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サブカルの戯言 2008年10月

第124回:10月3日
卒業してたのか!今知った。…ショック。堂真理子アナのいないMステなんて、福神漬の入っていないカ(ry。…なにが「恋うたBEST111」だよ。毎回同じじゃんか。

第125回:10月5日
加勢大周が覚せい剤取締法違反で逮捕。このニュースを知って「1回目なら実刑はないな。懲役1年5ヶ月、執行猶予3年くらいだろうか?執行猶予中の再犯は何が何でも絶対にせず、地道にボランティアでもしてれば、カムバックできるだろうな」と瞬時に思った。岡村靖幸のおかげです(泣)。

第126回:10月9日
村上春樹は今回もノーベル賞取れないのか。そういえば次回作の長編は「ねじまき鳥」を超える巨編になるらしい。やれやれ、読むのが大変じゃないか。

第127回:10月16日
久しぶりにファンシーゲリラを観賞。この頃が一番声が良いな。歌がどうのじゃなくて声が良い。

第128回:10月17日
最近は10時過ぎると眠くなるので、なかなかブログの更新が出来ない。今週号のハンターの感想をちゃちゃっと書こうと思ったが内容が思い出せない。タコとえびの心理戦だったっけか。

第129回:10月21日
おぎやはぎの小木に子供が誕生。小木が父親って嫌だなぁ(笑)

第130回:10月30 日
11月3日は漫画の日らしい。なぜだ?どういう語呂合わせ?ブックオフでセールがあるみたいなので久しぶりに行ってみようかな。本買っても読む時間ないけど。


●今日の写真
nodoka
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リアル(8巻)

本日発売の井上雄彦の車椅子バスケ漫画「リアル(8巻)」を読んだ。…もうそんな季節かぁ。毎年秋に単行本がきっちり発売されることから、もはや、日本の秋の風物詩と化している「リアル」(本当に?)。リアルの単行本を買う度に、時の流れの速さに一抹の寂寥感をひしひしと感じる。もう今年もそろそろ年末モードですねぇ。

以下、『リアル(8巻)』の感想を。もちろんネタバレあり。

リアル8巻を読んで最初に抱いた感想は「あれ、もしかして、もうそろそろ終わりか」だ。リアルという漫画では、ビアな状況に置かれ、鬱々とくすぶっている人物のシーンが多かった。健常者としてごくごく普通に生きることがある日突然断絶され、夢や希望を失くし、発狂してしまいそうな若者が描かれていた。目を伏せたくなるような現実が露骨で生々しい表現方法で毎回毎回描かれていた。偽善なんてものは全く無く、読んでいてなんだかウツになる漫画。それがリアルだった。しかし、今回は違った。高橋も戸川も野宮もみんな前向きに生きているではないか。特に、リアルの一番の問題児である高橋がかなりいい感じになってきているではないか。いろいろとシガラミのあった親父とメールをし、苦笑し、リハビリ仲間のプロレスラーやオタク系男に心を閉ざすことなく自らコミュニケートしようとしている。そして毎日のリハビリを頑張っている(時折卑屈になりながらも)。…あの高橋がだよ。素晴らしい。

8巻での高橋の前向きな活躍を見て「リアルも、もうそろそろ終わりかな」と思った。7巻で既に戸川は一連のくすぶりから抜け出し、車椅子バスケ選手として生き生きと輝いている。野宮も見舞い先で「どうせ泣くんならやりたいことやれば」という加害者からの言葉を受け「やりたいこと?俺にはバスケしかねーべさ」と思い立ち、プロリーグのトライアウトに挑戦するべく練習を再開。戸川、野宮、高橋の主人公達の人生の軌道が少しずつだが着実に良い方向に乗りはじめている。これって「最終回間近フラグ」に思えて仕方が無い。もういつ終わってもそれなりの最終回が迎えられる体勢に突入しているような気がする。シビアな漫画という印象が強かったリアルだが8巻ではコミカルな絵柄もたくさんあったし。20ページの「死ぬ…お寺?」とか138ページの「アンジーなんか割と好きだね」「…!!」とか175ページの「手ブラじゃなんだから」とか。リアルらしからぬコミカルなシーンが多かったような気がするな。

あと気になったのが作中に出てきたポルト。病院の食堂で高橋とオタク系の男が話をしている時、テレビ放送されていた陸上中継でポルが走っていたのだ。「ポルト出た。速い。ポルトが一着。9秒69.もはや人間じゃない」と解説者。もちろんポルトとは北京オリンピックの100メートルで金メダルを獲得したウサイン・ボルトのことだ。注目すべきは、このテレビの模様を見て食堂に居た人が発した「陸上か。この人、スゴかったなオリンピックでも」という言葉。「スゴかったなオリンピックでも」ということは2008年8月以降の話ということだ。連載ペースが遅いことから時代背景があやふやだった「リアル」だが、「(ポルトは)スゴかったなオリンピックでも」という食堂での発言から2008年8月より先の話であることが判明(?)。ポルトが「オリンピックでもスゴかったな」と語られると言うことは2012年のロンドンオリンピック以前だと思われる。つまり「リアル」の世界は2008年8月から2012年以内の時代ということになる(??)。ということは単行本9巻から12巻の間にリアルは終わるのかなぁ。

追記
「『リアル』と『コブクロ』は、ジャンルは違うとはいえ、考え方、台詞、歌詞、方向性、そして何よりもファンへの愛情など驚くほどの共通点がある」
……驚くほどの共通点があるのなら一つくらい具体例を挙げてくれ。

追記2
ボとポ。文字が潰れて読みにくいね。リアルの作中に出てきたのは「ホ」が半濁点(まる)のポルト。本物は「ホ」が濁点(てんてん)のボルト。

■関連記事
リアル(7巻)
リアル(6巻)

ライ麦畑でキャッチャー

サリンジャーの代表作『ライ麦畑でつかまえて』を再読した。訳者は野崎孝ではなくて村上春樹の方だから正確には『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(タイトルくらい訳せよっていう)なのだけど、やっぱり「ライ麦畑でつかまえて」の往年の邦題の方がしっくり来るな。

「ライ麦畑でつかまえて」は主人公であるホールデン・コールフィールドの述懐で綴られている。口語体の独白のような文体で語られている。主人公の語りで進行して行く小説はたくさんあるが、「ライ麦」がこの手の小説の中で一線を画している点は、独白している主人公・ホールデン・コパフィールドの人間性だろう。この主人公、はっきり言って壊れている。精神が瓦解しており、故に言っていることが往々にして変だ。変なのだが小説の形態は三人称じゃないから、その「変なこと」は是正されないまま物語は進行していく。是正されないままのホールデンのでたらめな戯言を延々と聞いていると(読んでいると)なんだか妙な心地になる。ホールデンは転校する度に問題を起こし、退学になり、最終的には精神病院にぶち込まれるような問題児なのだけど、ホールデンの人間性というか魂に共感してしまうのだ。

退廃と潔癖と神経質がごちゃ混ぜになった結果「どうにでもなれ」的な言動に走ってしまうホールデン。そんなホールデンの首尾よく行かないグズグズな生き様を見れば、誰もが思春期の頃に経験したであろう、ある種の「やるせなさ」だったり「脱力感」を想起するだろう。個人的には教科書に掲載されてもいいくらいの青春文学だと思うのだが、今でもこの小説は一部の地域では禁書として扱われ、発禁処分となっている。ジョンレノンを殺したマーク・チャップマンやレーガンを射撃した犯人が「ライ麦畑でつかまえて」を愛読していたのを筆頭に、いわゆる「頭の逝かれた奴」の愛読書となっている側面があるのも事実だ。確かに「頭の逝かれた奴」が共感してしまう部分もあるとは思うのだけど、それよりも世界中のティーンの代弁の書としての功績の方が遥かに大きいと思うのだが。

そういえば、ジョンレノンを殺したマーク・チャップマンだけど、噂によると(ガセネタの可能性大だが)今年中に初の仮釈放になるらしい。28年ぶりのシャバってどんな感じなのだろう?想像がつかないな。シャバに出た途端、熱狂的なジョンレノンファンに殺されそうな気もするな。一生刑務所に入っていた方が安全かもしれない。まあ、でも、人殺しに走るほどの酔狂なジョンレノンファンが2008年現在に居るのか疑問だけどね。

最後に村上春樹訳の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」について少々。村上春樹は「翻訳というものには鮮度のようなものがあり、古典文学の名作たちは定期的に新訳されるべきだ」みたいなことをどっかの本に書いていた。その言葉を実行するべく、近年の村上春樹は、カポーティの「ティファニーで朝食を」チャンドラーの「ロング・グッドバイ」フィツジェラルドの「グレートギャツビー」を翻訳した(ちなみにこの3作は村上春樹がことあるたびに自身が最も影響を受けた小説として挙げている作品だ)。
思うのだが、…古典文学に鮮度は必要か?。ってか現代的な鮮度がないから古典なのではないか。今時の言葉遣いに新訳された古典文学には、読みやすさや言葉の不自然さを失くした代わりに当時の鮮度を劣化させているような気がする。もちろん、村上春樹が訳せば売れるし、何よりも読みやすいし(この人が訳すと不思議なことに、どんな文章でも村上春樹の文章になる)、読者にとっては「良いこと」の方が遥かに多いのだけど、古典文学独特の旧仮名遣の読みづらさも味があって僕は好きなんだけどなぁ。

●今日の写真
ho-rudenn
サリンジャーはこの本に掲載される予定だった著者解説を断ったらしい。もう90歳近いのに今だに頑固なんだな。

俺はラッキー そしてヤスユキー

ニコニコ動画に岡村靖幸の動画がいくつかアップされていた。自称・岡村通の僕ですら、はじめてみる動画が多かったので、かなりレアな動画といえるだろう。岡村靖幸は現在塀の中なので当然新着情報なんてものはない。アルバムのリリースもシングルのリリースもコンサートもテレビラジオ出演もない。故にファンとしての「熱」あるいは「モチベーション」を保つのは、ちょいと厳しい時がある(別に無理して保つ必要はないのだが)。最近ちょっと岡村熱が下火になりかけていたのだが、今回、ニコ動にアップされていた動画を視聴して岡村熱が再燃した。やっぱこの人スゲーわ!!以下アップされていた動画の感想。


妙に日本語が流暢な外国人が司会を務めているシュールな番組で岡村ちゃん特集が組まれている。HMVのインストアライブの模様と岡村ちゃん本人のインタビュー映像が視聴できる。時期は2004年の5月。ということはフレッシュボーイツアーとミイミツアーの間だろうか。この頃は良かったな。既に岡村靖幸はドラッグに手を出し、一度捕まっているわけだが、ファンは知らない。「太ったなぁ」とか「声出てないなぁ」とか、そういうことを当時のファンは言っていたんだよな。今思えば太っていたって、声が出ていなくたって、シャバに居るだけいいじゃないか、と思うけど。
このインストアライブではなぜかカバーが多い。「ムーンリバー」と「あの素晴らしい愛をもう一度」を秀逸すぎるギターテクニックを披露しながら弾き語り、渡辺美里に提供した「Lovin' you」とイーグルスの「デスペラード」をメドレーにしキーボードで弾き語っている。最後はデスペラードのメロディを拝借してファンへメッセージしている。注目すべきは「「Lovin' you」のセルフカバーだろう。何だこのせつな過ぎるメロディは。キーボードでしんみり歌っているその雰囲気はミイミ収録の「未完成」と相通じる部分がある。なんていい曲なんだ。この動画の「目覚めた朝に君がいない日は~」の部分が強烈すぎる。何度もリピートして聴いてしまう。


「THEME OF YOHO」という曲らしい。もちろんアルバム未収録曲。岡村ちゃん大百科にも入ってない。太り具合、近年と比べると艶がある歌声などから推測するに、1997~8年ってとこだろうか。「YOHO」を「酔う方」「洋邦」「両方」にしたりと、言葉遊びがたくみ。終盤は「19」「家庭教師」「OUT OF BLUE」をメドレーで歌っている。岡村ちゃんお得意のジャカジャカギターが存分に味わえる1曲。


時期は2004年7月の映像らしいので、HMVのインストアライブから2ヵ月後か。その割には痩せたように見えるのは何故だろう。随分カッコよくなっているな。黒ぶちのメガネをかけているからかな。
リズムマシンを操りながらギターで弾き語っている。相変らずギターが上手い。岡村靖幸にしか奏でられないリズムと音色が確立している。これだけ上手かったらこの先ギタリストとしての復帰もアリかもしれないな。それくらい上手。曲はメドレーで「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」からはじまり「家庭教師」「OUT OF BLUE」「ステップアップ↑」。上の動画と似ている。もしかして岡村靖幸の18番のパターンなのかな。
「あのロン」の2番の歌詞であり、岡村靖幸の全ての歌詞のなかでも名フレーズとされている「淋しくて悲しくて辛いことばかりなら あきらめて構わない 大事なことはそんなじゃない」が聴けるのは実は貴重だ。ライブDVD「シンポジウム」に収録されている「あのロン」では2番の歌詞を間違えって1番の歌詞で2回歌っているし。2000年代に入ってからのいーろいろあった岡村靖幸が歌うこの名フレーズは貴重だと思う。


「一体このうp主は何者なんだ?」と深々と考えてしまうほどのレア映像。こんな映像あったことすら知らないぞ。なにかのテレビ番組だろうか。それにしては編集が凝っている。髪型や顔つきから推測するに相当初期の匂いがする。それにしてもいい曲だなー。「うちあわせ」は結構好きだ。

3周年

ブログをはじめて3年がたった。2005年の10月9日にブログをはじめてから今日で丸3年。まさかこんなに続くとは思わなかった(毎年同じこと言っているような気がするけど)。1年目は割りと普通のブログだった。一つの記事の文字数は200文字程度で行間を必要以上に空けるようなごくごく普通のブログだった。2年目は、岡村靖幸の記事が多くなりはじめ、やや長文傾向(ブログの記事にしてはという程度だが)になった。そして去年の10月からの3年目はほぼ岡村靖幸一色になった。この一年で岡村靖幸のアルバムレビューを書き、全曲解説(文字通り全曲)を書き、ライブDVDレビューを書き、今は純愛カウンセリングの各章の感想とライブDVDの全曲実況を主に書いている。我ながら酔狂である。最近では、岡村靖幸関連で検索するとそこそこの確立で自分のブログがヒットしてしまう。思わず半笑いしてしまう。

では、この一年間であった出来事を箇条書きでいろいろと振り返ってみようと思う。

●やはり今年2月の岡村靖幸の逮捕が最も衝撃的だった。あれは驚いた。嘘だろと思った。3回目…。もう完璧に田代やシミケン方面の人になってしまったんだなーと思い悲しかった。岡村靖幸のライブに行きたかったなぁ。

●岡村ちゃん逮捕の後から「岡村靖幸 全曲解説」を書きはじめる。これにより岡村ファンからのコメントをちらほら頂くようになった。特に4月5月ころがピークでアクセス数もかなり上昇した。最近は更新頻度が下がったためアクセス数は落ち着いている。

●去年の11月に鳥居みゆきについて書いた(今はすっかり関心がなくなってしまったが)。この記事がなぜか検索エンジンの上位に表示されたため、鳥居関連から本ブログに来る訪問者が激増。去年の暮れから今年の春くらいまでは毎日結構な人数の鳥居ファンに閲覧されていたようだ。

●記事の最後に表示される「拍手」ランキング。
1位鳥居みゆきについて   50拍手
2位岡村靖幸で「家庭教師」 全曲解説 32拍手
3位岡村靖幸の歌唱力を舐めるなよ 26拍手
1位の鳥居みゆきを例外とすれば、すべて岡村靖幸の記事だ。ちなみに本ブログのもうひとつの核となっている「HUNTER×HUNTER」には全く拍手がついていないのであった。

●去年の暮れからはじめた「サブカルの戯言」。いまだに存在価値が定まっていない気がする。

●8月の下旬からはじめた「今日の写真」。改めて見返してみるとつまらない写真ばかりだな。しかも、うらぶれた外の風景が多いな。うらぶれた街に住んでいるんだなぁ、自分。

●明日からは4周年目指して頑張ろう。なんかもう惰性で簡単に4周年くらい行っちゃいそうだけどな。…といいつつも、あっけなくブログを閉鎖する可能性もないわけではない。

●コメントくれる方ありがとうございます。ロム専の方ありがとうございます。日々、本ブログにアクセスしてくれる方ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。



●今日の写真
amegahurukamo
雨上がりのサイクリングロード。この写真の10分後には晴天に。

深いな…オーラってやつは

久々にジャンプを立ち読みした。もちろん目当ては「HUNTER×HUNTER」。当然今回も10週連続掲載。もはや「冨樫スタイル」としてすっかり定着してしまったな。「なんで10週連続掲載なんだよ!おかしいだろ」だなんて批判(否、正論)を口にする人、居ないものね。…まあ、でも、ということは、12月の中旬頃まで、だいたい今年一杯は「HUNTER×HUNTER」が読めるわけか。これは素直に嬉しいなー。これから3ヶ月間は、ブルーマンデーの憂鬱が心持薄らぐよ。

今週号のHUNTER×HUNTERはまさに5ヶ月前からの続きだった。ユピーが膨張を止めて、ナックルを騙そうとした瞬間、キルアの落雷(ナルカミ)がユピーに直撃し、すかさずナックルが殴る所から。今回もナックル・シュートVSユピーからはじまったわけで、正直「またかよ!もういいよ、お前達の闘いの〝クダリ〟はっ」という心持になったのだが、キルアの登場でかなりカッコイイ展開になっていた。ゴンに冷淡に扱われたキルアはやはりショックを受けていたらしくその「八つ当たり」としてユピーをフルボッコ。キルア強い。いや…強すぎるだろ。これまでのあらすじを振り返ればキルアよりユピーの方が遥かに強いはずだ。なのにフルボッコにされるユピー。地味に戦闘インフレである。しかし、キルアに一通りフルボッコされたあとユピーが「実力だけなら俺の十分の一以下・・・・・深いな…オーラってやつは」と脳内で独白させることで、なんとかインフレを防いでいる。あくまでもオーラという属性を賢く使ったからフルボッコできたのであり、実力はユピーの方が格上なんだよ、っていう。

今回も(というか、宮殿突入後はずっとそうなのだろうけど)相変らず四角の枠内にて状況説明文が挿入されている。いわゆる『神の視点』(でいいのかな?)から述べられている状況説明文は難解であり、読者に対しいくつもの、???は提示している。キルアの「それはどっちの?」が代表格だ。今週号で挙げればユピーの「信じがたい選択」とかシュートが居なくなっていたことについてとか。その時点ではなんのこっちゃか分からないわけで、非常にじれったい。ってか宮殿突入してからもう1年だよ。どんだけじらせるんだよ。ってかどんだけ待ってるんだよ、自分。なんか嫌になっちゃうな。

今週号、「ユピーVSキルア」以外には、「モラウVSプフ」があった。いつまで同じような描写を続けるつもりなのだろうか。もはやどうでもいい。それよりも、「ゴンとピトー」あるいは「王とネテロ」の話の続きが読みたい。でも来週も「ナックルVSユピー」なんだろうな…。

■儚いキルアの想う「それはどっちの?」について。
単行本26巻を読みはじめると数ページでキルアの「それはどっちの?」発言にぶつかる。ゴンが「ピトーは左塔にいる。行こう」と言い、それに対しキルアが「それはどっちの?」と問う。これがひどく示唆的であり、解釈が難解なため、多くの読者は「えっ?どーいうこと?」と脳内にクエッションマークを浮かべ、様々な解釈がネット上で展開されたようだ。僕はこれを読んだ時は、全く意味が分からなかったのだけど(だって文法からして変だし)、今回単行本で改めて読んでみたら、案外単純なのではないか、と思った。
要は「ピトーのいる左塔に(倒しに)行こう」か「ピトーのいる左塔に(死にに)行こう」か。「行こう」と「逝こう」のどっちなのかをキルアは聞いているのではないか。いくら修行をして強くなったとはいえ、ゴンの実力はたかがしれており、ピトーと戦うという行為は「死」に直結している。「それはどっちの?」発言の後のコマで「経験を重ねれば誰もが至る少し先の道」「大切なものを失ってしまうかもしれない恐怖で」という状況説明文があることからも、キルアは「ゴンはピトーには勝てない」ということを誰よりも分かっていた。故にピトーと対面することイコール「親友・ゴンの絶対的な死」が待ち受けていると感じていたのではないだろうか。だから「そんな甘っちょろい状況ではない」と認識しつつも儚くなってしまったのではないか。もの凄く単純な解釈だけど。


●今日の写真
karasutoyobarerusyounenn
カラスを接写。怖い。

「俺は過去形で語られたくない」

1週間ほど前から『ファイナルファンタジーVⅢ』を久々にプレイしている。FF8は1999年2月に発売されたソフトだから高校以来、実に約10年弱ぶりのプレイ。今はディスク2のフィッシャーマンズ・ホライズンの所まで進めたのだが、なかなか面白い。FF8は前作のFF7(FF7には中川翔子が大好きなセフィロスが登場するシリーズとしても有名)があまりにも傑作だったため、発売前から「ドラクエⅢ」並にマスコミから注目され、スクウエア側も大々的なプロモーション活動を行った。その結果、当然売れまくった。現在でも歴代FFシリーズのなかで一番の売り上げを記録している。またプレーステーションソフト(無印)の全ソフトのなかでも一番の売り上げを記録。海外でも売れまくり全世界で800万本以上売れたキラーソフト。フェイオンが歌った主題歌「Eyes On Me」もスマッシュヒットし一大ムーブメントを巻き起こした。

しかしFF8は駄作とされている。「売れたからといって必ずしも良作とは限らない」、そんな不名誉な言葉と共に語られるゲームソフトとなってしまったFF8。個人的にはFF8はそこそこ傑作だと思うのだがFFシリーズのなかでは駄作と称されることが圧倒的に多い。駄作と呼ばれる所以は、FFシリーズでありながら過去のFFならではのシステムを殆ど踏襲していないからだろう。全くの別ゲームである。これでは、FFファンはつまらない。きっとFF大好き人間として有名なあの冨樫だって失望しただろう。FF的なモノをことごとく無視している。モンスターを倒してもお金は貰えないし(なんと給料性)、MPはない。また、レベル連動性により敵がどんどん強くなるため、難解なジャンクションシステムをきちんと理解して序盤からプレイしなければ、高確率でラスボス前に詰んでしまう(実質上のゲームオーバー)。そしてなによりも驚くべきは序盤の殆どは「学園モノ」ゲームになっている点だ。FFをやろうと期待していたのに学園モノ…。そりゃ「なんじゃこりゃ!?」と思うだろう。肉まんだと思って食べたらあんまんだった、みたいな。そんな感じだろうか。

しかし上記の不評とされている理由は、FFシリーズだと思うから違和感を感じるのであって、全くの別の単体RPGだと割り切ってプレイすれば問題ないのではないかと思う。あんまんと認識していればあんまんだって美味しいのだ(僕はあんまん嫌いだけど)。全くの別ゲーとして認識することでFF8は正当な評価を得られると思う。

さて、久々にFF8をプレイしていて思った、というか確信したのだが、FF8は相当エヴァンゲリオンの影響を受けている。これは断言できる(確証はないけど)。エヴァのブームは1997年頃でFF8の発売は1999年。FF8がエヴァの影響を受けたとしてもおかしくない。FF8の主人公、スコールは無口で暗く、人を信じず、痛々しいほどに中ニ病。「最初から人を信じなければ裏切らても傷は浅い」「俺は過去形で語られたくない」のようなイタイ発言が多い。頭ではいろいろなことを考えているのだが実際に口にする言葉は「別に……」の一言(沢尻)。普段はクールでありながら、時々自問自答し頭を抱えながらパニックに陥いったり。そんな芳ばしいスコールを操作しながら物語を進めるのがとっても楽しい。FFシリーズで一番好きな主人公かもしれない。エヴァ以外にも90年代後半の時代を感じさせるものがFF8には登場する。まずバラムガーデンという学園内の女生徒の制服が超ミニスカート。これは90年代後半の女子高生の影響だろう。それから主人公、スコールの容姿のモデルはグレイのテルだ。「HOWEVER」(1997年発売)辺りのホストっぽい髪型の頃のテルがモデルだと思われる(余談だが、グレイのTERUは最近随分老けて見えるがJIROとHISASHIは全然老けていないように見える)。時代背景を重ねてプレイするとさらに面白く感じられるだろう。

お金をかけて作っただけあって、ムービーのグラフィックはプレステ2並(かそれ以上に)綺麗だし、そろそろ順番的にリメイクもされるだろうし、今敢えてプレステ版のFF8をプレイするのも一興かもしれない。





●今日の写真
tagiru
「滾る」か。言い得て妙な表現だな。
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サブカルの戯言
第332回:10月12日
ツイッターを先取りした「サブカルの戯言」も本日にて終了。332回の戯言のご愛読ありがとうございました!!
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