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レイモンド・チャンドラーで「ロング・グッドバイ」

DSCF0449.jpg3月に発売された話題作、村上春樹訳の「ロング・グッドバイ」を最近やっと読み終えた。発売後割とすぐに購入したのだがスムーズに読み進めることが出来なかった。500ページ以上もあるボリュームといかにも翻訳ものの独特の文章が読んでいて疲れるというのが原因だ。村上春樹が翻訳した文章は村上春樹っぽい文章に変換されているものが多い。翻訳だけを専門にしている人は原文を忠実に訳すことを第一に考えるのだろうけど、村上春樹は自分なりの揺ぎ無い文体を持っている。だから意図してか無意識かはわからないけど彼の訳す文章には「村上春樹節」が顕著に現れる。村上春樹訳の本を読む人の殆どは村上春樹訳だからこそ読む。原作のファンではない人が読む場合が多いだろう。(「ライ麦畑」と「グレートギャツビ」ーと「熊を放つ」は除く)そもそもマーク・ストランドやレイモンド・カーヴァーなんて村上春樹が翻訳しなければ日本ではほぼ無名だろうし。だから村上春樹テイストの文章に翻訳されていることは全く悪いことではない。むしろ歓迎されている。
しかし、今回の「ロング・グッドバイ」は村上春樹節が殆どない。つまりは原文に忠実ということなんだろうな。それくらい「ロング・グッドバイ」に思い入れがあるのだろう。過去のエッセイなんかでも度々チャンドラーという作家そして「ロング・グッドバイ」の素晴らしさを語っていた。故に「原文に忠実」というのを至上命令に翻訳したのだと思う。
内容については正直そんなに(あくまでも個人的には)面白くなかった。そりゃ、あの村上春樹があとがきで「(「ロング・グッドバイ」は)夢のような領域までに近づいている」とまで言わしめる小説だから文章の一行一行は最初から最後まで完璧だし美文だ。パーフェクトな文章だと思う。内容もハードボイルドでタフなフィリップ・マーロウの一人称で展開される光景にワクワク出来た。だけど恥ずかしい話…というより単純に自分が馬鹿なだけなのだろうが最後の方はストーリーがイマイチ把握できなかった。この本は3月に買ってまず150ページほど読みそれから2ヶ月以上放置してここ3日で一気に読んだ影響かも知れないが。「ロング・グッドバイ」はミステリの要素も入っているからラストでどんでん返しがある。最後の数ページにテリー・レノックスに関してのどんでん返しがあるのだけどそれがよく理解できなかった。理解できないまま物語が終わってしまったのでなんか不本意だ。ま。でも面白い本なので(どっち?)読んで損はないです。なによりも文章が素晴らしい。作家志望の人が読んだら凄い勉強になると思います。

追記
「ロング・グッドバイ」の有名な一節に「さよならを、言うのは少しだけ死ぬことだ」というのがある。タイトルの「ロング・グッドバイ」もこの一文からとっている。で、この一文はいくつかのブログを読む限りは「さよらなとは自分の一部分が少しだけ死ぬ、あるいは損なうこと」というような解釈が成されているようだ。僕の個人的な解釈は少し違う。さよらなをした相手が(この場合はテリーレノックスのこと)生きているにしてもこれから先会うことはない。相手はどこか見知らぬ土地で生きているのだろうけど二度と会うことはない。つまりは相手が死んでしまったのと本質的実質的には同じ。故に「さよならを、言うのは少しだけ死ぬことだ」という解釈なのだが。どちらが正しいのだろうか。どちらが正解なんてないのだろうけど。ま、どちらにせよ人生において「ロング・グッドバイ経験」は人を成長させまた心の財産を増やすものなのでしょう。んっ。
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