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観客は立ち会いを許された覗き魔である

kokoro●夏の文庫フェア
文庫といえば夏である。なぜ夏なのかは分からないけど、どの出版社も夏になると文庫フェアを大々的に行う。おかげでこの時期書店には、文庫フェア用にわざわざ作られた帯のついた名作文庫が平積みで山ほど置いてある。各出版社がこぞって頑張る夏の文庫フェアだが、今年も集英社はインパクトが強い。去年に引き続き、デスノートの小畑健に夏目漱石の「こころ」と芥川龍之介の「地獄変」の表紙イラストを描かせ勝負に出たようだ。ちなみに去年は、このブログでも取り上げたが太宰治の「人間失格」だった。小畑健の夜神月っぽいイラストと「人間失格」という強烈な存在感を有した題名の見事なコラボレーションでもって、古典文学としては異例の売り上げ(20万部以上)を記録し、ちょっとしたニュースになった。

今回の「こころ」と「地獄変」も去年の「人間失格」ほどではないが、そこそこ売れているようだ。さすが小畑健!いまだに影響力を持っているんだな。早く大場つぐみくらい秀逸な原作者を見つけて、ジャンプ誌上で連載をはじめてほしいなぁ。

思ったのだが、小畑健の表紙目当てで買った人は実際に「こころ」なり「地獄変」なりを読むのだろうか。買った時点で既に満足してそう。本棚に飾ってそれで終わり、みたいになっている気がする。まあでも読んだら読んだでウツになるけどね。どちらも名作だが「こころ」は暗いし「地獄変」はグロいし。特に「こころ」は読んでいて「うわぁ~」って感じになるし。Kの自殺の描写とか、語り手の〝私〟の父の死に際とか、絶対いやぁ~な心持になるよ。心躍る夏に読むような小説ではないような気がしないでもない。

●露出狂VS覗き魔
「観客は立ち会いを許された覗き魔である」とは寺山修司の言葉。最近この言葉が妙に気に入っている。寺山修司がこの言葉にどのような意味合いを含ませているのかは分からないけど、確かに観客の根っこにあるのは〝覗き魔〟的な好奇心だと思う。観客を覗き魔だなんてまるで変態扱いだが、(三波春夫が聞いたら怒るよ)その覗き魔が見ているステージ上のミュージシャンなり俳優なりの、いわゆる表現者はもっと変態だと思う。「アタシを見て~」とステージ上でパフォーマンスする人なんて露出狂の変態野郎である。そんな露出狂を見る覗き魔。…なんて素敵な関係性だろう。

この「露出狂VS覗き魔」という関係性はメジャー化すると実態がぼやけるが、マイナー化すればするほど顕在化する。路上で歌っているストリートミュージシャンと通りすがりの立ち見のサラリーマンなんてのはまさに露出狂と覗き魔の遭遇である。あと、ようつべやニコ動にアップされている素人がわけのわかんないパフォーマンスをしている動画とそれを見るユーザーってのもやはり露出狂と覗き魔だ。そう考えると、ブログを書くっていう行為もある意味露出狂に片足を踏みれているのかもしれない。タモリも言っているように人はみんな漏れなく変態なんだな。


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