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中河与一で「天の夕顔」

中河与一の代表作「天の夕顔」を読んだ。
この小説は1938年に発表された小説で、
世界六カ国で翻訳されている有名な作品です。

ゲーテの「ウェルテル」と比較されたり
ノーベル賞作家のカミュ(セインカミュの爺ちゃん)
に絶賛されたりと、日本を代表する浪漫主義文学の名作である。
ゆうがお

この小説は切ないの一言に尽きる。
一人称の独白のような文体で書かれているのですが

冒頭の一文が

「信じがたいと思われるでしょう。信じるということが現代人にとっていかに困難なことかということは、わたくしもよく知っています」

から始まる。

文中にある現代人というのは昭和初期の人間(今でいったら90歳くらいか?)
をさしているのだから2006年を生きる
われわれ現代人にとっては
信じる、信じないなんていう甘っちょろい次元では無い。
御伽噺、あるいは都市伝説くらいの次元だ。
それくらい「天の夕顔」はあり得ない話だ。
でも、そこが面白い。
一回りして感動する。


簡単にあらすじを書く。

主人公の滝口は学生時代に七つ年上のあき子に激しく思いを寄せる。
しかし、あき子は既に人妻であり、子供も居た。
それでも滝口の想いは尽きることなく愛し続ける。
あき子も人妻でありながら滝口に強く惹かれる。
そんなプラトニックな愛は20余年も続く。
途中滝口はあき子への想いが強すぎて自分をうまく保てなくなり
山奥にこもり世間から離れたところで生活する。
そんなある日、あき子の夫が死んだことを知らされる。
数年ぶりに対面したあき子は、
今まで母親という名のために堪えてきたが
夫が亡くなり子供も就職した状況を踏まえて
「五年たったら、おいでになっても、ようございますわ」
と滝口に告白する。
滝口は喜び再び5年間、山にこもる。
しかし、その約束の前日にあき子は死んでしまう。


簡単に書くといいながら随分長くなってしまった。

どうでしょうか。切ないですか?
ま、やはり2006年を生きる現代人としては、
同じ相手を25年間も想い続けられないですよね。絶対に。
しかも、この二人は25年間のうちに数回しか会ってないし
殆ど互いに触れてないし・・・。
お互いのコミュニケーション手段も手紙のみ。
う~ん、都市伝説だな。

健気な描写も多い。一番シビレたのは

あき子「この籐椅子におかけになって」
滝口 「どうするんです」
あき子「どうでもいいのよ」
滝口 「わかった。あなたがあとでかけるんんでしょう」
あき子「ええ」

んもー!
なまら健気だ。
ハニカミプランに採用すべきだ。

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