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サブカルの戯言 2008年9月

第115回:9月1日
10月6日のジャンプからHUNTER×HUNTER連載再開!!!10月3日に単行本26巻発売!嬉しいニュースですねぇ。記念に「HUNTER×HUNTER」のカテゴリーを設置した!

第116回:9月2日
「学校に行こう」最終回なんだね。最近は殆ど見てなかったけど、昔はよく見てたな。「未成年の主張」とか好きだった。感慨深いです。

第117回:9月6日
どきどきキャンプ、面白いなー。

第118回:9月12日
今日のMステ、部活動別にミュージシャンを紹介する意味がわからない。

第119回:9月17日
XJAPAN、年越しライブ決定。でも、東京ドームはジャニーズが占拠しているはず。どこでやるんだろ?

第120回:9月20日
巨人のグライシンガーってプロレスラーみたいな名前だな。

第121回:9月21日
アメトークのスラムダンク芸人を見てから、スラムダンクを読み始めた。今年だけで既に2回目の再読。何回読んでも名作だな。

第122回:9月27日
スラムダンクを読破した。やっぱ山王戦が一番熱いな。

第123回:9月28日
太鼓の達人オタクとYOSHIKIの共演。レアすぎる。


来月書く予定の岡村靖幸の記事は(先月の予告分を消化できていないけど…)、
全曲実況から
岡村靖幸でファンシーゲリラ 全曲実況
純愛カウンセリングから
「Counseling 3 岡村靖幸とメタルユーキ」
辺りを書ければいいなぁと思う。


●今日の写真
gyousisareteru
猫を見つけたので急いで写メを撮ろうとしたら逃げられた。「耳をすませば」ばりに一心不乱に猫を追跡。どっかの建物の裏まで追い詰め、撮ったのが上の写真。ものすごく不審がられてるけど気にしない。
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生々シー

先日、ひょんなことからミクシーに入会した。「今更ミクシーもないだろ」って感じだが、とにかく入会してしまった。特別仲の良いわけでもない友人から紹介メールを貰ったので、「せっかくだしやってみるか」と思い入会した。
ミクシー…。いろいろと噂は聞いていたけど、なーんか噂どおりのところだったな…。ミクシーのコンセプトは「居心地の良いサイト」だそうだが、個人的には「居心地悪すぎて反吐が出るぜ!」ってのが正直な感想(んじゃやるなよ)。入会してから、さっそくトップページの「友人を探す」をクリックし思い当たる名前を次々に検索してみたのだが、全くヒットせず。「さすがに本名を登録している人はいないよな」と思い、自分の出身学校のコミュニティから探すことに。すると、それらしいニックネームの人がそれらしい内容のコメントを書いているではないか。その人の名前をクリックし日記やプロフィールを読んでみると、明らかに学生時代の友人I君であることが判明。I君を発見した時の胸中を的確に文字化するならば「うわぁぁぁぁ~、マジっすか………」って感じだ。なんだろうこの複雑な想いは。忘れかけていたトラウマが発動しそうな冷や汗ハートビート…。

I君を発見してからはコツを掴んだため、次々に過去の知人を発見しまくる。ある人は結婚していたり、ある人は亡くなっていたり、小学校時代の親友が某局のADになっていたり。いろんな事実を知る。その度に「うわぁぁ~」を連発。なんか生々しいな。本名で登録している人は居なかったけど、殆どの人が「わかる人が見ればわかる」というようなニックネームにしているので実質的には本名晒しているみたいなもんだ。しかも参加コミュに自分の出身学校を登録していたり、プロフィールに幼稚園から大学までの学校名を記載していたり。「バイマイセルフで晒す」という行為にカルチャーショックを受ける。

それにしても、ネット上にリアルに近いプロフィールを晒すだなんて凄いな。僕はもちろんデタラメな名前にして出身地も東京都にして、記事は更新せず、自己紹介文も「こんにちわ。」だけ。ふざけてる。マイミクは紹介メールをくれた一人(しかもそれほど仲が良いわけではない)しか居ないし。なんだか凄く場違いな人間だ。ふと「足あと」を見てみると短時間の間に10人ほど来ている。これが噂に聞いていた「足あと」か。「読み逃げ禁止」とかいう理解不能な風潮の発端となったあの「足あと」か。足あとの名前を見ていると、その中にさっき見たばっかりの10年以上会っていない小学校時代の親友の名前があった(これが『ソーシャル・ネットワーキング・サービス』の力なのかっ)。デタラメだらけなプロフィールだが、ニックネームだけは実際に呼ばれていたあだ名で登録したんだよな。あと年齢も正直に書いたし、唯一のマイミクを辿れば同郷であることも発見されるだろう。バレたかな?…まあいいけど。

嫌だなと思ったのは最終ログインの時間が仔細に表示されること。「最終ログインは5分以内」とか「最終ログインは3日以内」だとか。監視されてるみたいで嫌だ。リラックスできない。そう考えるとミクシーよりブログの方が良いな。ブログだってアクセスしたら一応アクセス解析にログは残ってしまうのだろうけど、所詮「知らない人」だから、どう思われたって構わないし、読み逃げし放題だ。書きたいことも人の目を気にせず好きなだけ書ける。このブログの存在はリアルの友人には数人だけにしか教えていないし、しかもその友人たちはどうやらこのブログを読んでいないようだから、何でも書ける。リアルの知り合いからの惰性(よしみ)でコメントを貰うより、全く知らない人からのコメントの方が遥かに嬉しいし。やっぱりミクシーよりもブログのほうが自分には合っているな。これからもブロガーとして頑張っていこう。


●今日の写真
tukemen

狸小路1丁目のラーメン屋で味噌つけ麺を食べた。麺がすごいボリュームで美味しかった。…ブログっぽい。

岡村靖幸のダンスを舐めるなよ

岡村靖幸のデビューのきっかけは『ダンス』だった。歌手の前に作曲家としてデビューしていた岡村靖幸は、渡辺美里や鈴木雅之にクオリティの高い曲を提供していた。ある日、渡辺美里のレコーディングスタジオに曲の提供者として訪れた岡村靖幸は、スタジオに流れていた音楽に身を委ね、ダンスをはじめた。フリーダム且つ独創的なダンスを急にはじめたのだ。そのダンスを見た渡辺美里は「わぁ~、岡村君すごーい」と賞賛。やがてその場に居たプロデューサーの目にとまり(そのプロデューサーは岡村靖幸のダンスを見て「輝いている」と口にしたという)歌手としてのデビューが決定したそうだ。あの時あの場所でダンスをしなければ岡村靖幸のシンガーソングライターアンドダンサーという多彩な才能は世に知られず埋もれたままであったかもしれない。作曲家として細々と活動し、やがて音楽業界からフェイドアウトしていたかもしれない。まさにターニングポイントとなる運命のダンスだったと言えるだろう。

上記の「岡村靖幸の珍デビュー話」は岡村ファンなら誰もが知っている有名なエピソードだ。ちなみに、岡村靖幸の親友・尾崎豊はSFロックステーションというラジオ番組にゲスト出演した際、岡村靖幸のデビューのきっかけ話を笑いながら楽しそうに話していた。尾崎豊でも知っていたくらい超メジャーなエピソードのようだ。有名なエピソードだが、岡村靖幸がそのレコーディングスタジオの片隅で実際どのようなダンスをしたのかは全く知られていない。渡辺美里が「わぁ~、岡村君すごーい」と言い、プロデューサーに「輝いている」とまで言わしめるダンスとは一体どんなダンスだったのだろう?ここからは想像を膨らませるしかないわけだが、一ついえることは、流れる音楽に対して、リズムを取り肩を揺らす程度のダンスではなかったということ。個人的に思うに、がむしゃらに踊っていたのだと思う。もう周りのホコリは立ちまくり、床からはドタドタ騒音のように音をたて、汗を掻き必死にダンスしていたのだと思う。もの凄い必死なのに、顔はふてぶてしいほどにナルシスティックにキメキメで…、要は僕達が知っている「愛すべき岡村ちゃん」的なフェロモンを周りに発散していたのではないかと思う。そのフェロモンにヤラれたプロデューサーは思わず「デビューしちゃいなよ」と声をかけてしまったのだろう(もちろん全て想像だけど)。

「岡村靖幸のダンスを舐めるなよ」というタイトル先行の本記事を書くにあたり、岡村靖幸のダンスのどこに注目すべきか最近ずーっと考えていたのだが、その答えは、「ダンスひとつでもってエピックからのデビューを勝ち取った」という点に尽きるのではないか、と思う。技術的な面から岡村靖幸のダンスを見れば、決して超絶に上手いダンサーというわけではないだろう。岡村靖幸よりも上手いダンサーは山程存在するだろう。しかしその山程存在するダンサーの内の一人が、もし渡辺美里のレコーディングスタジオの片隅でダンスをしはじめてもプロデューサーの目にはとまらないだろう。デビューまで漕ぎ着けないだろう。しかし岡村靖幸はデビュー出来た。テクニック云々を遥かに超越したものが岡村靖幸のダンスにはあったからだ。端的に言えば、岡村靖幸のダンスは個性的で面白いのだ。具体的にどこがどのように面白いのかを言葉で表現するのは困難なので、『ハレンチ』のPVを視聴しながら岡村靖幸のダンスの面白さを検証しよう。

なぜ数ある動画の中から『ハレンチ』のPVにしたかというと、このPVに登場するバックダンサー二人ははっきり言って岡村靖幸よりダンスが上手いからだ。素人目に見てもバックダンサーの踊りの方が洗練されている。しかし、岡村靖幸のダンスに注目してもらいたい!なんだこの吸引力は!どうしても岡村靖幸に目が行ってしまうではないか。まずは、34秒。ダンスの時の顔の気合の入り方が一線を画している。そして、1:28~1:38。これ見ると毎回笑ってしまうのだけど、このカクカクダンスは明らかに変だ。しかしバックダンサーの二人も同じようなカクカクダンスをしているが彼らは変じゃない。岡村靖幸だけが変なのだ。同じダンスをしているのにこれほどまでに独創的になってしまう岡村靖幸はやはり変態なのか?極めつけは3:37秒当たり。転んじゃってるのだが…失敗したのか?このがむしゃら感が堪らない。

思えば岡村靖幸のように、思うがままに、体が動くままに、感情の赴くままに、ダンスをしているミュージシャンは殆ど居ない。エイベックス系のミュージシャンはよく踊っているが、あれはあらかじめ振り付けの施されたダンスを練習して踊っているだけだ(それだけでも十分凄いけど)。岡村靖幸のようにその瞬間瞬間を自己表現するためにダンスをするミュージシャンはなかなかいない。即興で踊ることは勇気のいることだと思う。失敗するかもしれないし、笑われるかもしれないし。それでも、がむしゃらに踊る岡村靖幸は例のプロデューサーが20数年前、口にしたように「輝いている」のだろう。岡村靖幸のダンスを舐めるなよ!

岡村靖幸の記事

●今日の写真
matahato
最近ハトを見つけると写メの用意をしている自分が居る。「今日の写真」というより「今日のハト」だな。

66歳で名盤

久しぶりの更新。10日ぶりか?ブログをはじめて3年弱経つが、こんなに更新を空けたのは初めてだ。今日更新しないとまた来週もズルズルとブログの更新をサボってしまうかもしれないので、今日は(正直もう眠いのだが)気合を入れて書こう。

9月17日にブライアン・ウィルソンのニューアルバム「That Lucky Old Sun」がリリースされた。僕はまだ聴いていないのだがこの新譜はすこぶる傑作らしい。ネットでいろいろとレビューを読んだが誰一人としてネガティブな感想を書いていない。誰もが口をそろえて傑作だと言っている。なかにはブライアン・ウィルソンの全ての作品の中で「That Lucky Old Sun」が最高傑作と称する人までいた。山下達郎がパーソナリティを務めるラジオ番組「サンデーソングブック」のプレイリストを見てみると14日の放送でさっそく「That Lucky Old Sun」のなかから「FOREVER SHE'LL BE MY SURFER GIRL」を紹介していたようだ。達郎もきっと絶賛していたのだろう。今年で66歳にもなるブライアン・ウィルソンがこれほどまで圧倒的に聴き手を納得させる力強いアルバムを見事制作した。この事実を形容するのに最も相応しい言葉は「奇跡」の二文字だろう。

ブライアン・ウィルソンはドラッグにより人生の大半(かれこれ30年くらい)を強烈なウツ状態に苛まれながら生きてきた。いつ死んでも不思議ではないほどの深刻な症状をずーっと抱えながらなんとか生きてきた人なのだ。ドラッグに手を出す前までのブライアンは絶好調だった。1960年代のアメリカでロックバンド「ビーチボーイズ」のリーダーとして比類なき才能により天才と呼ばれていた。チャックペリーやエルヴィスがやっていたような既存の骨太なロックンロールに、「ハモリのガンガン利いたコーラス」を融合させるという(EX、「 I Get Around」「サーフィンUSA」)斬新な手法により、これまでにない音楽を築きあげた。

また、アレンジや作詞作曲や楽器演奏などレコーディングに関わる殆どの工程をひとりでやってのけた。当時は珍しかったセルフプロデュースを当然のことのようにやってのけた。そんな彼を見て多くのアメリカ人はブライアン・ウィルソンを不世出の天才と称した。

そんなブライアン・ウィルソンの名盤は1966年に若干24歳の若さで発表した「Pet Sounds」である。現在でも、ロック史上最も重要なアルバムとして絶えず注目されている。しかし、このアルバム、当時は全く売れなかった。売れないだけならまだしも批判もされまくった。ブライアンは落ち込んだ。「こんなに完璧で最高なアルバムを作ったのになんでバッシングされてんだよ、ワケワカンネー」ときっと思ったであろう。自暴自棄になったブライアンはドラッグに深く深くのめりこんでいく…。やがて「アメリカのホームドラマに出てきそうな中流階級の好青年」的なブライアンのスマートな容姿は激変し、驚異的に太った。そして天使のように澄みきったファルセットは濁りまくり、ガミガミ声になってしまった。24歳で名盤をリリースするも評価されず、落ち込んだ結果ドラッグに溺れ、太り、声が出なくなり、その後の人生をウツ状態で引きこもったブライアン……。あれ?誰かに似てるなぁ。…岡村靖幸だ!

ブライアンと同じように日本の音楽界では天才と呼ばれる岡村靖幸。傑作アルバム「家庭教師」がリリースされたのは1990年であるから年齢は25歳。「家庭教師」は「Pet Sounds」のように批判されることはなかったがあまり売れなかった。それに落ち込んだ岡村靖幸は(それ以前からやってたのかな?)ドラッグに手を出す。やがて太り、声が出ず、引きこもる…。ブライアンと重なる部分が多い。

冒頭でブライアン・ウィルソンの新譜「That Lucky Old Sun」がこれほどまでに皆から絶賛されている事実を形容するのに相応しい言葉は奇跡だ、と書いたが、岡村靖幸と重ねればいかに『奇跡』なのかがリアルにわかると思う。岡村靖幸が66歳になってから「家庭教師」並みの名盤をリリースしたようなものなのだから!岡村靖幸よりも遥かにドラッグにのめり込み、深刻な精神病を抱えきれないほど併発させていたブライアンが、皆から手放しで賞賛される作品を作った事実に感動せずにはいられない。岡村靖幸も66歳でそうなれれば最高だね。


●今日の写真
hatohato
携帯を向けると寄ってきた。エサないよ。

岡村靖幸関連の川本真琴の曲についての感想

最近、川本真琴を聴いている。1996年、岡村靖幸プロデュースのシングル「愛の才能」でデビュー。「授業中に頻繁に保健室に行ってしまうメンヘラ気味な女の子」的なヒリヒリした不安定な世界観を持つ歌詞をアニメ声で歌い上げるという強烈な個性で一躍メジャーに。その少女のような可愛らしいルックスと天然キャラ(今なら「電波キャラ」と言われていただろう)によりかなり広範な人気を誇る。そして当時、「こことタイアップすれば確実に売れまくる」という超おいしい枠であった、人気アニメ『るろうに剣心』の主題歌に三枚目のシングル「1/2」が採用され(他にはジュディマリの「そばかす」、シャムシェイドの「1/3の純情な感情」などもこの枠から大ヒットした)、もともとの楽曲のクオリティも高かったため大ヒット。不動の地位を獲得。…したものの、やはり師匠である岡村靖幸のパッションを継承しているためか、その後どんどん寡作になる。レコード会社もやめ、メジャーからフェイドアウト。今はインディーズで細々と活動しているらしい。
2005年にはカネボウのCMソングで「涙の太陽」をカバーしたり、復帰の話題がgooのネットニュースに上ったり、現在のトップアイドル中川翔子が「1/2」をカバーしたりと、メジャー復活するチャンスというか足がかりが旗から見る限りにはあったように思うのだが、なかなか首尾よくいかないようだ。

以下、岡村靖幸関連の川本真琴の曲についての感想。

【愛の才能】
記念すべき川本真琴のデビュー曲。作詞:川本真琴、作曲・編曲・プロデュース:岡村靖幸。長年に渡り、様々なミュージシャンに曲を提供してきた岡村靖幸だが、「愛の才能」は最も成功した曲だろう。渡辺美里に提供し、オリコン1位を獲得した「虹をみたかい」を岡村靖幸のベストワーク(提供曲における)に挙げる人も多いだろうけど。曲のクオリティだけならどちらも同じくらい秀逸だが、曲の知名度は断然「愛の才能」のほうが上だろう。

この曲、完璧に岡村靖幸の曲である。岡村ちゃん濃度がやたらと高い。たぶん、岡村靖幸が作曲している事実を知らないで聴いたとしても「あれ?岡村靖幸っぽい曲だな」と感じる自信がある。だってもろ岡村靖幸だもの。TOKIOの新曲「雨傘」がもろ椎名林檎なのと同じくらい、川本真琴の「愛の才能」には岡村ちゃんワールドが広がっている。
この曲の注目すべきは、なんといってもかき鳴らされているギターだろう。ほとばしるカッティング。2007年のフジテレビの音楽番組で弾き語った「年下の男の子」の時の、センスの塊のようなギターの音色と似ている。

プロデューサーというのは本来裏方のはずなのに、その主張しすぎるカッティングで異彩に目立ち、最後には川本真琴を置き去りにするほど、激しいシャウトをしながら岡村ちゃん本人が登場。ハイテンションでシャウトし、「レッツゴー!」とか言ってしまう岡村靖幸はやはり裏方ではなくスポットライトを浴びる側の人間なんだろうな、と思う。

【FRAGILE】
2000年4月に発売された「FRAGILE」は96年のデビュー曲「愛の才能」以来ぶりに岡村靖幸とタッグを組んで制作された曲。歌詞:川本真琴、作曲・編曲:磯野栄太郎(磯野栄太郎というのは岡村靖幸の持っている変名)。10分以上もある大作。たぶん岡村靖幸が作曲した曲の中で一番長い曲。サージェント・ペパー的、あるいはブライアン・ウィルソン的、またはヘッド博士の世界塔的な……、曲があっちこっちに向かっていって、最後の方はなんだかよくわからない感じになってしまっている。5分くらいまでは「真夜中のサイクリング」のような儚く切ない空気感が圧縮された名曲なのだけど。
全くの余談だが、岡村ちゃんの親友・尾崎豊の変名は藤堂ヒカル(とうどうひかる)だった。「藤」と「ヒカル」。尾崎豊をリスペクトする宇多田ヒカルは自分のルーツが中原中也と宮沢賢治とか言う前に、尾崎の変名「藤堂ヒカル」と自分との名前のミラクルに驚愕すべきだと思うのだが。

【タイムマシーン】
ファーストアルバムの6曲目に収録されている「タイムマシーン」に関しては岡村靖幸はノータッチなのだが、岡村ファンが聴けばすぐに「タイムマシーン」の曲の節々に岡村靖幸の世界観との類似点に気付くだろう。「愛の才能」にも「ハレンチなクラクション」やら「イケナイことでも経験したい」やら、岡村靖幸を連想させるワードがいくつか出てきたが、これは岡村靖幸がプロデュースした曲の歌詞だから、意図的にあーいう歌詞を散りばめた可能性がある。しかし「タイムマシーン」は違う。上述のように岡村靖幸がノータッチ(作詞・作曲:川本真琴、編曲:石川鉄男)なのにも関わらず岡村靖幸を確信犯的に連想させるワードがわんさかと出てくる。「川本真琴は本当に岡村靖幸に影響されているんだな」と感じられ、好感が持てる。

では、岡村靖幸を連想できる部分を下の動画を視聴しながら紹介していこう。

まずは1分10秒辺りの「帰り道がない 唇を待ったのはなぜ?」の部分。これは「友人のふり」の「僕の指をかんだのはなぜ?」と似ている。『なぜ』しか同じじゃないだろ、と思われるかもしれないが、語尾に『なぜ』を持ってきてセンチメンタルな余韻を残す辺りはかなり似ていると思う。

そして続くサビの「そばにいたいよ 君の彼女で」。これは「聖書(バイブル)」の冒頭の語り「君の彼氏になりたいだけんなんだ」ですね。「彼女になってくれ」ではなく相手の立場に立ち「君の彼氏になりたい」という言い回しは「聖書」からの引用なのではないだろうか。
さらに1分26秒の「ベランダではかない私は一体」。ベランダ…。岡村靖幸の大好きな言葉である。「どぉなっちゃんてんだよ」の「ベランダ立って胸を張れ」と「ア・チ・チ・チ」の「明け方、Myベランダ、赤面するボンフェロー自治体」。

最後は1分31秒の「OH・・眠れないのは ほっとくだけ」。これは、もちろん「イケナイコトカイ」の「眠れない夜は屋上にのぼって~」と「祈りの季節」の「眠れない夜はきっと神様が君にメッセージしてる」や「眠れないんだ僕はだってきみはもう僕のもんじゃない」だ。歌詞だけではなくメロディも「祈りの季節」の「眠れない夜は~」だ。これは間違いなく確信犯だろう。
ちなみに川本真琴のファーストアルバムのタイトルは「川本真琴」。自分の名前をタイトルにする所も岡村チックだ。

岡村靖幸の記事


●今日の写真
himawari.jpg
お辞儀のひまわり通り越して~♪

「崖の上のポニョ」の感想

ヴェネチア国際映画祭で賞は逃したものの、民間賞で2冠を獲得(これは凄いのか?)した『崖の上のポニョ』、観て来た。やっぱり、宮崎駿最後の長編アニメだし、これは公開中に劇場で観ておくべき作品だよなぁー、と思ったので。ちなみに、金獅子賞はダーレン・アロノフスキー監督の『ザ・レスラー』。別にどの作品が獲っても構わないけど、ミッキー・ロークとかいう俳優が「正しい審査をしてくれてありがとう」とコメントしたそうだ。…ちょっと癇に障るなぁ。「正しい審査」ってのが、ちょっと。「『ザ・レスラー』が賞を獲るのは自明の理なのだから、まぁ、まともな頭を持った審査員がまともな審査をしたのなら当然の結果っしょ」みたいなニュアンスが含まれているように感じられて、嫌いだ、そういう言い方は。

以下「崖の上のポニョ」の感想。ネタバレあり。
「崖の上のポニョ」は宮崎駿曰く「子供達のために作った」作品だそうだ。子供のために作った感、が全編に渡って随所に現れていた。主題歌のキャッチー過ぎる「ポーニョポニョポニョサカナノコ~♪」だったり、エンディングのスタッフのクレジットが平仮名だったり、温かみのあるアナログな画風だったり。主人公のポニョと宗介の関係性もシンプルでわかりやすく、子供でも大筋の内容は理解できるストーリになっていたし「子供のために作った」というのも納得。客も子供が多かった。若いお母さんと5歳くらいの子供の組み合わせが異様に多かった。まるで、子供会の集まりのようだった。

海の棲家から脱走し瀕死状態のポニョは宗介に助けられ、自分を必死に守ってくれる宗介に惚れる。そして、バケツの中でバクチュウしながら「ポニョ、宗介、スキー」というポニョを見ていない人でも知っているであろうあの有名なシーンに繋がる。しかしポニョの父親に強制的に海に戻される。戻されたポニョだが、人間になって宗介に会いたいと強く願い、再び脱走。そんでもって人間になり、「波の上を高速で疾走する」というこれまたポニョを見ていない人でも知っているであろうあの有名なシーンに繋がる。人間になったポニョと宗介が出会い抱き合う。…ここまでのストーリは映画がはじまってからの2~30分ほどで済んでしまう。この2~30分間は面白かった。しかし、ここからがグダグダになる。そりゃそうだ、はじめの2~30分で起承転結が済んでしまっているのだから。短編アニメ映画ならポニョが宗介を抱きしめた時点で一つの物語が終了している。人間になったポニョと宗介が出会ってから以降の物語がユルい。正直、中盤はちょっと眠くなってしまった(ポニョも眠そうだったな)。

で、もっともユルかったのは終わり方だろう。ユッルユルじゃないか。普通どんな映画でも小説でも物語である以上終盤には山場があるものだが、ポニョには、結局最後まで山場がなく平板なまま。山場となりうる人物だと睨んでいたポニョの母親は結局何もアクションを起こさず、宗介の母親と遠くの方で井戸端会議のように話しているだけ。しかもその井戸端会議でポニョは人間になることを決定される。そんな簡単に人間にしちゃっていいのか?まあ、ポニョが人間にならないと、月が地球に接近し地球が崩壊する!みたいな宮崎駿にしかわからないごり押しな設定があったから仕方ないのかもしれないけど。

結局、ポニョと宗介の元には一つとして試練のようなものは降りかからなかった。浸水した街を船で渡っただけ。しかもポニョは眠っていただけ。何も絆は深まっていないような。最初は悪役っぽかったけど、実はいい人だったポニョの父親が「半魚人だとわかっていてもポニョを受け入れられるか?」と問い、宗介はYESと答えたわけだが、宗介は事の重大さをわかってないよな。ポニョの父親からしてみたら、実の娘を嫁にやるわけだが(しかも嫌いな人間に)、宗介にとっては単に友達が一人増えるくらいの感覚だろうし。こんなに簡単に物語があっさりと終わるとは思わなかった。「えっ、これで終わり?」と思ってしまった。まあ、でも、安易な感動路線に走るよりは安易なハッピーエンドの方が良いと思うけど。

エンディングは、もちろんポニョの主題歌が流れる。
思わず微笑んでしまったのだが、ポニョの歌が流れた時が一番盛り上がってた。子供が何人か一緒に歌ってた。カワユス。映画本編より、「ポ-ニョポニョポニョ♪」の歌のインパクトのほうが強いようだ。子供にとっては歌がメインなんだろうな。


●今日の写真
080902_1009~01[1]
半魚人の不完全な時のポニョの足とハトの足は似ている。
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サブカルの戯言
第332回:10月12日
ツイッターを先取りした「サブカルの戯言」も本日にて終了。332回の戯言のご愛読ありがとうございました!!
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