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西尾維新で「クビシメロマンチスト」

nisioisinその筋では驚異的な人気を誇る西尾維新の小説を初めて読んだ。西尾の小説は講談社ノベルスから出版されている。去年の暮れに記事にした佐藤友哉の水没ピアノと同じ出版社だ。西尾と佐藤友哉は交流があるらしい。佐藤は80年生まれで西尾は81年生まれ。二人とも若い。この二人に限らずメフィスト系の若い作家たちの間には交流が盛んにあるようだ。なんかトキワ荘的な感じがしないでもない。20代の作家同志の交流とは、なかなかカッコイイじゃないか。ま、でも僕は村上春樹が一番好きなので「物書きが徒党組んではいかんだろ」とも思ったりもするのだが。ファウストやらメフィストの新進気鋭の若い作家たちの勢いには目を見張るものがある。実際問題、文学小説と比べると比較にならないほど売れているようだ。その勢いに半ば流される形でここ数年僕もミステリもいろいろと幅広く読むようになった。今ではこのジャンルについてもそこそこ詳しくなった。で、今回読んだ西尾維新だが、この人の小説は「最近のミステリ」において、ある意味到達点という感じがする。行くとこまで行った、みたいな。西尾の小説はライトノベルとミステリと文学のミクスチャー小説(こんな言葉はないが)だ。新感覚だ。

今回読んだ小説は「クビシメロマンチスト」でシリーズものだ。この小説を読んだ感想は、正直に告白するならば悔しいが面白かった。なぜ悔しいのかといえば僕がもともと嫌っていたタイプの小説だからだ。でも面白いのだから、仕方がない。西尾維新は「読んだあとに何も残らなくいい、面白ければそれでいい」というような内容をインタビューで語っていたようだ。この考え方が物語にも反映されているように思う。確かに何も残らない。主人公にも何も共感できない。だいたい、作中に出てくる人は登場人物ではない。登場キャラと言ったほうが的を得ているだろう。要は薄っぺらい。人間が描けていない。描けていたとしても全く理解不能な人間ばかりをを描いているのだからあまり意味はない。西尾作品の特徴だと思われるが登場キャラの口調がいかにも現代の若者っぽい。ネットや今時のアニメをふんだんに吸収して育った若者が書いた小説って感じ。喋り口調がまるで2ちゃんのレスのようだもん。あの匿名的なレス。たとえば「お前ってホント馬鹿なのな」とか「~さんて全然そういうの興味ない人?」とか。今時の十代のあの感じがプンプンと漂っている。しかし、狙っているのかどうかはわからないけどこれもいい味を出している。
またこの小説のヒロインである葵井巫女子(「あおいいみここ」と読む。いい名前だ)のキャラクターは明らかに「萌え」が意識されている。狙っている感がありありと感じられる。もうね、口調がありえない。仕種もアニメ的だし。でも描き方が凄くうまい。悔しいけどうまい。(何で悔しいのだろうか)葵井巫女子が亡くなる描写はちょっと悲しかったしね。
キャラクターがまるでマンガだ。個人的にはドラゴンボールと同じくらい突飛なキャラクターだ。主人公が他人に対してこれっぽっちも興味が持てないとかいう戯言には全く共感出来ないし、難しい言葉が怒涛のごとく羅列するページが何箇所もある。言葉遊びなのか、真面目なのかが分からない。いくら考えても意味は理解できない。真剣に読んだらあるいは理解できるのかもしれないが。真剣に読むタイプの小説ではないのは明らかだ。

と、まぁ不満はたくさんあるのだけど、それらを凌駕するほど読んでいて面白い不思議な小説だ。
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