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Counseling 1、岸田秀と岡村靖幸

2004年に発売された岡村靖幸著の「純愛カウンセリング」。この本は、岡村靖幸がさまざまな分野(ex:少女漫画家、精神科医、ゲイバーのママ、ゲームプロデューサーなどなど)で活躍している人々に直接会いに行き〝純愛〟という共通のテーマの下、インタビュー形式の対談を行うといった内容の本である。そして、対談を全て終えた後に、岡村靖幸なりに純愛とは何か?についての答えを曲がりなりにも出すというものである。

今回は、〝Counseling 1〟の唯幻論者・岸田秀と岡村靖幸の対談について、あーだこーだ適当に書いてみようと思う。

まず、岸田秀という人について。この人は「世界のあらゆる事象は人間の脳みそから作られている幻想である」という自らの考えをまとめた「ものぐさ精神分析」という著書を執筆した人で、その筋ではかなり有名な人らしい。

岡村靖幸は十代の頃に、岸田秀の「ものぐさ精神分析」を読んで救われたという。岡村靖幸にとって「ものぐさ精神分析」はまさに多感な青春時代のバイブルであったという。具体的にどのように救われたかというと、岡村曰く「高校時代、異性からトラウマになるほどこっぴどくフラれた時、〝全ては幻想である〟という岸田秀の思想で救われた」のだそうだ。この岸田・岡村の対談では、純愛とは何かについて多面的且つ具体的にいろいろと語り合われるわけだが、結論は全て「ものぐさ精神分析」の思想に基づき「まあ、でも結局は幻想ですけどねっ」で終わる。

「ものぐさ精神分析」を未読な自分からすると何でもかんでも「この世のあらゆる事象は人間の脳みそが作り出した幻想なんだよ」という結論は安易に感じないでもない。岡村靖幸のようにひどいフラれ方をされて辛いけど〝全ては幻想〟なのだから大丈夫、というのは現実逃避というかちょっと危なくないか。その考え方の延長線上にあるのって、結局はクスリのなのでは?なんて思ったりもするのだが。

ちなみに「ものぐさ精神分析」の〝全ては幻想である〟という思想は吉本隆明の著「共同幻想論」に影響されている節があるそうだ。「共同幻想論」といえば――尾崎豊ファンならご存知のように――尾崎豊の終生の愛読書でありバイブルであった本として有名だ。岡村・尾崎は同じような思想の本を読んでたんだな。そして同じように薬物を…。

この対談では、純愛とは何か?というメインテーマに対して明確な答えは出ていないのだが、個人的に思うに「『純愛』は時代によって変わる。今の時代に純愛は難しい」というのが答えらしい答えだろうか。

岡村靖幸はこのように語っている。
「携帯電話の普及によっていろんなことを我慢しなくても良くなった。昔は家を出て遊びたいけどその間に彼女から電話がかかってくるかもしれないから家で待っていた。祈るように電話を待つという淡くて健気な行為は今は無くなった。だからこそ、そういった淡くて健気な心に価値観が見出される時代が戻ってきたのではないか」
一方、岸田秀は…
「昔はストーカーという言葉はなかったけれど、それに類する行為をする者はいて、それは「本当に相手が好きで純粋な人」という意味合いを含んでいたように思えますね」

〝Counseling 1〟を総括すると―――世の中が便利になったおかげで、健気な行為や淡いシチュエーションが減った。そのため純愛に憧れる人々が多くなった。しかし、世の中が物騒になったため、昔のような純愛を今の時代に貫こうとするとストーカーで捕まる恐れがある。今の時代、純愛の成立は困難であり、もはや都市伝説化している。敢えてあげるとするならば、赤ちゃんの頃に母から受ける愛がもっとも純愛に近い。しかし母の無償の愛も所詮は幻想である。昨今の「純愛がしたいのに出来ない」というジレンマにより巻き起こったものが「冬のソナタ」のブームである、みたいな感じ。
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