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戯言 2009年6月

第170回:6月7日
「1Q84」読み終わった。やっぱり、まだまだ続きがありそうな予感がする。

第171回:6月8日
木村洋二が復帰。めでたいなぁ。

第172回:6月11日
ナイススティック、うめぇ。

第173回:6月15日
梅雨ですねぇ。

第174回:6月16日
最近「サーターアンダーギー」って言葉を頻繁に耳にする様な気がする。流行っているのだろうか。

第175回:6月26日
やっぱり夏はこのテンプレに限る。

第176回:6月30日
マイケルキックをする度に足の骨がポキポキなる。運動不足だな。

●今日の動画



●今日の写真
annzenn
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マイケル・ジャクソンと岡村靖幸

マイケルジャクソンが急死。…マジっすか?この訃報を聞いてから、まだ数時間しか経っていないので、ちょっと自分的にはまだ半信半疑なのだけど、まあ、今フジテレビで急遽追悼番組が流れているし、本当なんだろうね。あのマイケル・ジャクソンが死んだ。衝撃的すぎる。…それほどファンだった訳でもないけど、なんだか結構来ますね。意外と悲しいかもしれない。享年50歳か。まだ全然若いなぁ。でも、マイケル・ジャクソンのような何もかもが計り知れない、壮絶かつ狂った人生においては、ある意味50歳くらいが寿命(限界)なのかもしれない、とも思う。近年は、例の裁判を筆頭に問題が山積しており、ミュージシャンという側面は薄れ、奇人としてのイメージが強かった。もし、生きて、来月から予定されていた復活ライブ(50公演もライブする予定だったのか)が成功したならば、また全盛期のように音楽活動を首尾よく再開できたかもしれないだけに残念だ。ご冥福を祈ります。

マイケル・ジャクソンといえばダンス。中でも有名なのは「ムーンウォーク」。そして「マイケルキック」。「マイケルキック」といえば、そう、岡村靖幸である。…ちょっと無理やり過ぎたかな。いや、やはり本ブログとしては一応岡村靖幸を絡めておかないとね。近年の岡村ちゃんは「マイケルキック」をダンスに組み込んでいないけど(なんでやらないのだろう?太ってても簡単に出来るのに)、初期の頃はやりまくってたもんな。「笑っていいとも」でタモリと一緒にマイケルキックやってたし。

岡村靖幸の耳にはマイケル・ジャクソンの訃報が届いたのだろうか。既に出所しているのであれば、これだけ大々的に報道されているのだから耳に入っているだろうけど、多分まだ塀の中に居る可能性の方が高いだろうからきっと知らないのかな。マイケル・ジャクソンの訃報を聞いて岡村靖幸は一体何を想うのだろう?岡村靖幸が影響を受けた人物といえばマイケル・ジャクソンと同い年のプリンスだが、マイケルにも多少は影響を受けているだろうし。

岡村靖幸のデビューのきっかけはダンスだった。渡辺美里のレコーディングの最中に突如はじめたダンス。そのダンスがプロデューサーの目に留まりデビューが決定したというのは有名な話だが、そのとき岡村靖幸はマイケル・ジャクソンのダンスをしていたらしい(以前「岡村靖幸のダンスを舐めるなよ」という記事を書いた際、Romiさんからのコメントにて知った)。そう考えると岡村靖幸にとってマイケル・ジャクソンはある意味、恩人だな。マイケル・ジャクソンのダンスではなく、ライオネル・リッチーのダンスをしてたら、デビュー出来なかったかもしれないしね。ありがとう、マイコー。

YouTubeでマイケル・ジャクソンの動画を視聴した。やっぱり、この人のダンスは凄いな。極めてるわ。でも、案外ダンスの引き出しというかバリエーションは少ないんだよね…。いろいろ動画を見たが行き着く先はやはり「スリラー」のPV(ミュージックビデオ)だな。これが最高傑作でしょ。ミュンヘンでの「ビリージーン」のライブ映像も良いけど、肌がまだ黒くて子供のように無邪気で幸せそうなマイケル。ビビットカラーな赤い衣装が似合いまくっている「スリラー」のマイケルが一番カッコイイ。


青豆と天吾の純愛物語

村上春樹の「1Q84」が発売から僅か12日間で100万部突破だそうで。まさかこんなに売れるとは思わなかったなぁ(そもそも、村上春樹ってそんなに人気あったっけ?)。「1Q84」は発売前から(そして発売後も)タイトル以外の情報は一切公開されていない。松本人志の映画「大日本人」みたいに。どんな内容の物語なのかを全く知らせないっていう…。“プロモーションを全くしないことにより話題性を集め逆にプロモーションになる”的な方法により、ミーハーな人達の購買意欲を刺激しているようだ。さらに、今はどこの本屋も品切れ状態。なかなか手に入らないそうで、余計に価値が高まってるみたいですねぇ。

以下、「1Q84」の感想。もちろんネタバレあり。
以前、村上春樹の長編小説は新潮社と講談社で作風が違うみたいなことを書いたが、「1Q84」はやはり新潮社から発売されただけあって、これまでの新潮社作品的な傾向が強い。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」「海辺のカフカ」のように二つの別々の物語が交互に語られていき、徐々にシンクロして行くという、村上春樹の得意とするフォーマットだし、「ねじまき鳥クロニクル」のようにがっつり三人称の重厚な文章だった。「ねじまき鳥」よりもさらに重厚になっているような気がした。どんどん重苦しくなっている。しっかりとした重量感を伴った文体になっている。初期の「風の歌を聴け」辺りの段落を空けまくってサクサク読める乾いた文体とは正反対だ。だが、要所々々で飛び出すユニークな比喩や作中に登場するクラシック音楽(1Q84では『ヤナーチェック』)や読み手の食欲を刺激する食べ物の描写なんかは健在であり、そんな描写を読んでいると「あぁ~、村上春樹の小説を読んでいるんだなぁ」という暖かい心持ちになった。

村上春樹の小説を読むたびに僕が抱く正直な感想は「全然ワケワカラン小説だったけど、まぁ面白かったかな」というものだ。村上春樹の小説にはワケワカランものや現象がたくさん発生する。それらのワケワカランもののひとつひとつには意味やらメッセージやらメタファーやらがあり解釈があるのだろうけど、そういう小難しいことを抜きにした所で「面白い」と思える。要は「羊男」の意味は分からないけど「羊男」の存在自体は面白いと思うのだ。だって羊の着ぐるみを着たおっさんだよ、笑えるじゃん、みたいな。「1Q84」における羊男的な位置に存在するのは主にリトルピープルだが、そういう意味では、リトルピープルはワケワカランだけで面白くはなかった。声の高さで7人が振り分けられているのはちょっと面白かったけど。

「1Q84」を読み終わった後、これは結局どういう物語だったのかと考えた時、どこか漠然としてしまう。印象的な描写はたくさんあった。たとえば、はじめの渋滞した高速道路の所なんかはとてもクールなはじまり方だった。不気味な運転手と青豆の会話、非常階段を下りるところなんかはこれからはじまる壮大な物語の予兆がヒシヒシと感じられて良かった。あと終盤のすべり台から月を不思議そうに眺める天吾をひっそりと見つめる青豆とか非常に印象的だった。ただ全て読み終わった後に改めて「1Q84」という物語を眺めた時、いまいち掴み所が無いような気がする。あるいはそれが近年の村上春樹がよく口にする「総合小説」ってヤツなのだろうか。それとも、まだ完結していないからだろうか?前にも書いたが「1Q84」は「村上春樹史上最も長い小説」という触れ込みだった、しかし実際は1000ページ程であり、これでは「ねじまき鳥」よりも短い。「1Q84」にはまだ続きがある可能性がある。しっくりと来ないのはまだ“終わっていない”からかもしれない。

「1Q84」にはカルト宗教やらリトルピープルやら、いろんな話が複合的に存在しているが、この物語の一番の核は青豆と天吾の純愛ラブストーリだと個人的には感じた。最後に「青豆をみつけよう」と決心した天吾。これはある意味「はじまり」と捉えることも出来る。青豆は拳銃を口に突っ込みまさに寸前といった所で終わったがあの銃が発射されたとは限らない。…ってか絶対続編あるよなぁ。


●今日の写真
kawa

MUSICA、2007年8月号 文字起こし(4)

◆音楽的な作業――曲を作り、歌ったり踊ったり――は去年から始めていたわけですか?
「始めてましたね。………………ファンが悲しんで待っていた分、早く音楽という形で届けたいと思った。悲しみを与えてしまった分、それを払拭できるような活動をして行きたいと思って。それは今も強く思っています」
◆3月に新木馬スタジオコーストで行われた『APBANG!東京環境会議』に出演して、復活ライブをされましたよね。あのライヴは、それまで手紙などで岡村さんのところに寄せられていたであろうファンの気持ちが非常にダイレクトに伝わった、とても感動的なステージだったと思うんです。あの場では、どんなことを思いましたか?
「びっくりしましたねぇ」
◆あれはもの凄く伝わってきたでしょう?生きている意味みたいなものすら感じたんじゃないですか?
「そうですね。ありがたがったですね…ひたすらありがたかったです」
◆話を聞いていて、今の岡村さんは、ダメだと思う自分自身ととことん信頼するところまで行っていないコアな周辺に目を向けて行くよりも、もっと広い周り――自分を待ってくれて、自分の音楽を愛し、求めてくれている人達に目を向けることによって、ちゃんと生きていけるしちゃんと活動して行けるんじゃないかと思っているんだなぁと感じる。そういう気持ちが凄く伝わってくるんですが、この受け取り方は間違ってない?
「はい、間違ってないです」
◆それによって、自分自身と、そして岡村靖幸というキャラクターをよい方向に戻して行きたいと?
「はい、そうです」
◆そういう気持ちで今、音楽活動をしているわけですよね。その中で何か変わってきている部分があったら、教えてください。
「変わってきた部分…………僕ね、こう思うんです。今はまた忙殺されかけていて、そしてこれからきっと忙殺されて行くんだと思うんですが、もちろんそうしたいんですが、その中でも自分の感受性さえしっかりしていれば、ちょっとしたことで感動できますし、ほんの些細なことにも凄い発見が出来ると思うんです。逆に、どんな恵まれた状況にいようと、自分が鈍感で、何を見ても灰色に見えるような鈍った状況になれば、ただいろんな情報を飽食して行き、垂れ流しのテレビを見るような感受性になってしまうと思う。誰でもそうだと思うんですが、子供の頃は本当にくだらないことに感動してましたし、いろんなことに対するイマジネーションも鬼のように広がって行きましたよね。それは『こうじゃなきゃいけない』みたいなマテリアルに依存する中で――例えば『大金持ちにならなくちゃ』とか、『自分はこういう立場でいなくちゃ』みたいな思想に依存して行く中で、今言ったようなピュアな感受性を思い出したりするんでしょうけど、僕の場合は子供がいないからそうも行かなくて。でも、たとえばコンビニのお菓子のオマケに思わず大喜びしてしまった時に、ふとかつてのピュアな感受性に気付いたりもする。…………今後、いい仕事をして行くんですが、そういうこと(ピュアな感受性)を忘れずにというか、定期的に思い出して行きたいと思いますし、思い出すことによって新たな自分が出るような気がしますし、出したいと思うんです。変わるっていうことはそういうことなんじゃないかと思いますけどね。……どこかで自分に目標をつけることによって定期的にちゃんと考えられるような人間になっておかなきゃなというようなことを感じています」
◆岡村さんは今、自分が代わらなければいけない現実と直面しながら、これから活動していかなきゃいけないわけです。その中で音楽を作って、今生きている。それは今の充実と、ファンに何かを返したいという気持ちに直結しているわけですか。
「そうですね…………間違いなくそうだと思ってます」
◆具体的に秋にシングルがリリースされます。すでにレコーディングもほぼ終わっているんですよね?
「はい。たくさんある曲のひとつで、このタイミングでサラっと1から作った曲というわけではないんですけどね。曲のストックはもの凄い量があるんですよ」
◆歌っているときやレコーディング中に何か感じたりこみ上げてくるものがあったりしましたか?
「レコーディングしているときは雑念は入らないんですよ。針の穴を通すような、『いいものにしなくちゃ』という1点に集中してやっているから、その時に何かが込み上がってきたりすることはないんですけど……だからでき上がった時に、何かを感じるんだと思います。何を伝えたいとか、どうあるべきだなとか。でも、凄くポップな曲ですよ」
◆岡村さんはまたメジャーから復帰して行くわけですが、今後、どういう活動をしていきたいと思っていますか。
「まず今年の9月に雑誌『ぴあ』の35周年のイベントに出演することになりました。それから年内にツアーも企画しています、今」
◆あ、そうなんだ。今の岡村さんはそこに向けて、岡村靖幸という音楽とアーティストを磨いている最中だと思っていいですか?
「うん、そうですね」
◆なぜ、自分はこんなにも音楽をやりたいんだと思います?
「……難しい質問ですね。何だろうなぁ……でもスタッフによく言われるのは『音楽やっていなかったら大変だよ』っていうことで」
◆でも、そんな自分だってことは、いい加減自分でも気づいているわけで。
「(笑)はい」
◆最後の質問です。みんな岡村さんが復活してくれたこと、そしてこの場に話に来てくれたことを喜んでいるんですね。その事実を前に何か一言もらえますか。
「先ほど言ったことがすべてです。このインタヴューで僕の気持が充分に伝わっているのかはわかりかねますが、今の僕としては精一杯語ったつもりです。待っていてくれたことに対して、凄くありがたいと思うし、とても申し訳なかったと思っています。悲しみを与えてしまった分、それを払拭できるような活動をして行きたいと……それは強く思っています」

                                                  おわり


●今日の写真
asuparamitai

MUSICA、2007年8月号 文字起こし(3)

◆そうだよね。実際に、もう1回こうやって音楽の道に戻ってくるまでには、具体的にどんな過程があったのか教えてもらえますか。
「………ファンからのメッセージを見つけるにつけ、本当に悲しませてしまったんだなということを痛感して。ファンクラブに入っていると定期的に会報が届くわけですよ。それがある日、突然届かなくなり、代わりに『会費を返金します』という手紙が届いたと。この数年はツアーをしたりレコードが発売されたり、幸せな時期が続いていただけに、そのショックは凄く大きかったらしいんです。そういう手紙をもの凄くたくさんもらって…………具体的なヴィジョン以前に、自分がやるべきこととしては、そういったことに対して改めて誠実に接するということをしなければいけない。恋人でも『自分を好きな人を悲しませてはいけない』ということを言いますけど、それとまったく同じで。ファンを悲しませてしまった分、どこかで埋め合わせしなければいけないということは強く思いました。ファンから強く愛していただいていることはもの凄く感じていたんですけど、忙殺される中で……………………僕の中にある仕事に対する狂信的な側面――仕事が上手く行くことがすべてであり、それが上手く行くのであれば他のことはどうなっても構わないという側面がどんどん強くなってしまった。他の人間がどうとか関係ない、仕事が上手く行くのであればどんな犠牲を払っても構わないと思ってしまって、それが自分を追い込んだんでしょう………だから、今後はもうちょっとバランスを取ってみようと強く思いました」
◆それはちゃんと生活をしたり、趣味を持ったりっていう?
「そうです、そうです。実際、英会話教室に通い始めたりしてますし。仕事だけじゃない趣味嗜好と時間を持って生きて行ければと思ってます」
◆それが自分のためでもあるし、音楽のためでもあると?
「はい。生きることに対する自分の姿勢が、今回のクラッシュに繋がった部分はあると思うので。……数年前から癒しブームみたいなものがあるじゃないですか。癒されるような音楽を聴いたり、ペットによって癒されようみたいなさ。僕には全然それがわからなかった。仕事が上手く行くことが癒されることであり、犬によって癒されるのは単なる逃げじゃんと思ってたんですが、そういうあまりにもファナティックなモノの考え方というのは個を高めてしまうから…………僕は個を高め過ぎてしまったがために、ひとりで行くところまで行ってしまっのかもしれないとも思うんですよね。だからそうじゃない生き方が出来ればと………たとえば英会話に通えば僕のことを全然知らない人と友達になれるかもしれないじゃないですか?そういう人と話をしてみたいし……」
◆岡村さんはよくインタビューで、「恋愛は出来ません。なぜならみんなが僕を『岡村靖幸』として接してくるから」とおっしゃってましたよね。そういう考え方の結果、自分を追い詰めてしまうような生き方になって行ってしまったよね。
「そうですね………それがだんだん、雪だるま式に負の部分を生んで行ったんだと思うんです。何と言うか……うん、トライしたいですね、もうちょっとバランスが取れた生き方に。……前に鹿野さんと一緒に雑誌の取材をやらせてもらった時に、『ひとり旅をやってみよう』と言っていたのは、そういう所に対するSOSでもあったと思うんですよ。僕はやっぱり、仕事にでもしない限りは何かをすることが出来ない、非常に歪んだ部分がある人間なので」
◆きっとお休みしている間、岡村さんの中には本当にまた音楽が出来るのか?そしてみんなの前に出てこれる立場に戻ってこれるのか?という不安があったと思うんです。でも、今はこうして復活を目前にインタヴューを受けられる状況にまでなっていて、これは岡村さんにとってはとても幸せなことだよね。ご自分の中では、やはり音楽をずっとやりたいと思いながら、音楽的なトレーニングは続けていたわけですか?
「鹿野さんが今おっしゃったような不安みたいなものは、一切なかったです。もちろんどういう形になるのかはわからないですよ?どういう活動形態になるかはわからないし、どういう仕事の方針になるのかはわかりませんが、でも、待ってくれている人がいる限りは続ける意味合いもあるし」
◆それは極端な話、CDが出せなくても、音楽は出来るんだということ?
「CDなんてインディーズで出したっていいわけだからね。そういう意味で、活動がどうのこうのってものに対する不安はゼロでしたね」
◆じゃあ、常に次の音楽はどうしようか?ということを思いながら、そのためには自分自身をいかに修正していけばよいのか?と考えていた感じなんですね。
「そうですね。…だから記者会見をやろうか?とも思ったんですよね。それくらい、待ってくれているファンに対して申し訳なく思っているということを伝えたかったんです」
◆それを今、この場でやってもらっているわけですよね。
「そうですね。………前のようにうやむやのまま活動するのではなく、きちんとした形で伝えたかった………」
◆ちゃんと伝えた上で、きちんとコミュニケーションを取りたいということだよね?
「うん、そうですね」



前回は重苦しい内容だったが、今回は割りと前向きだ。ファンを大事に想う姿勢や仕事に対する過度な比重を是正するべく英会話教室に通っている話など、ポジティブな話題が多い。しかし、このインタビューで岡村靖幸が語った内容の殆どは、2008年2月の逮捕によって水泡に帰すことになるわけで、…ちょっと虚しいものがある。そんななか、今読み返してみても(今だからこそ)希望が抱ける言葉は
「待ってくれている人がいる限りは続ける意味合いもある」
「CDなんてインディーズで出したっていいわけだから」

の二つ。心強いお言葉だなぁ。インディーズと言っても今の時代ネットを有効に駆使すればかなり幅広い活動が出来るだろうし、鹿野さんも協力してくれるだろうし(?)、意外と再復活への展望は明るいな……って、さすがに楽観的過ぎるか。

→「MUSICA、2007年8月号 文字起こし(4)(最終回)」に続く

追記
文中に出てくる「ファナティック」とは「熱狂的なさま 狂信的」という意味。

●今日の写真
tenisubo-inoyuuutu

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サブカルの戯言
第332回:10月12日
ツイッターを先取りした「サブカルの戯言」も本日にて終了。332回の戯言のご愛読ありがとうございました!!
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