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蓮見圭一で「水曜の朝、午前三時」

書店の柱に児玉清の大きなポスターが貼ってあった。そのポスターはモノトーンの児玉清が凛々しく写っていて隣に大きな文字で「水曜の朝、午前三時」とあり「こんな恋愛小説を待ち焦がれていた。わたしは、飛行機のなかで、涙がとまらなくなった…」と書かれていた。この文章は本の帯にも書かれている。僕はこれを見て速攻で買ってしまった。児玉清ほど購買意欲をそそられる人は居ない。なぜかというとそれはやはり児玉清の(本人も自負している)読書量だ。小説好き人たちの間では読書量がひとつの目安となる。月に何冊読むか、200ページ程度の文庫を何時間で読めるか、1時間で何ページ読めるかなんて不毛なことが小説好きの間ではよく取り交わされる。そこでは、読書量の多い人はなぜか「偉い」となる。なので読書量の多い児玉清が(太田光もそうだ)オススメする小説は気になるわけです。
児玉清が「涙がとまらなくなった…」と言うんだからきっと泣ける小説なのだろうと思い読み進めたのだが全く泣けなかった。実際に涙を流さないにしても、読んでいてここら辺りが泣きどころだなとか、この描写は悲しい、感動的だというくらいは解りそうなものだがそのポイントすら解らなかった。要は涙もろい人だったらあるいは泣くんだろうなぁと思い当たるポイントすら解らなかった。この小説は主人公である四条直美が45歳の若さで亡くなるのだが、死に際の病院で自らの半生をテープに吹き込む。それを四条直美の娘(葉子)の夫(僕)がまとめたものだ。物語の殆どは直美の生い立ちから若き日の回想だ。だから物語の全てが泣き所でもあるとも言える。前編にわたってノスタルジアな雰囲気があるし。
最も印象に残ったのは、内容よりも物語の構成だ。これが秀逸だ。時間軸をこれほど丁寧に解りやすく且つ効果的に駆使した小説は初めてかもしれない。終盤の壮年の臼井と僕との会話は読んでいて感嘆した。時間軸を駆使した小説で最強なのは誰がなんと言おうがブロンテの「嵐が丘」だと思うのだけど「水曜の朝、午前三時」も決して引けをとらないと思う。

追記
直美の若き日の群像の舞台は1970年の大阪万博であり、物語の核は大阪万博の模様に尽きる。クレヨンしんちゃんの泣ける映画「オトナ帝国」の舞台も大阪万博である。もう、大阪万博と聞いたら感動ものの作品の舞台としてしか思い浮かばないなぁ。
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