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尾崎豊 アルバム解説

2008年4月25日は尾崎豊の17回忌。尾崎豊の曲は、ここ4~5年、全く聴いていないが、高校生の頃は毎日欠かさず聴いていた。毎日、尾崎の曲を聴き、尾崎のライブビデオを見、尾崎関連の書籍を読み漁り、尾崎のファンクラブに入会までもした。挙句の果てには、尾崎豊への熱い思いを原稿用紙に書き、それをアイソトープ(尾崎豊が生前に興した事務所)に送り、ファンクラブの会報に掲載されたこともある。今振り返ってみても我ながら熱狂的であった。
高校の頃は少し精神的に病んでいたので、その病んだ魂が、尾崎豊の存在と上手くシンクロし、結果として信者並のファンになってしまったのだと思う。しかし、大学に入ってからは、急に尾崎を聴かなくなった。大学時代は、いろいろと充実していたし、適当に馬鹿騒ぎして息抜きする術も覚えたので、自ずと尾崎豊を聴く必要性が無くなったのかもしれない。ということで、今ではすっかり疎遠になってしまった尾崎豊だが、今日は17回忌。せっかくなので、尾崎豊のオリジナルアルバム6作品の簡単な感想を書こうと思う。

十七歳の地図(1983年12月1日)
ファーストアルバムにして尾崎豊の最高傑作「17歳の地図」。尾崎豊の代表曲である「I LOVE YOU」「15の夜」「僕が僕であるために」「OH MY LITTLE GIRL」「SEVENTEEN'S MAP」が収められており、ベストアルバム並に豪華なラインナップとなっている。あまりにも完成度が高いため、後に尾崎は「ファーストを超えるアルバムがつくれない」と口にし、苦悩したほどだ。シビアな意見ではあるが、ファーストアルバムがあらゆる意味で頂点であり、セカンドアルバム以降、クオリティは落ちてゆくばかりだ。それほどまでに「17歳の地図」は神がかった名盤なのだ。
ノート一冊分とも言われる膨大な言葉の中から、選びぬかれた切れ味抜群の鋭い歌詞。それを一層引き立たせる扇情的で完全にオリジナルな歌唱法。作曲能力も高く「I LOVE YOU」のように切ないバラードもあれば、ブルーススプリングスティーンの影響を感じさせる骨太なロック「SEVENTEEN'S MAP」もある。またフォークソングように哀愁が漂う曲(「傷つけた人々へ」や「街の風景」)もあり、オールラウンドな作曲能力が窺い知れる。このアルバムを聴けば否が応にも、決して「その他大勢」に埋もれない尾崎豊の煌いた才能に気付くだろう。

回帰線(1985年3月21日)
シングル「卒業」がスマッシュヒットし一躍有名人になった尾崎。マスコミから「十代の代弁者」や「教祖」と騒がれはじめた折にリリースされた「回帰線」は初のオリコン1位を獲得。アルバムの雰囲気は前作とほぼ同じであり、故に名盤である。「シェリー」「卒業」「Scrambling Rock'n'Roll」あたりが有名どころだが、「回帰線」の素晴らしい点は7~9曲目までの流れにある。「坂の下に見えたあの街に」「群衆の中の猫」「Teenage Blue」。この3曲は尾崎豊ファン以外には知名度の低い曲だと思うが、凄まじく名曲である。
また、「回帰線」は世間の人々が想像するいわゆる尾崎豊のパブッリックイメージ通りの歌詞がある。「サラリーマンにはなりたかねぇ(Bow!)」や「先生あなたは か弱き大人の代弁者なのか(卒業)」「自由になりたくないかい(Scrambling Rock'n'Roll)」というような十代の反骨的な少年が、社会や大人に対して刃向かう歌詞が顕著だ。「尾崎豊っぽい」曲が聴きたい人は「回帰線」を聴いたら良いと思う。そんなアルバム。

壊れた扉から(1985年11月28日)
十代三部作の最後のアルバム。前作から僅か7ヶ月という短いリリース期間で発売された「壊れた扉から」。既に尾崎豊の名前はすっかり世間に定着しており、ライブを行えば、まるで新興宗教の会場みたいな異様な盛り上がりをみせていた。一見、順風満帆だが、この頃から徐々に尾崎は危うくなってくる。その兆候としてまず、歌詞の量が多くなる。その上、内容は難解になる。今までの歌詞は、短いセンテンスにリアリティのある鋭い言葉を散りばめるという手法だったが、3thアルバムは「失くした1/2」「彼」「誰かのクラクション」「米軍キャンプ」などを中心に抽象的で難解で独善的な歌詞が目立つようになる。「盗んだバイクで走り出す」みたいな歌詞は皆無だ。
そんななかで、初期の煌きを感じさせる曲が「Forget-me-not」。繊細で明快な示唆に富んだ歌詞だ。この曲は、ケミストリーやマッキーなどにカバーされており、尾崎ファンの間でも人気の高い曲だ。また、ライブでお馴染みのロックナンバー「Freeze Moon」「Driving All Night」が収録されているのも嬉しい。アルバムのトータリティはそこそこ高く、ギリギリ名盤といえる。「壊れた扉から」をリリースした後、尾崎は活動を休止し、ニューヨークに向かう。1年後活動再開。しかし覚せい剤所持で逮捕されてしまう。

街路樹(1988年9月1日)
釈放された後の尾崎は忙しかった。結婚し、「夜のヒットスタジオ」に出演(最初で最後のテレビ出演)し「太陽の破片」を歌い、4thアルバム「街路樹」をリリースし、東京ドームで復活ライブを行った。上記の経緯だけを追えば、逮捕からの見事な復活劇に見えるが、尾崎を取り巻く問題は根深く(どれほど根深いかというと、今でも確執やら裁判があるほど)東京ドームの復活ライブ後、再び活動休止状態になる。
そんな中リリースされた「街路樹」はとにかく暗い。そして「壊れた扉から」よりもさらに歌詞は難解になる。これほどまでに反商業的な音楽はなかなかないだろう。当時は賛否両論の“否”が圧倒的に多かったようだが、今では、瓦解寸前の精神世界を表現したアルバムとして一部では評価されているようだ。レディオヘッドでいえば「キッドA」のような位置づけの作品である。ちなみに、シングルでリリースされ、テレビでも歌ったシングル「太陽の破片」は収録されていない。尾崎曰く「太陽の破片を入れたら売れるから」だそうだ。「太陽の破片」はNYに住んでいた頃の荒んだ生活やクスリに手を出してしまった絶望の日々を歌にした名曲であり、尾崎豊を語る上で重要な位置づけにある曲だ。その「太陽の破片」を2004年にリリースされた尾崎豊のトリビューアルバムでカバーしたのが、あの岡村靖幸である。

誕生(1990年11月15日)
複雑に絡み合った確執をなんとかクリアにし、レコード会社を決め、個人事務所「アイソトープ」を設立し、再起を計った2枚組みのオリジナルアルバム「誕生」はセカンドルバム「回帰線」以来のオリコン1位を獲得。抽象的な歌詞は是正され、以前のような鋭い歌詞が戻ってきているが、内容は学校や大人に対する不満などではない。では、25歳の尾崎豊は何について歌っているのかというと…それがはっきりしない。
しかしメロディは親しみやすいキャッチーなものが多い。よって「ロザーナー」「音のない部屋」「風の迷路」「永遠の胸」などを筆頭に「普通にいい歌」が多い。悪く言えば、個性が無い。その他大勢に埋没してしまいそうな曲が多い。もちろん尾崎豊自身もその点には気付いており、「歌うべき対象」が明確ではないことに苦悩していたようだ。しかし、「誕生」はオリコン1位を獲得し、アルバムを引っさげての全国56公演の「BIRTHツアー」も成功。新生尾崎豊として無事復活を遂げたといえる。

放熱への証(1992年5月10日)
91年の暮れに「BIRTHツアー」が無事終了し、新年を迎えた尾崎の身に起こった悲劇は母の急死だった。個人事務所の手伝いに忙しくしていた尾崎母はあっけなく亡くなってしまう。尾崎は、母への追悼曲を作り、ニューアルバム「放熱への証」のレコーディングをする。しかし、「放熱への証」の発売日の2週間前、母の後を追うかのように尾崎豊は亡くなる。若干26歳だった。
「放熱への証」は、前作の「誕生」と同じように「普通にいい歌」といった感じの楽曲が多い。結局「歌うべき対象」を見つけられないまま逝ってしまった感がある。「太陽の瞳」「闇の告白」は相変らず救いようのない暗い歌だが、とことんポジティブでキャッチーな「自由への扉」や癒し系のバラード「優しい陽射し」なんかも収録されている。もちろん、尾崎豊が敬愛するブルーススプリングスティーン風のロックもある。尾崎豊の衝撃的な死後に発売されたこともあり、瞬く間に100万枚以上の売り上げを記録。そのため尾崎豊のアルバムのなかでは、唯一ブックオフの250円コーナーの棚に(一抹の寂寥感を漂わせながら)置いてある作品である。
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