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精神講座 創ることと魅せること(後半)

カッコつけた手の届かない人に憧れてた

岡村 最近の雑誌見てて確実に違うなって思うのはさ、僕たちってすごくカッコつけるでしょ、雑誌に載るときとかさ。でも、いまの子ってあまりカッコつけないじゃない? なんでかなって思う。僕なんか、デビューするときは衣装作って、ヘアメイクを呼んで、いままでにない髪型作ってくれって言ったりしたし、アルバム出すたびに髪型変えてがんばろうかな、とかあったけど、いまの子達にはそういうのないみたいだね。
吉川 憧れているもんが違うんじゃないかな。俺たちが憧れたのは“こういうやついるわけないじゃん”っていうタイプだったじゃない。ロック・スターにしたって、俺なんかプレスリーだったりデヴィッド・ボウイだったり、手の届かないところにいる人で、後光がさしてるようなイメージがあるけど、いまの子達ってもっとリアリティに敏感なんだよ、きっと。だからドラマにしたって、となりのオフィス・ビルで起きてるような、自分たちにできそうなシチュエーションなんだよ。憧れてるものが近いところにあるんだと思うな。
岡村 歌謡曲が消えちゃったのには、その理由があるような気がするな。
吉川 そうだね、夢物語よりもリアリティ、みたいなさ。
岡村 僕は音楽ではリアリティを追求してるけど、音楽で自分自身を出すかわりに、見せる部分では観にきてくれる人を喜ばすためにいろんなことをしてるっていうのはある。レコードは自分のためだけど、ライヴは人のためっていうさ。
吉川 もの創るっているのは(原文のまま)コンプレックスの裏返しで、虚勢だからね。
岡村 そう。俺たちにはコンプレックスはないんだよっていうのが究極の状態だから、そういうふうに見せるように俺たちふたりはがんばってるんじゃないかな。そのための努力たるや、昔は強力なものがありましたよ。
吉川 昔は?(笑)。それじゃあ、いまはしてないってわけだね。
岡村 いまもしてるけどさ(笑)。それは強力なものですよ。
吉川 だけど俺は、それを努力とは言わないけどね。努力って言葉、嫌いだから。
岡村 んー、だからなんて言ったらいいのかな、そう見せるための働きかけには強力なものがあったよね。そのために貯金がゼロになっても、平気なんじゃないかな。
吉川 さっきも言ったけど、俺たちが外に出してる部分っていうのは俺たちの憧れの部分なんだよね。実際はもっとグシャグシャなわけ。普通の人より情けないときって多い。だからそれができる土壌を絶対に手放したくないっていうのかな。ステージって一回上がったらもうドラッグだと思う。きっとステージに立つとアドレナリンが頭のなかにグショグショに出るんだよ。で、この場だったら憧れに手が届きそうだって思う。さっき岡村はステージでは来てくれた人のために歌うって言ったけど、俺は誰のためにも歌わない。レコードもステージも自分のためにしか歌わない。だから都合のいい野郎なんだよね。まあ、これでお前ひとりでやってろって言われると困るんだけど(笑)。来てくれた人のパワー弾いたり吸収したりしながら、オーラの交換みたいなところで一緒に高まっていくんだけどさ。
岡村 幸せもんだよ、それは。
吉川 エッ? 俺って幸せもんなの?
岡村 そうだよ。自分のために歌っててさ、お客さんがパワーをくれるんだから。
吉川 そうか。ありがとう。お褒めの言葉をいただいて(笑)。


自分のためにやってる音楽は いばらの道でも楽しい

岡村 晃司は自分の弱さみたいなところは、音楽では出してないの?
吉川 だんだん裸になれるようになったよ。デビューのころっていうのはさ、視線を見られたくないっていうところがあって、サングラスは自分のプロテクターみたいに思ってたんだよね。歌っているときは自信あるし気持ちが盛り上がって自分が憧れていたどんなアーティストにもなれるんだけど、しゃべりに関しては長けていきたいっていう指向性がなかったから、そこで裸になるのが怖いっていうかさ。だんだん自分のフィールドが作れてきたからだと思うけど、どんどん裸になっているところはあるよね。で、たまにそれまでの自分の知らない感情を自分自身で見るっていうのが快感になってきたりしててさ。だから自分で自分を脅迫したりとか痛めつけたりするのが最近は好きなんだよね。
岡村 敵はやっぱり自分だからね。誰でもそうだけど、いちばんのライバルは自分だし、いちばんの味方も自分だから。そうなるといちばん考えなくちゃいけないことが自分のことだったりして、当然詞にはそういうことが出てくることになるよね。
吉川 すごいこと言うねー、なるほど。岡村は自分自身の像を自分で描くときに、本当に細かい毛細血管まで知ってるんだろうね。俺はそこまではまだわからないし、なにか、わからない、部分がいっぱいあったほうがいいっていうかさ。ハッとすることがなにかないかなっていつも思ってるんだよね。現実に不器用っていうか、嫌いなんだろうね、現実が。だから失楽園を求めて日々自分を痛めつけてるっていうか(笑)。
岡村 わからないもの、とか、自分にないものを求めるっていうのは誰にでもあるんじゃないかな。きっと、みんなそうだよ。そうじゃないっていうことは、発展する気持ちがないっていうことでしょう。それがない人はいないよ。僕はレコーディングやライヴしているときはいつも、不可能はないって思ってるんだよね。限界なんてない、不可能なんてない、と思えたときに初めていままでと違うものが出てくるし、そうしないと前作とは違っていて、かついいアルバムっていうのは出てこないし、それはライヴでも一緒だよね。僕としてはアルバム出すごとに違う世界を展開したいからさ。みんな、そう思ってると思うけど。
吉川 それはそう思うね。
岡村 あとね、歌を歌う人はみんな、ある程度神様に命令されたんだって思ってると思うんだよね。だからこうやると利益が上がるっていうものは抜きなわけで、そうやって授かったものだから、じゃあ、俺はなんで歌うんだろうって考えた場合に、ある程度みんな、メッセージ・シンガーになると思うんだよね。人によって強いメッセージだったりそうでなかったりするんだろうけど。さっき言ったみたいに自分のいちばんの敵は自分だから、当然メッセージは自分に向けられていくわけじゃない。いろんな外的な敵がはっきり見えていたらそっちに向くのかもしれないけれど、いまはそういうのはぼやけているし。晃司もそうだろうけど、みんな自分へのメッセージ・ソングを歌っているんじゃないかなあ。それをみんなが聴いて共感してくれたりするんだと思うな。
吉川 俺はそれがいちばんすばらしいと思うけどね。自分が実感して動いた気持ちの形を歌っていければいいなって思う。なにか、目先で戦争反対って歌っているやつは信用ならないね。あくまで自分の責任の取れる範囲じゃないといけないんじゃないかな、と思う。あとさ、海の向こうの出来事を歌っても危機感はないと思うんだよね。もっと身近な危機感ってあるわけじゃない。都会で生活してると人間はロボットみたいになっていっちゃうとかさ。とくに日本人は精神的な文明に対してすごく失礼な人種っていうか、金を出せば買えるからといって海外の有名な絵を買ってきちゃったりしてるでしょ。身近にそういう恥ずかしいことっていっぱいあるし、そういうことを自分レベルで歌うっていうのがもっと大事なんじゃないかな。
岡村 そう思うな、僕も。自分の家にいるとよくわかるけど、自分の家は当然くつろげる部屋になっていて、動かなくてもヴィデオをつけたり電話がとれたりいろんなことができるようになってるじゃない。だけどそれって自分は堕落しているわけだよね。筋肉は動いていないし、便利にはなっているけど、人間は堕落しているような気がする。人間は痛い目にあわなくちゃいけないっていうことはないけど、便利なことはいいことじゃないんじゃないかって最近すごく思うなあ。恋愛だって、さっきの晃司の話じゃないけど、障害があって、いろんな敵がいたからこそドラマチックに燃え上がれたわけでさ。そこまで便利にならなくてもいだろう(原文のまま)、って思う。ゴッホの絵だって、メチャクチャ苦しんだから、それこそ狂気にいくような苦しみがあったからできたんであって、のほほんとした、いまみたいな便利な社会のなかじゃとても生まれてくる絵じゃないよね。芸術にとってもいろんな面にとっても、便利になるっていうことは果たしていいことなのかどうか・・・・・・。
吉川 だからいまこそアナログっていうのが大事だし、オリジナリティじゃないかなって思うね。デジタルを多用することに危機感をもっているし、俺はそうしないようにしてるんだよね。
岡村 でもね、ここでひとつパラドックスが出てくるのはね、そうしてる人たちが日本をよくしようとやってるっていうことなんだよね。
吉川 かわいそうだけどね、確かに。働き蜂といわれながら、エコノミック・アニマルといわれながらこういう便利な社会を作ってくれたお父さんたちに感謝はするけど、いま、違うところはやっぱりあるよね。でも、二十歳くらいのやつらってそういうことをあまり思ってないんじゃないかな。諦めてるっていうかね、大人が多いんだよ。
岡村 生まれたときからそういう状態だからね。
吉川 だからキツいと思うよ。俺らが幼稚園のころは“宇宙飛行士になりたい!”とかあったけど、いま、小学一年生でもすごいシビアだもんね。かわいそうだなって思うよ。だから、あいつらがそういう状況のなかで夢を売るポジションについたらすごく認めちゃうし、怖いと思うよね。
岡村 みんなが便利だということはよくないことなんじゃないかっていうことに気がつけば、なんとかしなくちゃって思うんじゃないかな。
吉川 みんなはしないよ。だってわざわざキツい道を選ぶ必要はないからね。俺らは自分で勢いつけて、いばらの道だから楽しいじゃん、というふうに思えるシチュエーションで生きていくことを運よく貰えたから、キツい道を歩くことに苦はないけど、絨毯を敷かれて“さあ、どうぞ”って言われたら、その上を歩いていっちゃうよね。
岡村 うーん。僕も自分のためにやっていることはいっさい辛いとか思っちゃいけない、と思ってるし、仮に思うことがあっても思ってはいけないっていう志でいたいな、と思ってるけどね。人のためにやっているならともかく、自分のためにやっているんだから。でもね、ホントに大きいことなんだよ。これ以上便利にならなくていいっていうことにみんな気がついて、新しいもの、便利なものに飛びつかなくなれば企業もそういうものを作らなくなるだろうし、別なところに発展を見出せると思うんだけどな。このままの状態で進歩するっていうことは、寝たままの状態でも生きていけるようにしてるだけなんだから。ハイテクの最先端であるヴァーチャルなんて、モニターの前でなんでも体験できるっていうことだからさ。
吉川 発展するほど心は細るよね。
岡村 みんなそのことに早く気がついてくれるといいな、と思うな。
吉川 そのほうがきっと自分も楽しいはずだからね。
岡村 うん、絶対にそうだから。


文字起こし人:紅林




k_kikkawa.jpg
きっかわ・こうじ ‘65年8月18日、広島県広島市出身。血液型B型。
‘84年2月『モニカ』でデビュー。発売早々にヒット・チャートをかけのぼり、新人賞を独占。ライヴ活動はもちろん、映画主演でも活躍。‘89年からの2年間は布袋寅泰と“COMPLEX”を結成。シングル・ヒットも飛ばし多大な評価を得た。‘91年5月の初セルフ・プロデュースアルバムから、約1年4カ月ぶりのアルバム『Shyness Overdrive』が9月9日に発売される。
(92年 掲載時のまま)





気心の知れた、親友・吉川晃司が相手とあって、普段はあまりみせない岡村靖幸の“素”の部分が随所に出ている。普段のインタビューでは口数が少なく「・・・・・・・・・」と考え込んでしまうことの多い岡村ちゃんだが、この対談では饒舌だ。「~だもんね」とか「~と思うな」とか、あと「うるさい!」とか吉川相手に喋るときはの岡村ちゃんの口調は、なんていうのだろう…ちょっとかわいいですよね。

この対談が行われたのは92年だから岡村・吉川の年齢は27歳。僕も今年で27なので今の自分と同じ年齢である。自分とタメであることを踏まえてこの対談を改めて読むと、吉川晃司は地に足の着いた大人として落ち着いており、話す内容もしっかりしているけど、岡村ちゃんはまだまだ大人になりきれてない印象を受ける。出会いのチャンスを求めチャラチャラしたスポーツクラブに入会したり、青山学院大学に入学しようとしたり、と、まだまだ大人になりきれてない印象だ。

岡村靖幸のこの「大人になりきれない感じ」ってのは、きっと今でもそうなのだろうな。むしろそこが魅力なのかもしれない。MUSICAの復帰インタビューでも、フェアな関係の友人が欲しくて英会話スクールに通っているとか言ってたし、今でも自分から告白できないだろうし…。岡村靖幸のインタビューをいろいろと読んで痛感したことは、本当に昔からずっと同じことに悩み、苦しみ、抜け出せないでいて、その状況は年齢を重ねる度にどんどん悪化し、はたから観ると痛々しくなっているように思う。負のスパイラル。無限ループ。

今回の対談内容は、まずは、最近のミュージシャンはカッコつけたがらない、ということについて。この頃で言えば、イカ天出身のバンドやユニコーンとかジュンスカあたりのことを指しているのだろうか、確かに、自然体のミュージシャンが増え始めたのはこの頃からかもしれない。その一方でXをはじめとするヴィジュアル形(当時はまだ“ヴィジュアル系”という言葉はなかったため吉川曰く“様式美系の音楽”)はまだ黎明期ではあったにせよ確実に存在していたわけで、自然体と様式美系(あるいは“イロモノ”)の二極化が激しかった時代なのだろうか。2010年の今ではすっかり様式美麗は廃れて、自然体なミュージシャンが殆どになってしまったな。もう、ラフな普段着でロックするのがすっかりスタンダードになっちゃったなもんな。かくいう岡村ちゃん自身もパーカーでステージに上がっちゃってるしねぇ。う~ん。やっぱり岡村ちゃんといえば紫のスーツとか鶴(だっけ?)の刺繍の入ったジャケットとか、黒のタイツとかこれぞステージ衣装って感じの派手な服を着て欲しいものだ。

最後の方は、やや真面目な話。どんどん便利に豊かになっていく世の中に危機感を持っている岡村・吉川の会話。

吉川 発展するほど心は細るよね。
岡村 みんなそのことに早く気がついてくれるといいな、と思うな。


日本人は精神的な文明に対してすごく失礼な人種


デジタルを多用することに危機感をもっているし、俺はそうしないようにしてるんだよね。


今の時代だったらそれこそ“エコ”ってことでありふれた話だけど、まだまだバブルの余韻が残っていた1992年の時点で、どんどん豊かになりまくる日本を俯瞰的に眺めて「これは間違ってる」と気づいていたのは凄いことだと思う。僕はバブル世代じゃないので、リアルに体験したわけじゃないけど、本当にバブルの頃の日本ってギラギラしていて全てが悪趣味ですよねぇ。そんな下品な時代に背を向けるように岡村靖幸は引きこもり気味になるわけか。いま、ふと思ったのだけど、この辺のことを曲にしたのが「チャームポイント」なのかなぁ。

今でも初恋憶えてるなら激しく健気な頃の夏を取り戻せ

吉川晃司との貴重な対談「精神講座 創ることと魅せること」はこれで終わりです。次も92年の月カドから適当にアップします。それにしても、文字起こしばっかりになってるなぁ。「PVレビュー」「ライブDVD全曲実況」辺りも書きたいところだな。こんなに頻繁にブログを更新するのは久しぶりなので、GWのチャットが終わったらきっと事切れることでしょう。

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Comments

懐かしいです。尾崎、岡村、吉川、金山と4人でレッドシューズで飲んでた。頃かな。金山さんも岡村と映画作ったり、吉川さんとこに居候してたり、ほんと仲良いい4人だったんでしょうね。高校生の頃、毎週岡村のFM聞くのが楽しかったな~。思いやりがあって、ちょっとおかしくて、岡村節で。結構パーソナリティ上手かったですよね。
Posted at 2010.04.14 (07:08) by omenapuu (URL) | [編集]
吉川さんの生き方に憧れるし、人間として信頼できると思えるし、尊敬する。漢の中の漢ですよ。
Posted at 2010.04.14 (09:19) by メロンパン (URL) | [編集]
こんにちは♪
月カドの特集号・・吉川晃司との対談からアップするとはフェイントでした d(^ ^)

写真がどの程度の大きさで、どの程度の見え方をするのか不安でしたが・・まあまあですかね。
写真は、あえて92年当時のものを探してますが、それって正しいのかな?
まあ・・いいか(笑)

96年・月カド文字起こしは、峠を越えました。今週は仕事が忙しいので、てかスケジュールがタイトなので休日の今日、頑張ったので。次の休みにはファイルとして送信出来ると思います。
Posted at 2010.04.14 (18:47) by 紅林 (URL) | [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
Posted at 2010.04.15 (16:44) by () | [編集]
・omenapuuさん
こんばんは。仲良かったんでしょうね。友情ですね。
岡村さんのラジオ音源は少しだけしか聴いたことないのですがトーク上手かったんですか。意外です。

・メロンパンさん
吉川さんはカッコいい歳のとりかたしてるなぁ~と思います。

・紅林さん
写真は背景の白と同化しているのが逆にいい感じです。
峠越えましたか。お疲れ様です。そんなに頂いて、GWまでに全てアップできるだろうか、と少々心配です。

・非公開でコメントくれた方
本当に、昔から同じこと言ってますよね。これに関してはキャラ作りではなくリアルに告白できないのでしょうね。
Posted at 2010.04.16 (21:42) by yuji (URL) | [編集]
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