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村上春樹で「アンダーグラウンド」

先日、ブックオフで買った村上春樹の「アンダーグラウンド」が予想外に面白い。「アンダーグラウンド」とは小説ではなくインタビュー集だ。オウム真理教による無差別テロ「地下鉄サリン事件」の被害者60人のインタビューが淡々と掲載されている。僕の一番好きな作家は村上春樹なので、彼の著書は翻訳以外はだいたい読んでいる。小説はもちろん、エッセイも殆ど読んでる(「村上春樹堂の逆襲」が特に好きだ)。しかし、「アンダーグラウンド」と同じくオウム関連の本「約束された場所で」だけは未読だった。理由は簡単。オウムに興味がないから。あと僕は…僕はというか多くの日本人はそうだと思うのだが、宗教ってなんかさ…、アレでしょ(アレじゃわからないか)。まあ、とにかく、宗教に良いイメージが個人的には無いのでスルーしていた。オウムに深く関わっていく村上春樹に対し「そっち方面にはあんまり足を突っ込まない方がいいのにな」と漠然と思っていた。だから、「アンダーグラウンド」そして「約束された場所で」は未読のままでいたのだが、上述したように今回ブックオフで「アンダーグラウンド」を買った。だって105円なんだもの。700ページ以上あるハードカバーの分厚い本が105円。これは“買い”でしょ。しかも105円なのに全く汚れていないし、変な匂いもしない(中古本を買う際変な匂いがしないかは大事)。とても綺麗だったので買ったのだ。

「アンダーグラウンド」は今まで何度か書店で立ち読みしたことがある。適当なページをめくり1~2分斜め読みする程度だ。立ち読みした時の印象は、偶然不幸にも地下鉄サリン事件に巻き込まれてしまった被害者がその日の出来事を詳細に語っているだけ、というものだった。なので被害者60人にインタビューをし、それを700ページ以上もある1冊の重厚な本にすることに果たして意味があるのか疑問だった。別に被害者10人のインタビューを250ページ程度でまとめてもいいのでは、みたいな。被害者60人がいくらそれぞれ違う人間だとしても、体験した内容は同じだし。実際「アンダーグラウンド」を読めば分かるが、60人は皆同じようなことを話している。「いつものように地下鉄に乗ったら咳が出て次に鼻水と涙が止まらなくなり、やがて視界が暗くなり、ふと周りを見渡すとどうやら同じ車両にいるほかの人たちも皆同じ症状になっている。パニック!」というような内容を殆どの被害者が話している。そりゃサリンの近くにいれば皆同じような症状になるわけだから当然なのだけど。ちょっと内容が被りすぎなのだ。

僕が「アンダーグラウンド」を読んで面白いと思った点は、一つの空間(車両)で起こった事件を、そこにいた人間がそれぞれの視点で語ることで全体像が克明に見えてくるという点だ。様々な立場(主に駅員と客)の人間がいろんな方向から事件現場の状況を詳細に語ることで驚くほどスリリングな内容となっている。インタビューを受けた被害者60人は皆他人同志なわけだが、それぞれのインタビューを読んでいるとアナザーストーリ的にシンクロしまくっている。特に千代田線の章のシンクロ率は高い。読んでいてゾクゾクするほどだ。千代田線の章の特に31~83ページが凄い。700ページ以上もある本だが、31~83ページだけ読めばそれだけで充分なような気もする。それくらい31~83ページは圧巻だ。ドラマ「24」のようで非常に面白い。この本の感想で“面白い”という表現は正しくないような気もするが、…う~ん、面白いよ。もちろん不幸にもサリンの近くに居たことで植物状態になった親族や亡くなった駅員の同僚なんかのインタビューを読んでいると重苦しい心持ちになる。楽天的に「オモシローイ」と言えるような内容ではないのだけどさ…。

そういえば、岡村靖幸がロッキンオンのインタビューで「まるで村上春樹のオウムのあれのように(笑)」と話しているがこれは「アンダーグラウンド」のことですね。岡村ちゃんも「アンダーグラウンド」を読んだのかな。

春樹熱バイオリズム

先月なんとなく村上春樹の「海辺のカフカ」を再読してからというもの、春樹熱が高校時代ぶりに再燃した。二分冊の長編小説「海辺のカフカ」を読破した後、短めの長編小説「アフターダーク」を読み、今週は村上春樹の大ベストセラー「ノルウェイの森」を実に8年ぶりに読んだ。今は三分冊のとても長い長編小説「ねじまき鳥クロニクル」を読んでいる。

今、読んでいる「ねじ巻き鳥クロニクル」という小説はとにかく長い。そして内容は濃厚。村上春樹にしては文章の一文一文の密度は高く、サクサク読めるタイプの文章ではない。作品の根底に流れる空気は重く、世界観の背景は灰色のようにくすんでいる。ウツなトムヨークが好んだのも頷ける。

初めて「ねじまき鳥」を読んだとき(高校のときだ)は、その有無をいわさぬ圧倒的な存在感に完全にノックアウトされた。読み終わった後はそれなりに感動したし、なによりも読破したという達成感が心地よかった。でも同時に「この小説は一回読めばもうお腹いっぱいだ。もう二度と再読することはないだろうな」と半ば確信していた…はずなんだけど、何の因果か春樹熱バイオリズムが高まり、また読む羽目になってしまった。羽目って言い方も失礼だけど。

村上作品をいくつか再読して思ったのだが、「ノルウェイの森」って相当異色作だ。ある意味「ねじまき鳥」よりも異色かもしれない。だって、訳のわからない人物や現象が全く起こらないのだから!空からヒルは降ってこないし、羊のコスプレをした男は登場しない。いわゆる非現実的な〝あちら側〟の世界が全く描かれていない。唯一それっぽいのは直子が夢遊病者のようになりワタナベの前で全裸になるシーンだろうか。でも、それにしたって直子は救いがたいほどに病んでいる(最後には自殺してしまうほどに)わけだから夢遊病者になっても現実的に不思議ではない。

訳のわからない現象が頻繁に起こるシュールな小説ばかりを書いてきたのに、唯一、訳のわからない現象が起こらない「ノルウェイの森」が記録的なベストセラーになるなんて皮肉なものだ。夏の海辺周辺の歌をたくさん歌ってきたのに「クリスマス・イヴ」のヒットですっかり年末の人と化した山下達郎みたいなものか。

異色ではあるが世間的には代表作だ。ウィキペディアによると「文庫本を含めた発行部数は2002年時点で計786万部」と異様に売れているし。今でもセカチューの次にバカ売れした小説として名を馳せている。それにしても、786万部って。なぜこんなに売れたのだろうか。確かに「訳のわからない現象」が皆無だから大衆性はある。しかも恋愛小説(当時は「100パーセントの恋愛小説」という触れ込みだった)だし、売れる要素は確かにある。

でも中身はバカ売れするような内容ではない。気が重くなる物語だ。しかも500ページもある長編小説。よく比較されるセカチューのように泣ける恋愛話でもない。セカチューのヒロインは白血病で亡くなるが、ノルウェイの森のヒロインは精神病院のような施設で療養していたが悪化し自殺、だ。その他にも官能小説並に詳細な性描写がある。しかもその性描写は偏ったオーラルセックスに執着している。とても786万部売れた、そして今でも売れ続けている小説とは思えない。

えびぞう
今月の婦人公論の表紙は一見の価値ありだ。市川エビゾウの顔面がアップでどーんと写っていて右下の方に「それでも男は必要ですか?」と書かれているのだ。どういう意味なの?これ。たぶん「それでも」という4文字には男に対するマイナスのイメージがこめられていると推測する。そしてマイナスのイメージを象徴したのがエビゾウなのか?結構インパクトあったな。本屋に行く機会があれば見てみるといいと思う。

最近読んだ本の感想

書くことが特にない。でも、さすがに5日間もブログを放置するのもアレなので最近読んだ本の感想をちゃちゃっと書いてごまかそう。

そのケータイはXXで/上甲宣之
今ではすっかりメジャーな賞のひとつとなった「このミステリーがすごい!」の第一回目の受賞作だ。ストーリは…、山奥の村に旅行に行った女子大生二人(しよりと愛子)は、突然その村の人々全員から命を狙われる。逃げる女子大生の唯一の武器は、「謎の人物」からかかってきたケータイのみ。山奥に住む土着的な村人全員が、女子大生の命を狙う描写には迫力がある。夜の茂みに身を潜め、村人をやり過したり、時には戦ったり、ハラハラな展開が良い。「リアル鬼ごっこ」と雰囲気は似ている。
終盤に向かうにつれて、どんでん返しの繰り返しなのだが、最後の方の「謎の人物(物部)」としよりの対面シーンがちょっとひどい。以下ネタバレ。村人から命を狙われる女子大生のしよりを救うためにケータイで指示を出す「謎の人物」は物語のはじめから最後までケータイからの声だけで登場する。明確な指示で助けてくれる「謎の人物」にいつのまにしよりは好意を寄せる。その好意はいつしか恋心になる。で、最後の最後に「謎の人物」がしよりの前に姿を現す。しかし謎の人物の容姿は、肥満で汚らしい服を着た不潔な男だったのだ。あまりにもイメージとのギャップに混乱したしよりは、「謎の人物」を(命の恩人なのに)川に突き落としてしまう、というもの。「そのケータイはXXで」は要所々々に普通ではありえない異常な展開がいくつかあるのだけど、「謎の人物を川に突き落とす」シーンは傑作だ。

テニスボーイの憂鬱/村上龍
村上龍の名作といえば、群像新人賞を受賞したデビュー作「限りなく透明に近いブルー」か「コインロッカーベイビーズ」を挙げる人が多いと思うが、僕は「テニスボーイの憂鬱」を押したい。最近、テニスボーイの憂鬱を改めて読み返したのだが、村上龍作品の中ではダントツで名作だと思う。とはいっても、最近の村上龍の著作は全く読んでいないのだけど。
村上龍の小説には、下品で卑猥で反道徳的な描写や言葉がたくさん出てくる。特に初期の作品に多い。「限りなく透明に近いブルー」はドラッグとセックスに溺れた退廃的な若者の話だし。
「テニスボーイの憂鬱」では、いわゆる「下品で卑猥で反道徳的」な事柄はあるにはあるのだが、それらはすべて主人公の脳内で完結されている。文字だけ追えば相変わらず、放送コードにひっかかる言葉だらけなのだが、それらは主人公が脳内で思っていることなのだ。故に物語は割と普通だ。テニスが好きな大人の日常だ。脳内では常に、あらぬ事柄を考えているのに、実際は常識人としての体裁を保ち日常を送っているというのがリアルだし、また文学っぽくて好きだ。

ネバーランド/恩田睦
恩田睦といえば「夜のピクニック」だ。今年読んだ小説の中で「夜のピクニック」は一番面白かった小説だ。ということで、恩田睦作品をいくつか読んだのだけど「夜のピクニック」を超える作品はないみたい。もちろん人それぞれ好みは違うだろうけど。ただ、「ネバーランド」良い。恩田睦の得意とする「爽やかな青春もの」だ。面白いのだけど、登場人物が全員男っていうのがちょっとな…。801を連想させる描写も所々あるし。村山由佳もそうだけど女性作家はさらっと801風味を漂わす場合が多いんだよなあ…。

付記1
ふと思ったのだが、スマップの「どんないいこと」は名曲だと思う。

付記2
今日の記事は、約30分で書いたぜ。

途中で読むのをやめてしまった本の感想

小説の感想を書く場合、前提としてその本を読了していることが求められる。当然だ。読んでいない本の感想なんてどう足掻いても書けるはずが無いのだから。これは、本に限らず、アルバムでも映画でもテレビ番組でも、何か感想を書くならば、一通り見るなり聴くなりしてから、というのが一般的であり筋だ。

ただ、アルバムは大抵収録時間が1時間未満だ。映画は2時間程度、テレビ番組は30分~2時間程度と割と短い。しかも、音楽や映像作品は、再生ボタンを押せば後は勝手に流れる。ソファーで横になりながら、お菓子を食べながら、とくつろぎながら鑑賞ができる。受動的で楽だ。
それに対して、小説はひどく能動的だ。黒目を幾度と無く上下上下させながら、視力を着実に消耗しながら読まなければならない。それなりのコンディションを保っていないと内容が頭に入ってこなかったりもする。また時間もかかる。

人それぞれ読む速さは違う。また、作家の文章(文体)によっても読む速さは違う。例えば、赤川次郎の文章は漫画と同じくらいの速さで読めるが、大江健三郎の文章は難解だから時間がかかる。一概には言えないけど、おおよそ、300ページある小説を読了するのに要する時間は4時間弱。1000ページ程度の長い長編小説なら10時間以上はかかるだろう。

小説とはこれほどの膨大な時間と労力を費やすものだ。換言すれば、それだけの膨大な時間と労力を費やすだけの価値が(自分にとって)無ければならない。つまり「あれ、つまんねーぞ」と思う小説は早めに見切りをつけて読むのをやめるべきだ。

「途中でやめるのは気持ち悪いから面白くなくても最後まで読む」という考え方の人もたくさんいる。その気持ちはわかる。途中まで読んで投げ出すということは実質読んでいないも同然だし。実際に序盤はつまらないけど中盤からグングン盛り上がっていく小説もないわけではない。でも、そんなの滅多に無い。中盤から面白くなる小説は序盤の文章の感じで大体わかる。

途中で読むのを挫折した本でも、最低1時間は我慢して読む場合が多い。挫折した本は今年だけでも10冊以上はある。つまり、今年だけで10時間以上もの時をある意味無駄にしているのだ。この「10時間以上もの時」を無意味にしないために(本来は邪道であるが)今日の記事では、途中で読むのをやめてしまった本の感想を書こうと思う。

瀬戸内寂聴「女人源氏物語」
「源氏物語でも読んでみるか、有名だし」くらいの軽い気持ちで読み始めた瀬戸内寂聴の「女人源氏物語」。これは、光源氏の女君たちの視点から書いたものだ。だからこれ単体では当然意味がわからない。『源氏物語』の原文の現代語訳を読んでからじゃないと意味不明だと思う。いきなり、桐壺更衣の光源氏に対する想い(しかも死に際)なんて読んでもね。70ページの空蝉の章で挫折した。

T・ハリス「羊たちの沈黙」
児玉清に感化されて読み始めた「羊たちの沈黙」。この小説は面白い。文章も翻訳ものにしては読みやすい。「羊たちの沈黙」は映画で見たことがある。ストーリーがある程度頭に入っていることもあり楽しんで読めるはずだったのだが…。この小説は中古で買った。かなり古びているのだ。所々に変な「しみ」があるし、ページをめくる度に仄かに匂いがする。別に臭い匂いではないのだけどテンションは下がりますよねぇ。小説自体は面白いのだけど思わぬ伏兵が潜んでいた。ということで、124ページで挫折。

ドストエフスキー「悪霊」
新訳の「カラマーゾフの兄弟」が40万部を突破。NHKで特集を組まれるほどのドストエフスキー。 僕はドストエフスキーが好きだ。「罪と罰」は今でも適当にページをめくったところから読み始めたりするし、「カラマーゾフの兄弟」の主要な登場人物、兄弟3人と父親と私生児の計5人の名前は寝起きでもそらんじる自信がある。
しかし、「悪霊」だけは読めない。何度も挑戦したが、いつも200ページ弱で挫折してしまう。挫折の理由は、ひとつ。「ストーリが把握できない」からだ。いくら読んでも、誰が主要な登場人物なのかがわからない。真剣に集中して読んでるのに、一体何を言っているのかさっぱりだ。
こないだ、悪霊を読了した人のブログを読んだ。「結局最後まで誰が主人公なのかわからなかった」と書いてあった。やっぱり最後まで読んでもわかんないのか。悪霊のアマゾンのカスタマーレビューすら意味がわからない。ドストエフスキーが好きだなんて言う資格は僕には無いようだ。

小松左京「日本沈没(上)」
日本沈没は1973年に刊行されバカ売れした小説だ。バカ売れする小説は往々にして読みやすいものだ。「セカチャー」が良い例だ。しかし「日本沈没」は専門用語がたくさん出てくる。具体的に写真や図を用いて説明する小難しい箇所が多々ある。あと、やたらと文中に棒の記号が使われていて読みづらい。面白い小説なんだろうけど、ちょっと自分には難しい。55ページの第1章・6で挫折した。

ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の本

●2001年に幻冬舎から発売された「ビッグ・ファット~」。当時はマスコミに頻繁に取り上げられて話題になった本だ。この手のタイトルの本は非常にうさんくさい。参考書なんかでも、200ページも無いような薄い本なのに「これ一冊でまるわかり」とか「1日15分だけで合格」みたいな宣伝文句の本がある。うそつけ、と。「世界一簡単な英語の本」ってのも、日本人が英語を学ぶ本は、日本語圏(つまり日本)でしか出回らないのだから「世界一」っておかしいじゃん。日本一の方が適切なんじゃないの。…と、タイトルだけで敬遠してしまうのだが、なぜか家にこの本があったので読んでみた(家族の誰が買ったのだろうか)。

まず最初のページをめくると「今度こそ大丈夫」とだけ書かれた文字がドンと飛び込んでくる。まるで、カート・ヴォネガットの小説のようだ。第1章を要約すると、「英語は世界一簡単な言語であり、日本語の難解さは世界でも有数のものである」と「英語を学ぶには「読む」しかない」の二つだろうか。前者はやや精神論だけど、後者は現実的だ。とにかく英文を読んで読みまくって、自分の中に英語を吸収し続ければある日突然、霧が晴れたように英語がしゃべれるようになるらしい。そのためには英語の本を読む必要がある。外国人作家の小説(ハリーポッターとか)を原文のままペーパーバックなどで、ひたすら読めということだ。つまり「ビッグ・ファット~」は英語の本が読めるようになるための「コツ」をわかりやすく解説している本だ。この本だけでは英語は習得できない。この本を読んでから、副読本として英語の本を読めということだ。

上記の文章を読んで、「いやいや、英語の本なんて読めるわけないじゃん」と考える人は多いと思う。ただ、向山敦子の「英語を習得したいなら、とにかく英語の本を読みまくれ」という考え方は、かの村上春樹の英語習得法とほぼ同じだ。村上春樹は翻訳の仕事もたくさんしている。昔はプリンストン大学で客員教授をしていたこともあった。つまり英語ペラペラな人だ。
読者からの様々な質問に村上春樹が答える「そうだ、村上さんに聞いてみよう」という本のなかでこのような記述がある。高校時代に、春樹青年は神戸の古本屋で安いペーパーバックを漁り読んでいた。最初は英語だからよくわからなかったが、無類の小説好きだったため、なんとか気合で読めるようになったらしい。ちなみに英語の成績は特別良かったわけではないようだ。
村上春樹は、「そうだ、村上さんに聞いてみよう」シリーズの中で、外国の本を紹介するとき、「そんなに難しい英語ではないので、原文で読むことをおすすめします」というようなことをさらっと言う。原文なんて無理に決まってるだろと思ってたけど、案外読めるものなのかもしれない。

また、病的なほどの、小説大好き人間として有名な児玉清もそうだ。好きな外国作家の小説を翻訳されたものではなく、原文で読みたいという熱い想いから、英語で書かれた小説を読みはじめた児玉清。。最初は、意味の理解できない文章が多々あったが、それでも構わず読んでいる内にスラスラと読めるようになった、とエッセイに書いていた。

このように、最初はわからなくても、英語は読めば読むほどに理解できるようになる、というのはどうやら真実らしい。とりあえず、英語で書かれたブログをここから適当に選んで読んでみた。…一応10分ほど頑張ってみたのだが、全然わからないや。儚い夢だったな。

●22日にお台場で復活したXJAPAN。2ちゃんを見る限り壊滅的な出来事は起こらなかったようだ。よかった。YOSHIKIがTOSHIをふざけて屋上から落とそうとしたって書き込みには(ガセかもしれないけど)笑ったな。今日のめざましテレビでX特集があるみたいだから楽しみだ。

●デスノート並みに文字の多い漫画「HUNTER×HUNTER」だが今週号は少なかったなぁ、文字。最終回間際のスラムダンクみたいだった。

●レッドソックスがワールドシリーズ進出。実際、松坂よりも岡島のほうが10倍活躍していると思う。年棒の格差を考慮すればそれよりも100倍活躍している。もっと岡島を褒めるべきだ。
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サブカルの戯言
第332回:10月12日
ツイッターを先取りした「サブカルの戯言」も本日にて終了。332回の戯言のご愛読ありがとうございました!!
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