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戯言 2009年2月

第149回:2月1日
「銭ゲバ」面白い。来週も見よう。

第150回:2月10日
ブログを更新する気力・体力がない。困った。ネタはたくさんあるんだけどなぁ。

第151回:2月11日
先週で岡村靖幸逮捕から丸1年か。あと1年くらいで出所か。案外速いもんだな。

第152回:2月20日
ちゃんと更新します。

第153回:2月11日
映画「ドラゴンボール」がたのしみでしょうがないぜっ。



●今日の写真
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SuperAdamasとAdamasⅡ

ギターをはじめたのは去年の12月25日からなので今日でギターを始めて2ヶ月である。相変らず弾いている。ギターを手にした12月25日から一日も欠かすことなく弾いている。別にそれほど熱心に練習しているわけではないのだけど、まあ、部屋にあるんで、何ていうんだろうか…手持ち無沙汰だから弾いているって感じだ。なので、それほど上達していない。ちょうど1ヶ月前にもギターについて記事を書いたがその時とギターの腕はそれほど変わってないなぁ。ちょっと小馴れたかなぁ~くらいだ。唯一の成長はアルペジオだろうか。まだまだ下手だけど雰囲気はかなり醸し出せる。いままでコードで弾いていた曲をアルペジオで演奏すると、急に物悲しくなるのが楽しい。特にハードな曲をアルペジオで弾くと楽しい。XJAPANの「オルガスム」なんか、アルペジオで弾くと結構面白い。テンポをゆっくりにしてバラード調のアルペジオで歌う「オルガスム」。印象がガラっと変わる(当たり前だ)。これからもいろんな曲をどんどんアルペじっていこうと思う。

さて、今月はギターに関して猛烈に悩んだことがある。…ハードオフをご存知だろうか?ブックオフと同じ系列の店で中古のパソコンやテレビや時計なんかを売っているのだが、中古のアコギやエレキなどの楽器類も置いているのだ。また弦なんかは新品で取り扱っているのだ。今までは札幌駅のJRタワーにある島村楽器で弦などは買っていたのだが、ハードオフにも置いてあるならそっちの方が便利だ。幸い、自分の家の近所にはハードオフがある。ブックオフは割と頻繁に行くがハードオフは行ったことがない。というわけで近所のハードオフに行ってみた。

ハードオフにはギターがたくさん陳列されたいた。売り場の3分の1は楽器だった。お~凄いじゃんと思いながら何気なくギターを見ていると、なんとオベーションのアダマスが置いてあった!!オベーションのアダマスといえば尾崎豊と岡村靖幸が愛用しているギターである。ハードオフなんかにアダマスが売っているだなんて!!アダマスの定価は7~80万円もするのだ(現在は生産されていないが…)。円高の頃は100万円ほどしていた。ギター弾きならば誰もが一度は弾きたいと思う憧れのギターなのだ。しかも僕の目の前にあったアダマスは色が黒!!黒のオベーションである。岡村靖幸が使っているやつである。ちなみに尾崎豊は青のアダマスである。「はっきりもっと勇敢になって」の4曲目に「黒のオベーション」というインストがあることからも岡村靖幸の愛用のギターであることがわかる。目の前にある黒のアダマスにテンションが上がる。しかも値段は14万7千円!これは「買い」なのでは!ハードオフでアダマスを凝視する僕。生で見ると、うっとりするほどカッコイイ。

しかし、いくら中古といっても14万7千円である。とりあえずアダマスのネックに挟まっているポップを写メで撮り、その情報を基にネットで調べようと決めハードオフを後にした。2本目のギターなんてまだまだ全然買う予定なんて無かったのに、黒のアダマスを生で見ただけでかなりクラクラきてしまった。ハードオフから家に帰る途中、夢遊病者のようにATMで15万円を引き出している自分が居た。

家に帰ってからハードオフで撮った写メを基にネットで調べた。
adamasu
もう、何時間もかけて調べまくった。ネット上にあるオベーションとアダマス関連のサイトは全て目を通したと思う。で、分かったことは、アダマスには「スーパーアダマス」と「アダマスⅡ」と「アダマスⅢ」があり、岡村靖幸や尾崎豊が使用していたのは最高級の「スーパーアダマス」らしいのだ。スーパーアダマスの定価は7~80万円するのに対しアダマスⅡは40万円ちょっと。この二つの違いは主に装飾で、スーパーアダマスにはヘッドの部分にハンドメイドの彫刻があったりボディにラメが入っていたりする。アダマスⅡはそれらの装飾が無い。そのため安いようだ。ただ装飾が無いだけで、音だけに関していえばスーパーアダマスもアダマスⅡもそれほど大差が無い。むしろ作られた年代が大事らしいのだ。古い方が作りが良く90年代以降は質が劣化しているとのこと。

ハードオフにあった黒のアダマスは…「アダマスⅡ」なのだ。装飾が無い方のアダマスなのだ。岡村靖幸や尾崎豊が使っていない方のアダマス。ライブDVDで実際に岡村・尾崎の弾いているギターを見たがやはりヘッドに彫刻がある。彼らはスーパーアダマスなのだ・・・・・。

それからは、買うべきか、買わないべきか悩んだ。脳内が「朝まで生テレビ状態」(見たことないけど)である。「買わない方が良い派」と「買っちゃえ派」に分かれ、熱い討論が繰り広げられた。

「買わない方が良い派」の意見を箇条書きにすると

(1)アダマスに見合うギター技術が無いので宝の持ち腐れになる。ギター歴2ヶ月のお前がアダマスだなんて生意気だ。

(2)どうせ買うのならアダマスⅡより尾崎豊・岡村靖幸が使用していたスーパーアダマスの方が良い。

(3)そもそもハードオフでギターって…プププッ(笑)

(4)ネットでオベーションについていろいろと調べたが殆どの人がオベーションはサイアク・辞めた方が良いというようなネガティブな意見だったじゃないか。

(5)同じ価格帯ならマーティンの方が断然良い。ネット内でマーティンの悪口を言っている人いたか?一人もいなかったじゃないか。皆絶賛していただろ。


それらの意見に対し「買っちゃえ派」は反論する。

(1´)毎日ギターを弾いているじゃないか。これからもっと上手くなるさ。アダマスに見合うギタリストにその内なるさ。

(2´)スーパーアダマスとアダマスⅡは装飾の違いだけで音の鳴りはほぼ同じなんだから、問題ないさ。

(3´)買う場所よりも買ったものの方が大事さ

(4´)確かにオベーションの評判は悪かった…だがお前は尾崎豊と岡村靖幸の熱狂的なファンであり、その二人が愛用していたギターなんだぞ。それだけで買う価値は十分あるじゃないか。

(5´)音は良いかもしれないが地味だ。今使用しているYAMAHAのギターだって良い音が出てるじゃないか。


…と、まあ、両者の白熱した討論は、延々と続いた。そして結論としては「やっぱスーパーアダマスの方が良いな…」となった。僕にとって尾崎・岡村は特別な存在だし、それならば、尾崎・岡村が実際に使っていたスーパーアダマスに執着すべきなのではないか、と。アダマスⅡを買ったらきっと後から「やっぱりスーパーアダマスにしとけば良かったな」と絶対に後悔するだろうし。というわけで、ハードオフの黒のアダマスⅡは見送ることにした。今はYAMAHAのFG750Sで我慢。もっと上手くなってからスーパーアダマスを買おう。そして、僕が死んだら尾崎豊と同じように棺に入れてもらおう。

PVレビュー 岡村靖幸で「真夜中のサイクリング」

PVレビュー第2回目は「真夜中のサイクリング」(略して〝マヨサイ〟)。

岡村靖幸が引きこもっていた時期と言えば、一般的に「禁じられた生きがい」から「Me-imi」の10年弱だ。90年代後半から2000年代前半の間、岡村靖幸は表舞台に姿を見せずに引きこもっていた。しかし、シングルのリリースという形で音楽活動は行っていた。引きこもり期間にリリースされたシングルは主に「ハレンチ」「セックス」「真夜中のサイクリング」「マシュマロ・ハネムーン」の4曲。4曲とも全て名曲である。秀逸すぎる最強の4曲である。アルバム「家庭教師」が岡村靖幸の最盛期と思われがちだが、実は、引きこもっていたこの時期にも天才ぶりを発揮している。この4曲はシングルとして単発でリリースされたまま、ほったらかしにされたためオリジナルアルバムには未収録なのが悲しい。この4曲を中心にアルバムを制作したならば「家庭教師」並の名盤が誕生していただろうに…。結局、この4曲の行き着いた先は、「OH! ベスト」だ。岡村靖幸が所属していたレコード会社(エピック)を辞める際、最後の置き土産としてリリースされた「OH! ベスト」にひっそり収録されている。

引きこもり期間にリリースされたこの4曲の中でも一際名曲なのが「真夜中のサイクリング」である。岡村靖幸の真骨頂といえば「あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう」に代表される青春ソング。「いじわる」「家庭教師」に代表されるエロソング。「イケナイコトカイ」「友人のふり」「カルアミルク」に代表される天才的なバラードの3つに大別されると思うのだが、「真夜中のサイクリング」はこれらのどのジャンルにも当てはまらない。なんというか…別格だ。曲調はミディアムバラード。痛々しいほどに切ない空気感を閉じ込めたミディアムバラード。無機質に響くキーボードの寂しげな単音と幻想的でけだるいコーラス、所々ノイズのような音になるアレンジがやや前衛的な出来栄えとなっている。特筆すべきは歌詞だ。歌詞が最初から最後まで秀逸すぎる。「歌詞が良い」だなんて感想は反吐がでるくらいありきたりでつまらないが…しょうがないのだ。マヨサイの歌詞は神がかっている、間違いない。

そんな未曾有の名曲「真夜中のサイクリング」。PVは一体どのような出来となっているかというとこんな感じである。

サッカーをしている人たちや河川敷のような場所で座っている人たちや道端に座りタバコをすっているおっさんや公園でキスをしているカップルや真夜中に自転車に乗っている人など、リアルでどこか牧歌的で生活観溢れる映像が延々と流れている。所々ピーチマークが登場する。これがなければ岡村靖幸のPVであることを忘れてしまいそうなほどに地味だ。最後は深夜に「はないちもんめ」をハイテンションで興じる若者たちという意味不明な終わり方。「はないちもんめ」の映像の時は既に曲は終わっているためシュールな余韻が漂っている。このPVに出てくる人たちのナチュラルさを見る限り、マヨサイのPVのためにエキストラが集められ撮影された映像ではないだろう。きっとどこかから借りてきた素材の映像を編集したものなのだろう。

PVの大体の概要は上記のような感じなのだが、…さて、これは一体何を意味しているのだろうか?非常に難解なPVだ。そもそも岡村靖幸はPVに関してどれくらい関与しているのだろう。岡村靖幸がPVに関与せずノータッチならば、岡村ファンの正直な心情としては、わざわざ考察する意義あるいは価値は全く無いんだよなぁ。岡村靖幸本人は出演していないしさ(引きこもってますからね)。

岡村靖幸がPV制作に関与しているとことを前提としたうえで考えるに、結局このPVに登場する人たちのようなフツーな感じの幸せ…ありきたりで平凡だけど、まあそこそこ幸せな生活、みたいな。そういうものへの羨望が現れているのではないだろうか。有名人でもないし特別な才能もないしお金もそれほど無いけど、そんな環境の中でも、自ら脇役に志願せず、ささやかに生活してフツーに幸せな人々、そういう人たちに対しての憧れが岡村靖幸にはあるのではないか。岡村靖幸が過去のインタビューで口癖のように言っている「ミュージシャンとしての岡村靖幸を知らない女性と付き合いたい」というのも、要は「フツーの幸せ」への憧れと希求が集約された言葉のように感じる。

岡村靖幸がマヨサイを作った時期は既にクスリにどっぷり手を出していた時期だろうから、自らを省みて、クスリを辞められないでいる自分なんかが結婚して子供を産んで幸せな家庭を築くなんて無理なんじゃないか、と絶望していたのではないだろうか。そんなヘヴィーな絶望を抱えながら、まるで祈るような心持ちで作った曲が「真夜中のサイクリング」なような気がする。

●今日の写真
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裕哉くん

こんな凄いニュースに今まで気づかなかったなんて…不覚だ。

尾崎豊には息子がいる。名前は尾崎裕哉。1989年7月24日生まれ。裕哉くんが生まれた1989年、父・尾崎豊はどんな活動をしていたかというと何も活動していない。「沈黙の年」である。前年の1988年には「夜のヒットスタジオ」に出演し、東京ドームでの復活公演を成し遂げた。覚せい剤所持による逮捕から見事に復活した年だった。しかし尾崎豊の周りには、深刻な問題やしがらみが山積していたため、東京ドーム公演以降、尾崎豊は四面楚歌状態に陥り音楽活動がなかなか進められないでいた。そのため1989年の尾崎豊は、何も活動をしていない。そんな軽くニート状態であった1989年に生まれたのが裕哉くんである。

裕哉くんはニューヨーク育ちである。1992年に尾崎豊が亡くなり、「日本では暮らせない」と感じた尾崎豊の妻・繁美夫人はニューヨークで裕哉くんと共に暮らすことに決める。尾崎豊が亡くなったからと言ってなぜ「日本では暮らせない」という結論に至ったのかというと、尾崎豊の死は当時、大ニュースだったのだ。連日ワイドショーで尾崎の話題が取り上げられ、マスコミの報道は過熱。普通の生活が困難だと繁美夫人は感じたのだろう。

そういえば、昔、図書館で尾崎豊が亡くなった時期の新聞を調べて読んだことがあるのだが、1992年5月のテレビ欄には尾崎豊の文字が乱発している。なかには結構ふざけたのもあって「やっぱり!葬儀の映像に尾崎の心霊写真が!」とか「今夜生放送!イタコが呼び寄せる尾崎豊の魂!」みたいなのもあった。…と、まぁ、1992年、尾崎豊死亡による報道は過熱していた。そして尾崎婦人と裕哉くんはニューヨークで暮らすことになった。そのため、尾崎裕哉の存在はしばらくの間、謎のままであったのだが、2004年にリリースされた尾崎豊のトリビュートアルバム「"BLUE" A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI」にCrouching Boysというユニットで尾崎裕哉が参加。担当曲は「15の夜」。しかし内容は坂本龍一っぽいインストに乗せ、尾崎裕哉が「15の夜」の英語バージョンの歌詞を朗読するというもの。これにはがっかりした。歌えよ!っていう。英語は上手だったけどさ(当たり前か)。

さて…、上述した内容が尾崎豊の息子・尾崎裕哉のこれまでのおおまかなバイオグラフィーである。ここからが本題なのだが、先日ネットサーフィンをしていたら、衝撃的なニュースを見つけてしまった。あの尾崎裕哉が、とあるパーティ会場で父・尾崎豊の代表曲である「I LOVE YOU」を歌ったのだそうだ。しかも、その模様の動画が去年の暮れにYOUTUBEにアップされていたのだ!動画であるから、もちろん長年非公開だった尾崎裕哉の顔もバッチリと映っているのだ。残念ながらその動画は現在削除されているのだが、尾崎裕哉が歌った「I LOVE YOU」の音源は今でもYOUTUBEにこっそりアップされている。

これは鳥肌モノだ。尾崎豊の息子が「I LOVE YOU」を歌っているだなんて実に感慨深い。しかも声が似ている。さすが尾崎豊と同じDNAを受け継ぐだけはあるな。父親と息子って声が似る傾向にあるからなぁ、激似だ。ただ、モノマネしている節もある。尾崎豊の母音を強調するあの独特な歌い方は、やっぱりモノマネだ。普通に歌っていたらあんな風な歌い方にはならないだろうし。この動画では尾崎裕哉の容姿はわからないがググって見たところ容姿も尾崎豊にそこそこ似ている。…が、これも真似ているように見える。髪型とかジャケットとかいかにも尾崎豊の模倣だ。やっぱり意識しているのだろうか。

疑い深い僕は「本当に尾崎豊かの息子か?」とずっと思っていた。もし本当ならこれは事件だ。もっとニュースになっても良いような気がする。「めざましテレビ」とかで取り上げられてもおかしくないくらいの大ニュースではないか。確かに声は似ているが本当だろうか?と怪しんでいたのだが、多分同一人物がアップしたと思われる下の動画を見て確信した。これは正真正銘、尾崎豊の息子だ。


「I LOVE YOU」と双璧をなす尾崎豊の代表曲「15の夜」を尾崎裕哉が歌っている。この動画も「I LOVE YOU」と同様に尾崎豊っぽい歌い方で歌っているのだが、注目すべきは3:28~3:37である。「15の夜」の間奏部分で尾崎裕哉が客に向かい「皆さんありがとうございました」と丁寧に挨拶するのだ。しかし間奏明けにサビが残っていたため「あっ!まだ歌う、まだ歌います」と慌てふためる、という一幕がある。何気ない微笑ましい一幕だが、これが凄まじいほどに尾崎豊っぽいのだ。ハードコア「尾崎豊ヲタ」である僕だからこそわかる本当に些細なことなのだが、この部分を聞いて尾崎豊の息子であることを確信した。

尾崎裕哉…これからどうするのだろう。今は慶応に通っているみたいなので、きっとキャンパスライフを謳歌しているのだろうけど、行く行くはミュージシャンになって欲しいものだ。


追記
尾崎裕哉が歌ったとあるパーティ会場はアムウェイの関連会社らしい。アムウェイって鳥肌実のネタに出てくるやつだよ。あらら…。

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初夏

村上春樹の最新長編小説が初夏に発売決定。現在、新潮社のサイト内で大仰に宣伝されている(大仰な割にはデザインがショボイなぁ)。まだ詳しい発売日も題名も全く公開されていないが『初夏』ってことはもうすぐだ。あー嬉しいな。しかも今回の新作は「村上春樹史上最も長い小説」だそうだ。…ってことはねじまき鳥よりも長いのか!5分冊くらいになるのか?だとしたらハードカバーで買うと1万円オーバーか?結構な出費になってしまう。ブックオフプライスに馴れている自分としてはちょっと辛い。まあ、買うけど。

村上春樹の長編小説は2004年の「アフターダーク」以来だから5年ぶり。ただ「アフターダーク」は長編小説にしては短い方だから読み応えがあまり無かった。本格的な長編小説は2002年の「海辺のカフカ」以来だ。実に7年ぶり。村上春樹はもう60歳だからこんなに長い長編小説は今回で最後になるかもしれないなぁ。

村上春樹の本は主に講談社と新潮社の二つの出版社から発売されている。ふと思ったのだが、力作は新潮社から発売される傾向にあるようだ。新潮/講談、別に作品を列挙すると一目瞭然である。

講談社

羊をめぐる冒険
ノルウェイの森
ダンス・ダンス・ダンス
国境の南、太陽の西
スプートニクの恋人
アフターダーク



新潮社

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド
ねじまき鳥クロニクル
海辺のカフカ
初夏に発売される新作



講談社には大ヒットした「ノルウェイの森」と村上節が炸裂している初期作品が多いので80年代に限っていえば講談社の方が粒ぞろいだ。しかし、90年代以降は新潮社からの作品の方に力作が集中している。今回の新作は新潮社からなので、きっと名作なんだろうな。楽しみだ。

●今日の写真
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映画「ダークナイト」の感想

今週のTBSラジオ「伊集院光深夜の馬鹿力」のなかで、パーソナリティの伊集院光が映画「ダークナイト」を大絶賛していた。ラジオで伊集院がおすすめの映画や音楽なんかをリスナーに紹介することは決して珍しいことではない。過去にもテリーギリアムの映画やら向田邦子脚本のドラマやら、最近では「僕らの音楽」で桜井和寿と対談した縁から番組内でミスチルのニューアルバム「SUPERMARKET FANTASY」の収録曲のなかからお気に入りの曲として「水上バス」をかけたりしている。伊集院のおすすめ作品だからと言って「これは絶対見なければ!聴かなければ!」と思うほどの伊集院マニアではないので、大概はスルーしていたのだが、今回の「ダークナイト」はスルーせずDVDを買い見てみた。以前からすこぶる良い評判を幾度と無く耳にしていたので実はずーっと気になっていたんだよなー。以下感想。

「ダークナイト」とはバッドマンシリーズである。故に主人公はバッドマンなのだが(そうですよね?)、「ダークナイト」はヒース・レジャー演じる悪役のジョーカーが“オイシイトコ”を全てかっさらっている。「ダークナイト」の脚本だけを読めば、決してジョーカーの独壇場になってしまうような偏ったストーリーにはなっていないはずだ。むしろ脚本上では検事のデントが最もオイシイ役所として描かれているだろう。しかし「ダークナイト」を見終わった後にはジョーカーで頭が一杯になってしまう。これはひとえにジョーカーを演じているヒースレジャーの演技力が神がかっているからだろうな。156分と長い映画だが、ジョーカーが画面に映っているだけでワクワクする。ジョーカーが次々に行う狂ったテロ行為を見て「悪いやっちゃな~」と思いつつも、内心カッケーと思っている自分がいる。とっても魅力的なのだ。

対してバッドマンはダサダサである。そもそも僕は「バッドマン」についての知識が皆無なので、よくわからないのだが、バッドマンはいつもあんなにメンタルが弱いのだろうか。何人も人を殺し大々的なテロ行為をゲーム感覚で楽しみながらやっているジョーカーを殺せないだなんてヒーロー失格じゃないか。ジョーカーみたいな狂った奴は、ノータイムで抹殺するくらいのメンテリティでないと街の治安は守れないし、ヒーローじゃないよ。作中ではゴッサムの市民が正義の味方であるはずのバッドマンを糾弾するシーンがあったが当然といえば当然だ。バッドマンがいるからジョーカーは現れたわけだし、ジョーカーを殺す機会がありながらバッドマンは寸前で止めたりしているわけだから、責められて当然だよ。それに、メンタルだけじゃなく格闘もそれほど強くない。犬に苦戦してたもんな。「ダークナイト」だけでは、バッドマンのどこがそんなに魅力的なのかよくわからない。やはり「ダークナイト」の主人公はジョーカーだ。DVDのジャケットもジョーカーがドーンと一人で映っているし。

評判通りの面白い映画だったが、アメリカでの大ヒットは異常だと思う。ヒースレジャーが公開前に亡くなり注目度が高まった(死はある意味最強だもんな)というのもあるかもしれないが、タイタニックに次ぐほどの大ヒット映画になるほどではないような気がする。映画の大枠はありふれたハリウッド映画って感じだし、特に後半の顔半分が焼けたデントの暴走ぶりには既視感すら覚えた。まあ、それでもジョーカーの狂気を見るだけでも十二分に見る価値のある映画だろう。

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サブカルの戯言
第332回:10月12日
ツイッターを先取りした「サブカルの戯言」も本日にて終了。332回の戯言のご愛読ありがとうございました!!
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