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岡村靖幸の2014年ツアーに期待すること

2010年に復活した岡村靖幸は精力的にライブツアーを行っている。2011年の「エチケット」からはじまり「エチケット+(プラス)」「スポーツ」「むこうみずでいじらしくて」「アイボリー」そして来春には「LIVE TOUR 2014」の開催が既に予定されている。それほど大規模なツアーではないとは言え、あの岡村靖幸が年に2回のペースでツアーをこなしている。しかもどの会場でもクオリティの高いパフォーマンスを繰り出し高い評価を得ている。これは掛け値なしに素晴らしいことだ。だって岡村靖幸ファンとしてこんな日が来るなんて数年前までは全く考えられなかったのだから。

しかし、人間とは欲深いものである。いくら素っ晴らしいライブといえどもそれを何度も見れば“馴れ”てしまう。それが当たり前になってしまう。そして変化を求める。ライブで一番わかりやすい変化といえば、それは新曲であろう。リリースされたばかりの新曲をライブで聴くということはライブの醍醐味でもある。そもそもツアーというのはニューアルバムを引っ提げての全国ツアーだったりする場合が多い。「ツアーのタイトル名=ニューアルバムのタイトル名」というケースは多々ある。

岡村ちゃんのことを知らない一般の人ならこう言うだろう。「じゃあ、岡村靖幸も新曲を作ればいいじゃないか。新しいアルバムをさっさとリリースしてそれを引っ提げて全国ツアーすればいいじゃないか」と…。正論である。しかしベイベたちは健気にじっと我慢する。まるでおしんのように。そりゃ定期的にアルバムをリリースしてくれれば、それでまるっと解決なわけだがそんな簡単に解決しないことはベイベの間では周知の事実だ。

というわけで、今回の記事では来春の全国ツアーに期待を込めた上で、少々マンネリ気味の岡村靖幸のライブを打破するにはどうすればいいのかを考えてみたいと思う。

(A)衣装
復活した岡村靖幸の衣装は頑ななまでに一貫している。黒縁メガネにスーツ姿だ。メガネは時折外すこともあるがスーツだけは常に着ている。岡村靖幸のスーツ姿は確かにカッコいい。とても似合っている。メインはあくまでもスーツで良いと思う。むしろスーツのほうが良い。しかし、たまにはスーツ以外の服装も見てみたい。岡村靖幸はライブ中に何回か着替えるのだからその際の一つの衣装としてカジュアルな格好やコスプレチックな衣装を着ればきっと観客も岡村靖幸本人も新鮮な気持ちになれるのではないだろうか。

(B)新曲
「アイボリー」では「ビバナミダ」のイントロが流れるだけで相当な盛り上がりを呈していたようだ。やはり新曲というのは必要だ。しかし上述したように無邪気な顔をして「新曲だしてー」といえないのが我らベイベの心境だ。なぜなら、「新曲を作らなければ」というプレッシャーに岡村靖幸が押しつぶされるようなことは二度とあってはならないからだ。

2010年に復活し新曲が強く求められている状況においてリリースされたのは「セルフアレンジカバーアルバム」だったという事実。ツアーを重ね観客と近距離で接することでさらに新曲が求められていることをヒシヒシと感じていたにもかかわらず「ビバナミダ」のリリースに辿り着くまでにこれだけの時間を費やしたという事実。そして、作詞は他人に依頼したという事実。これらの厳然たる事実に目を伏せてはいけない。しかし新曲があると超絶に盛り上がるというのもこれまた厳然たる事実。来春のツアーまでにはまだ時間がある。ニューアルバムだなんて贅沢は言わないが、1曲くらいならどうにかならないものだろうか。

(C)攻めたセトリ
新曲が無理であれば手持ちの駒(曲)でなんとかするしかない。岡村靖幸のライブのセトリは曲数も多いし有名どころの曲はすべて演奏される。とても充実したセットリストだ。しかし毎回同じ曲での構成で成り立っており、マイナーチェンジされる曲はせいぜい2曲程度だ。岡村ちゃんの手持ちの駒には飛車や角並みに強力な名曲がぞろぞろと揃っている。なのに演奏されていない曲が多々ある。「青年14歳」「ペンション」「(E)na」「ピーチタイム」等々。特に「青年14歳」は非常に聴きたいぞ。

(D)ステージセット
近年ではすっかり岡村靖幸の主戦場と化しているZEPP。ZEPPの殺風景なステージの中央にピーチマークが掲げられているだけのセットは寂しいものがある。せめて映像化するライブのステージだけでも頑張って少しは豪華にした方が絶対に良い。「エチケット」と「むこうみずでいじらしくて」のDVDを視聴しても同じステージなので一瞬区別がつきにくいし。別に大掛かりなセットを望んでいるわけではない(個人的には円形ステージで踊る岡村靖幸が観てみたいが金かかるよね)。昔みたいにステージ上にベッドを置いたり、学校用の机と椅子を置いたり、バスケットボールをひとつ転がしたり、ピアノの上になぜか恐竜のフィギュアを置いたり、そういった小道具を用意するだけでも随分雰囲気は変わるだろう。もうちょっと遊び心があっても良いような気がする。

(E)共演
岡村靖幸といえば孤高のイメージがあるが最近は交友関係も広がっている。ライブのワンコーナーとして岡村靖幸と他のミュージシャンが共演するのはどうだろう。岡村靖幸をリスペクトしているミュージシャンはたくさんいる。故にステージ上で岡村靖幸と共演したい人はたくさんいるだろう。きゃりーぱみゅぱみゅや川本真やミッチー辺りと共演すれば絶対に盛り上がるだろう。個人的にはミッチーと岡村ちゃんが一緒にダンスしながら「聖書」をねちっこく歌うところが見てみたい。ライブにサプライズゲストを呼ぶということは割とよくあるので岡村靖幸にもぜひやってほしい。

(F)MC解禁
来春のツアーで最も期待しているのがMC。これまで頑なに素の喋りをライブでしなかった岡村靖幸だがそろそろ解禁するのではないだろうかと予想する。10月の握手会で1000人のファンと握手し会話をした岡村靖幸。岡村靖幸がそんなことするなんて前代未聞だ。これは来春のツアーでMCをする布石なのではないだろうか。そもそもライブでMCをしない必要性は皆無なわけだし、岡村ちゃん自身もMCが求められていることは十分に認識しているだろう。言葉より台詞を探しているようなMCではなく本当にありのままのMCを期待したい。

(G)演出
中島みゆきはコンサートと演劇の中間のようなライブを「夜会」と称して開催している。小沢健二は「ひふみよ」のライブの冒頭、会場の明かりを全て消し暗闇に潜み朗読をはじめた。2003年にニューヨークで起こった大停電の話だったという。このように世の中には凝った演出が施されたライブが存在する。岡村靖幸はたくさん本を読んでいるようだから彼の脳内には知的なストックが膨大にあるだろう。具体的なプランは思い浮かばないが音楽以外のアプローチをライブに取り込むのもアリなのではないだろうか。岡村靖幸がそういう方面での試みに目を向けてくれれば絶対に面白いものが出来上がると思う。過去に「純愛カウンセリング」という著書も出しているし、ちょっと知的な演出を施したDATEが観てみたい。

★☆★☆★☆★☆★★☆★☆★☆★☆★

と、まぁ、大体こんな感じだろうか。以上の事柄を少しでも考慮していただければ、マンネリは解消されるのではないだろうか。個人的にはまだまだたくさんあって例えば、「オベーション以外のギター(マーチンとか)を弾いているところを見たい」とか「YOSHIKIみたいにCO2の煙を客席に撒き散らして欲しい」とか「髪を伸ばしてほしい」とか「ライヴ音源を終演後までにCD化してほしい」とかいろいろあるのだが、ひとつひとつ挙げていたらきりがないのでこれくらいにしておく。

一番期待していて尚且つ実現度が高いのはMC解禁だと推測している。そろそろ、来るでしょ!機は熟したでしょ!来春のツアーではぜひMCを解禁してほしいものだ。だいたい、デート中に一言も喋らないなんてどうかしてるぜ、岡村ちゃん!
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5TH DIMENSION

暖かい日差しにより根雪が徐々に解け、北海道の長く厳しい冬もやっとこさ終わりが見えてくる。そんなキラキラと希望に満ちた2013年3月31日に僕はももいろクローバーZのライブに参加した。

「ももいろクローバーZ」といえば今や説明不要のトップアイドルだ。2011年ころから徐々に人気が出始め2012年4月に横浜アリーナ2DAYSでのライブを成功させた後くらいから本格的にブレーク。シングル「Z女戦争」「サラバ愛しき悲しみたちよ」をリリースし大ヒットとまでは言えないまでもそれなりの結果を残し、念願の紅白にも出場した。

僕がファンになった時期は2012年の4月頃からだから、本格的なブレイクのちょっと前くらいだろうか。既に十分すぎるくらい人気はあったけど世間一般レベルまでには浸透していなかった時期だ。そう、あれは2012年の3月下旬頃。ツイッターで岡村靖幸とももクロのメンバーが一緒に写っている画像がアップされたのだ。それを見て気になりYoutubeでももクロを視聴したのだ。それ以前から「ももクロ」という存在はもちろん知っていたし気にはなっていたのだけど敢えて見なかった。なんかももクロってしゃらくさいイメージがあったし、「アイドルだけどおしゃれなサブカル系の音楽を好む人達も聴いています」的な宣伝が嫌だったから。

でも、岡村靖幸と一緒の写真がアップされたのだから、まぁ自分の中の大義名分もできたことだし、ちょっとだけYoutubeで視聴してみようかしらと思い見た映像が「Chai Maxx」だった。確かまだ早見あかりが在籍して頃の「Chai Maxx」だったから日本青年館の「Chai Maxx」だったのかなぁ。それが良くてねぇ…。ロックで扇情的な楽曲、アイドルらしからぬ男気のある歌詞、激しいダンス、一所懸命な表情、汗まみれで頑なな黒い瞳で熱唱する姿、そしてももクロを形容するうえでもはや使い古された感のある言葉になってしまったがあの全力っぷり。「あーこれは流行るわ」と一人納得した。



「Chai Maxx」を皮切りに、YOUTUBEさんがおすすめしてくるももクロ関連動画をどんどん視聴する。代表曲「行くぜ!怪盗少女」を聴き、これは文句のつけようのない100点満点の名曲だと感嘆し、「オレンジノート」「全力少女」を聴いては王道アイドルソングだがももクロが歌うとすんなり抵抗なく聴ける自分を認識し、「ピンキージョーンズ」を聴いては中毒性のある凝った音作りに驚嘆した。

そして、なによりももクロのメンバーは皆健気で素直で可愛い。AKBだとそうは思わない。いや、ルックスに関して言えばAKBの方が上かもしれない。“顔”は確かに可愛いかもしれない。しかし、健気で素直という要素が欠如しているように個人的には感じる。むしろ業界のドス黒い空気を感じてしまう。あくまでも個人的なイメージだが。

ももクロの魅力はライブパフォーマンス以外にもある。それはトーク力だ。ももクロの5人のフリートーク(というよりは何気ない会話)が非常に面白いのだ。フリートークなんてものはお笑い芸人でもそれなりの実力と勇気がないと出来ないものだ。健気で素直で可愛いにプラスして「面白い」まで加わっているのだからなかなか最強である。

ももクロが好きになってから思ったことがある。それは追いかけるのが大変だということ。例えば岡村靖幸であれば数年に一枚新作がリリースされ、年に数本メディアへの露出があり、フェスとツアーがあるくらいだ。それが普通といえばまぁ普通なのだが、ももクロは怒涛の勢いで活動しているから毎日何かしらの新情報がある。これを追いかけるのがまぁ大変だった。

・・・・“だった”?そう『だった』なのである。さすがに疲れちゃってさ。ももクロにハマった2012年4月から熱心に追いかけていたのだけど2013年の2月くらいでさすがに熱も少々冷めてきてさ。今でも一応チェックはしているけどかなり適当になってしまった。でも楽しかった。日本で一番勢いのあるグループの活動を現在進行形で応援できるという経験は幸せな体験だった。昔こんな記事を書いていた僕にとってはとても充実した時間が過ごせた。

そんなこんなで、2013年3月31日。ももクロの初ライブに僕は参加してきた。しかし現在は2013年11月22日。ライブの記憶は微塵もない。というのも「5TH DIMENSIONツアー」は当時まだ発売前だったももクロのセカンドアルバムの収録曲を1曲目から曲順通りに13曲目まで歌うという画期的あるいは挑戦的な演出だったのだ。故に聴き馴染みの全くない新曲をライブで延々と聴くという状態であり記憶の“よすが”のようなものが無く、ぼんやりとしたイメージしかないのだ。

でも、楽しかった。めちゃくちゃ楽しかった。席は最悪だった(スタンドの一番後ろ)だったのでメンバーは豆粒にしか見えなかったけど(前日の岡村ちゃんは肉眼ではっきり見えたのになぁ)それでも楽しかったなぁ。途中のMCも超絶に面白かったし(集まった1万人からあんなに笑いをとれるアイドルっていまだかつていたかね)歌もうまかったし、なによりしおりんが可愛かった。セットリストには不満があるけど(ライブのコンセプトだから仕方ないけれども)最高のライブだった。ぜひまた行きたいものだ。

siorinnosi

カテゴライズ/ヒエラルキー/やる気スイッチ

皆さんが岡村靖幸のファンになったきっかけは一体何だろうか?人それぞれ様々なきっかけがあるだろうが、大別すると以下の4つにカテゴライズすることができるのではないだろうか。

(A)エピック
岡村靖幸は1986年に「エピックレコードジャパン」というレコード会社からデビューした。80年代のエピックはとても勢いがあった。90年代で例えるならば、「小室ファミリー」が全盛だった頃のエイベックスと同じくらいの勢いがあった。そんな飛ぶ鳥を落とす勢いのエピックから華々しく岡村靖幸はデビューしたのだ。渡辺美里、大江千里、大沢誉志幸、松岡英明、鈴木雅之、TMネットワーク、BARBEE BOYSなどの輝かしいメンバーのなかでも異彩な空気と両生類的なキモさをプンプンと周囲に放っていた岡村靖幸。80年代後半に青春時代を送り、エピック勢の中の一人として岡村靖幸を認識し、ファンになった人。いわゆるデビュー当時からのファンがAタイプ。

(B)伝聞
岡村靖幸は多くの同業者から揺るぎない支持を得ている。桜井和寿、スガシカオ、つんく、平井堅、ミッチー、氣志團、最近で言えばきゃりーぱみゅぱみゅやオカモトズなど。岡村靖幸自身の世間的な知名度は低いが上記のようなビッグネームたちがこぞって岡村靖幸をリスペクトしている。同業者以外でも水道橋博士やナンシー関やダイノジやスピードワゴンの小沢など岡村靖幸好きを公言する芸能人は多数存在している。このような岡村フリークを公言する人たちをきっかけに岡村靖幸の音楽に触れベイベ化する人々がBタイプ。ちなみに、渡辺美里や川本真琴など岡村靖幸の提供曲から彼を知りベイベ化した人もBタイプとする。

(C)サブカル
サブカルチックな音楽を好んで聴く人種がいる。世間的にはあまり有名ではないけど素晴らしい音楽を制作しているミュージシャン。小沢健二やらコーネリアスやら神聖かまってちゃんやらオカモトズやら「Z」が付く前のももいろクローバーやら在日ファンクやら…まぁたくさんいるがそういうサブカル系(という言葉が適しているのかはとりあえずおいといて)を好む人種が世の中には存在し、そのサブカル系音楽というパズルの中の割と重要な箇所のワンピースとして確実に岡村靖幸は存在している。ちょっとファッション的な要素で岡村靖幸が好きと言っちゃう人がCタイプ。個人的には少々いけすかないが意外と多いCタイプ。

(D)「ぶーしゃかLoop」以降
2010年に「ぶーしゃかLoop」がYoutubeにアップされ再復活した岡村靖幸は現在精力的に活動中だ。たくさんライブを行い、様々なフェスに登場し、数多くのメディア媒体に顔を出し、遂には新曲まで発表した。この怒涛の活動により新規のファンは飛躍的とは言えないものの日々着実に増加しているだろう。このような初々しいフレッシュベイベがDタイプ。

ベイベの入り口を大別すると以上の4つにカテゴライズされるのではないだろうか。ちなみに僕は尾崎豊から流れてきたのでBタイプ(はじめはCタイプの傾向も少しあったかなぁ、今はないけど)となる。この4つのカテゴライズをヒエラルキー化するとA→B→D→C(上層→下層)となる。基本的には年功序列である。やはりデビュー当時からの往年のファンが上層部に存在している。ファン歴という要素がベイベ内ヒエラルキーの階層を形成する上で重要な要因となっている。まぁ、それは仕方がない。デビュー当時からリアルタイムで岡村靖幸を追いかけてきた人には到底敵わないもの。

しかし最近になってこの「ベイベ内ヒエラルキー」が崩壊しつつある。2010年10月26日を境に変化しつつある。10月26日…そう「代官山で岡村ちゃんと握手」を境に、だ。

岡村ちゃんと握手したベイベとしていないベイベでは決定的に“何か”が違う。僕には岡村ちゃんと握手した約1000人のベイベたちがワンランク上のステージに居るように思える。だって実際に岡村ちゃんと対面し、握手し、短いながらも会話までしているわけだから。どうしても羨望の感情を隠せない。一時的な現象かもしれないが現在のベイベ内ヒエラルキーの頂点に君臨しているのは紛れもなく「代官山で岡村ちゃんと握手」した1000人なのだろう。

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それにしても、握手会に参加したベイベが熱い。ちょっと異常な程の熱さだ。「どうしてここまで熱いのだろう」と考えていたら「ハッ」と気づいてしまった。…これはあまり大きな声では言えないのだが、僕が思うに岡村靖幸は…きっと押したのだ。ベイベたちと握手している数秒の間に必死になって探しだし、押したのだ。岡村ちゃん熱を飛躍的に上昇させる「やる気スイッチ」を押したのだ。「本当に?ありがとう」と、ジェントルマンな顔をしながらも内心は必至だったのだ。ベイベの手のどこかにある「やる気スイッチ」を必死に探しだし、1000人分ものそれを着実に押したのだ。ポチっと。

岡村靖幸のLyricsを舐めるなよ ヘルシーメルシー編

岡村靖幸は寡作だ。その理由は「作曲は余裕だけど歌詞が書けない(本人談)」からだそうだ。岡村靖幸はこれまで作詞・作曲・編曲をすべて一人で頑ななまでに制作してきた。故に作詞と編曲は余裕で完成していたとしても作詞が出来なければリリースまで辿り着けないのだ。

2013年10月2日にリリースされた岡村靖幸の6年ぶりのニューシングル「ビバナミダ」の歌詞は共作だ。作詞のクレジット欄には「岡村靖幸 西寺郷太」と記されている。岡村靖幸の初期の頃の作品にはいくつか岡村靖幸以外の人が作詞を行っている場合があったが、これはレコード会社の意向であろうと推測する。まだデビューして間もない青年であった岡村靖幸が当時一流レコード会社であるエピックにあれこれ言うほどの実績や発言力はなかったであろうから。

しかし、「ビバナミダ」の作詞に関して言えば岡村靖幸からの提案だろうし、西寺郷太さんという人を推薦したのもきっと岡村靖幸本人だろう。岡村靖幸は西寺郷太さんであれば自分の大事な楽曲の作詞を任せても良いと考えたからこそオファーしたのだろう。

結果として「ビバナミダ」の歌詞は素晴らしい。岡村靖幸が書いた歌詞ではないという事実は少々悲しいが、それでも西寺郷太さんのおかげで「ビバナミダ」が実に6年ぶりの新作としてリリースされたのだから個人的にはこれはこれで良かったのだと思う。

「仕方がないじゃないか…岡村靖幸は歌詞が書けないのだから」とぼんやりと思いながら「ビバナミダ」を聴き終わると2曲目のカップリング曲「ヘルシーメルシー」が流れる。

「ヘルシーメルシー」の歌詞は岡村靖幸だ。歌詞書けてんじゃん…っていう。しかもめっちゃ良い歌詞。岡村靖幸らしい言葉のチョイスや文法的にわかりにくい表現、そして歌詞カードを読まないと聴き取れない(あるいは歌詞カードを見ても聴き取れない)空耳アワーっぷり。やっぱり、歌詞は岡村靖幸本人が書いたほうが良い。歌詞が書けない病をこじらせてリリース期間が何年も空いてしまうようならまた西寺郷太さんに頼めばいいじゃないか、と個人的には思う次第である。

というわけで、今回の記事では「ヘルシーメルシー」の歌詞についてあれこれ書く。

「ヘルシーメルシー」の歌詞は岡村靖幸の自叙伝だ。「ヘルシーメルシー」を何度もリピートし、歌詞カードをじっくりと読んでみるとわかる。まず、1番のAメロの歌詞では岡村靖幸の過去が歌われている。推測するに「禁じられた生きがい」~「ミイミ」の間、つまり1996年から2004頃だろう。そして2番のAメロの歌詞は近年の再復活後の岡村靖幸の状況が歌われているように思う。

1番のAメロの歌詞は

全身水中浸かってみると分かるもんさBABY

岡村靖幸が全身水中に浸かるということはジムのプールだろうか。全身が水中に浸かり、周りの音が聞こえなくなり、目は瞑った状態。水中に浸かることで肉体はリラックスし、落ち着いて物事を考えられるようになる。岡村靖幸は自身の過去を振り返る

やっぱ戦争ごっこで体験しちゃった負けのイメージ

ポイントは“戦争ごっこ”というワード。“ごっこ”とあるから本当の戦争ではない(当たり前だ)。しかし個人対個人の喧嘩を“戦争ごっこ”とは形容しないだろう。推測するにこれは岡村靖幸とエピックの長年続いた愛憎渦巻く対立関係を表しているのではないだろうか。エピックとの関係が悪かったことは過去のインタビューで本人が語っている。岡村靖幸対エピックという構図であれば“戦争ごっこ”という言葉はしっくりくる。「岡村靖幸対エピックで戦争」だなんて書くとまるでエピックが悪者みたいだが、エピックじゃなかったとしても対立はしていたかもしれない。そういう意味では「岡村靖幸対組織」あるいは「岡村靖幸対社会」とするのもありかも。そして「負けのイメージ」。もちろん岡村靖幸は負けた。というか失礼ながら岡村靖幸に勝ちのイメージは皆無だ。でも、そこが岡村ちゃんの魅力の一つでもある。

女々しく惨めで奪ってしまう残酷なステージ

負けのイメージを抱えながら女々しく惨めな岡村靖幸。かなり危ない状態である。この一節で想起される事柄はドラッグである。「奪う」ではなく「奪ってしまう」という表現は自分の意志とは反していることを「やってしまう」というニュアンスが感じられる。そして「残酷なステージ」とは何を象徴するのか。様々な解釈があるだろうけど個人的には「残酷なステージ=刑務所時代」ではなかろうか。我々は今のカッコいい岡村靖幸を見ているわけだが、岡村靖幸は薬物依存により想像を絶する程のそれこそ地獄絵図のような体験をしてきたわけだ。例えそれが自業自得とはいえ…。

石蹴りしよったって

岡村靖幸の歌詞にはよく見られる文法的にわかりにくい表現。文法が口語体な上に省力された品詞がある。「しよ」というのは「しよう」という未然形であると思われる。そのあとに続く「たって」は「そんなことを言われたって」「どうせ頑張ったって」という意味合いでの「たって」であり、文法的に正しくし、さらに個人的に意訳をすると「君は僕と石でも蹴って気分転換をしようって言うけどさ、そんなことをしたってどうしようもないよ…」という意味合いではなかろうか。確かに石を蹴って晴れるような闇ではない。ちなみに2番ではこの部分で「居眠りしそうだって」とあるから文法的な破綻よりもメロディに乗せたときの語感を重視した可能性が大きい。

このように、Aメロでは岡村靖幸の過去が語られている。それもヘビィな過去。岡村靖幸には華々しい過去も、もちろんたくさんあるが、繊細に悩み、ドラッグに手を染め、深みにはまり、2度に渡り服役をし、トータルで5年間程もの間、岡村靖幸は塀の中で暮らしたわけだ。5年間塀の中で暮らしたという現実はやっぱり岡村靖幸の人生においてかなり大きな出来事であったのだろう。

次は2番のAメロについて。先述したように2番のAメロは近年の岡村靖幸が描かれている。1番の重々しい歌詞と比較すると非常にホンワカしている。

青春いつまでピカ光っていたいような衝動 でも健康管理や食事はとても大事

岡村靖幸はキラキラとした青春の歌をたくさん発表してきた。そんな岡村ちゃんも現在48歳。若さに任せて無茶できる年齢ではない。徹夜もできない。持病だって出てくる。さすがにもう若くはない。でもいつまでもキラキラと光っていたい衝動がある。「健康管理や食事はとても大事」とは、今の岡村靖幸のリアルな想いなのだろう。昔の岡村靖幸なら絶対に書かない(というか思いつきもしない)歌詞だ。

ヘルシーメルシーと歌ってごらんワイルドそうなLADY 居眠りしそうだって

ここでタイトルにもなったヘルシーメルシーが遂に登場。ヘルシーメルシーの意味はもちろん分からないし、なんで歌ってごらんと催促されているのかもわからないし、ワイルドそうなLADYって誰だよって話だ。よくわからないことだらけだが全体的にホンワカしていて暖かい空気感が漂っている。近年の岡村靖幸の心の平安を物語っているようだ。

そして次は1番2番共通のBメロの歌詞

そうかもBABYひっそりとひとりで孤独は疑問さ

「そうかも」ということは今まではこう思っていたけど実はこうかもしれないぞという意味合いがある。過去には長い間引きこもっていた時期もあった岡村靖幸(ダメな人だなー笑)。自分の人生を振り返り、今まではひっそりとひとりで孤独な時間を過ごしてきたけど、それは間違っているのではないだろうか?その行為には疑問がある。何でも一人で解決しようとしてうじうじしてていいのか?これは疑問だ、と。


あの頃の君と大切な時を 頬張ってみるそっと夢の中で

あの頃の君とは誰だろう?考えられるのは「昔の恋人」あるいは「昔の親友」だろうか。個人的にはどうしても尾崎豊を想起してしまうがどうなのだろう。「そっと夢の中で」ということは現在ではもう実現不可能ということだろうか。なんだか寂しいというか一抹の寂寥感を感じる。現在の岡村靖幸は客観的にみると充実した交流関係を築づいているように思える。水道橋博士を筆頭に交流関係は昔より遥かに広がっているし何より親密だ。しかし夢の中でしか満たされない思いがあるのだろうか。

そして遂にサビに突入

あー分かっとらん男ですいません

インパクト大な歌詞である。これは岡村靖幸からのベイベに対する正直な吐露なのではないだろうか。要は謝罪なわけだがポイントは「分かっとらん男」である。「わからない男」であれば少々堅苦しくなる。「分かっとらん」とは絶妙な言い回しである。いろいろあった岡村靖幸。さぞ大変だっただろう。しかしファンだって悲しみ落ち込み大変だった。涙を流した人だって大勢いるだろう。そして復帰した岡村靖幸。謝罪の言葉はむしろいらない。でも全くないとそれはそれで違うのではないだろうかと少々感じてしまう面倒くさい感情もある。そんな繊細というか複雑なファン心理に対して「あー分かっとらん男ですいません」である。絶妙だ。

こんなに好きだって中二病

中二病というワードが登場するなんて予想すらできなかった。驚きである。中二病とは僕の好きな伊集院光が考案した言葉でウィキペデアによると「大人は汚いと言い出す」「旨くもないコーヒーを飲み始める」「洋楽を聴き始める」「マイナー路線を好み他人とは違う特別な存在であろうとする」というような行為をしてしまうこと。つまり「思春期特有の痛さ(あるいはサブさ)」のことである。

文法を少し分かりやすくすると「僕は中二病になってしまうくらい君のことが好きだ」であろうか。この「好きだって」とは誰に向けられた言葉なのか?それはやはり我々ベイベのことだろう。「ワカットラン男でベイベの皆には迷惑かけたけど僕はこんなにベイベのことが大好きだよ。もう中二病なくらい引くほどに」という意味なのだと、ここはゴリ押し気味に断言してしまおう。

ねえ分かってよ男は無になって黙って素になって充実しよう

「ミュージシャンとしての岡村靖幸を知っている人とは絶対に付き合えない」と岡村靖幸は口癖のように言う(ってかこの発言こそ中二病的だ)。ステージ上での強烈なキャラクターとしての岡村靖幸ではなく靴下に穴が開いているような素の岡村靖幸をわかってほしい。「素の自分で充実したい」というこれ以上ないくらいに岡村靖幸チックなフレーズで「ヘルシーメルシー」の歌詞は終了。

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というわけで「ヘルシーメルシー」の歌詞について僕の勝手な推測と解釈でダラダラと書いてみた。

個人的に「ヘルシーメルシー」の歌詞は大好きだ。「ビバナミダ」だってもちろん秀逸な歌詞なのだが、岡村靖幸本人が書いた歌詞と絶対的に違う部分は「歌詞と岡村靖幸がリンクしない」という点だ。岡村靖幸がこれまで書いた詩の主人公は自分自身だった。「俺ほどの男はそうはないはずさ」の「俺」は岡村靖幸だし、「あきらめて構わない大事なことはそんなんじゃない」というのは岡村靖幸からのメッセージであり、彼の持論なのだ。

岡村靖幸の書く歌詞の傍にはいつだって岡村靖幸が存在している。岡村靖幸の鼻息が感じられるほど密接に。「ビバナミダ」の歌詞に岡村靖幸は存在していただろうか?答えは「存在していたと言われれば存在していたかもしれない」となる。非常に曖昧になってしまう。クレジットに岡村靖幸以外の名前があることに因り全てを委ねられないからだ。本記事の冒頭にも書いたがリリース期間が何年も空いてしまうようなら人に頼むのもありだしむしろ歓迎するが、基本的には岡村靖幸自身による歌詞での楽曲を期待したい。

だって「ヘルシーメルシー」の歌詞最高じゃんか、岡村ちゃん!

付記
舐めるなよシリーズ
岡村靖幸のダンスを舐めるなよ
岡村靖幸の歌唱力を舐めるなよ
岡村靖幸のLyricsを舐めるなよ ペンション編
岡村靖幸の御尊顔を舐めるなよ

岡村靖幸で「ビバナミダ」「ヘルシーメルシー」 全曲解説

ビバナミダ★★★★★

2013年10月2日に岡村靖幸のニューシングルがリリースされた。前作「はっきりもっと勇敢になって」は2007年にリリースされた作品なので実に6年ぶりのニューシングルとなる。岡村靖幸の新作が出る、という事実はもちろん嬉しいのだが、純粋に100パーセントの喜びではなく多少の“不安”があった。というのも前作「はっきりもっと勇敢になって」が個人的にはあまり好みではなかったからだ。

「はっきりもっと勇敢になって」は、当時復帰第一作目の記念すべきシングルであったから当然発売日に嬉々としてCDショップに買いに行ったが、2~3回聴いただけでそれ以上聴きこむことはなかった。駄曲だったとは思わない。むしろ良曲だ。しかし、なんていうか岡村靖幸ならではの中毒性のようなものが「はっきり~」にはなかった。

今回の新作「ビバナミダ」のリリースを知った時、もし自分の趣味に合わなかったらどうしようか、という懸念が少々あった。しかし、見事なまでに「ビバナミダ」はその懸念をブッ飛ばしてくれた!もう、最高じゃん!ビバヤスユキ!

「ビバナミダ」を初めて聴いたのは2013年3月30日、ZEPPSAPPOROでのライブだった。第一印象はサビがキャッチーであること。そして、歌詞に“ナミダ”というワードがあることくらいしか把握できなかった(きっと会場にいるベイベの殆どがそう思ったであろう)。熱狂しているライブで新曲を披露されたところで曖昧で抽象的な記憶しか残らないわけだが、僕は「この曲は悪くないぞ」と確信した。

そして、時は流れ10月2日に「ビバナミダ」がリリースされフルで聴いた。やっぱりこの曲は最高だった。最新型の岡村靖幸であった。過去の岡村靖幸の曲には無い全く新しい曲調だ。でも、しっかりブラックにファンクしているし岡村節が炸裂しているし、ノリノリになれるし、なによりキャッチーだ。

「ビバナミダ」は最初のうちは全体的にごちゃついたイメージがあった。つまり、あまりにもサビがキャッチーすぎるためサビに辿り着くまでのAメロとBメロが相対的にもたついているように思えたのだ。しかし、曲を何度もリピートし曲の全体像を把握すると秀逸な構成であることに気付いた。

普通は「AメロBメロ→サビ」だが「ビバナミダ」は「AメロBメロ→(マンマミーア)→AメロBメロ→Cメロ→サビ」となっている。AメロBメロを焦らしながら2回も繰り返したあとにやっと新たな展開としてCメロ(たまには暴れな~)が登場。Cメロのメロディが既に爽快でキャッチーなメロディであるにも関わらずCメロ終わりの「皆同じ人間だ」でさらに勢いをつけ、遂にサビに突入。これ以上ないくらいにキラキラと輝いたサビに突入するのだ。聴いていてカタルシスを得られる構成になっている。さすが元々は作曲家としてデビューしただけある。職業作曲家的な巧みに計算された構成になっている。

サウンド面は近年の岡村靖幸の趣向が反映されているように思う。イントロからしてデジタルチック、あるいは近未来的だし、電子的なドラムマシンが心地よく響いている。「ビバナミダ」にはこのサウンドがよく似合っているし、なにより最新型の岡村靖幸のサウンドが聴けることは一ファンとして嬉しい。

あとは、やはり歌詞…である。「ビバナミダ」の歌詞のクレジットは「岡村靖幸 西寺郷太」となっている。共作だ。これまで岡村靖幸はずっと作詞作曲編曲を頑なまでに一人でやってのけてきたわけだが今回は共作だ。

個人的には「ビバナミダ」の歌詞は大好きだ。歌いだしの「どこから来たかなんて わからないほどの日々で」という歌詞はクールで好きだし「眠りの解けた瞬間~」という歌詞も夜の闇にふと目覚めた時のイメージが想起されて好きだ。西寺郷太さんの歌詞は素晴らしい。しかし、僕は岡村靖幸が苦労して作った歌詞で歌われた歌を聴きたい。

「その涙 僕にゆだねてくれないか」

という歌詞がある。僕はきっとこのフレーズは岡村靖幸のなかから産まれた歌詞じゃないのだろうなと直感的に感じた。「僕に君の涙をゆだねておくれ」なんていう男気のある立派な歌詞は書かないよ。歌詞に関しては、まぁ、でも、う~ん…。難しい問題ですけどもねぇ。スッキリしない部分があることは事実だ。

とはいえ、西寺郷太さんが居たからこそ名曲「ビバナミダ」が誕生したのであり、一ファンとしては感謝感謝である。

ヘルシーメルシー★★★★

「ビバナミダ」のデジタルサウンドから打って変わってのアコースティックなバンドサウンド。音数も少なく非常にシンプルな楽器編成で成り立っている。良い意味で“B面”的な曲。岡村靖幸がリビングでオベーションのギターを抱え、お酒でも飲みながら、ちょっくら新しい曲でも作ってみようかしらとリラックスした状態で産まれたかのような曲。

岡村靖幸にしては珍しく王道なコード進行でメロディラインもポップ。初見で聞いても曲の終わりにはサビを一緒に合唱できるくらいポップ。過去の曲で言えば「ターザンボーイ」と似ているだろうか。岡村靖幸らしからぬ一般受けしそうな曲調だ。

「はっきり~」からの6年間の間にいろいろあったわけだが、「ヘルシーメルシー」という曲は岡村靖幸からのベイベに対する初めてのアンサーとして受け取ってよいのではないだろうか。この歌で歌われている内容がまんま今の岡村靖幸なのだろう、と僕は思う。

それにしてもやっぱり歌詞は岡村靖幸じゃないとダメ。だって「ヘルシーメルシー」の歌いだしから何て言っているのかわかんないもの。歌詞カードを見てなんとか認識できるレベルだもの。「全身水中」と歌っているらしいが僕には「青春渦巻く」に聴こえたもの。この空耳アワーっぷりが岡村靖幸の魅力の一つでもあるよなぁ。

「ビバナミダ」が優れた曲であるならば「ヘルシーメルシー」は愛すべき曲だ。


付記
この記事を追加更新する日が来るとは…。感慨深い。

僕の最強“岡村ちゃん打線”

現在、巨人対楽天の日本シリーズが行われている。今日は第5戦で楽天が大手をかけている。楽天が優勝すれば球団初の日本一である。今日の楽天の先発は今シーズン無敗という前人未到の大記録を打ち立てた田中将大だ。ってことは、もうほほ楽天の優勝は決定的だ。しかし、何が起こるかわからないのが野球であり、日本シリーズだ。

野球なんて松井秀喜がメジャーに行ってしまってから全く見ていないので現在の巨人打線のメンツを見ても知っている名前は高橋由伸と阿部くらいだ。僕の中では阿部なんてルーキーというイメージしかないけど今の巨人打線の中ではきっとベテランなのだろう。時の流れを感じる次第だ。ちなみに僕が野球を熱心に観ていた頃の巨人打線は

1、清水
2、仁志
3、高橋
4、松井
5、清原
6、江藤
7、元木
8、阿部
9、ガルベス

監督:長嶋茂雄

確かこんな感じだったっけ。川相や吉村や石井なんかも居たなぁ。キャッチャーは阿部よりも村田の印象の方が強かったけなぁ…。とまぁ、僕が熱心に野球を見ていた頃の巨人打線はこんな感じだ。この頃の野球は本当に面白かった。今の野球も面白いのかもしれないけど、なんだかあまり見る気がしない。実際見てもあまり胸が熱くならない。やっぱり長嶋茂雄や松井秀喜のような世間を巻き込むほどのオーラを放っている絶対的スターが今の野球界には不在なのだろう。

さて、野球の話はこれくらいにして、今日は記事のタイトルにもあるように“僕の最強岡村ちゃん打線”について考えてみようと思う。岡村靖幸の打線を1番から8番まで考える。打線と言っても岡村靖幸は一人しかいないので、過去の岡村靖幸を起用できることにする。

1986年にデビューしてから今年で27年以上経過した岡村靖幸。この27年間の間に岡村靖幸は様々な音楽活動をしてきている。例えば、「Peach Show '89」の頃の王子様のような岡村ちゃん。「LIVE家庭教師91」の頃の神がかった岡村ちゃん。「笑っていいとも」のテレフォンショッキングでタモリとトークする岡村ちゃん。「NEWS23」で「アチチチ~聖書」を歌う岡村ちゃん。代官山で握手会する岡村ちゃん。「東京環境会議」での岡村ちゃん…等々数えきれないほどの岡村ちゃんがこの27年間の間には存在する。この27年間の間に存在する無数の岡村ちゃんのなかから選りすぐり、最強の岡村ちゃん打線を考えようというのが本記事の目的である。

ちなみに野球の打線というものには1番から8番まであり、それぞれに役割のようなものがある。

1・2番:足が速くて器用なオールラウンドプレーヤー(EXイチロー)。
3番:1,2番で出塁した走者をホームに返すために確実にヒットが打てる強打者。エース的存在。
4番:チームの花形。スター選手。(EX松井秀喜)
5・6番:4番に比べると実力は劣るが頼りになる存在。
7番:割と誰でも良いポジション。自由度が高い。
8番:キャッチャー。みんなの女房的存在。
9番:ピッチャー。ピッチングに専念するため打席に立っても全くやる気はない。

以上の様な役割をそれぞれが担っている。それを踏まえて僕が考える最強岡村ちゃん打線は

1番:「Alive!Hiroshima1987」で尾崎豊と「Young Oh! Oh!」を歌う岡村ちゃん。
2番:「アイボリー」で「ビバナミダ」を歌う岡村ちゃん。
3番:「LIVE家庭教師91」で「イケナイコトカイ」を歌う岡村ちゃん。
4番:「エチケットプラスツアー」札幌公演での岡村ちゃん。
5番:「ジャストポップアップ」で「SWEET MEMORIES」を弾き語る岡村ちゃん。
6番:(E)naのPVの岡村ちゃん。
7番:夜のヒットスタジオで「年下の男の子」をギター1本でカバーする岡村ちゃん
8番:代官山で握手会する岡村ちゃん。
9番:塀の中の岡村ちゃん。

監督:yuji


これが僕の“最強岡村ちゃん打線”である。1番は尾崎豊と若さを炸裂させまくった「Young Oh! Oh!」で出塁し、2番の「ビバナミダ」でイチロー以上の打率の高さでにセンター前ヒットを打ち、3番のイケイコトカイでフェンス直撃のライナーヒットでホームイン。そして4番はもちろん2012年の「エチケットプラス」ZEPPSAPPORO公演の岡村ちゃんでホームラン!

最強打線の勢いは収まることなく5番は強烈な個性で歌われる「SWEET MEMORIES」で相手ピッチャーを困惑させ、6番の(E)naのPVの岡村ちゃんでまたまたホームラン。7番で天才的なギタープレイとアレンジセンスを魅せつつ8番は代官山での紳士な岡村ちゃんで締め。9番のピッチャーは、まぁ打てなくて当然という意味で塀の中の岡村ちゃん。僕の岡村ちゃん打線より強い打線をお持ちの方はコメントにてどーぞ。

付記
現在4対2で巨人がリードしている。マーくん危うし。
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
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第332回:10月12日
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