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谷崎潤一郎で「猫と庄造と二人のおんな」

今年読んだ小説の数は30~40冊くらいだ。そのなかで一番の収穫は谷崎潤一郎と出会えたことだ。もちろん名前だけは前から知っていたのだけど愚かなことに食わず嫌いで読まなかった。
初めて読んだ「痴人の愛」での衝撃は今も忘れない。読んでいて感情的に(普段は冷静な方なのだが)なってしまうのだ。登場人物の愚かさやフェチシズムの奴隷になる様を客観的に俯瞰して読めない。どうしても感情を揺り動かされてしまう。物語のなかの人間模様に、展開されている世界に没頭してしまう。

「猫と庄造と二人のおんな」。洒落たタイトルです。このタイトル通り猫と庄造と二人のおんなが主な登場人物であってこの小説の登場人物の殆どでもある。

物語は庄造の前妻(品子)の手紙から始まる。庄造が溺愛している猫(リリー)を私に譲ってくれというものだ。庄造と離婚してからというもの一人寂しい生活を送る品子。せめてリリーと一緒に居たいという内容だった。しかし本意は違った。リリーを自分の下に置くことで庄造を誘き出そうとしていたのだ。それほどまでに庄造は猫が好きなのだ。現妻の福子はリリーと庄造のあまりにもの親密さに嫉妬していた為リリーを品子にやってしまう。猫を中心に翻弄される庄造と二人のおんなの物語。

谷崎は猫が好きだったようだ。
だからか、猫の魅力が存分に描かれている。これを読めば猫好ならほぼ確実にリリーの虜になるだろう。僕は猫が好きなので庄造の猫の溺愛ぶりを読んでもそれほど異常だと思わなかった。これは時代背景によるものだと思う。まず、猫を「獣」という表現で描いてあったりしている。飼い方も室内飼いじゃなく放し飼い。餌もペットフードではなく焼き魚であったりメスの虚勢は難しいからしないとか現代の環境ではちょっと邪道な飼い方だ。なによりリリーは10歳で既に老衰の域に達しているのだから時代を感じる。

この小説のラストは秀逸だ。
結局、庄造は福子との関係が崩壊寸前になり、リリーが恋しくなり品子の家に行く。品子がちょっと出掛けた隙を見てリリーと再開するのだが、あれほどまでに溺愛していたリリーは庄造を半ば忘れている。猫の習性からして一ヶ月以上も離れていては忘れていて当たり前なのだが庄造は感慨に耽る。
そこへ品子が帰ってくる。大慌ての庄造は急いで玄関に向かい寸での差で品子と対面することなく逃げるというもの。
この終わり方が呆気なくてどこが滑稽で面白かった。

小説の舞台は関西なので登場人物はみんなコテコテの関西弁だ。
庄造は少しマザコンで頼りのない男なのけど自分のことを「僕」と呼ぶ。これがなんだか笑えた。
「そんなこと僕覚えてエへん」
「僕、ちょっと其処まで行って来るよってに」

関西弁で一人称が僕というのはなんか良いな。
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