年生まれ。職業はダンサー。肥満だがキレのあるダンスをする。岡村ちゃんと同様に、昔は痩せていて顔は尾崎豊のような男前だった。

岡村靖幸の記事
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